拍手お礼SSな山羊龍

拍手お礼SS


 その日、シュラは紫龍と一緒に市場にいた。
 聖域から近い、アテナ市内にある市場。
 大勢の人で賑わう中、シュラははぐれないように、としっかりと紫龍の手を引いて歩く。

「久しぶりだな」
 12宮の戦い以前まではいつも利用していたという青果店で、シュラは店主に声をかけた。
「久しぶりですね、ラウールさん。しばらくご無沙汰だったから、どうしてるのかと思ってましたよ」
 ラウールというのは、シュラがいつも使っていた偽名らしい。
「仕事でしばらく留守にしてたんでな」

 実際は仕事ではなく、死んで冥界に行っていたのだと紫龍は知っている。
 もっとも、その原因を作ったのは他でもない、紫龍なのだが。

「仕事なら仕方ないですね。でも、それだけじゃなかったみたいですけど?」
 店主は意味ありげな視線を、シュラの隣りにいる紫龍に向けた。
 意味がわからずきょとんとする紫龍に、シュラはニヤリと笑って見せた。
「まぁ、な」
「やっぱり。新婚旅行、どこに行かれたんです?」
「え!?」
 店主の問いかけに、紫龍は目を白黒させた。
 そんな紫龍をよそに、シュラはしれっと店主に言った。
「豪華客船で世界を半周してきた」
「へぇ、それは豪勢ですね」
 冗談だと受け取っているのか、あるいは本気で信じているのか。
 特に突っ込むわけでもなく、店主はシュラの発言をあっさりと流した。

「東洋の方ですか? 背が高くて、ずいぶんと綺麗な奥さんだ」
「そうだろう?」
 店主の感想に、シュラは照れの欠片もなく平然と頷いた。当然だ、と言わんばかりの様子で。
「年下でな。俺が一目惚れして、口説いた」
「ははは、これはとんだノロケ話を聞かされたもんですね。ごちそうさま」
 さらっと言い返すシュラに、店主は声をあげて笑った。
「ノロケ話のお礼だ。トマトはサービスしておきますよ」
「ありがとう。また寄らせてもらう」
 シュラは店主に金を渡して、野菜と果物が詰め込まれた紙袋を受け取った。

 普通の人ならば両手で抱えるそれを、シュラは軽々と片腕に抱える。
 そしてもう片方の手で、しっかりと紫龍の手を握る。
「あの……シュラ?」
「なんだ?」
 聖域へと戻る道を歩きながら、紫龍はおずおずと尋ねた。
「さっきのあれは、その……」
「あの店主、お前を女だと思ったらしいな。別に否定する理由もないから話を合わせたんだが。不愉快だったか?」
「そういうわけでは……」
 シュラの問いかけに、紫龍は口ごもる。
 何か言いたそうにして、ためらう紫龍にシュラは柔らかく苦笑した。
「お前と恋人になってから、まだそれほど日も経っていないからな。新婚ってのも、あながち嘘じゃないだろう」
 笑って、シュラはつないだ手を引いて、紫龍を引き寄せた。
 そして素早くキスを奪い取る。
「しばらくは、新婚気分を味わうとするか」
 ニヤリと口の端を引き上げて、シュラは再び歩きだした。

Fin



ずーっと長いこと、拍手お礼画面の一つにしていた山羊龍です。
タイトルは……そのうち思いついたら変更します(汗;)

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