ゆがんだ時計10

ゆがんだ時計10


10.Side:Capricorn


 帰るまでは恋人でいてほしい。
 エルシドの願いを、紫龍は聞き入れた。訪ねてきたシジフォスの前でもエルシドは紫龍を恋人として扱った。そして紫龍はエルシドの恋人として振る舞った。
「堅物のお前に恋人ができるとはな」
 童虎のいる天秤宮へ向かう前に、紫龍が軽くエルシドをキスを交わす様子を見て、シジフォスは感慨深げに呟いた。
「誰よりも小宇宙を研ぎ澄まして、自分を律してきたお前は聖闘士としては申し分ない強さを持っている。だが、戦士としての強さはそれだけじゃない」
「前にも言われたな。そして俺は、もうその強さが何かわかっている、とも」
「ああ」
 シジフォスは紫龍が出してくれたお茶で喉を潤して、続けた。
「だがこうして愛する相手を得たことで、お前はただ強いだけではない、人としての深みも手に入れた。お前の剣も、ますます研ぎ澄まされていくんだろうな」
 エルシドが何度も補佐を務め、そして年輩者としてエルシドの力になってくれることも多いシジフォスは、そう言って微笑った。
 それからしばらくシジフォスと話し込んで、エルシドはシジフォスを人馬宮へ見送るついでに、天秤宮へ下りている紫龍の許へと足を向けた。
 天秤宮へ下りると、紫龍は童虎と二人で武術の稽古をしていた。ゆったりと流れるように手足を動かして、時折身を沈めては浮き上がり、向きを変えて同じ動作を繰り返す。
 いずれ師弟となる二人はピタリと動きを合せている。
 いつも童虎が紫龍と共にいるときはそばにいるはずのシオンは、そこにはいなかった。
 宮の外、平らな場所が少し開けている場所で、悠々と動きを続ける二人は、周囲の景色と調和しているようにも見えた。
 紫龍の体からは翠の、童虎の体からは黄金の小宇宙が立ち上る。その小宇宙がそれぞれ龍と虎の姿を見せる。だがそれは戦闘意欲を剥き出しにしたものではなく、とても穏やかで静かなものだ。安らぎすら感じるほどに。
 紫龍が動く度に、少し遅れて長い黒髪が細いその身を覆う。
 時折師弟の間を吹き抜ける風が、髪を巻き上げる。
 片脚で立つ瞬間も、体の軸は全くぶれることがない。それ故に、余計にゆったりとして見えるのだと、エルシドは理解していた。
 体の表層にある筋肉だけではなく、深層にあって姿勢を正す筋肉も相当に鍛えているからこそできる動きなのだ、と。
 そしてそうして武術に没頭する紫龍の姿は清々しく、神々しさすら覚えるほどに凛としている。東洋では神獣として崇められている龍をその背中に追い、龍の化身とも思える紫龍。とても、昨夜エルシドの下で悶え、エルシドの牡を受け入れて乱れた者と同じ人間とは思えなかった。
 しっかりと前を見据えているようで、何も見ていないように見える真っ直ぐな目をした紫龍の顔に、眉を寄せて快感を訴えた昨夜の顔が重なって見える。
(不謹慎だな、こんな時に)
 エルシドは師弟二人の様子を見ながら、ふっと表情を緩めた。
 そんなほんのわずかな変化が、童虎と紫龍によって作り上げられた穏やかで清浄な空気を乱した。
 自然と一体となっていた二人が人の世に呼び戻されたように、我に返ったように動きを止めた。そして二人同時に、その場に立っているエルシドに気づいた。
「エルシド」
 エルシドの姿を認めて、紫龍の顔に微笑が浮かぶ。人を寄せ付けない神獣が、人に戻ったような。そんな鮮やかな変化に、エルシドは心奪われた。
「なんじゃ、来ておったのか、エルシド」
 人が好さそうな笑顔を浮かべる童虎の声が聞こえないほどに。
「シジフォスとの話は終わったんですか?」
「ああ。彼を見送るついでに、迎えに来た」
 微笑の形に口角を引き上げて近づいてくる紫龍に、笑い返す。そんなエルシドの様子を見て、童虎が感慨深げに呟いた。
「エルシド、お主ここ数日の間にずいぶんと柔らかい表情をするようになったの」
 ニヤニヤといういやらしい笑いではなく、童虎の顔には純粋に感動を覚えたような表情が浮かんでいる。
「わしが見かけるお主は、いつも眉間にしわが寄ったような厳しい顔つきをしておった。何やら近寄りがたい雰囲気が漂っておるようにも思えたのじゃが……」
「そうか?」
「今のように柔らかい表情を見せるお主の方が、わしは好きじゃぞ」
 12人いる黄金聖闘士の中でも1・2を争うほどに人の好い童虎は、語る言葉も素直で真っ直ぐだ。それだけでなく、勤勉さと真面目さも持ち合わせている。その童虎に育てられたからこそ、紫龍もこれほどまでにエルシドを惹きつけてやまない人間性の持ち主になったのだろう、と。エルシドは童虎の言葉を聞きながら、改めて思っていた。
「そう言われると、悪い気はしないものだな」
「当然じゃ。褒めておるのじゃからな」
 満面の笑みを浮かべて、童虎は頷いた。
 童虎の笑顔を見て、エルシドはここへ来た本来の目的を思い出した。
「童虎、お前に話しておかなければならないことがある」
「なんじゃ?」
「紫龍が明後日、元いた時代に戻ることになった」
「………」
 エルシドが告げると、童虎は少し沈黙した。
「そうか……。寂しいが、仕方がないの。紫龍はもともとこの時代におるべき男ではない」
 いつも真っ直ぐに前を見据えている童虎が、視線を落とす。そばにいる紫龍も寂しげな表情をしていた。
「見送りくらいは許して下さるのじゃろうな」
 女神であるサーシャはあっさり許すだろうが、教皇セージはかなり厳格で細やかな性格だ。童虎が懸念しているのはそのセージのことだった。
「セージ様はお前たちの事情もご存じだ。それくらいは許されるだろう」
「そうか。ならばよいのじゃがな」
 エルシドの言葉に、童虎は少しほっとした表情を見せた。



 磨羯宮へ戻った夜。
 エルシドは夕食後の片づけをする紫龍の後姿を見つめていた。彼がここに来てから、夕食後の片づけはすっかり彼の仕事になってしまっている。
 こうして紫龍と過ごせるのは、今夜と明日だけ。
 そして天秤宮で見た、神々しさを感じるほどに禁欲的な紫龍の様子と、ゆうべ自分の下で乱れた彼の表情のギャップ。
 残された時間は、わずかしかない。
 そんな衝動が、エルシドを動かした。
「紫龍」
 呼びかけて、後ろから抱き締めた。
 食器を洗おうとして水を汲むために手にしていた柄杓が、紫龍の手から滑り落ちる。
「エルシド……」
 どうしたんだ?
 という問いかけは、紫龍の口から発せられることはなかった。
 問いかけるまでもなく、紫龍もわかっているのだ。二人に残された時間が少ないことを。恋人として過ごせる時間が、わずかしか残っていないことを。
 紫龍にも愛する相手がいるからこそ。エルシドが紫龍を愛しく思うが故に、触れていたいと願う気持ちがわかってしまうのだろう、とエルシドは推測した。
 作業の邪魔にならないように、と紫龍は髪を耳にかけている。そのために剥き出しになっている左耳を、エルシドは唇で挟んでチロリと舌を出して舐めた。
「……っ」
 与えられた刺激に、紫龍が息を呑む。
 耳朶を甘噛みされて、舌が耳を犯していく濡れた音に、たちまち紫龍の息が乱れ、体温が上がっていく。
「エル、シド……。ダメだ、こんな所で……」
 一応の抵抗は見せるものの、紫龍の吐息はすでに甘く濡れている。本気で抗うつもりはないのだと、エルシドにもはっきりとわかってしまうほどに。
 そして後ろから紫龍を抱き締めているエルシドは、紫龍の左耳を舌と唇で弄びながら、服の前をくつろげて胸へと指を這わせていく。
 指先で軽く胸の突起を擦られる。そんな微細な刺激にも、紫龍はビクリと体を震わせた。服の留め具を全て外して、上着を脱がせようとするエルシドの動きに合わせて、紫龍が片方ずつ腕をシンクから下ろす。スルリと上着が床へと落ちて、肌理細やかな白い肌が剥き出しになってエルシドを誘う。
 誘われるままに、耳から首筋へと唇と舌を這わせ、背中に口づけた。
「……ぁ――っ」
 昨夜抱き合った時にはほとんど触れなかったのだが、背中も感じてしまうのだろう。くっきりと浮き上がる肩甲骨を辿るように舌を這わされて、紫龍は小さく喘いだ。堪えきれずに漏れてしまったその声が、更にエルシドを煽る。
 煽られるままに、胸を弄っていた手を下肢へと伸ばして、服の上からでもはっきりとわかるほどに張りつめている紫龍の牡をやんわりと握ると、声をあげて紫龍の体が跳ねた。
「あっ!」
「こんなに感じてくれるとはな。欲しいか、紫龍?」
「欲し、い……エルシド……」
 エルシドに促されるままに、紫龍が頷く。
 白い背中も、ほんのりと赤く色づき始めていた。
「俺も、お前が欲しくてたまらない」
 高めに上ずる声も、背中を流れる黒髪も、上気する肌も。
 何もかもがエルシドを誘い、捕えて離さない。
 エルシドは紫龍の下穿きを下着ごと引き下ろして、引き締まった白い双丘を剥き出しにした。しっとりと汗に濡れ始めている双丘に手を這わせ、舌でその感触を味わう。その一つ一つに反応を見せる紫龍に、愛しさが募る。
 早く、一つに。
 逸る欲求のままに、エルシドは双丘の奥の秘所へと舌を這わせて、堅い蕾を解した。
「挿入れるぞ、紫龍」
「エル、シド………あ――っ」
 自分も下穿きの前をくつろげて、熱い昂りを紫龍の入口へと宛がう。これから自分を覆い尽くす快楽への期待からか、エルシドを誘うように紫龍のそこがわずかに収縮を見せる。
 エルシドはゆっくりと押し広げるように、紫龍の中に侵入した。
 たちまち、紫龍の熱い内壁がエルシドに絡みついてくる。待ちきれなかった、とでも言うように。
「紫、龍………くっ」
 エルシドは思わず息を詰めて、グッと奥まで突き入れた。
「あっ! あ………んぅっ」
 粘膜を抉られる強烈な刺激に、紫龍の背中がしなる。
 紫龍の動きに呼応するように、艶やかな黒髪がうねってエルシドの右肩を覆う。こうして紫龍に触れるまでは知らなかった、サラリと髪が肩を滑る感触すらも快感を呼んだ。
「あぁ――っ、あ、あ……あっ!」
 紫龍の奥の奥まで貪るように、容赦なく何度も突き入れて、ヒダを擦り、抉る。
 エルシドの動きに、全身を支配する快楽に耐えるように、紫龍はシンクの縁にしがみついている。
 互いの息が上がって、荒くなる。
「あっ!」
 最奥を抉られて、ひときわ高い声を放った紫龍が、ガクンと頭を垂れた。長い髪が前へと流れて、背中が露わになる。
 その瞬間。
 エルシドは、紫龍の背中に鮮やかな龍が浮かんでいるのを見た。
「紫龍……」
 エルシドや他の黄金聖闘士との訓練中、紫龍の小宇宙が満ちた時に何度か見た、その昇龍が。背中から覆いかぶさるエルシドを見つめていた。
 エルシドは思わず動きを止めて、その昇龍に見入った。どうして昨夜は気づかなかったのか……と思いかけて、昨夜はずっと向かい合わせになって抱き合っていたためだと思い直す。
 龍の姿をなぞるように背中に指を這わせると、もっと…とせがむように紫龍がエルシドを呼んだ。
「エルシド……」
 呼ばれて、エルシドも自分の中で解放されない欲求がくすぶっているのを思い出す。
「すまないな。お前があまりに美しくて、見惚れていた」
 言いながら、自分にもこんなセリフが言えるのかと、自分自身に感心する。
「愛している、紫龍」
 昨夜から何度告げたか分からない言葉を唇に乗せて。
 エルシドはお互いの熱を解放させるために、再び動きを始めた。

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というわけで、第10話でございます。
……思ったより長くかかってます、この話(苦笑)

というか、この話の前半部分を書いていた時、ちょうど北京オリンピックの開会式がありまして。その開会式で200人くらいの人がピタリと動きを揃える太極拳をやってたんですよね。
で、つい書いてしまいました。
五老峰師弟で太極拳(爆)

とまぁ、前半はその時期に書いていたんですが。
後半にさしかかってピタリと筆が止まりまして。完成したのが、ギリギリアップの前日だった、という(汗;)
日本の夏、エロの夏
ということでここでもう1回Hシーンを入れよう、と意気込んだのはいいんですが。つくづく、自分はHシーンを書くのがニガテなんだと思い知った次第です(苦笑)

次回、果たして無事に5日後にアップできるのかどうか……


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