金元宝

金元宝~結月堂Ver.


「城戸様」
 そろそろ遊び飽きてきたと思った頃。黒いスタンドカラーのスーツに身を包んだ男が一輝に声をかけてきた。
「龍神様がお呼びです。どうぞこちらへ」
 ようやく来たか。
 一輝は心の中でほくそ笑んだ。
 マカオの街の一角にあるカジノ・青竜。財団の総帥として商談で中国を訪れる際、一輝は必ずこの店を訪れる。己の商談が上手く進むかどうか、運試しも兼ねて。
 この店に出入りするようになって、もう3年になる。2~3か月に一度は顔を出し、中国滞在中は暇を見つけては何度か訪れることもあって、一輝はすでにここの常連客になっている。
 ここは一見、普通のカジノと変わらない。だが、一部の常連客にだけは、ある特別な接待を提供している。
「龍神様がお呼びです」
 それが合図だった。
 一輝は黒いスーツの男に案内されて、店の奥にあるドアから別室へ通された。色鮮やかなチャイナ服姿の女性ディーラーや着飾った客達がゲームに興じるにぎやかな声と、酒と煙草と香水の臭いから解放されて、つい一輝は深く息をつく。
 ドアの奥にあるエレベーターで階上へと上がり、VIPルームのある階も超えてさらに上へと上がる。エレベーターを降りると、目の前には重厚な扉がある。朱塗りの壁に色鮮やかな装飾、精巧な龍が彫られた門扉。そこは、黒いスーツの男が持つIDカードがなければ開くことができない、特別な客のための貴賓室だった。
 そこへ通されるのも、もう慣れたものだ。
 下の階の喧騒から離れ、厳重な警備に守られた部屋に住む、この世ならざる美しさを持つ龍神がこの奥にいる。
「紫龍様、城戸一輝様をお連れ致しました」
「通せ」
 男がインターフォンで話しかけると、深みのある低い声が短く応えた。男がIDカードを通すと、扉が開く。
「どうぞ、お入り下さい」
 中に入ると短い廊下があり、その奥は表向きの仰々しい装飾とは裏腹に、簡素な造りの部屋になっている。12畳ほどの応接室になっているその部屋には、一組のソファとテーブルのセット、そして重厚な机と壁際に並ぶ背の高い本棚がある。部屋の一角には小さなカウンター式のキッチンもあった。
「今日はずいぶんと時間がかかったな。待ちかねたぞ、紫龍」
「それは申し訳ございません。生憎、先客がおりましたので」
 勝手知ったる様子で、一輝は悪態をつきながらドカッとソファに腰かけた。カウンターの奥から、先ほどインターフォンに応えた低く深みのある声が響いてくる。
 そこにいるのは、長いまっすぐな黒髪を後ろで一つに束ねた美しい男だ。
 やや赤みのある薄紫の生地に、色鮮やかな昇竜の刺繍が施された絹のチャイナ服を着た男。涼やかな目元をやや緩ませ、薄い唇の端を笑みの形に引き上げ、凛として佇むその姿を見ることのできる客は、ごくわずかだ。
 このカジノ最強のディーラーであり、龍神と謳われる男。その名を紫龍という。
「先客だと?」
「ええ。VIPルームにご案内した方だったのですが、どこから聞きつけたのか、私に会わせろと言って聞かなかったようですね。ディーラーが対応に苦慮していたので、仕方なくここにお招きしました」
「で、どうしたんだ?」
「城戸様が気にかけるほどの価値もございませんよ。いつも通りにお相手して、丁重にお帰りいただきました」
 コポコポと湯が沸く音をBGMに、穏やかに話す紫龍の声を聞いて、一輝は心の中で舌打ちした。
 紫龍が丁重に帰ってもらう、というのは少々意味合いが異なる。一輝も何度か同じ目に遭ったことがあるが、完膚なきまでに徹底的に負けさせてその日稼いだ全てのチップを巻き上げて、この店から叩き出されるのだ。何をどうやっても勝てない、自分が勝つイメージが全く想像できないほどの強さで、紫龍は相手を圧倒するのだ。
 それが、彼が龍神と呼ばれる所以の一つだ。
「つまり、容赦なく叩きのめしたってことか」
「人聞きの悪い言い方をなさらないで下さい。私は、私の仕事をしただけです」
 涼やかな微笑を浮かべる紫龍を見て、一輝は心の中で呟いた。ごり押ししてここに乗り込んできた男は、二度とこの店に足を踏み入れようなどと思わぬほどに打ちのめされたのだろう、と。
「でも、弱かったんだろう?」
「そうですね。城戸様とゲームに興じるほどの高揚感は、味わえませんでした。貴方様はお強いですから」
「……」
 よく言うぜ、と一輝は口の端を歪ませた。
「少なくとも貴方様は、一度始めたゲームをご自分から降りるなどということはなさいません」
「負けず嫌いだからな、俺は」
「そうでございますね」
 言いながら、紫龍がポットに湯を注ぐ。この部屋では酒が供されることはない。煙草を吸うことも許されない。紫龍は、この部屋にやって来た客を茶でもてなす。透明なガラスのポットと、ガラスの器。ポットの中に入っているのは、茶葉を球状にまとめた工芸茶だ。湯を注がれると水分を含んだ茶葉が次第に緩み、ほぐれ、中から花が現れる。
 案の定、紫龍は茶器をひと揃いトレーに乗せて、一輝が腰を下ろしたソファの前に置かれたテーブルの上に置いた。
「また大事な商談があるのでしょう? だから、貴方様はここへいらした」
「その通りだ」
「商談が貴方様の思い通りに運ぶことを願って、こちらを」
 そんな時、紫龍が一輝に提供する茶葉は決まっている。
 金元宝。
 中国の貨幣の名前がつけられたその茶葉は、名前の如く金運をもたらすとされる。
「茶葉が開くまで、少々お待ち下さい」
 この茶葉は、開くと中から鮮やかな千日紅の花が現れる。透明なポットの中で花開くそれも、もう見慣れたものだ。
「飲み頃になりましたね」
 紫龍は茶葉が開き、薄く色づいた茶を透明な茶器に注ぎ、一輝に差し出してきた。
「今日はいかがなさいますか? いつも通りでよろしいでしょうか?」
「ああ」
 一輝が茶器を手に取って1杯目を干すのを見て、紫龍が問いかけてきた。
「自分の運をサイコロや回転盤に託す趣味はない」
「そうでございますね」
 一輝の答えに、紫龍は満足げに微笑した。そして2杯目を茶器に注ぎながら続けた。
「そう仰ると思い、すでに支度を整えております。私は先に行っておりますので、いつでもお越し下さい」
 ポットを空にすると、紫龍はそう言い置いて席を立った。濃い紫のリボンで束ねた髪が、紫龍の動きに合わせて背中で軽く跳ねる。
 この部屋の隣に何があるのか、一輝はもうわかっている。壁の一角にあるドアを開けると、その先には紫龍専用のカジノルームがあるのだ。紫龍はそのまま一輝を振り向くこともなく、ドアの向こうに消えた。
 一人残された一輝は、2杯目を煽って立ち上がり、紫龍を追った。
 紫龍が消えたドアを開けて奥に入ると、そこはカジノルームになっている。ブラックジャック、ルーレット、バカラ……あらゆる種類のテーブルが広い室内に置かれている。紫龍はブラックジャックのテーブルに立っていた。
 紫龍との勝負は、たった1ゲームだけだ。
 勝つか、負けるか。そのどちらかしかない。
 1ゲームで、その日積み上げたチップを全て失うか、あるいは巨額の金に換えるか、一輝の命運が決まる。
「ブラックジャックでよろしいですね?」
「構わん」
 一輝はこのシンプルなトランプゲームを好んでいる。ディーラーが配るカードが合計21になるように揃えていく、ただそれだけのゲームを。シンプルであるが故に、己の意思とディーラーとの駆け引きが物を言う。
「では、始めさせていただきます。ルールはすでにご存知かと思いますが、念のため説明させていただきます」
 鮮やかな手つきでカードを切りながら、紫龍は続けた。
「勝負は1ゲームのみ。私が勝てば、今宵城戸様が手に入れたチップは全て没収し、そのままお帰りいただきます。ですが、城戸様が勝てば……」
 言いながら、紫龍は言葉を切って一度手を止めた。カードの束を一度テーブルに置き、利き手である右手で髪を束ねたリボンをほどいた。サラ、と絹糸のような艶のある髪が紫龍の肩を流れて胸元へと滑り落ちてくるのを、一輝は見るともなく眺めた。
 それが、この部屋で供される接待の合図だった。
「城戸様が手に入れられたチップは、全て城戸様の物。そして今宵一晩、この身を自由になさって下さい」
 一輝が賭けるのは、一晩で稼いだチップの全て。
 紫龍が賭けるのは、己の肉体。
 そう言って、紫龍は穏やかな微笑を消して、艶やかな深い笑みをその整った顔に刻んだ。初めてこの部屋に通された時、一輝を魅了した笑みだ。ざわついて揺れる心を押さえつけるように、一輝は紫龍の言葉を遮った。
「ごたくはいい。さっさと始めろ」
「かしこまりました」
 促した一輝に頷いて、紫龍は再びカードの束を手に取った。
 初めてこの部屋に通されて、紫龍と勝負をした時。勝てばこの美しくて細い体を自由にできる、という欲望に駆られて一輝は己を見失った。いつもの冷静な判断をができなくなり、気がつけば負けていた。
 紫龍が特別何かをしたわけではない。客は勝手に己の欲に負け、自滅するのだ。男も女も魅了するその容姿と、テーブルに立って牙を剥く本性に惑わされて。
「では……」
 穏やかな光をたたえていた紫龍の目に、鋭さが宿る。獲物を捕える時のような鋭さが。
 通常、ディーラーはゲームだけではなく、その巧みな会話でも客を楽しませる。だが一輝はそれを好まない。二人のゲームはほぼ無言で進められる。カードを通じた真剣勝負の鍔迫り合い。その高揚感を一輝は好むのだ。
「1枚目」
 一輝の手元に置かれたカードはハートのJ。紫龍の手元には、スペードのJ。2枚目のカード次第では紫龍の方に軍配が上がる、というカードだった。
「2枚目が楽しみだな」
「そうですね」
 不敵な笑みを浮かべた一輝に、紫龍も艶やかに笑い返してくる。
「お前が俺に寄越すカードは、何だろうな?」
「さあ、カードのみぞ知る、というところでしょうか」
 言いながら、紫龍が2枚目のカードを配った。紫龍の手元には、裏返しにされたカードが置かれる。一輝の前に配られたカードは……ハートのA。合計は21、クイーンジャックと呼ばれる、プレミアムがつく決まり手だった。
「さすが城戸様、お強いですね」
「まだわからんぞ、お前次第ではな」
 紫龍の手元にある2枚目のカードがスペードのAならば、純正ブラックジャックになる。一輝が揃えたクイーンジャクよりも強い決まり手なのだ。紫龍が2枚目を裏返した瞬間に、勝敗が決まる。
「いかがなさいますか?」
「スタンドだ」
「かしこまりました。では……」
 一輝はスタンド、つまりこれ以上カードを配る必要がないことを伝えた。客がスタンドを宣言したら、ディーラーは裏返した2枚目のカードを表にして、客に見せるのがルールだ。
 紫龍は慣れた手つきでカードを表に返した。
 その様子を、一輝は息をするのも忘れて見つめた。
 一輝が勝つか、紫龍が勝つか。
 命運を握るカードが一輝の眼前にさらされる。
「……エース――……」
「クラブ、ですね。やはり城戸様はお強い」
 紫龍が表に返したカードは、クラブのAだった。カードの合計は21だが、プレミアはつかない。一輝の勝ちだった。
「お約束通り、城戸様が手に入れられたチップは全て、そのまま城戸様の物です。そしてこの身も、どうぞご自由に……っ!?」
 かしこまった様子でカードをテーブルに戻そうとした紫龍の右手を、一輝は掴んだ。ガタンと音を立てて椅子が倒れるのも構わずに立ち上がり、掴んだ右手を引いて紫龍を引き寄せる。その先を紡ごうとした紫龍の唇を、自分のそれで塞ぐ。
「……っ、ん――……」
 舌で口裂を割って口腔を探ると、紫龍が吐息を漏らした。手にしていたカードがバラバラと音を立てて床に落ちる。
「言われずとも、そうさせてもらう」
「では、隣へ参りましょう、城戸様。ここでは……」
「紫龍」
 キスから解放された紫龍が、隣にあるベッドルームへと一輝を促した。それを一輝は短く制した。
「俺が勝った瞬間から、敬語もその呼び方もやめろ。何度言えばわかるんだ?」
「そうだったな、一輝」
 紫龍の顔から、営業用の微笑が完全に消える。
「やれやれ、カードが曲がってしまった。また新しい物に換えなければならないな。お前が手荒な事をするからだぞ、一輝」
「人のせいにするつもりか?」
「勝つや否やがっついてくるのはどこの誰だと思っている? 新しいカードは手に馴染まないから嫌いなんだ」
 これ見よがしにため息をついて、紫龍は床に落ちたカードを拾い上げた。一輝を焦らすように。
「お前に持っていかれたチップの中から弁償してもらうか」
「バカ言え。下にいる客どもからさんざん巻き上げて、しこたま儲けてるだろうが。たかがカードの一つや二つ、痛くも痒くもないくせにしみったれたことを言うな」
「使いやすいカードが一番だからな」
 最後の1枚を拾い上げてテーブルに戻し、紫龍は顔にかかる長い髪をかき上げた。そして先ほどのリビングルームに続くドアとは違うドアを開けた。そこから先は、紫龍のプライベートールームだ。この特別室に入れる客も限られたごく一部でしかないが、この先にあるプライベートルームに足を踏み入れることを許される客は、さらに限られる。紫龍との勝負に勝ち、その身を自由にできる権利を得た者だけが許される領域だ。
 部屋には天蓋付きのベッドが置かれている。
 一輝はそのベッドに紫龍を押し倒してのしかかった。
「好きにしろと言ったのはお前だからな」
「ああ、好きにしろ」
 確認を求める一輝に、紫龍は不敵な笑みを浮かべた。
「夜はまだ長い。お前も楽しめ」
「そうさせてもらう」
 紫龍の薄紫のチャイナ服に一輝が手をかける。絹の手触りが心地いい着衣のホックを外していく。
 日に焼けない白い首が、鎖骨が少しずつ露わになって、一輝の眼前にさらされる。
 その首筋に指を滑らせて、顔を埋める。
「楽しめと言うからには、しっかり楽しませてくれるんだろうな、一輝よ」
「そのつもりだ」
 挑発された一輝が、口の端を歪めて紫龍に口づけてきた。
 唇を塞がれて、一輝の舌を迎え入れてキスに応えながら。
 紫龍は天蓋を支える柱に縛り付けられている薄いカーテンの紐を解いた。



「あ……っ」
 声を上げて、紫龍が身をよじる。
 昇竜の刺繍が施された服は、かろうじて肩に引っかかっているだけになっている。白い首筋に、胸に、一輝が付けた跡が散り、紫龍の素肌を彩る。
「あ、一輝……」
「随分と興奮しているな。前に俺が来てから、お前に勝てる相手がいなくて欲求不満だったか?」
「や……ちが……――っ」
 胸の中でひときわ赤く色づいた乳頭に歯を立てて軽くかじり、痛みの刺激を与える。直後にきつく吸い上げると、強烈な刺激になるのか、紫龍が高い声を上げてビクリと体を大きく震わせる。
 一輝以外にもこうして肌を合わせる客がいるはずなのに。何度抱いても、紫龍は初々しい反応を見せる。
 リビングで対応する時は、全く露出のないストイックな様子を見せ。
 テーブルについてゲームに興じる時は、鬼神のごとき強さを見せ。
 ベッドに入るまでは淫蕩な娼婦のように振る舞い、いざベッドに入ると処女のような恥じらいを見せる。
「楽しませてやる、お前が満足するまでな」
 顔を上げて見下ろすと、トロリと情欲に潤んだ目が一輝を見上げてきた。
 どうしても今すぐに欲望を吐き出さなければならないほどに、切羽詰まっているわけではない。だが、自分の中で強烈な欲望が急速に渦巻くのを、一輝は感じていた。
 まだ一度も触れていなかった下肢に手を伸ばすと、熱が育ちつつあるのが感じ取れる。
「こっちも、待ちきれないようだな」
「あっ、一輝……」
 服の上から触ってやると、小さく声を上げて紫龍は身をよじった。
「早くしろ、か?」
「やっ、ちが……うっ!」
 服の下に手を滑り込ませて直に刺激する。ビクッと体を震わせて反応する紫龍に気を良くして、一輝は愛撫の手を強めた。
 下着ごと下肢を覆うズボンに手をかけて、引きずり下ろす。勃ち上がりかけている欲望の兆しを口腔深くに飲みこむと、紫龍はひときわ高い声をあげる。
「や……あっ、あぁっ!」
 巧みなカードさばきで一輝を翻弄する最高のディーラーが、一輝の下で悶える。この瞬間だけは一輝が完全に主導権を握り、立場が逆転する。
「一輝……っ、あっ!」
 低く深みのある声が上ずって、抑えきれずに一輝を呼ぶ。
 解放を求める響きをその声に聞きながら、一輝はわざと曲解して焦らす。
「こっちも欲しいか?」
 膨れ上がった先端を軽く吸って唇を離し、後ろの襞を探る。隙間を押し広げるように襞を探ると、紫龍は羞恥と快楽への期待で頭を振る。指を差し入れていくと、たまらない様子で背をのけぞらせる。
「あぁ………っ、んぁっ」
 立て続けに声を上げて、紫龍は一輝の指を根元まで飲みこんだ。内襞を抉り、擦って感じる場所を探る一輝の指を感じながら、紫龍は口元に差し出されたもう一方の一輝の手指をチロリと舐めた。ほとんど意識せず、条件反射のように。
 後ろを責められながら、紫龍は一輝の指に舌を絡ませた。
 一輝の愛撫に陶酔しそうになりながら、懸命に口内の指に奉仕する。その淫らな表情に、一輝は自分の熱が疼くのを抑えられなくなった。
「しゃぶれ、紫龍」
 上下の口から指を引き抜いて、一輝は態勢を入れ替えた。熱を帯びて屹立する一輝の牡を目の前にして、紫龍の顔に淫蕩な微笑が浮かぶ。
「良くしてほしいか?」
「ああ。お前も、もっと良くなりたいだろう?」
 問いかけに一輝は短く答えた。逆に問い返すと、紫龍は肩からずり落ちて腕に引っかかるだけになっていた薄紫の上着を脱ぎ捨てて、一輝の膝の間に体を割り込ませた。
 膝をついて前かがみになって、紫龍は一輝の牡に唇を寄せる。
 膨らんだ先端に軽く口づけて、薄紅の舌でチロリと舐めてくる。敏感な場所で濡れた感触を味わい、一輝は軽く呻く。
「……っ」
 口腔に一輝の牡を飲みこんで、先ほど一輝の指にそうしたように舌を絡ませてくる。顔を上下させて、唇で幹をしごかれて、一輝の息が上がる。
 パサ、と艶のある烏の濡れ羽色のような黒髪が、一輝の太腿にかかる。その感触すらも快感にすり替えられていく。
 一輝にしゃぶりつく紫龍の背中に流れる髪の隙間から、翠の何かが見え隠れする。
 それが何なのか、一輝はすでに知っている。全貌を見ようと、一輝は紫龍の愛撫を受けながら背中にかかる髪をバサリと少し乱暴に払いのけた。
「――……っ!」
 そんな一輝の仕草に抗議するように、紫龍が先端を強く吸った。瞬間に駆け上がってくる快楽に小さく呻いて、一輝は見た。紫龍の背中に描かれているものを。
 紫龍の背中には、色鮮やかな昇竜の刺青が入っている。心臓の裏側に龍玉を抱き、尾を足の付け根に絡ませるようにして、今にも動き出しそうな躍動感に満ちた龍を、紫龍は背中に住まわせているのだ。
 それが、彼が龍神と呼ばれる所以の一つでもある。
 裏の世界で生きている人間である、と証明する刺青。
 紫龍から勝利をもぎ取るほどの、真の強者だけが拝むことのできる神獣。それを眺めることもまた、一輝の楽しみの一つでもあった。
 背中の刺青を眺めながら、紫龍を後ろから犯す。
 神獣を蹂躙しているような、歪んだ快楽に身を委ねる。
 すぐに訪れるその瞬間を思い、一輝は紫龍に愛撫の手を止めさせた。
「一輝……」
「腰を突き出せ。入れてやる」
 顔を上げた紫龍が、一輝に言われたとおりに腰を高く上げて誘う。
 一輝は紫龍の腰を掴んで、限界近くまで張りつめた先端を紫龍の小さな蕾にあてがって、押し広げるように侵入した。
「あ……あっ、――……んぅっ」
 強烈な異物感に襲われて、紫龍が体をくねらせる。背中の龍も、生きているかのようにうねる。
「欲しかったんだろう?」
「ん……あっ」
 返事の代わりに、喘ぎ声が返ってくる。
 一輝を押し出そうとするようで、もっと奥へと導くようでもあるキツイ締め付けに痛みにも似た快楽を覚える。根元まで押し込むと、軽い目眩を覚えるほどの甘美な締め付けが襲ってくる。
 そのまま紫龍の肌に馴染むのを待っていると、紫龍は待ちきれないように自分から動き始めた。腰を揺らして、抜き差しするように動く。
「そんなに待っていたのか?」
「……っ、あ――……あっ!」
 嘲笑するように問うと、紫龍は声を上げて貪るように動きを速めた。敏感な器官が壁で擦られ、先端を絞られる確かな快感が脊髄を駆け上がってくる。
「く……っ、いいぜ、紫龍」
「あ、あぁ――……っ、あっ!」
 堪えきれずに、一輝は紫龍の尻をつかんで激しく抽挿し始めた。紫龍は背中をのけぞらせ、頭を振り、カードを巧みに操る細いしなやかな指でシーツを握りしめ、衝撃に耐えて快楽を貪る。
「あ……ああぁっ!」
 感じる場所を先端で抉られて、紫龍はひときわ高い声を上げた。体を支えていた肘から力が抜けて、ガクンと上体をシーツの波に沈める。
 そのまま脱力する紫龍を横抱きにして、角度を変えて一輝は再び責め始めた。
「紫龍……」
「一輝、一輝ぃっ!」
 紫龍を責めながら耳元に唇を寄せて呼びかけると、紫龍は喘ぎながら一輝を呼んで唇を求めてきた。それに応えて唇を重ね、舌を奪い合う。
「ん……んぅ、ふ――……ぁっ」
 喘いで快楽の渦に呑まれ、紫龍が唇を離してベッドに突っ伏した。
「イキそうか? ……ヒクヒクしてるな、ここも」
「あ……イ、ク……。イかせて――あっ、一輝っ!」
 我を忘れて懇願する紫龍に、一輝は喉の奥で笑った。
 前に手を回せば、先ほど愛撫を施してから一度も触れられていないのに、紫龍の牡がはちきれんばかりに膨らんでひくついている。
 このカジノに君臨する最強の男が、我を忘れて自分を投げ出す瞬間。
 神獣を汚す下卑た悦びに浸る。
「イかせてやる。たっぷり味わえ」
「ああっ! あ――……っ!!」
 激しく抽挿され、何度も感じる場所を抉られて。
 紫龍は声にならない叫び声を上げて、膨れ上がった先端から樹液を迸らせて絶頂に達した。
「――……っ、くっ」
 挿入する時よりもさらにキツい締め付けを受けて、一輝も思わず呻いた。
 そして限界まで膨らんだ牡を引き抜いて、尻から太腿の付け根にかけて尾を絡ませている紫龍の神獣の上に、己の欲望を吐き出した。



 深い眠りから覚めると、隣ではまだ精悍な顔つきをしたクセのある髪の男が熟睡していた。
 ゲームで一輝を勝たせ、ベッドに移動してから何度か交わった。
 あらゆるゲームを知り尽くし、カードさばきにも長けている紫龍にとって、自分の望み通りに結果を左右することなど造作もない。肉体的な欲求を満たされて、心地よい気だるさが残る体を起こして、紫龍はそっと薄いカーテンをめくってベッドから降りた。
 ガウンを羽織ってドアを開けると、最初に一輝を通したリビングルームに戻ることができる。水でも飲もうとそこへ入ると、長い髪を後ろで三つ網にした女性が一人立っていた。
「また勝たせてやったの?」
「苦情なら聞かん。あれ一人を勝たせてやったところで、支障はなかろう」
「それはそうだけど」
 紫龍の秘書を務め、全ての事情を知る女性、春麗はそう言って苦笑した。
「それで、今回あれが進めている事業の相手はわかったのか?」
「ええ。上海の再開発を進めている政府関係の企業よ。アメリカの会社と競っているようね」
 春麗が挙げた会社名は、紫龍の影響力が及ぶ傘下の企業だった。
「なるほど。ならば、どうにでもなるな」
「助けてやるの?」
「グラード財団が事業を進めてくれた方が、俺にとっても都合がいいからな。ここで儲けさせてやった分は、きっちり返してもらう」
「抜け目ないわね。そういうところも、老師譲りかしら?」
 嫌みを言う春麗に向かって紫龍は艶やかに笑い返し、一輝が飲み残した金元宝を飲み干した。


Fin

2009.8.17




えー、8月15日は一輝兄ちゃんのお誕生日ということで。
「美麗紫花茶」に書いたお話を完結させるついでに、最初から書き直してみました。
本来ならば15日に中にアップする予定だったのですが、後半に入るや筆の進みが遅くなり……(汗)
結局2日遅れてのアップとなってしまいました。


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