渚のInvitation8

渚のInvitation8



 バスルームで抱き合った後、身体と髪を乾かして、二人はベッドへ移動してまた愛し合った。
 さすがに翌日は紫龍が起き上がれずに、1日部屋で過ごしていた。
 そして5日。
 シュラと紫龍は沖縄県の県庁所在地である那覇市へと移動した。6日はシュラがギリシャへ帰らなければならないため、1日移動で潰れてしまう。観光のために使えるのは、この日が最後だった。
「首里城、か。王が住んでいた城だな」
「そうですね」
 守礼門の前でツーショットの写真を撮ってもらって、二人は城へと向かった。
「まだ少し顔色が悪いな。無理をさせてしまったか?」
 初体験だった紫龍を休ませると言いつつ、昨日も抑えが効かなくて1度抱いてしまっている。腰の違和感はシュラの小宇宙を当てることでほぼ取り去ったが、紫龍の足元はまだ少しおぼつかない様子だった。
「大丈夫です。その……あなたが遠慮せずにいてくれたことが、俺には嬉しかったですし」
「またそういうことを言う。今夜もお前を離せなくなったら、どうしてくれる?」
「別に構わないですけど……東京に戻るまでの体力は残しておいて下さいね」
 体を重ね合わせたからなのか。シュラも紫龍も、お互いに遠慮なく話せるようになっていた。
「ほう、見事な色彩だな」
 城の前にある広場に入り、首里城を見たシュラは、歓声を上げた。
 建物の柱や窓、窓にはめられた格子に至るまで、全て朱色に彩られた城。
 所々に見える白い漆喰と、金箔で飾られた正面の扉や柱の色彩がその朱に映える。
 昔から交流のあった中国の影響を色濃く受け継いだその建物は、欧州で生まれ育ったシュラの目には新鮮に映り、紫龍の目にはどこか懐かしく映っていた。
「国王の戴冠式や新年の行事もここで行われていたんだそうですよ」
「なるほどな。床が色分けされているのは、そのためか?」
「恐らくは」
 紫龍とシュラは琉球菓子を味わったり、中を見て回ったりしながら城の中を満喫した。
 ここでも土産物を調達して、那覇の市街地を見物して、早々に市街地から少し離れた場所にあるグラード財団系列のホテルに戻った。
 キングサイズのベッドが置かれたその部屋は、朝まで滞在していたマリンリゾートホテルのスイートルームと比べると狭い。が、今更別々のベッドで眠る必要もないだろう、と思っていたシュラにとっては十分だった。
「ちょっと、シュラ……」
 首里城や那覇の市街地を見物していたとはいえ、まだ外は明るい。日が沈むまでは3時間ほどある。
 そんな時間だというのに、シュラはベッドに紫龍を押し倒して唇を重ねてくる。
「シュラ……ダメ、だ」
「何故だ?」
「だって、こんな時間から……」
 市街地見物を早々に切り上げてきたのは、紫龍と二人でいる時間を少しでも多く作りたかったからだ。明日にはもう、シュラは聖域に戻らなければならない。朝から1日かけて、飛行機で移動しなければならないのだ。
 シュラが聖域に戻ったら、またしばらくは会えない日が続く。シュラには聖戦の前後で混乱した聖域を立て直すという役目が、紫龍には東京の城戸邸を守るという役目があるためだ。
「少しでも長く、お前に触れていたい」
「シュラ……」
 熱を帯びた目で見つめられて、普段の冷静な声とは全く違う甘い声で囁かれると、紫龍は身体から力が抜けてしまう。たった3日で、紫龍はすっかりシュラに慣らされてしまった。
「明日からしばらく会えなくなるからな」
 キスの合間に囁く。
 甘い言葉を囁きながらキスを続けているうちに、紫龍の目も蕩けてくる。
「でも、だからってこんな……」
「暗くなるまではお預け、か?」
 鼻の付け根に口づけて、胸に手を這わせて服の上からぷつっと存在を主張する突起を探る。
「あ……っ」
「もう感じ始めてるのにな、お前」
「だけど、シュラ……」
 紫龍はまだ落ちてこない。どうやってセックスへ持ち込むか、駆け引きなどまるで知らないはずなのに立派にシュラを焦らしてみせる紫龍に、策を巡らせる。
「ま、そこまで言うなら仕方ないな。夜まで待つか」
「あ……」
 押してダメなら引いてみろ。
 とばかりに、シュラはあっさりと紫龍から離れた。すると紫龍は拍子抜けしたような、少し残念そうな表情を見せた。
 そのままシュラが強引に押し切ってしまうことも、心のどこかで期待していたのだろう。その証拠に、紫龍の小宇宙がシュラを捉えている。
 けれど全く自覚していない様子の紫龍に苦笑して、シュラはもう一度紫龍に覆いかぶさった。
「そんな顔をするな。ちゃんと抱いてやる」
「俺は、別に……っ!」
 何度も繰り返していた触れるだけのキスではなく、深く唇を重ねて口腔に舌を侵入させる。
「ん……ふ……っ」
 紫龍はついに身体の力を抜いて、シュラに身を任せた。


 日が落ちて部屋が暗くなり始めた頃。
 シュラはようやく紫龍の身体を解放した。
 ベッドに突っ伏して息を整えようとする紫龍を抱き寄せ、薄らと汗に濡れる肌の感触を楽しむ。長い髪を指で梳いて、汗の引かない背中を撫でていると、紫龍がシュラの胸に顔を擦り寄せてくる。
「どうした。まだ足りないか?」
「そういうわけでは……こうしているのが心地いいんですけど、ダメですか?」
「いや。お前が甘えてくれるのは嬉しいからな」
 シュラは答えて、紫龍を抱き寄せてやる。
「ただ、ほどほどにしておけよ。でないと、また抱きたくなるからな」
「シュラ……茶化さないで下さい」
 囁いて額にキスを落とすと、紫龍はくすぐったそうにして笑った。
「まだ、あなたにちゃんとお礼を言っていなかったな、と思って」
「ん? 何のことだ?」
「俺の命を助けてくれた事と、あなたの魂であるエクスカリバーを託してくれた事。それから、ずっと見守って導いてくれていたこと。こうして、旅行に誘ってくれた事。こんな風に……俺を思ってくれている事も」
 シュラの胸に頬を埋めているためにくぐもって聞こえる紫龍の声が、いつものような真剣さを帯びる。きちんと受け止めなければ、とシュラは少し気を引き締めた。
「ありがとうございます。こうして、あなたと一緒に旅行できて、本当に良かった。一度、あなたとちゃんと向き合ってみたかった」
「こういうことになっても、か?」
「ええ」
 こんな風に抱かれることになっても、まだそう言えるのか?と暗に問いかけてみると、紫龍は即座に肯定した。
「何となく、こういうことになるんじゃないかと思っていたので」
「そうなのか?」
「老師とシオン様を見ていて、その……いつか俺にもあんな人ができるのかな、と。もしそういう人が現れるのなら、俺はあなたのような人がいいと思ったんです」
「紫龍……」
 それは、初めて聞く紫龍からの告白だった。
「一緒に旅行している間、あなたがとても優しくしてくれて、少しずつあなたとの距離が縮まっていくのが嬉しかった。愛していると言われた時も、嬉しかったんです」
 シュラの胸に当たっている紫龍の頬が、熱を帯びているのをシュラは肌で感じていた。

「あなたが好きです。沖縄に来て、あなたと一緒に過ごして、やっとわかった」

 はっきりと告げて、紫龍が顔を上げた。抱かれている時にも似て、頬が紅潮している。
「紫龍……」
 呼びかけて、シュラは絶句した。
 赤面して告白する紫龍の美しさに魅せられる。
 女神沙織の命令に便乗して、下心溢れる企みによって仕組んだ旅行だったのだが。自分が意図していた以上に紫龍が自分に惹かれ、自分の意志でこの腕に抱かれたのだというその事実が何にも代え難い歓びだった。
「参ったな。お前にそこまで言ってもらえるとは思わなかった」
 シュラは顔が苦笑交じりに笑み崩れるのを止められなかった。
「シュラ?」
「俺がアテナにどこか旅行へでも行ってこい、と言われた時にお前を連れて行きたいと申し出たのは何故だと思う?」
 訝しがって呼びかけてくる紫龍に、問い返す。無言で首を傾げる紫龍をそのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られて、ぐっと抑えつけて。シュラは続けた。
「お前と二人きりで、ゆっくりと過ごしてみたかったからだ。俺は最初から、この旅行の間にお前を俺のものにするつもりだった」
「それは、つまり……」
「お前はまんまとそれに引っかかってくれた、というわけだ」
 なにせ、城戸邸にいたら星矢をはじめとする紫龍の兄弟たちが邪魔になる。聖域では紫龍の師匠であり、聖域の最高権力者に匹敵する老師が控えている。
 そんな状況では、手を出したくても出せない。だから、この旅行は絶好のチャンスだったのだ。
 そう白状すると、紫龍はクスクスと声を上げて笑った。
「結局同じようなことを考えていたんですね、俺たちって」
「そうだな」
 互いに笑いながら顔を見合せて、どちらからともなく唇を重ねる。
 触れるだけの穏やかなキスをして唇を離した時。二人の腹が同時に鳴った。
「これは……」
 何となく気まずい空気が流れたのを破ったのは、シュラだった。
「かなり運動したからな。何か食いに行くか」
「運動って……」
 セックスをそう表現してしまうシュラに紫龍が絶句していると、切り替えの早いシュラはさっさと起き上がってバサッとシャツを羽織った。
 何気ないそんな仕草も決まっていて、紫龍は思わず見入ってしまった。
「どうした、紫龍? 起きれないなら起こしてやろうか?」
 紫龍の視線に気づいたシュラが笑いながら問いかけてくる。紫龍が返事をするよりも早く、シュラは軽く紫龍を抱き起してしまう。
「ほら、着ろよ」
「あ、ありがとう」
 シュラが紫龍から剥ぎ取ってベッドの下に投げ落とした服を差し出してくる。
「沖縄最後の夜だからな。肉でも食うか。精力がつきそうなヤツ」
 ニヤリと含み笑いを浮かべるシュラに困ったような表情を浮かべながらも。
 紫龍は内心でまんざらでもない、と思ってしまっていた。


 次の日。
 シュラは飛行機を乗り継いで聖域へと戻った。
 このまま聖域へと紫龍を連れ去ってしまいたい気持ちを抑えて。



Fin

written:2008.04.26~05.11



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