深い眠りの淵から紫龍を呼び起こす声があった。
少し眠りが浅くなった紫龍に、呼びかけてくる声。
「……ゅう、紫龍……」
低いその声は心地いいけれど、まだ眠りから呼び起こされたくはなくて。
紫龍は固く眼を閉じた。
「紫龍……」
けれど、声はなおも紫龍を呼び続けて。
額に温かくて柔らかい物が押し当てられる感触があった。
「……ん――……」
抗議するように小さく呻いて、紫龍はうっすらと目を開けた。
彫りの深い精悍な顔立ちと黒い瞳が、ぼんやりと視界に広がった。
「紫龍、今、ちょうどお前が生まれた時間だ」
声が優しく降り注いで、穏やかな温もりに包まれる。
体にかかる程よい重みも心地よくて、瞼が落ちる。
「誕生日おめでとう、紫龍」
もう一度眠りに落ちようとする紫龍を、声がまた呼び起こす。
「お前が生まれてきてくれたことに、心から感謝する」
唇に息がかかったと思ったら、そっと柔らかいもので塞がれた。
その感触を味わう間もなく。
紫龍は再び眠りの淵に沈んでいった。
CASA FELIZ
鼻腔をくすぐる香りに、紫龍は眠りから呼び起こされた。
コーヒー豆の香り。
少し焦げたベーコンの香り。
卵の焼けた香り。
本能や情動を司る脳の領域に近い場所へ送られるそれらの匂いに、紫龍は空腹を覚えて目を覚ました。
目の前に、鼻腔で感じ取った匂いがそのまま形になって、置かれていた。
「起きたか、紫龍」
「……?」
「おはよう。ちょうど起こそうと思っていたところだ」
いまいち状況を把握できていない紫龍に、微笑を含んだ低い声がかけられる。
同時に、唇に穏やかなキスが与えられた。
「腹が減っただろう? ほら」
ベッドに腰かけているシュラに抱き起されて、裸の肌から上掛けが滑り落ちる。
そういえば、昨夜はシュラに求められて応じて、1回……じゃない、2回抱かれたんだっけ。
とぼんやりと思い出す。同時に腹が減っている理由にも思い当って、紫龍は赤面した。
「思い出したか?」
紫龍の表情を読むことにかけては誰よりも長けているシュラに、それが隠せるはずもなく。シュラは満足げに笑って、紫龍の肩を抱いて額に軽くキスしてきた。
そして肩からシュラが手にしていた白いシャツをかけられる。
「カフェオレが冷めないうちに、食べろ」
「あ、はい……」
シュラはいつもブラックのコーヒーしか飲まないのだが、紫龍には苦くて飲めない。だから、牛乳と混ぜて、少し砂糖を加えたカフェオレにしてくれるのだ。
カフェオレボウルに注がれたそれを口にして、改めて空腹を自覚する。くぅ、とお腹が鳴って少し気まずい思いをした。が、シュラは穏やかに微笑って紫龍を見守っている。その視線に促されて、紫龍はトレーに乗っているフォークを手に取った。
シュラが冷蔵庫に常備しているイベリコ豚の生ハムが乗ったサラダには、オリーブオイルをベースに作られたシュラ特製のドレッシングがかかっている。
卵料理は、紫龍の好きなふわふわのオムレツ。添えられているのは、カリカリにしたベーコンだ。オムレツにかかっているケチャップは、トマトの香りが引き立つ、これまたシュラのお手製。
主食のパンは、外が少し固めで中がふわっとしているカンパーニュ。これもシュラが自分で焼いたものだ。
「凄いな、至れり尽くせりだ」
「デザートにフルーツとヨーグルトもある。しっかり食べろよ」
「ありがとう、シュラ」
シュラに見守られて、紫龍はしっかり味わいながらそれらを全て腹の中に納めた。
「そういえば、外がずいぶん明るいみたいだけど……今、何時なんだろう?」
「11時半だ」
「11時半!? 俺は、そんなに眠って……」
「昨夜も少し無理をさせた上に、俺が途中で起こしてしまったからな」
ニヤニヤ笑いを隠せない顔で言われて、紫龍の顔に朱が差す。そして思い出していた。
そういえば、寝ている間に何か言われたような気がする、と。
「あれは、シュラが?」
「他にいるか? もし俺以外の誰かがお前の隣りで眠っていたら、叩き斬る」
そう語るシュラの言葉は、半分冗談だが半分は本気だ。
「よく覚えていないけれど、何か言われたような……」
「そうだろうな」
「何て言ったんだ?」
「聞きたいか?」
「聞きたい」
はっきりと自己主張した紫龍に、シュラは少し笑った。
「お前に誕生日おめでとう、って言ったんだよ」
「え……?」
言葉と一緒に軽いキスを贈られて、紫龍はきょとんとした。
空腹が満たされて、はっきりと覚醒した頭で記憶を辿る。
そういえば、夢の中でそんなことを言われて、キスをされたような気がしていた。
「お前が生まれた時間にな」
紫龍が生まれたのは、10月4日の真夜中、日付がかわって間もない頃だったらしい。
らしい、というのは自分ではわからないからだ。そもそも、聖闘士の修行のために五老峰に行くまで、紫龍は自分の誕生日も知らなかった。私生児として生まれ、戸籍があるのかどうかも怪しい自分の身元を証明するものは何もなく、誕生日を祝われたこともなかったのだ。
そんな紫龍の誕生日を正確に割り出したのは、紫龍を聖闘士として育てた師である天秤座の童虎だった。
一目で自分の後継になる者だと見抜いた童虎は、同じ天秤座だろうと考えた。そして彼が師から教わった占星術を使って計算したのだ。紫龍の誕生日を。
その結果が、10月4日の明け方、2時28分。日本の東京で生まれた、というものだった。
「改めて言おう。誕生日おめでとう、紫龍」
「ありがとう、シュラ」
「お前がこの世に生まれてきてくれたことに、心から感謝する」
敬虔な祈りを捧げるような真剣な声で、シュラが告げてきた。
触れるだけのキスが、唇に降りてくる。
「俺は、別にそんな……」
「お前がこうして俺の傍にいて、俺を愛してくれている。それでもう奇跡だ」
殺気を漂わせて聖剣を構えた時の、言いようのない凄みを帯びた彼を知っている者としては、とても同一人物とは思えない穏やかな瞳で紫龍を見つめてくる。
「大袈裟だ、貴方は」
「大袈裟? 事実だろう。俺がこうして生きているということ自体、アテナから賜った奇跡だ」
紫龍が苦笑すると、至って大真面目といった表情でシュラは続けた。
「そしてお前が俺を愛してくれて、こうしてお前の誕生日を共に祝うことができる。まさに至福のひと時だな」
シュラの囁きが、砂糖菓子よりも甘く耳元で溶ける。
紫龍は面映ゆさも手伝って、少し笑った。
「俺は何かおかしなことを言ったか、紫龍?」
「やっぱり大袈裟だ、と思って。でも……」
問いかけてくるシュラに、紫龍はクスクスと笑う。
「嬉しいです。こんな風にお祝いしてもらえるなんて思わなかった。老師にお会いするまでは誕生日すら知らなくて。誕生日がわかってからもずっと修行していたから、こんな風に祝ってもらうこともありませんでしたし。何だか、シュラに今までの分をまとめてお祝いしてもらっているような気分だ」
「今までの分を祝おうと思ったら、今日だけでは足りないな」
言葉の切れ目に、またキスをされる。
そこで紫龍はふと気がついた。
もしかして……
「今まで祝えなかった分、キスで埋めようとしてませんか、シュラ?」
「お前が重ねてきた歳の分だけとなると、俺は今日お前に15回しかキスできないことになるな」
「15回しか、って……」
「全然足りないな、それくらいでは」
軽く絶句した紫龍になおも言い募って、シュラは少し深くて長いキスをしてきた。
「何度愛していると告げても、何度キスをしても、何度抱いても、全然足りない。愛しさが募るばかりだ」
キスから解放されても、息がかかるほどの近い距離で真剣に告げられて、またキスをされる。
シュラと交わす穏やかなキスは心地よくて、情欲を煽るキスは気持ち良すぎて、紫龍はついうっとりと眼を閉じて味わってしまう。10月になって、太陽の位置がかなり低くなってきて、部屋には燦々と明かりが差しているというのに。外の明るさとは裏腹に、闇に紛れて密やかに行われる情交を想ってしまう。
そんな気持ちを振り払おうと、紫龍は笑みに乗せて問いかけた。
「シュラ、貴方は俺を1日中このベッドから出さないつもりですか?」
すると、シュラは右の口角をクイ、と笑みの形に引き上げた。
「それはいい提案だな。お前をこのベッドに閉じ込めて、1日中独り占めか」
そして声を上げて笑った。
「だが、それではどちらがプレゼントをもらっているのかわからんな。ここはやはり、お前の希望に沿うのが筋だろう。何か欲しい物や、俺にしてほしいことはあるか?」
「貴方にしてほしいこと?」
「ああ、俺にできることならば、何でもいいぞ」
滅多に口にするものではないことを、シュラはいとも簡単に言ってのける。それもまた、紫龍の望みならば何でも叶えられるという自信の表れだった。
この男ならば、例えばこの場で命を賭けろと言われても、本当に賭けてしまうだろう。紫龍のためならば。それほどの愛情に包まれるのは生まれて初めてのことで、幸福なようで少し怖いような気がすると紫龍は思う。
「どうしてほしい?」
その囁きは、何気なく問いかけられたようで、けれど夜毎に囁かれる睦言にも似ている。
「貴方に、してほしいこと……」
紫龍はもう一度呟いて、少し考えた。
こうしてシュラの温もりがすぐ傍にあるのが心地いい。このままずっと、離したくないと思うほどに。
シュラと何度も交わすキスも、心地いい。何度でもしてほしい、と思うほどに。
でも……それだけでは何か足りない気がするのも、本音だった。
今は奥の方に隠していて表に出さずにいる、シュラの烈しさに呑まれて、溺れてしまいたい気持ちも、ある。けれどそれをしてしまうには、周囲が明る過ぎて何も隠せないだけに恥ずかしくて、怖気づいてしまう気持ちもあった。
「急に言われても困るか。お前は遠慮深いからな」
紫龍が答えるのを待ってくれたシュラだが、逡巡している時間が長すぎたのか、痺れを切らしたように苦笑した。
「まだ時間はあるからな。行きたい所があるなら、遠慮せずに行ってくれ。連れて行ってやるから」
紫龍が平らげたブランチのトレーを片づけようと、シュラはベッドの端から立ち上がった。
自分を包んでいた温もりが離れてしまう。
紫龍は急に肌寒さを感じた。
「シュラ……」
裸の体にシャツを羽織っただけなのだから、寒くても無理はないのだが。それだけではなく、心が淋しいと訴えていた。
「片づけは俺が後でやるから、もう少しここにいてくれませんか?」
気がつけば、踵を返してキッチンへ向かおうとするシュラのシャツの端を掴んで、引き止めていた。
「紫龍?」
「貴方に離れてほしくない」
とんでもないワガママを口にしている、とわかっている。けれど、どうしようもなかった。
「このまま、傍に……」
甘え過ぎだと呆れられるかもしれない。
そう思ったらシュラの顔をまともに見られなくて、紫龍は俯いて視線を落とした。サラ、と長い黒髪が動いた頭に従って、肩から流れ落ちる。
その髪を、シュラの手がかき上げた。流れ落ちた髪のせいで暗くなった視界が明るくなって、顔を上げる。
「そんな顔をするな。お前の願いなら、何でも叶えてやると、さっきそう言っただろう?」
体をかがめて視線を合わせてくる黒い瞳が優しさに満ちていて、不意に泣きそうになった。
「お前が俺に甘えてくれるのも、遠慮せずにワガママを言ってくれるのも、大歓迎だ。片づけなら、後でいつでもできるからな」
シュラは手にしていたトレーを傍らのナイトテーブルに置いて、再びベッドの端に腰かけた。
シュラにそっと抱き寄せられて、再び温もりに包まれる。紫龍は安堵感と心地よさに目を閉じて、自分からもシュラの体に腕を回した。
「次は何だ? このままこうしているだけでいいのか?」
「キス……して、ほしい」
「承知した」
紫龍に乞われて、シュラがそっと紫龍の唇を自分のそれで塞ぐ。情欲を煽るためではなく、お互いの存在を確かめるための、穏やかなキスを贈られる。
シュラが唇を離そうとした時に、動いたのは紫龍の方だった。
もっと、とせがむように自分から唇を強く押しつけて、シュラが離れるのを許さない。
シュラの唇を舌でなぞって、口裂から差し入れる。すっかりシュラに馴らされて、シュラに教え込まれたキスを、シュラに返していく。いつの間にか肩にかけられたシャツが落ちて、シュラの腕が紫龍の背中を撫で始める。
口腔を愛撫して、舌を絡め合わせた時。
世界が4分の1回転した。
先ほどまで寝転んでいたシーツの感触を、再び背中に感じる。
キスを続けながらシュラの重みを受け、素肌でシュラの温もりを感じて、紫龍は眩暈がしそうなほどの幸福感に包まれた。
「シュラ……」
長いキスから解放されて、ため息混じりに呼び返す。その息が、上がっていた。
「本当に1日中このベッドから出られなくなるぞ?」
「そう、かもしれませんね」
「いいのか? せっかくの誕生日なのに」
「初めて祝ってもらう誕生日だからこそ、貴方と一緒にいたい」
「………」
シュラの問いかけに、自分でも驚くほど自然に答えていた。
軽く絶句しているシュラに、紫龍は続けた。
「貴方に、愛されていたいんです」
「お前が望むなら、全身全霊を込めてお前を愛そう、紫龍」
シュラは紫龍の右手を取って、騎士のように恭しくその手の甲に口づけた。
首筋を這う唇の感触に、小さく身悶えた。
もどかしいような、くすぐったいような、もっと強い刺激を求めるような…
「ぁっ……」
唇が滑り降りて、また上がってきて。時折軽く吸われて、ピクリと体が跳ねる。
そんな紫龍の反応を楽しむように、シュラは紫龍の頬を撫でていた手を胸へと下ろしていった。プツリと小さく密やかにその存在を主張する胸の突起を軽く指腹で撫で擦ると、紫龍はもどかしげに身を捩った。
「……っ、んっ……」
「こんな刺激じゃ物足りないか?」
紫龍が上げた小さな声を抗議と受け止めたのか、シュラは笑いを含んだ声で問いかけて、鎖骨の上の窪みに音を立てるキスをして、軽く吸った。
「んっ……ぁ――……っ」
反対側に首を倒すと、首を後ろから前へと斜めに走る筋肉が浮き上がった。その筋腹を確かめるように、シュラは甘噛みする。
「あっ……や………んっ」
少し強めに噛まれて、痛み混じりの快感が駆け抜ける。その直後に与えられる、穏やかなキス。ほんのわずかな刺激なのに、感覚は増幅されていて。紫龍はシュラの肩にすがりつく。
「シュラ……っ」
ちょっとした刺激にもピクリと体を震わせる。
シュラが捧げてくる軽いキスにも反応してしまう。
そんなわずかな変化も、燦々と降り注ぐ陽光は全てシュラの前に曝け出してしまう。
何も隠せない。
全て見られている。
強烈な羞恥が、紫龍を一層煽る。
「や……あっ、んっ!」
乳頭を強く捻り上げられて、紫龍の体が跳ねた。すかさず反対側の胸をそっと舐められて、抑えきれない声が上がる。
「あ……っ」
シュラが施す愛撫の一つ一つに反応を見せ、声を上げ。
明るい中で抱かれるという羞恥に身悶えし、全身が薄く朱に染まる。
そんな紫龍の変化を全て目の当たりにするシュラは、眩暈がしそうな感覚に襲われていた。
薄らと汗ばんでくる滑らかな肌も、ベッドに散らばる長い黒髪も。
唇から洩れる熱い吐息も、シュラにすがりついてくる指も。
何もかもが愛しい。愛しすぎるほどに。
大切に扱って愛してやりたいと思う気持ちと、ぐちゃぐちゃに壊してやりたい気持ちがどちらも強烈に渦巻いて、シュラを混乱へと突き落とす。
何度抱いても、その思いが去ることも、軽減することもない。
「愛している、紫龍」
思いの丈を込めて、けれど告げる言葉はたったそれだけの短いものだというのが、もどかしい。
そんなシュラの胸の内を知ってか知らずか、紫龍は浅い息をしながらうっとりとシュラを見つめ返してきた。
「俺も、愛しています、シュラ……っ、ん……ぁっ!」
そうしている間にもシュラの愛撫の手は休まることがなく、紫龍はたちまち甘い声を上げた。
引き締まった細い腰を抱えられて、シュラの唇が紫龍の中心で息づく熱に辿り着く。
「あ、ああっ!」
熱い口腔に導かれて、濡れた粘膜の感触に紫龍はたまらず高い声を放った。
「あ……シュ、ラ……ッ!」
指で幹を支えながら、口腔の奥深くまで飲み込んでは唇で擦り上げ、シュラの顔が何度も上下する。舌が絡みついて、先端を強く吸われて。
全身を駆け巡る快楽に、紫龍は翻弄された。
体が、奥の方がどうしようもなく疼いて、熱い。
「シュラ………シュラッ!」
両手を突っ張らせて、紫龍はシュラの肩を押さえた。
このまま熱を放出させられるか、あるいは奥深くにシュラを受け入れて全身でシュラを感じるか。どちらかが与えられなければ、おかしくなる。
「どうする、紫龍?」
白昼の元に全てを曝されている紫龍は、何もかもシュラに見抜かれている。
「このままイクか? それとも、俺が欲しいか? どちらにする?」
暴発寸前の根元をきつく指で締められて、紫龍は喘いだ。
「あ――……っ」
吐息が、震える。
「欲し、い……。あなたが……欲しっ――……んっ」
まともに働いていない脳が、本能に従う。口走った紫龍は、シュラに深く口づけられて呻いた。
痛いほどに舌を吸われて、絡め取られて、口腔をシュラの舌に蹂躙される。
「俺も欲しい、紫龍」
熱っぽく囁いて、シュラは着衣を剥ぎ取って紫龍に覆いかぶさった。
紫龍の熱い体を抱き締めて、体を重ねて。
一気に貫き通してしまいたい欲望を抑えつけて、ゆっくりと挿入していく。
「あ……あぁ――……」
シュラを求めて待ちわびていた体が、熱を帯びたそこが、徐々にほぐれて広がって、シュラを受け入れていく。
「気持ちいいか?」
熱い吐息混じりに問われて、紫龍は頷いた。
「動いて、下さい……」
ねだる声が、自分のものとは思えないほどに情欲に濡れ、甘い響きを帯びている。
もっとシュラが欲しくて、近くに来てほしくて。紫龍はシュラの背中に腕を回して、唇を求めた。
音を立てるキスを与えられて、シュラが紫龍の望みどおりにさらに深く、体を進めてくる。
「きつくないか? 大丈夫か?」
「平気、です……もっと……」
ねだられるままに、シュラがゆっくりと腰を動かす。たちまち、紫龍の肉がシュラに絡みつく。
「あ、あ……シュ、ラ……ッ!」
ぐい、と奥まで突かれて、紫龍は背をのけぞらせた。眉を寄せて快感に耐えながら、陶酔する。
「紫龍……」
「あ――……あ、あぁ……っ!」
何度か少し強めに突くと、紫龍は喉をのけぞらせてベッドに顔を押しつけた。シュラの背中に回した腕に力が入って、シュラにしがみついた。
「気持ちいいか、紫龍?」
「いい……あっ、シュラ――……あぁっ!」
腰を支えられて強く突かれ、紫龍は強く頭を振った。ベッドに散らばる黒髪が紫龍の動きに合わせてうねる。
エロティックな動きに、シュラは思わず喉を鳴らして紫龍の足を抱え直した。
「シュラ、シュラ――あ、だめ……も、っと――……っ」
焦らすように、シュラが緩やかに、浅い動きを繰り返す。
我慢できない紫龍は、自分から腰を揺らして、中にいるシュラを締めつけた。
「っ――……あぁ、気持ちいいよ、紫龍」
「ぅんっ! あ、あぁ――……っ!」
全身でシュラを求め、ねだってくる紫龍が愛しくて、シュラは深く口づけた。同時に強く突き上げると、唇の端から紫龍が喘ぎを漏らす。
「あ……シュラ、だめ、だ――……っ!」
「もっと……感じろ、紫龍」
「あ、あ――……シュラ……あぁっ!」
動きを速めたシュラに強く突き上げられて、紫龍が背中をしならせる。
衝撃が腰から脳の頂点へと突き抜けていく。
「ああ……っ!」
のけぞる体を強い力で引き寄せられて、恥骨ごとぶつけてくるように強く最奥を抉られた。体が大きく震えて、いっそう高い声を上げて。
シュラが自分の中で果てるのを感じながら、紫龍は恍惚の中に身を投げた。
「……う、紫龍……」
眠りの淵から紫龍を呼び覚ます声が聞こえる。
ふいに意識が浮上して、抱かれている胸の温かさを感じる。
「紫龍……」
自分よりも少し高い体温が心地よくて、紫龍は思わず頬をすり寄せた。
薄らと目を開けると、辺りは少し明るい。
「そろそろ起きた方がいいぞ、紫龍」
ぼんやりとした視界に、笑みの形に整えられた唇が映った。
と思ったら、額にキスが降りてきた。
「あ……シュラ……?」
ふっと意識が覚醒して、目の前にいるのが最愛の人だとはっきりと理解する。
「おはよう、紫龍」
囁きと同時に、額から唇へとキスが移る。
「もう、朝……ですか?」
「ああ。腹が減ったんじゃないかと思うんだが、どうだ?」
「……」
言われてみれば、そんな気がする。
紫龍は考えるともなく思う。
「昨日は本当にお前をこのベッドから出してやれなかったからな。今朝はちゃんと起きた方がいいぞ。シャワーも浴びたいだろう?」
シュラに教えられて、思い出した。
昨日はシュラに誕生日を祝ってもらって。
ブランチを食べてからシュラに愛されて。何度か意識を飛ばして、何度も追い上げられて射精して。
文字通り、精巣が空になるまで抱かれたのだ。
「あ………」
そんなあれやこれを思い出して、紫龍の顔に朱が走る。
「思い出したか?」
ニヤニヤと、嬉しさを隠せない様子でシュラが問いかけてくる。紫龍は小さく頷いた。
「昨日は無理をさせてすまなかったな」
「いいえ、元はと言えば、俺がそうしてほしいと言ったんだから……」
「良かった、ちゃんと覚えてるんだな」
「……」
安堵したような声音に、紫龍の顔が益々赤みを増す。
「あの、その……昨日は、ありがとうございました」
シュラは昨日、紫龍のわがままに付き合って、本当に1日中抱いていてくれたのだ。
水が欲しいと言えば水を与え、腹が減ったと言えば食事を用意して。
紫龍はこのベッドから、一歩も外へ出ることがなかった。
生まれて初めて祝われた誕生日だった、昨日。シュラは約束を違えることなく、紫龍が望んだことは全て叶えてくれた。
「礼を言われるほどのことじゃない。俺はただ、お前を祝ってやりたかっただけだ」
「でも……嬉しかった、です。貴方に祝ってもらえて」
「そうか。来年はもう少し違った……」
「幸せでした、とても」
返事をしようとしたシュラの声と、紫龍がそう言ったのはほぼ同時だった。
「ありがとう、シュラ」
自然と微笑と言葉が零れ落ちて。
そんな紫龍に、シュラは軽く絶句して。
右の口角を歪めるようにして苦笑したかと思うと、深く口づけてきた。
紫龍は目を閉じて、うっとりとそのキスを味わった。
これ以上ない幸福感に満たされながら。
Fin
written:2008.10.11
2008年の紫龍のお誕生日である10月4日。
やっぱ、山羊龍メインサイトと銘打っているからには、山羊龍書かなきゃね!
と思って話を書き始めたものの、途中で山羊さまがヘタれてしまい、話が進まなくなって選手交代。兄ちゃんで書いてみたら無事に完成!ということで、降板させられてしまった山羊さまだったのですが(汗)
その鳳凰龍を書き上げた後、風呂に入ってさぁ寝よう!と思った時に降りてきたのが、このお話の冒頭部分でした。
寝る前に慌ててネタ帳に書きとめて、起きてからPCに打ち直し、完成までこぎつけました(^^)
というワケで、図らずも2008年は紫龍誕が二本立て、ということに相成りました。
まぁ、天秤月間でお祝いモード♪ということで、良かったのかなぁ、と。
来年は試験とか、実習とか、試験とか、実習とか、勉強会とか。
この時期は行事が目白押しで、お祝いできるかどうかわからないので、出来るうちにやっておこう!という意図もあるのですけどね。。。
でもなぁ。
某様が「エロ不足で元気出ない~(;_;)」と仰るのでエロ追加したのはいいけど、砂吐きそうなくらい激甘な仕上がりってのはどうよ!?>自分;
ちなみに、この作品のタイトルは、チェリストの柏木広樹さんのアルバムからいただきました♪
スペイン人のシュラさんに、ポルトガル語のタイトルってどうなのよ?と正直思ったのですが(苦笑)
加えて、ボサノバ調の爽やかな楽曲に、こういう甘いエロってどうなのよ?とも思うのですが(汗)
でも、いいか。
私の記憶が正しければ、「CASA FELIZ」って「幸せな家」という意味のはずなので(^^)