夢のあとに~柳×乾

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夢のあとに~柳×乾



 相手がかろうじて追いついて、ラケットを伸ばしたボールは、ロブになって返ってきた。
「今だ、貞治!」
「うん、蓮二!」
 俺は言われるがままにジャンプした。いつもなら一人で戦っているはずのコートは、蓮二がいた。
「やったな、貞治!」
 俺が打ち返したスマッシュは、相手コートに決まった。
「ゲームセット、ウォン・バイ、柳・乾ペア!」
 俺は一緒に戦っていた蓮二と、ハイタッチで喜びを分かち合った。

                  ◇◆◇

「……る、貞治?」
 俺を呼ぶ声に、眠りの中を漂っていた意識が浮上した。
「あ、れ……、蓮二? 俺……」
「大丈夫か? 意識を飛ばして、そのまま眠っていたようだが……。激しくしすぎたか?」
 目を開けると、俺の目の前に蓮二がいて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫だよ。ごめん、俺、どれくらい……?」
「1時間半。きっちり、睡眠サイクル1回分だ」
 苦笑して返すと、蓮二はそう教えてくれた。
「そっか……」
 軽くため息をついて、俺は自分の状態を省みた。

 えっと、確か……今日は俺の誕生日で。
 蓮二が俺の下宿に泊まりに来て。
 蓮二が買ってきたケーキ付きの夕飯を一緒に食べて、軽くシャワーを浴びて、ベッドに入って。
 ……………
 今日が俺の誕生日で、明日は蓮二の誕生日。
 記念日だから、って蓮二が張り切っちゃったから、結構激しかったんだよな……。

 うっかり行為を反芻しそうになって、俺は自分の意識を引き止めた。
 俺のすぐ隣には、蓮二。
 お互いに裸で、同じベッドに寝転がってて。
 こんな至近距離で思い出そうものなら、蓮二が嬉々として「じゃぁ、もう一度」なんてしれっと言い出す確率、100%だ。
「どうした?」
「………うん?」
「さっきのを思い出したか?」
「何言ってるんだい?」
 まったく、油断も隙もない。
 もっとも、いろんな意味で『お互いに知り尽くした』仲で、付き合いも通算して15年になるんだから、仕方ないけど。
「夢を見てたんだよ」
「夢か?」
「前にも一度、どこかで見たことがあるような夢だったな……」
「その夢、当然俺も出ていたんだろうな?」
「蓮二……お前、そんなに俺に愛されたいわけ?」
「俺は夢の中ででもお前に逢いたいと思うほど、お前を愛しているが?」
「………」
 相変わらず、臆面もなくそういうことを平気で言い切るんだから、困ったヤツだ。
 そんな蓮二を誰よりも好きだと思っていて、独り占めしているのは、他でもない俺なのだけれど。
「それで、どんな夢だったんだ?」
「小さい頃の夢だよ。お前も出てた」
 俺は蓮二に、目覚める直前まで見ていた夢のことを話した。
 それを聞いた蓮二の顔が、蕩けそうなほど甘く崩れた。
「貞治。その夢、前にも見たことがあるだろう?」
「どうしてわかるんだい?」
「俺とお前がダブルスを組んで出場した、5回目の大会の時に。お前はまだ俺と出会う前に、俺とダブルスを組んで試合に出ている夢を見た、と俺に話してくれただろう?」
 覚えていないのか?
 問いかけられて、俺は必死で記憶の糸を手繰り寄せた。
「あっ……」
 不意に、引っかかる記憶があった。
 俺はまだ、蓮二の顔も名前も、その存在すら知らない時に、蓮二とダブルスを組んで試合をしている夢を見て。
 その夢の通りに試合が展開されて、その話を蓮二にしたことがあった。
 あの時蓮二は、『俺たちは、出会ってダブルスを組む運命だったんだよ、貞治』と言ってくれたんだった。
「あの時の言葉を、訂正しよう」
 蓮二は相変わらず蕩けそうな笑顔を浮かべたまま、そう言った。
 瞼の奥に隠されている瞳が顕になって、甘い光をたたえて俺を見つめてくる。
 俺は吸い込まれるように、蓮二を見つめ返した。
「俺とお前は、ダブルスを組むだけじゃない。共に人生を歩むために、出会うべくして出会ったんだ」
「それって、つまり……?」
 蓮二の言わんとしていることは、想像がついた。
 でも、俺はどうしても蓮二の声で、それが聞きたかった。
 今日は、俺の誕生日だから。
「単なるダブルスパートナーじゃなく、人生の伴侶という意味で、お前にとって俺は運命の相手だったんだ」
「自信家だね、蓮二?」
「外れていたか?」
「いいや」
 俺は返事に添えて、蓮二の唇に軽くキスをした。


Fin


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