ゆがんだ時計11

ゆがんだ時計11


11.最後の夜


 キッチンで立ったまま愛し合って、寝室へと移動してから再び抱き合った翌日。
 紫龍とエルシドは二人きりでその日を過ごした。
 明日になれば、もう二度と会うことはない。243年という月日が、二人を隔ててしまうのである。
 話したいことは、いろいろある。
 けれど、エルシドは「やはり帰したくない」と言ってしまいそうで。
 紫龍は自分が去った後のエルシドの運命を思って涙してしまいそうで。
 口を開けば離れがたい気持ちが溢れてしまいそうで、まるで磨羯宮の一角だけが時間を止めてしまったかのように、二人はほとんど無言でただ寄り添っていた。
 それでも周囲の時間は確実に流れて、二人が共に過ごす時間を削る。
 体に刻まれたリズムが空腹を告げ、西に大きく傾いた太陽が部屋を赤く染める。
 部屋の中が赤から藍へ、暗くなる頃。
 二人は寝室にいた。
「あ……エル、シド……」
 寝台の上で、エルシドの下で。
 長い黒髪とスタンドカラーの上着を乱して、紫龍が熱い吐息交じりにエルシドを呼ぶ。
 焦点の合わないような、とろりとした眼に誘われるように、エルシドは紫龍の唇に深く口づけた。
 互いの舌を、口腔を貪る二人の唇から、溢れて漏れた唾液が顎を伝う。
 何度も角度を変えて、舌を絡ませる口付けで、息が上がる。
 エルシドの背中に腕を回す紫龍の肩から上着が滑り落ちて、しっとりと汗ばんだ白い肌が露わになる。
 エルシドは混ざり合って紫龍の顎を伝う唾液を辿るように、顎から首筋へと唇を滑らせていった。
「……ん――っ」
 くすぐったいような、心地いいような。微妙な感覚に、紫龍が身を捩る。
「紫龍、紫龍……」
 鎖骨の上にできる窪みを軽く吸って、そのまま鎖骨を辿って左右の鎖骨の間の陥凹を吸う。その合間に何度も想いのこもった声で名前を呼ばれて、紫龍はエルシドの髪に指を差し入れて応えた。
 エルシドは紫龍の左胸に顔を伏せて唇と舌で愛撫しながら、指を右胸に這わせる。
「ぁっ………んぅ――っ」
 執拗で、容赦のない必死な愛撫に、紫龍は翻弄された。
 愛撫の手順も、慣れ親しんでいるシュラとは全く違う。
 こうして体を重ねても、小宇宙を直接移された右腕が元の持ち主を求めて甘く、切なく疼くこともない。
 けれど、エルシドが愛撫を施す部分は、確実に快楽を中枢へと伝えてくる。
 逃げたくなるような、このまま快楽に溺れてしまいたくなるような。
 矛盾した感覚に襲われて、紫龍は自分の左胸に顔を伏せ、乳頭を舌で転がすエルシドの肩にすがりついた。
「あっ……んっ」
 くすぐったさを伴った快感に声を上げてふと視線を落とすと、紫龍の視線に気づいたエルシドと目が合った。
 ふっとエルシドの目が微笑の形に細められて、エルシドは顔を上げて紫龍に口づけてきた。再び紫龍の舌を味わいながら、エルシドはつい、と右手を紫龍の下肢に伸ばす。服の上からでもそれとわかるほどに主張している熱に触れ、軽く愛撫を加えてきた。
「ぁっ……ダメ………」
「ダメか? こんなに感じているのに」
 言葉で教えられて、服の上から強く擦られる。
 羞恥心で顔が紅潮するのと同時に、自分が興奮するのを紫龍は自覚した。
「エルシド……」
「そんな声で強請られたら、応えずにはいられないな」
「そんなつもりじゃ……」
 言いかけた唇を、エルシドのそれに塞がれる。
「んっ! ……ふ、ぅ――ぁ……っ」
 下着に手を潜り込ませて、直に熱を帯びて膨張する陰茎に触れられた。すでに濡れ始めた先端をエルシドの指が擦ると、くちゅと小さく濡れた音が聞こえてくる。
 更なる快楽を求めて熱を上げる体と、淫らな音が生む羞恥に燃えて、紫龍はキスの合間にも思わず声を漏らした。
「紫龍……もっと感じてくれ」

 俺を忘れてしまわないように。
 その体に刻んでくれ。

 言葉として発せられることはなくても、触れられた場所から、抱き締められる腕から、想いの詰まった小宇宙が紫龍に流れ込んでくる。
「……ん――っ、あ……エル、シド……」
 下着ごと下穿きを剥ぎ取られて、焦らすように太股の内側の柔らかい場所に舌を這わされて。エルシドの口腔に自分の熱が含まれるのを感じる。
 陰茎をしゃぶる濡れた音と、舌の感触。
 背中を駆け上がってくるたまらない快感に、紫龍は立て続けに声を上げて身を捩った。
 紫龍が見せる細かい反応も、エルシドは全て拾い上げて確実に追い詰めてくる。初めて体を重ねた夜よりもずっとひたむきに、エルシドは紫龍を求めてきた。
「紫龍……」
「……あ、あぁ――……っ」
 口腔深く呑み込まれ、軽く歯を立てられて。
 幹を手で擦りながら、先端を強く吸われて。
 紫龍の全てを吸い尽くそうとするエルシドの愛撫に、頭が重く痺れてくるほど、どうしようもなく感じてしまう。
「あっ! あ………んぁ――っ!」
 息が上がって、すがりつくようにエルシドの髪に指を差し入れて。
 紫龍は立て続けに声を上げて、全身を大きく震わせながらエルシドの口の中に吐精した。
「ぁ……は、ぁ……」
 荒く息をつく隙間から、エルシドが紫龍の精を飲み下す音が聞こえた。
「エルシド……」
 申し訳なさと、少しだけ咎めるような気持ちを込めて呼びかけると、胸が締め付けられるほど切なく優しい微笑が返ってきた。
「お前の味だな。覚えておこう」

 これが最後の夜だから。

 衝き動かしている想いは、二人とも同じだった。
 紫龍は射精の余韻が残る体を起して、自分が放ったばかりの苦みと臭いが残っているエルシドの唇に口づけた。舌を絡ませながら、厚い筋肉に覆われている胸に手を這わせて、ぷつりと主張する突起を指の腹で擦る。
 いつもシュラに抱かれるだけで、自分から積極的に愛したことは数えるほどしかない。
 だが、どこをどうすれば感じるのか、紫龍は自分の体でわかっていた。数えきれいほどに、シュラに教え込まれてきた。
 それを思い出しながら、紫龍はエルシドの首筋から胸へと唇を下ろしていく。
「あ、紫龍……」
 感じる場所を軽く吸われる度に、もっと、と押しつけるように紫龍の頭を抱いたエルシドの手に力がこもる。
 愛し合っている恋人がいるのだから当然初めてではないのだろうが、紫龍の動きは少しぎこちない。だが、それが逆に快感を呼んだ。
「紫龍――……くっ……」
 きゅ、と乳頭を吸われて、エルシドが息を詰める。
「紫龍……吸ってくれ」
 そのまま愛撫を続けようとする紫龍を止めて、エルシドが懇願する。
「エルシド?」
 真意を測りかねて思わず見上げてしまった紫龍に、エルシドは続けた。
「ここに……お前が確かにここにいた、という証を刻んでくれ」
 言いながら、エルシドは親指で胸の真ん中よりやや左寄りを――心臓が鼓動を刻む場所を指した。
「お前が戻った後も、消えてしまわないようにな」
 乞われるままに、紫龍はエルシドの左胸に顔を伏せた。トクトクと速いテンポで鼓動を刻む場所へ唇を寄せる。

 死してなお、聖衣に小宇宙を宿して俺を守ってくれた人に。
 神と闘って散っていく人に、せめてもの……

 涙してしまいそうになる気持ちを堪えて、紫龍はエルシドの胸を強く吸った。自分の小宇宙をエルシドの中に注ぎ込むように、それが少しでもエルシドの守りになるように、と願いながら。
 唇を離すと、紫龍よりも色の濃いエルシドの胸に、くっきりと鬱血の跡が残っていた。心臓が鼓動を刻む場所に。

 紫龍に強く吸われた場所から、熱い疼きが広がっていくようだ、とエルシドは感じていた。
 小宇宙を注がれたのも、気づいていた。これから始まる聖戦を戦う自分の守りになれば、との願いが込められていることも。
「紫龍……」
 明日になれば、もう二度と会うことのない相手だと。どれほど想っても、報われない相手なのだとわかっていても。愛さずにはいられなかった少年が、直向きに自分の想いに応えようとしてくれることが何よりも幸せだった。
 聖闘士になると決めた時から、自分には無縁だと思っていた幸せと、人を愛するということを教えてくれた紫龍を。エルシドは思いの丈を込めて、強く抱き締めた。
「エル、シド……」
 抱き返してくる紫龍が、エルシドの耳の後ろを、骨の窪みを辿るように舌を這わせて軽く吸う。
 体内でくすぶっていた情欲が、一気に再燃した。
 今のこのひと時だけでも紫龍が自分を求めている、という事実への陶酔。そして、どう言い訳しようとも気が狂いそうなほどに紫龍が欲しいという情念。
 焦燥に駆られて、エルシドは噛みつくように紫龍に口づけて、指を双丘の奥にある秘所へと押し当てた。指腹で肉襞を擦り、その更に奥へと潜り込ませていく。
「あっ……エルシド――」
 ひく、とわずかに収縮して、紫龍はエルシドの指を迎え入れた。
 中を掻き回すように指を動かすと、紫龍はたちまち甘い喘ぎを上げた。そしてもっと、と強請るように紫龍の内壁がエルシドの指を締め付ける。
「あ……あ――……エル、シドォ……」
 指の本数を増やされて、指で襞を擦られて。
 紫龍が上げた甘い喘ぎは、エルシドの頭の芯が蕩けてしまいそうなほどに艶っぽい。

 眩暈がしそうだ。

 こんな声を聞かされて、我慢などできなかった。
 エルシドは紫龍の足を抱え上げて腰を上げさせて、体重をかけて覆いかぶさった。
「う、んっ……」
 熱く屹立したエルシドの楔が自分の中に押し入ろうとする感触に、紫龍がわずかに身を捩る。抵抗しているわけではないと感じ取って、エルシドは紫龍の中に猛った楔を打ち込んでいく。
 閉ざされる呼吸。息苦しさを解消するために、紫龍が何度も浅い呼吸を繰り返す。
 紫龍を傷つけないように、とゆっくりと根元まで欲望を埋め込んで、エルシドは長く深い息をついた。
「紫龍……ああ、本当にたまらない」
「あ、ダメ、だ……エルシド、あっ!」
 紫龍が息をつく間もなく、エルシドが力強く紫龍を抉る。
 たちまち背中を駆け上がってくる強烈な刺激に、紫龍は悲鳴を上げる。
「ああ――エル、シドォッ!」
 エルシドの動きに応えて、体がうねった。
 立て続けに全身が痙攣して、紫龍は夢中でエルシドにしがみついた。
「紫龍……紫龍、紫龍――……っ」
「あっ、く……んぁっ!」
 紫龍を太股の上に抱え上げ、自分の上にまたがらせて正面から向かい合うように抱き合う。自分の体重で更に結合が深くなり、紫龍がびくりと体を震わせる。
 エルシドは何度も紫龍の名を呼びながら突き上げた。
 突き上げられる衝撃にのけぞって露わになった紫龍の白い喉に、エルシドが歯を立てて口づけた。
「あ……っ!」
 甘噛みされる歯の感触に、陶酔する。
 思うままに紫龍の中を掻き回す楔とは裏腹な、柔らかい唇。けれど伝えてくる快感は強すぎて、紫龍は気の遠くなるような快楽に呑みこまれた。
「あ――……紫龍、愛している」
「あ、あっ! あ――……っ!」
 全身に甘い疼きが広がっていく。
 互いの呼吸も、鼓動も溶け合っていく。
「ああ……――あっ!」
 エルシドの動きに合わせて、紫龍もいつしか腰を蠢かしていた。
 中で脈打つエルシドを感じて、背がのけぞる。
「紫龍――……」
「ああっ!」
 奥深くを抉られて、悲鳴を上げて。
 自分の中でエルシドが弾け、樹液が注がれるのを感じながら。
 紫龍自身もエルシドと共に果て、脱力した体をエルシドに預けながらも、紫龍は思わずにいられなかった。

 身も心も一つになるための、愛し合う行為であるはずなのに。
 別れるために睦み合う。
 こんなに哀しい情交もあるのだと。


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ふぅ~、何とか間に合いました~(^^)
ちょうど体調の崩れる時期に差し掛かったもので、どうなるかと思いましたが。無事にアップできてよかったです♪
おかげさまで、3日くらいずーっとHシーンを書き続ける、という状況でございましたが(笑)
当初の予定では、エル龍のHシーンはこの最後の日だけのつもりだったんです。が、話が思ったよりも長くなってしまって、ガマンできなくなったので回数が増えた、という(爆)

それにしても。
鍼灸師の卵なんてのをやってると、ですね。当然覚えなければいけないのが、全身に点在するツボの名前とその位置(あと、どういう症状の時に使うか)
というワケで、私もそれなりに頭には入っていまして。こういうHシーンを書くときにですね。うっかりツボ名で書いてしまいそうになるんですよ(苦笑)
今回も「缺盆」とか「天突」とか書きそうになってしまって、「いかん、いかん」とそのツボがある場所に書き直す、という作業をやりました。

さて、次回はついに最終話です。
結末はすでに見えているので、あとは書き上げるのみ、であります。
最後まで読んでいただけましたら、幸いです(^^)

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