無口な風

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無口な風



抱きしめられたら どんな香りがするのだろう
口づけ交わせば どんなぬくもり感じるの?
寄り添いあえたら どんな眼差しするのだろう
愛し合えたなら どんな囁き聞くのだろう



「あれ、乾さんじゃないですか?」
 生徒会で副会長をしている後輩、浅野の声で、手塚は目を通していたプリントから目を上げた。2年の2学期から、生徒会長とテニス部の部長を兼任している手塚は、何かと忙しい。昼休みも、弁当を持ち込んで生徒会室に籠らねばならない状態だった。
「確かテニス部で、手塚会長と一緒の方ですよね」
「そうだが。乾がどうかしたのか?」
 会長の承認が必要な懸案が書かれたプリントを目で追いながら、手塚は問い返す。
「テニス部のデータを整理したり、練習メニューを作ったりするために、いつもパソコンルームに籠っていると聞きましたけど……珍しく外に出ておられるみたいです」
「外に?」
 それはかなり珍しい。
 手塚は思わずプリントから目を上げた。
「ええ。あれは……うちのクラスの桃城ですね。どうやら、バスケの試合でもするみたいですよ」
 言いながら、浅野は窓の外を指差した。運動場に面している生徒会室からは、屋外にあるバスケットボールコートがよく見える。
 立ち上がって机を離れ、窓際に寄って見下ろすと、確かに四角眼鏡をかけた、長身の男がいた。
「珍しいな、乾が昼休みに外でスポーツとは」
「でも、乾さんはバスケに限らず、球技全般に強いんじゃないですか?」
 1年生にして副会長を務める浅野は、手塚には及ばないが頭が良く、仕事の覚えも早い。校内の生徒のことも、よく知っていた。といっても、男子テニス部の頭脳と呼ばれる乾が所有するデータには、到底及ばないのだが。
「今年の球技大会、会長と一緒にバスケで優勝されたでしょう」
 そう、手塚は今年の球技大会で、バスケットボールを選択した。
 青春学園中等部の球技大会は、基本的に個人参加になっている。部活でやっている競技には参加しないことと、前年度とは違う競技を選ぶこと、という2点を守れば何を選択してもいい。
 今年、たまたま乾は手塚と同じ競技を選択していた。チーム分けをしても、一緒になった。データを取りつつ相手の動きを読む乾の冷静さと、手塚の運動能力の高さを武器に、二人を軸としたチームは結果、優勝した。
「会長のプレーも見事でしたが、乾さんもすごかったですよ。コントロールがいいから、3点シュートも次々と決めてましたし。対戦相手のデータも、取っておられたとか」
「そうだったな」
 試合をしながら、乾は誰にパスを出す確率が何パーセントだの、シュートを打つときの角度が何度で、スピードが時速何キロだの、とぶつぶつ細かいことを言い続けていた。そのクセ、手塚をはじめとするチームメイトに出してくる指示は極めて的確で、時折手塚さえも手駒のように動かしていた。
「3年生との決勝戦を見たクラスの女子が、騒いでましたよ。乾さん意外とカッコいい、って」
 意外と、というのがミソである。
 乾の外見は、お世辞にもかっこいいとは言い難い。分厚いレンズがはめ込まれた黒縁の、四角い眼鏡。身長が高く、テニスで鍛えた均整の取れた体格はしているものの、口を開けば重箱の隅を突くような、細かいことばかり。部活をしていても、常にデータを取るためのノートを手放さない。
 つまり、野暮ったいのである。
「あ、試合始まりましたよ」
 最初にボールを取ったのは、桃城だった。テニスをしていても、力で強引に押す所が目立つ桃城は、そのプレースタイルそのままに、ドリブルで一目散にゴールを目指していた。フェイントで相手をかわし、ゴールに突っ込んでいく。
 ジャンプ力に自信がある桃城のことだ、ダンクシュートを狙っているんだろう。
 手塚には、想像がついた。
 手塚に想像がついたということは、当然乾は読んでいるはずだ。案の定、乾は味方を動かして桃城のコースをふさぎ、自らもシュートコースをふさぎにかかった。桃城がジャンプするのに最も適したポイントをガードする。
「乾?」
 ふいに、乾がそのポイントから外れた。しめた、とばかりに桃城がジャンプする。そこへ、反則スレスレのタイミングで乾が飛び、ボールを奪ってすかさず味方にパスをした。
「……わざと誘ったんですね、さすが乾さん」
 ゴールに向かっていた敵の隙をついて、乾のチームはパスをつなぎ、最終的に乾にボールが出て、そのまま乾がゴールにボールを叩き込んだ。桃城が先ほどやろうとした、ダンクシュートである。
 眼鏡の分厚いレンズに阻まれて、いつもその表情を窺うことができない乾だが、案外意地が悪い。特に試合になると、相手の神経を逆撫でするというか、挑発しているとしか思えない行動を平然とすることがあった。
「相変わらず、嫌な男だ」
「敵に回したくないですよね、ああいうタイプの人は」
 手塚が思わず呟くと、隣にいる浅野も同意した。乾についてそんな風に思っているのが自分だけでははないということを知らされて、手塚は何となく面白くないと感じていた。
「試合観戦はここまでだな。仕事に戻るぞ」
「はい、会長」
 本音を言えば、このままずっと試合観戦をしていたかったのだが。手塚は切り上げて窓から離れた。だから、手塚は気づけなかった。自分が見つめていた乾が、生徒会室を見上げてきたことに。



 その日以来、手塚は昼休みに外でスポーツに興じる乾の姿をよく見かけるようになった。昼休みに少し仕事の手を休めて、外でクラスメイト達と楽しそうに走る乾の姿を眺めるのが、手塚の密かな楽しみになった。
 部活で一緒にいる時とはまた違った表情を見せる乾が、好きだった。
 乾を見つめながら、自分もあそこに入りたいと思う気持ちと、いつか乾が生徒会室にいる自分を振り返ってくれるのではないか、と期待する気持ちが手塚の中に生まれた。

 もっと乾に近づきたい。

 けれど、部活中にそれをやってしまったら、部内の規律が乱れてしまう。
 第一、乾は手塚のことをテニス部の部長で、テニスのライバルであり仲間で、青学の生徒会長だという程度にしか思っていないのだ。
 結局手塚にできることは、ただこうして乾を見つめていることだった。
 乾が自分に気付いてくれるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて。



「ねぇ、乾。あれって手塚じゃない?」
「ん?」
 その日、乾は不二と組んで、サッカーをする集団の輪に入っていた。MFとしてゲームをコントロールする途中、ボールがサイドラインを出て仕切り直しになる間に不二が問いかけてきた。
「生徒会室だよ、手塚がいるみたい」
「ああ、最近ずっと忙しくて昼休みもあそこに籠って仕事してるみたいだからな」
「知ってるの、乾?」
「もちろん」
 確認するような口調の不二に、乾は笑ってみせる。
「そういえば、乾って最近よく昼休みに外へ出てくるようになったよね。前は桃とバスケ勝負して、桃が負けたって騒いでたけど。理由はひょっとして……」
「単に体力作りの一環でやってるだけだ。データ整理や調べものなら、家でもできるからね」
 乾はわざとはぐらかして、不二をかわした。サイドラインからスローインでゲームが再開するのを見て、ボールへと駆けて行く。
 ボールを追いかけながら、乾は心の中で呟いていた。

(手塚が俺を見てるってわかったからね。少しはいいところを見せないと)

 そうしている今も、無口な風が生徒会室から吹いてくる。
 いつ、振りかえってやろうか?
 乾は思案しながら、ゴール前へピンポイントでスルーパスを送った。



Fin

written:2008.05.10




相互リンクなどなどでいつもお世話になっている、侍Armsの虎鉄丸さんから「555番踏みました」との自己申告をいただきまして、書かせていただきました(^.^)
久方ぶりの乾塚作品です(爆)
いただいたリクエストが『乾←塚な乾塚、でも結局両想いな二人』ということでしたので、こういうお話にしてみました。

……実は、数年前に途中まで書きかけて、ずーっと筆が止まっていたものを「あ、この話ってばお題にピッタリじゃん?」ということで掘り起こし&加筆修正したんですが(滝汗;)
でも、このお話、いつか完成させたいと思っておりましたので、こうして皆様にお目にかけることができて良かったです(^.^)

虎鉄丸さん、リクエストありがとうございました(礼)



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