渚のInvitation1

渚のInvitation1



「もうすぐゴールデン・ウィークね」
 4月の半ば。
 聖域の最奥にある女神神殿で、聖域の主であり地上を預かる女神・アテナの化身である城戸沙織がおもむろに呟いた。
「ゴールデン・ウィークですと? それは一体……?」
 沙織が不在の時は女神の代行者として、聖域において聖闘士たちを束ねる教皇・シオンは沙織の呟きを律儀にも拾い上げた。
「ギリシャにはそういう風習はないのでしたね」
 冥王ハーデスとの聖戦を終え、他の12人の黄金聖闘士と共に復活して教皇の座に返り咲いたシオンに、沙織はニッコリと笑いかけた。
「日本では4月の終わりから5月の頭にかけて、祝日が重なるのです。日本人は働きすぎる、と言われているのはあなたもご存じでしょう、シオン?」
「ええ、そういった話はよく聞きますが、それで?」
「ですから、祝日と祝日の間を国民の休日にして、前後の土曜日や日曜日と合わせてまとまった休暇を取る組織が多いのです。我がグラード財団も例外ではないのですが」
 女神アテナの化身である城戸沙織は、世界有数の財閥であるグラード財団の総帥も兼ねている。
「夏休みでもない、冬休みでもない。そのまとまった休暇のことを、ゴールデン・ウィークと呼ぶのです」
「なるほど、それは素晴らしいですな」
 沙織の説明に、シオンはいささか大げさに頷いた。
「で、そのゴールデン・ウィークとやらが聖域に関係あるのでございましょうか?」
「ええ。ゴールデン・ウィーク、つまり黄金週間ですからね。ハーデスとの聖戦も終わって、地上に平和が訪れたことを記念して、その黄金週間に黄金聖闘士の皆に休暇を与えるのはどうかと思うの」
「……」
 沙織のよくわからない理屈に、シオンは絶句した。
「死してなお、魂となっても私への忠誠を見せてくれた黄金聖闘士たちの働きがなければ、ハーデスを倒すことは叶わなかったでしょう。その感謝も込めて、少し皆にゆっくりする時間をあげたいの。どうかしら、シオン?」
 どうかしらと問われても、彼らが命をかけて守るべきアテナの提案を無下に却下するわけにはいかない。
「……よろしいのではないでしょうか」
「そう? では、カレンダーに則って26日から5月6日まで、全ての黄金聖闘士は休暇を取るようになさい」
「は、かしこまりました」
 突拍子もない命令だと内心で思いつつ、シオンは頭を垂れた。
「この際だから、どこかへ旅行に出てもいいのですよ。世界各国にある我がグラード財団のリゾート施設も提供しましょう」
「それはよろしゅうございますね。ムウ達にそのように伝えましょう」
「あら、あなたもよ、シオン」
「は?」
「あなたも今は教皇ですけれど、元は牡羊座アリエスの黄金聖闘士でしょう? だから、あなたも例外ではありませんよ」
「は、はぁ……」
「カノンにも、ちゃんと伝えて下さいね。26日から5月6日まで、黄金聖闘士たちは聖域への一切立ち入りを禁じますから、そのつもりでいて下さいね」
「……」
 ニッコリと極上の微笑を浮かべる沙織に、シオンは言葉を失った。
「戻ってきたら、私の名において罰を与えます。よいですね?」
 かくして、沙織の独断と偏見によって、黄金聖闘士たちは黄金週間に無理やり休暇を取らされることとなったのである。

 女神アテナの名において、黄金聖闘士は黄金週間の間に休暇を取るべしという命令が全黄金聖闘士に告げられたのは、そのわずか5分後のことだった。
「で、希望する滞在地があれば今日中に申し出ろ、って?」
「ずいぶん急な話だな」
「いきなり休暇を取れ、聖域には戻ってくるな、と言われても困るな。どこへ行けと言うんだ」
 命令が下されてから30分後。
 12宮の10番目の宮である磨羯宮では、宮を守護している山羊座カプリコーンのシュラ、4番目の巨蟹宮を守護する蟹座キャンサーのデスマスク、12番目の宮を守護する魚座ピスケスのアフロディーテが顔を揃えていた。
「ま、でもいいじゃねぇか。グラード財団のリゾートホテルは自由に使えるんだろ? 俺と一緒にベガスでも行こうぜ、アフロディーテ」
 開き直るのが早いデスマスクは、カジノで有名な都市の名前を挙げてアフロディーテの肩を抱いた。
「お前のことだ、カジノでボロ負けするのがオチだ。だいたい、カジノなど騒々しいだけじゃないか」
 だがそのアフロディーテは、肩を抱くデスマスクの手をパシッと叩いてにべもなく跳ね除けた。
「シュラ、君はどこで休暇を過ごすつもりだ?」
「日本だ」
 アフロディーテの問いかけに、シュラは即答した。
「「日本!?」」
 デスマスクとアフロディーテは声を揃えておうむ返しにした。
「あそこはアテナが育った場所だからな。一度行ってみたい」
 シュラが語ったその動機の裏にあるものを、不幸にもデスマスクとアフロディーテは気付いてしまった。だが、口にすれば最後、研ぎ澄まされた両手両足のどれかが飛んでくるのは明白。長年の付き合いから、二人とも学んでいたために敢えてそこには触れなかった。
「ああ、お前たちは来なくていいぞ。ベガスでもどこでも、お前たちの好きな場所で過ごせばいい」
 要するに、他に連れて行きたい人物がいるから邪魔をするな、と言っているわけだな。
 と、デスマスクとアフロディーテはほぼ同時に心の中で呟いた。
「締切は今日の18時だったな。まだ3時間も猶予がある。お前たちはゆっくり考えて決めろ」
 言いながら、シュラは座っていたソファから立ち上がった。
「どこへ行く?」
「アテナの許へ」
 短く言い置いて、シュラは磨羯宮を出て上へと続く階段を上った。

「……では、シュラは日本へ行きたいと?」
「はい、アテナ」
 磨羯宮を出てから15分後。
 シュラは女神神殿の手前にある教皇の間において、教皇であるシオンと、女神沙織の二人と対面していた。
「せっかくアテナが設けて下さった休暇。そのゴールデン・ウィークとやらを日本で満喫するのもこれまた一興かと」
「そうですか。日本ならば、主要な観光地にグラード財団のホテルもありますし、プライベートビーチのあるリゾートホテルもありますよ?」
「プライベートビーチですか」
「ええ。日本国内でも最も南にある沖縄では、もう海開きも済んでいますからね。泳ぐこともできます。北にある北海道では、場所によってはスキーもできますし」
 言いながら、沙織はシオンに指示を出して日本国内にあるグラード財団系列のリゾートホテルの、英語で書かれた案内書をズラリと並べた。 
「プライベートビーチというのも、心惹かれますな」
「そうですか? では、沖縄のリゾートホテルを用意させましょう。もし途中で別の場所に行きたくなれば、いつでも現地の者に伝えて下さい」
「は、ありがたき幸せ」
 沙織の寛容な言葉に、シュラは恭しく頭を垂れた。
「他に何か用意してほしいことはありますか?」
「では、お言葉に甘えまして一つ、アテナにお願いしたい事があります」
「何でしょう?」
「私は英語は多少理解できるのですが、日本語はさっぱりわかりません。そこで、ガイドをつけていただきたいのです」
「ガイドですか?」
「はい。日本で生まれ育った青銅聖闘士、龍星座ドラゴン紫龍をガイドとして同行させることをお許しいただきたい」
 沙織の横で聞いていたシオンは、最初からそれが狙いだったか、と心の中でため息をついた。
「紫龍を、ですか?」
「はい。彼らこそ、ハーデスとの聖戦において最も功績のある聖闘士。我らだけが休暇を満喫するのは心苦しいのです。共に休暇を楽しむ権利は、彼らにもあると思うのですが」
 シュラはスラスラと沙織に向って並べ立てた。
「なるほど、シュラの言うことも尤もですね。わかりました、紫龍にも一緒に行ってもらいましょう」
 表情には出さなかったが、シュラは何の疑いもなく許可してくれた沙織に心の中で拍手喝采を贈っていた。
 事の成り行きを見ていたシオンは、心の中で呟いた。

 知らぬが仏とは、こういうことを言うのか?

 と。
 かくしてシュラは、下心の赴くままに、日本での休暇を楽しむ権利を得たのである。


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written:2008.4.26~



え~、というワケで。
黄金週間=ゴールデン・ウィーク→黄金聖闘士たちの週間。
という無理やりなこじつけによって、書き始めましたこの作品。
GWの間に連載できればいいなぁ、と思っております。

タイトルは、二次創作文庫の双璧をなす、もう一方(というかむしろメイン;)の「テニスの王子様」に出てくるキャラソンです。
「一生やってろ、このバカップル!」てな曲です(爆)
GWに入って、久方ぶりにこの曲を聴きまして。
これ、山羊龍でやったら萌え萌えでないかい?と思い立って、書き出してみたらスラスラいってしまった、という(笑)

最後までお付き合いいただけましたら幸いです(^^)

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