8823~ハヤブサ

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8823(リョーマ×乾)


(アンタを1日、自由にしていいっすか?)

 プレゼントは何がいい?と尋ねた答えがそれだった。
 天皇誕生日のおかげで少しだけ早まった終業式も終わって、冬休み中のクリスマスイブ。
 遅れて来ることを見越して時間通りに待ち合わせ場所に着いたら、遅刻魔の彼は珍しく、俺より先にそこに来ていた。
「おはようございます、乾先輩」
「あ、ああ。おはよう、越前」
 いつも待たされている俺が、今日は越前を待たせている。それが不思議で、雪でも降るかな?なんてことを思ってしまった。
 ……もっとも、降水確率によれば、今日雨が降る確率は10%。最高気温は11度。雪が降る確率なんて、ゼロなんだが。
「珍しい、って顔してる」
「……わかるかい?」
「わかるっスよ。どーせ、俺は寝坊しまくりの遅刻魔っス」
 発言を肯定すると、越前は軽く頬を膨らませた。
 まったく、こうしていると本当に年下なのに。時々俺よりもずっと大人の表情を見せるから、彼は油断がならない。
 けれど悪い気がしないのは……きっと、惚れた弱みというヤツなんだろう。
「それで? 今日はどうするんだい?」
「とりあえず映画見て、ご飯食べて、プレゼント買って、ツリー見て……」
「盛りだくさんだな」
「当然っス。今日はフルコースでデートなんスから」
 指折り数える越前に冷やかし半分で口を挟むと、ニヤリと、どこか意地悪で不敵な表情を湛えた視線が返ってきた。
「じゃ、行くっスよ、乾先輩」
「ああ」
 歩き出す越前に手を差し伸べられて、俺は素直にその手を取った。



 日本国内だけでなく、海外でも高く評価されているアニメ監督の映画を見て、ファーストフードでご飯を食べて……俺としては、バランスのいい食事をしてほしいんだけど、今日は越前の自由になる、という約束だから仕方ない……。
 プレゼントは思ったよりあっさり決まったから、とゲームセンターで時間を潰した後、俺は越前に連れられるままに1件のデパートまで来た。
 1階から5階まで吹き抜けになっている入り口フロアの中央には、大きなクリスマスツリーが飾られていた。
「もうすぐっスね」
 1階フロアのツリーがよく見える位置に陣取ってしばらく待った頃。越前が時計を見て呟いた。
「何かあるのかい、越前?」
「見てればわかるっスよ」
 言葉を濁されて思わず疑問符を浮かべそうになった俺は、ふと周囲を見回した。俺と越前がここに来た時はそれほどでもなかったのに、今は大勢の人がここに集まっている。いや、このフロアだけでなく、吹き抜けになっている全ての階で、ツリーの見える場所に人が集まっていた。
 それを確認した時、急にフロアの照明が消えた。
「!?」
「始まるっスよ」
 越前が小さく囁くのが聞こえた。
 そして天井から舞い降りてきたのは……

「雪?」

 本物の雪ではなかったけれど、まるで雪が降っているのかと思うような演出だった。ツリーの周辺だけがライトで照らされて、さながらホワイトクリスマス、といった様子だ。
 なるほど。
 東京ではクリスマスの日に雪が降る、なんてそうあることじゃない。だからせめて気分だけでも、ということなんだろう。
「っス。ここ、そういうのがウリらしいっスよ」
 俺のデータの上をいくことができた、と越前は満足げに微笑った。
「従姉からこういうトコがあるって聞いて、どーしても今日、乾先輩と一緒に来たかったんス」
 どこか照れくさそうに呟く越前に、俺は自然と返していた。
「ありがとう、越前」
 そして言ってから気が付いた。今日は、俺が越前に喜ばせてもらっている場合じゃない、ということに。俺がまだ、肝心なことを越前に伝えていない、ということに。
「なぁ、越前」
「何スか?」
 見上げてくる越前を真っ直ぐに見詰め返して、俺は今日一番伝えなければいけない言葉を唇に乗せた。
「誕生日おめでとう。それから……メリー・クリスマス」
「乾先輩……サンキュっス」
 越前は照れながら、でも嬉しさを隠せない様子で小さく言い返してきた。
 俺は心の奥から沸いてくる温かいものをそのまま、表情に乗せた。



「それで、この後はどうするんだい?」
 それほど長い時間ではなかったけれど、クリスマスの雰囲気をたっぷりと味わった俺は、越前に尋ねた。
 今日の主導権は全部、越前に握られている。
「そうっスね。夕飯とケーキ買って、帰って二人きりでパーティっていうのは、ダメっスか?」
「ダメじゃないよ。クリスマスと越前の誕生日、一緒にお祝いしよう」
「俺としては……」
「うん?」
 言いよどんだ越前に、俺は先を促すように問いかけた。
「乾先輩には、キリストの誕生日より、俺の誕生日を祝ってほしいんスけどね」
「相変わらずの唯我独尊ぶりだな」
「でも、好きっスよね?」
「ああ」
 滅多に見せない満面の笑顔を浮かべられて、否定なんてできるわけがない。俺は素直に頷いた。
「じゃ、次、行くっスよ」
「わかった」
 俺は越前に促されるままに、越前と並んで歩き出した。
 デパートの地下へ下りて、適当な食料とケーキを買い込んで、駅まで歩く道すがら。越前が突然足を止めて、まじまじと俺を見上げてきた。
「どうかしたのか、越前?」
「へへっ。何か、気分いいっスね」
「何がだい?」
 どこか感慨深そうな口調で呟く越前に、俺は問いかけた。

「だって、乾先輩をこんな風に自由にできるのは、世界で俺だけなんスよ」

「……」
 サラリとそんなことを口にする越前に、俺は少しの間、言葉を失った。
「ずいぶんとキザなことを言うな、越前」
「いいじゃないっスか。今日は俺の誕生日で、クリスマスイブで、特別な日なんスから」
「……それもそうだな」
 クールでシャイで、自分の思っていることを素直に口に出す、ということをしない越前が。今日は特別だから、と囁く言葉はケーキよりも甘くて、とても心地よかった。
「乾先輩」
「何だい、越前?」
「24日が終わるまで、きっちり付き合ってもらうっスからね」
「わかってるよ」
 宣戦布告するような口調の越前に頷いた。きっちりと言うことは……キスだけじゃ済ませない、という意味なんだろうな。
 そんなことを漠然と考えて、俺は越前に置いていかれないように再び歩き出した。

「ああ、そうだ。乾先輩」
 少し歩いたところで、越前が再び歩みを止めた。
「まだ何かあるのかい?」
「言い忘れてたっすけど」
「?」
 少しだけ首を傾げると、越前の両腕が伸びてきて、俺がかけているマフラーを掴んで自分の方へ引き寄せた。
 越前の顔が近くに見える、と思ったのも束の間だった。
「Merry Christmas,Sadaharu」
 完璧な発音で、一瞬何を言われたのかわからなかった。けれど、こんなシチュエーションで言われる事なんて、一つしかない。とようやく思い当たった時。
「え、越前……」
「へへっ」
 頬に柔らかくて温かいものが押し当てられて、一瞬のちに離れて。見下ろすと、イタズラが成功して喜んでいるような越前の顔があった。
「続きは帰ってからゆっくりと、っスね。乾先輩」
 食料の入った袋を手に、再びスタスタと歩き出す越前に一瞬呆気に取られて。
 けれどすぐに我に返って、俺も越前の後姿を追って歩き出した。


(初出:2004.12.24)


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