オリエンタル・シャンゼリゼ

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オリエンタル・シャンゼリゼ



「明けましておめでとう。はい、これ」
 それを手渡すと、蓮二は怪訝そうな顔をして俺を見返してきた。
「貞治……何だ、これは?」
「え、見てわからない? 年賀状だよ」
「だから、何故1日に届くようにポストに投函するのではなく、1日遅れで俺に手渡しするんだ、と聞いている」
「いいじゃない。2日に家族全員で蓮二の家に遊びに行く、ってもう12月頭から決まってたんだから」
 俺の行動は不満だったらしい。蓮二は座布団の上にきっちり正座、という姿勢で俺に苦情を言ってきた。
「それはわかっている。だが、俺はちゃんと昨日お前の家に届くようにと12月24日までに投函しておいた。それが普通だろう」
「ああ、そうだったんだ? 別に手渡しでもよかったのに」
「裏書に元旦、と書いてしまっているからな。1日に届かないと意味がないだろう」
「でも、俺がそれ読むの、4日の夜なんだけど?」
 客だから、と勧められた座椅子に胡坐をかいて、俺は蓮二に聞き返してやった。
「せっかく蓮二が1日に送ってくれても、俺がそれを読めるのは3日も経ってからなんだよ? だったら、直接会う時に渡して、すぐに読んでもらった方がいいと思わない?」
「なるほどな、それも一理ある。だが、直接手渡されて当人がいる目の前で目を通すのも、気が引けるからな」
「まぁ、とりあえずお互いに年賀状出し合ってるんだから、いいってことにしようよ。でも、蓮二のことだから、きっとまた丁寧な毛筆で書かれてるんだろうなぁ、年賀状」
「当然だろう。お前のように、表書きも裏書も全て印刷、などと無粋なことはしない」
「年賀状を出す相手が多くてね。それに、練習時間と練習メニューを作る時間が惜しかったんだ。だから、せめてと思って一筆書いておいたんだけど」
 もともと柳家は和風建築で部屋も和室が多い、ということもあったのかもしれないけれど、蓮二は極端に和風を好む。持ってる傘は蛇の目だし、ティッシュ代わりに懐紙を使うし(全く、どこの世界に懐紙を日用品として使う中学生がいるんだよ)、中学に入ってからは同じ部内にいる真田の影響で書道に凝っているらしい。
 普段勉強するのに使っているのは、鎌倉かどこかの骨董屋で買ってきたという古い文机だし、授業中にノートとる時も縦書きのノート使ってるし、もちろん俺宛に手紙を書いてくる時も、縦書きの便箋に極細の筆で認めてくる。
 まぁ、昔から結構極端から極端に走って、細かい所でこだわるタイプだったから、別に不思議はないけれど。
 蓮二の部屋に来ると、時代が100年ほど巻き戻されたような気分になるのは、多分気のせいじゃないと思う。
 これだけ和風に凝ってるこいつのことだから、そのうち着物で生活し始めるんじゃないか、と俺は思っているんだけれど、今のところそこまでは徹底していないらしい。
「部活を引退しても、トレーニングは続けているようだな」
「当然でしょ。高等部行ってもテニス部入って、また全国狙うんだから。それとも、蓮二は俺にテニス辞めてほしいわけ?」
「そういうことじゃない。高校に行っても、お前と試合で会いたいからな」
 そんな言い方に、俺はちょっと引っかかりを覚えた。
「……どうした?」
「別に」
「何を拗ねている?」
「拗ねてないよ」
「拗ねているだろう」
 全く、瞼を閉じているクセに、俺のほんの少しの表情の変化も見逃さないんだから、蓮二は。
 もっとも、データ取る身である以上は、観察力が劣るようじゃダメなんだけど。でも、見抜いてほしくないことまで見抜かれると、ちょっと腹が立つ。
「拗ねてない」
「そうやってムキになる時点で、すでに拗ねていると言っているようなものだ」
 言いながら、蓮二は俺の方に身を乗り出してきて、作法どおりにお茶を煎れてくれた湯飲みを茶菓子の乗ったお盆ごと文机の上に置いた。
「俺がお前に会いたいと思うのは、試合の時だけではないぞ」
「……わかってて、わざとあんな言い方するなんて。本当に性格悪いね、蓮二」
「だが、そういう所もひっくるめて、お前は俺が好きなんだろう、貞治?」
「自信家だね」
「冷静にデータを分析した結果だが?」
 そう言って薄く微笑しながら、蓮二が俺の腕を掴んで引き寄せる。俺はバランスを崩して、蓮二の腕の中に倒れこんだ。
「蓮二」
 ちょっと咎めるように、俺は蓮二を呼んだ。俺をこうして抱き締める時、蓮二はいつもより少し心拍数と体温が上がる。そんな蓮二につられるように、俺の心拍数と体温も少しだけ上昇していた。
「ちょっと、蓮………っ」
 蓮二にキスされながら体重をかけられて、俺は背中から畳に倒れこんだ。そして上から、蓮二が俺に覆いかぶさってくる。
 暖を取るために火鉢は置いてあるけれど、通気性のいい和風建築の蓮二の部屋はどこからともなく隙間風が吹き込んできていて、微妙に寒かった。
「蓮二、この部屋ちょっと寒いんだけど。下に下りないか?」
 1階の居間には掘りごたつがあって、ストーブも焚いている。けれどそんな俺の提案は、あっさり却下された。
「居間では二人きりになれないだろう。寒いなら、温めてやる」
「ちょ……そ、そういう意味じゃ……っ!」
 再び唇を塞がれて、今度は蓮二の舌がもぐりこんでくる。口の中を巧みな舌で愛撫しながら、蓮二は服の上から俺の胸をまさぐってきた。
 ちょっと待て。
 いくら正月で休みで二人きりで蓮二の部屋にいるとはいえ。
 階下には俺の両親も蓮二の両親も祖父母もお姉さんもいて、まだ真昼間で。
 一応、夕飯をご一緒したら俺はおじいさんの家に帰ることになってるんだぞ。……ここから歩いて1分の距離だけど。
「うんっ………ふ……んぅっ………。んんーっ!」
 ここ最近でまた身長が伸びて、ついに追いつかれてしまった上に、体重は蓮二の方が重い。体格差で負けているけれど、俺は必死で蓮二を押しのけようと抵抗した。
 すると、俺とのキスをしっかり楽しんだ上で、蓮二は軽く笑って俺の唇を解放してくれた。
「ダメなのか?」
「当たり前だろう! 今、何時だと思って……!」
「このまま姫始めと洒落込もうと思っていたんだがな」
「蓮二、お前どこでそんな言葉仕入れてくるわけ?」
「弦一郎」
「え?」
「ではない。先日読んだ小説にそんな言葉が出てきたんだ」
「……蓮二、お前面白がって言ってるだろう」
「お前の反応が、あまりにかわいいのでな」
 だから、かわいいって言うのもやめろ、って言ってるのに。蓮二は全く聞き入れようとしない。
 それに小説で読んだ、っていったいどんな小説読んでるんだか。
 そう言い返してやると、蓮二はしれっとした顔で言ってのけた。
「文学作品には、官能的な作品もあるからな。同性愛を描いたものも、しかりだ」
「あ、っそう」
「姫始めに関しても、今無理にする必要はないからな」
「その通りだよ」
「だから、今日は家に泊まっていけ、貞治」
「はぁ?」
 あまりに一方的な通告に、一瞬声が裏返ってしまった。
 泊まっていけってねぇ、蓮二?
「俺、帰ってから今日の分のトレーニングしたいんだけど」
「それくらい、俺が付き合ってやる」
「それに、見たいドラマもあるんだけど」
「ならば、家で見ればいいだろう」
「……そんなに俺を帰したくないわけ?」
「ああ」
 ああ、ってそんなあっさり言うなよ。これ以上理由つけて、無理に帰ろうとする方が悪いみたいじゃないか。
「それとも貞治、お前はそんなに俺から離れたいのか?」
「はいはい、わかったよ。夕飯食べる前に、泊まって帰りたいって言えばいいんだろ」
「そういうことだ」
 白旗を揚げた俺に、蓮二は羽のように軽いキスを落とす。
 俺が蓮二の部屋に泊まるのを了承したのは、よほど嬉しかったらしい。
 まぁ、12月に蓮二の家に行くって話が出た時に、泊まって帰れと言い出す確率は97%だと計算していたから、特に驚きもしなかったけれど。
 でもすぐに承諾すると、まるで蓮二がそれを言い出すのを待っていたようで少し嫌だった。
 ……こんな事を言えば、また長々とキスされて、じゃぁ続きを、なんて言い出す確率100%だ。って、キスされるのは別に嫌じゃないんだけど。
 だけど蓮二を喜ばせてやるのは、あと数時間後、理性の歯止めが必要ない状況になってからで十分だ。
「どうした、貞治?」
「なんでもないよ、蓮二」
 俺は蓮二の唇に軽くキスをして、蓮二が怯んだ隙に蓮二の下から這い出た。
「俺を引き止めるからには、それなりに説得力のある理由を考えろよ、蓮二」
「ああ、わかった」
 文机に避難させたお盆から花びら餅を取って、すっかり冷めてしまったお茶と一緒に舌鼓を打ちながら、俺は蓮二と一緒にもっともらしい理由を考えた。


Fin

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