It's the special day.
漂ってきた香りに気付いて、瞬は顔を上げた。
その香りは自己主張が強い。
ふわり、などという形容は似合わない。
どこからともなく漂ってくるくせに、しっかりと自己主張してくる。
金木犀だった。
そうか、もうそんな季節なんだね。
買い物に出かけようと城戸邸を出て、散歩ついでにスーパーまで歩いていた瞬は心の中で呟いた。
(そういえば……)
金木犀が咲いて、香りがどこからともなく漂ってくる季節に生まれた男がいる。
彼の誕生日が近いのだ、と瞬は花に知らされたような気持ちになった。
(準備しなきゃ、ね。いろいろ)
腹違いの兄であり、戦友でもある、かけがえのない同胞。
平和が訪れた今となっては、母親のような役目も買って出てくれている、心優しい彼。
線の細い見た目に反して芯の強い心を持っていて、義に篤く次期教皇候補とも目されている彼は、誰からも愛されている。
ごく一部を除いて。
ケーキとか、料理とか、どうしようかな?
気が付いたら、思考はつい先へと進んでしまう。
瞬は頭の中のレシピをめくって、数日後に迫ったその日に思いを馳せていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
10月4日。
瞬が呼びかけた小宇宙に呼応した面々が、東京の城戸邸に集まってきた。
青銅も白銀も黄金も、聖闘士候補も。果ては女神に至るまでが、彼のためにやってきた。
文字通り、世界各国から。
愛されてるよなぁ、やっぱり。
ケーキは手作りしたものの、料理やテーブルセッティングなどは城戸邸のシェフや他の協力者の手を借りて、瞬はバイスディ・パーティの支度を整えた。
修業地へ戻っていた彼も、小宇宙で呼び戻した。彼の師匠と一緒に。
小宇宙で彼の到着を知った瞬は、玄関まで迎えに出た。
「お帰りなさい、紫龍」
聖闘士としての修行に出るまでの一時期と、聖闘士になってからの一時期は、紫龍もここで暮らしていたことがある。何より、今はこの城戸邸は彼ら兄弟たちの家でもある。瞬は、紫龍はここに戻ってくる度にそう言って出迎えた。
「ただいま、瞬」
「もう皆揃ってるよ。沙織さんもさっき帰ってきたし」
「そうか。すまないな」
「何言ってるの、いいんだよ。主賓なんだから、ちょっとくらい待たせるくらいで、ね」
恐縮する紫龍に瞬は軽くウインクをして、彼の師匠である童虎共々大広間へと案内した。
瞬が企んだ、紫龍の誕生日祝い計画は大成功を収めた。
瞬が手作りしたケーキ。
城戸邸のシェフたちが腕を揮った料理の数々。
薔薇のスペシャリスト、魚座のアフロディーテが私的に育てている薔薇園から持参した、色とりどりのバラで彩られた広間。
サミットさながらに世界各国から集った聖闘士たちや、全聖闘士から崇拝される女神。
誰もが紫龍の誕生日を祝い、彼と過ごすひと時を楽しんだ。
けれど。
皆に礼を言いながら、自分も料理に舌鼓を打ちながら。
瞬お手製のバースディ・ケーキにナイフを入れながら。
皆に囲まれて微笑を浮かべながらも、どこか主賓である紫龍の表情が冴えなかったことに、瞬は気づいていた。
日頃から聖域でも顔を合わせる度にケンカになる、蟹座のデスマスクが来ないのは当然として。
いなかったのだ。
紫龍が、本当に祝ってほしいと思う人物が。
瞬の呼びかけが届かなかったはずがない。彼もまた、強大な小宇宙の持ち主であることに変わりはないのだから。
だが、来なかった。
……思ったより、薄情だな。いや、照れるから来なかっただけ、とか?
瞬にはいまいち判断がつかない。
まぁ、でも……。
と思い直す。
誰よりも大切な恋人だと思っているのならば、誕生日くらい祝いにきてやればいいのに、と。
「別に、僕が口出しすることじゃないんだけどね」
呟いて、そろそろ寝ようと部屋のカーテンを引く。
その時だった。
この、小宇宙……
瞬は、城戸邸に近づいてくる小宇宙を感じた。
女神がここに滞在している今、厳重な警護が敷かれている。
それを物ともせず、慣れた様子で城戸邸に近づいてきて、ベランダの一つに辿りついたのがわかった。
「やっぱり、照れてただけか」
それを確認して、瞬はふと笑みを漏らす。
小宇宙が辿りついたのは、紫龍の部屋。
紫龍が寝るかどうか、ギリギリのタイミングを狙ってやってきたとしか思えない時間帯。
けれど、恋人同士で甘い誕生日を熱く祝うには、まだ十分な時間が残されている。
「今日は特別な日だからね。お幸せに」
瞬はそう呟いて。
部屋のカーテンを引いた。
Fin
written:2010.10.04
2009年は、専門学校の試験とか、国家試験とか、いろいろあってお祝いできませんでしたので。
2010年はちょっと頑張ってみました。
……その結果がこれかよ!?でごめんなさいです(滝汗;)
紫龍のお誕生日だけど、瞬たん視点です。
紫龍のお相手は、ご想像にお任せします。お好きな方を×の左側に当てて下さいませ。
ちなみに、このタイトル。
紫龍と同じ日に生まれた、某テニス部部長の俺様が、自らのお誕生日を祝して歌った曲です(爆)