甘い罠(仁王×柳生)
眼鏡を奪い取ると、同じ眼が睨みつけてきた。
「何をするんです? 返して下さい」
話しかける言葉は丁寧だが、不機嫌さを隠そうともしない。
紳士と呼ばれるこの男が、礼節を捨てるのは仁王と二人でいる時だけだ。
柳生が自分の予想通りの表情をしたことに満足して、仁王は心の中でほくそ笑んだ。
部活の休憩中に顔を洗って、眼鏡を外した彼の素顔を見たのは、もう1年近く前のことになる。
俺と同じ眼をしている。
仁王は驚きを隠せなかった。
相手を騙して駆け引きを楽しむ自分とは、全く性格を異にする彼が、自分とよく似た眼をしていたことに。
気がつけば、惹かれていた。
そしてもっと見ていたいと思った。
正反対のこの男が持つ、自分と同じ色の眼を。
「仁王君?」
「そうじゃの。ちょっと付き合うてくれたら、返してやってもええぞ」
「人の物を勝手に取っておいて、そういう言い草をしますか」
仁王の身勝手な言い方に、柳生の眉間に皺が寄る。
「ほれ、そういう顔ばっかりしとると、皺が消えんくなるぞ」
「私にそういう顔をさせているのは、他でもないあなたでしょう」
惹かれている、という自覚はある。
けれど、仁王は「好きだ」とは言わない。
その代わりに、戯れのような駆け引きを楽しんだ。
怒らせて、苛立たせて。
自分を睨みつけてくる、強気で真っ直ぐな瞳が何とも心地いいと感じる自分は、どこか壊れているのだろうか?
この瞬間を楽しみたくて。
わざと柳生の神経を逆撫でする言葉を選び、苛立たせる方法を取る。
それは、甘い言葉を交わすよりもずっと、仁王を酔わせた。
「いい加減にして下さい。だいたい、あなたはいつもそうやって私をからかって……っ!」
更に何か言い募ろうとした柳生の唇を、仁王は自分のそれで塞いだ。
それ以上何も言えないように。
驚いたような瞳が、仁王を見上げてくる。
そうやって見上げてくる瞳も、仁王は気に入っていた。
「返すで、柳生」
仁王は柳生の掌に彼の眼鏡を乗せた。
「仁王、君……?」
呆然と見上げてくる柳生をその場に残して、仁王は立ち去った。
口元に、満足げな微笑を浮かべて。
Fin
written:2004.10.19