90番目の夜

| HOME | 乾受け作品集 | 90番目の夜 |

banboo.jpg

90番目の夜



「90回目だ」
 キスの合間に、ボタンを全て外したシャツの隙間から指を潜り込ませていると、貞治が微笑いながら呟いた。
「貞治?」
 シャツをはだけて胸へ滑らせようと思っていた手が、一瞬止まる。眼鏡を取り去って、ぼんやりと俺を見上げてくる目も心なしか笑っているようだった。
「蓮二は数えてなかったんだ?」
「何をだ?」
「俺たちが、こうして一緒に過ごす夜の回数」
「……お前、そんなもの数えてたのか?」
「蓮二だって、数えてただろ?」
 クスクス笑いながら、貞治は俺の首に腕を回してくる。襟足にかかる俺の後ろ髪を指先で絡め取る貞治に、俺は聞き返していた。
「何の回数だ?」
「キスやセックスの回数」
「……最初は数えていたがな。途中で止めた」
「やっぱり数えてたんじゃない」
 俺の返答を聞いた貞治の笑みが、一層深くなる。
「俺もね、最初の頃はキスやセックスの回数も数えてたんだけど。付き合い始めて2年目くらいで止めたんだ」
「何故、止めたんだ?」
 嗜好や趣味は違っているが、根本的な所で俺と貞治は考え方が似ている。そのせいか、だいたい貞治が考えていることは想像できたが、念のため訊いてみることにした。
「だって、セックスしてる最中は何回キスしたか、なんて覚えてないし。それに……一度唇が触れて離れたら1回とカウントするか、一度触れて3秒以上離れたら1回とカウントするか、数え方によって回数も変わってくるだろう?」
 数え方をどう定義づけるか、といったことまで考えるのはデータマンとしての悲しい性か、と俺は心の中で苦笑した。すると、貞治はそんな俺の心の中まで見透かしたように、拗ねたような表情を見せた。
「今、笑っただろ?」
「笑ってない。お前らしいと思っただけだ」
 実際、俺が数えるのをやめたのも貞治とほぼ同じ理由だった。まだ拗ねた顔のままでいる貞治を宥めるために、俺は唇に軽くキスを落とした。
 一度唇を離して、触れるか触れないかの位置で貞治に尋ねてみた。
「お前の中では、今のキスは1回で数えるのか?」
「そうだな……1回」
「だったら、これは?」
 3回ほど軽く啄ばむようなキスをして、深く口腔を探る。
「んっ………ふぅ………っ」
 鼻に抜けるような甘い吐息を漏らして、貞治が自分から舌を絡ませてくる。
 貞治とのキスを堪能して、俺はもう一度尋ねてみた。
「これは、どう数えるんだ?」
「これも……1回かな?」
「なるほどな」
 何となくぼやけた返事に、俺は小さく笑った。
「キスでもこうして迷うんだから、セックスなんてもっと曖昧だろう? どこまでを1回と数えるか。だから、数えるのやめたんだよ」
「どこまでを1回と数えるか、とは?」
「……わかってるクセに、そこまで言わせるつもりかい?」
 相変わらず意地が悪いよ。
 そんな減らず口を利く貞治に軽くお仕置きするつもりで、俺は胸の感じる場所を擦ってやった。
「ちょ、ちょっと……蓮、二っ」
「減らず口を叩くからだ」
「あっ、や…めろって……」
 感じて身をよじる貞治の反応を見て、少し愛撫の手を緩めてやる。あまり責めると、話すものも話せなくなってしまう。それでは意味がない。
「それで、セックスはどこまでを1回と数えていたんだ?」
 先を促すと、貞治は恥ずかしげに一度俺を睨んでそっぽを向いた。もっとも、快楽に潤んだ目で睨まれても、かわいいだけなのだが。
「だから…挿入して、達したら1回、とか。イッた回数とか。数え方、いろいろあるだろ?」
「……なるほど」
 感じさせすぎない程度に加減してはいたものの、愛撫を続けていたせいか、貞治の息が乱れてくる。
「でも、こうやって……」
 言いながら、貞治は胸をまさぐる俺の手に自分の手を重ねてきた。俺から目をそらしていた貞治が、もう一度俺を見上げてくる。
「一緒に過ごす夜は、1回、2回…って数えられるだろ?」
「それで、ずっと数えていたのか?」
「……んっ………」
 肯定とも、喘ぎともとれる声を漏らして、貞治は俺を引き寄せて唇を重ねてきた。たちまち、唇と歯列を割ってもぐりこんでくる舌に、俺も応えた。
 貞治のことだ。
 こうして二人で抱き合って過ごす夜を、今日は何回目、とずっと数えてきたんだろう。
 それを思うと、改めて貞治を愛しいと思う。
「貞治」
「……何?」
「愛している」
「…今更、何言って………」
 照れる貞治もやはりかわいくて、俺はもう一度キスをした。
「相変わらず慣れないな、お前は」
「蓮二が……っ、臆面もなく、そういうこと…言うからだよ」
「事実をそのまま伝えているだけだが?」
「……性格の悪さは、変わらないよね。――っ!」
 胸に唇を落としながら、下肢で熱を持ち始めた場所を軽く握りこむと、貞治が息を詰めた。親指で輪を描くように濡れ始めた先端を軽く擦ると、甘い声を上げる。
 そろそろ、減らず口を利く余裕もなくなってきているはずだ。
「それで、お前はどうなんだ?」
「どう……って、何、が……っ?」
「俺をどう思っている?」
 鼓動が速くなっている心臓の上に、紅い印を刻んで俺は尋ねた。
「……俺の、考えてること…なんて、わかりきってる…だろ……っ」
「90番目の夜の記念に、お前の口から聞かせてもらいたいんだ」
 顔を上げて見下ろすと、蕩けた目が俺を睨んだ。けれどそれは一瞬のことで、すぐに柔らかい微笑に変わった。
 そして貞治は、俺の首に腕を回して俺を引き寄せて、ギリギリ聞こえるかどうかの小さな声で、囁いた。よほどのことがない限り、滅多に聞くことのできない言葉を。

「愛してる」

 と。


Fin

written:2004.2.5

inserted by FC2 system