バイブレーション

  • koi02.jpg

   

バイブレーション(柳×乾)



 急に、ガタガタと壁が揺れ始めた。
 俺はあまり気に止めていなかったが、貞治はその揺れに大いに反応した。
「あれ、地震か……?」
 カタカタと小刻みな音をさせながら、かなりハイ・スピードでノートパソコンのキーボードを叩いていた手を止めて、貞治は顔を上げた。そのまま俺の方を振り向いて、尋ねてきた。
「蓮二、地震だと思うか? まだ揺れているようだが……」
「そうだな」
 俺は肯定とも否定とも取れる、曖昧な言葉を返した。
「地震だったら、ネットに情報が出てくるハズだよな」
 ブツブツと独り言を言いながら、貞治は再びキーボードを叩き始めた。
 ……そんな所を探ってみたとしても、地震の情報など全く出ていないだろう。という想像はついていたが、俺はあえて何も言わなかった。

 どうせ、そのうち気づくだろう。

 ……と思っていたのだが、貞治はまだ揺れてるとか何とか言いながら、ネットで情報を探り続けていた。
 相変わらず鈍いな、と思う半面、その鈍さが可愛らしくてつい微笑してしまった。
 揺れが収まった頃、貞治は不満げに呟いてキーボードを叩く手を止めた。
「おかしいなぁ。絶対揺れたと思ったのに」
 やはり、気づいていないようだ。
「なぁ、蓮二。今、結構揺れたよな?」
「ああ」
「でも、地震情報が出ていないんだ。おかしいと思わないか?」
「別におかしくはないだろう。さっきの揺れは、地震ではないからな」
「?」
 サラリと言い返すと、貞治は何を言っているのかわからない、といった顔で俺を見返してきた。
 その表情があまりに無防備で、俺はまた微笑ってしまった。 
「貞治、クイズをしようか」
「何だい?」
「俺たちの上の部屋は、誰と誰がいるんだ?」
「上の部屋って……」
 今、俺も貞治も参加しているジュニア選抜の合宿では、関東地方の学校から優秀な選手が集められている。
 集められた29人を3つの班に分け、練習も生活も共にする。ということで、俺は運良く貞治と同じ班になり、部屋も一緒になった。
「上の階は、確か竜崎班だったよな。俺たちの真上の部屋にいるのは、確か……大石と、英二」
「そうだな。その二人はどういう関係なんだ?」
「ダブルスのコンビで、恋人同士だ。それがどうかしたのか?」
 そこまで教えてやっても、まだ貞治はピンときていないようだった。

 やれやれ。

 本当にわかっていないのか、それともわかっていてとぼけたふりをしているのか。……いや、貞治のことだから、本当にわかっていないのだろう。
 洞察力と観察力に優れ、情報分析に長けていて目端も利く男だが、貞治は人の色恋沙汰には疎いからな。
 俺は軽くため息をついて、ズバリ教えてやることにした。
「二人とも、兄弟がいるのだろう? ならば、二人きりになるのは久しぶりのはずだ。恋人同士が二人きりで、同じ部屋で過ごすとなると……どういうことになるかはお前もわかるだろう?」
 話しているうちに、貞治は揺れの原因を理解したらしい。
 はっと何かに気づいたような表情をして、一瞬ポカンと口を半開きにして、次の瞬間には頬を染めた。
「つまり、さっきの揺れは……」
「時間的にもちょうどそれくらいの間だったからな。そういうことなんだろう」
「そんな、大石と英二が……」
 貞治は軽くショックを受けている様子だった。
「何をそんなに驚くことがある? お前も、経験しているだろう?」
 俺は座っていたベッドから立ち上がって、貞治が腰掛けている椅子に近づいた。項へと指を滑らせて、鎖骨を横切って、胸へと手を下ろして、そのまま抱きしめた。
「俺とお前がしていることをしていただけだ。恋人同士がそうすることは、自然なことではないのか?」
 耳元で囁くようにして問いかける。貞治は、こうされることに弱い。

 データはすでに収集済だ。

「れ、んじ……っ」
 くすぐったいと言うように、貞治が身をよじる。
「気づいているか、貞治?」
「何が……だ」
「俺とお前がこうして、同じ部屋に二人きりでいるのが久しぶりだ、ということだ」
「だから……?」
「だから、じゃないだろう?」
 後ろから貞治を抱きしめて、耳朶を甘噛みして舌を這わせる。
「よせ、よ……っ!」
「心配するな。明日の練習に支障が出るようなマネはしない」
「当たり前だ」
 耳の後ろを舌で愛撫して、何度も耳元で囁くと、次第に貞治の息が乱れてくる。あと一押しだ。
「ここ最近は、試合や練習ですっかりご無沙汰だったからな」
 もう少し、こうして貞治に悪戯のような愛撫を仕掛けていたい、という気持ちはあったけれど。あまり遅くなると、それこそ明日の練習に支障を来たしかねない。
 俺は貞治の顎に手をかけて、振り向かせて唇に軽くキスを落とした。
 久しぶりに触れる、貞治の唇。軽く触れるだけのキスではお互い足りなくて、すぐに深く求め合った。
「……っ、ふぅ……んっ!」
 キスの合間に小さく呻いて、唇が離れると名残惜しそうなため息を漏らす。

 愛しい、と思った。

「ちょ……、蓮二っ」
 V字型に空いている襟元から指を滑り込ませると、貞治が少し切羽詰ったような声で俺を呼んだ。
「なんだ、貞治?」
 言いたいことは何となくわかるが、あえて尋ねる。
「パソコンの電源を落とすくらい、待ってくれ」
「いいだろう。早く落とせ」
「そう急かすなよ」
 少し拗ねたように言いながら、貞治がつないでいたネットワークを切って、ノートパソコンの電源を落とす。
 画面を確認して、息つく暇も与えずに、俺はもう一度貞治にキスをした。


(初出:2004.12.11)

inserted by FC2 system