流れ星

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流れ星(子柳+子乾)



流れ星 流れ星
すぐに消えちゃう
君が好きで……



「あっ……」
 二人で夏祭りに出かけた帰り道。
 貞治がそう呟いた。
「どうしたんだ、貞治?」
「今、流れ星が見えた」
 言いながら、貞治は東の空を指差した。
「今日はちょうど流星群の極大日だから、見えやすいんだ。予想通りだな」
 月がなくて、街灯もあまりなくて。
 暗い夜道でも、貞治が頬を紅潮させているのは、何となくわかった。

 今日は年に一度の、青春神社の夏祭りだ。
 どうせなら、二人で一緒に浴衣を着て行こう、という話になったのだけれど、貞治は浴衣を持っていなくて、買いに行く時間もなさそうだ。
 という話をしたら、俺のお祖母さんがお祖父さんの浴衣をほどいて、二人にハッピを作ってくれた。
 お揃いのハッピを着て、同じ色の短パンをはいて。
 俺と貞治は、初めて二人だけで夏祭りに出かけてきた。
 二人でヨーヨーを釣って、どちらがたくさん釣れるか競争したら、俺も貞治も一つずつしか釣れなかった。
 じゃぁ、スーパーボールをすくおう。
 と言ってすくってみたら、貞治の方が1個多く取れた。でも、貞治が取ったのは小さいボールばかりで、大きさで言えば俺の方が勝っている。
 たこ焼きや綿あめは、二人で半分ずつお金を出し合って買って、二人で分けて食べた。
 着ている物も、食べる物も、祭の戦利品も。
 全部お揃いだった。
 心が弾むような嬉しい気分が、いつまでも続いてほしくて。
 俺と貞治は、わざと遠回りをして家に帰ろうとしていた。
 その帰り道。
「あ、また見えた」
 貞治が2つ、3つと流れ星を見つけた。
 俺は、それを見つけることができなかった。
「そんなに見えるのか?」
 尋ねると、貞治はケロッとした顔で頷いた。
「うん。今日は、ペルセウス座流星群の極大日なんだ。一番たくさん見られるのは真夜中から明け方にかけてなんだけど、今の時間でもいつもより見つけやすいんだ」
 貞治は星座のことをよく知っている。
 彗星が残したチリのような物質が漂っている部分に地球が差しかかると、チリが大気圏に突入して光を出す。それが流星群で、特定の時期にまとまって見られる、という理屈らしい。
(何か、願い事でもするのか?)
 初めて、貞治が流れ星を見つけるのを見た時に尋ねた俺に、貞治が苦笑しながら教えてくれた。
 今も、貞治にとっては「流れ星」というものは興味深い天体ショーであって、願いをかけたり何か思いを込めたり、というものではないらしい。
「この時間なら、ペルセウス座はまだ低い位置にあるから、東の方を見てたら見えるよ」
 貞治は足を止めて、俺にも探せるようにと教えてくれた。
 貞治と一緒に釣ったヨーヨーのゴムが、風に揺れて何度も伸びたり縮んだりして。そろそろ指に食い込んできたと思った時だった。
「あっ……」
 ほんの一瞬。
 時間にして、わずか1秒ほど。
 東の空を、星の間を縫うように光が流れた。
「見えた?」
「ああ、見えた」
 声を上げた俺に、貞治が嬉しそうな声で尋ねてくる。
 自分が流れ星を見たことよりも、俺が見つけたことの方が嬉しかったらしい。
「よかった。教授にも見えたんだ」
 暗がりの中でも、貞治が満面の笑みを浮かべているのがわかった。
「博士のおかげだな」
 流れ星を見たのは、生まれて初めてだった。
 そう告げると、貞治は驚いたような様子を見せた。
「そうなんだ?」
「ああ。もしかしたら見たことがあるのかもしれないけれど、今まで気づかなかった。ちゃんと流れ星だ、とわかったのは、今のが初めてだ」
「そっかぁ」
 貞治が感心したような声で頷いた。
「じゃぁ、俺のおかげってことだね」
「そうだな。貞治のおかげだ」

 初めて流れ星を見た場面に、貞治が居合わせてくれた。
 そのことが、とても嬉しかった。

「それで、願い事はできた?」
「一瞬のことだったから、そんな余裕なかったよ」
「……それもそうだね」
 おどけたように尋ねてくる貞治にそう答えると、貞治はクスクスと笑い出した。
「帰ろっか」
「ああ」
 俺たちは、再び歩き出した。
「今日は初めて経験することばかりだな」
 家の近くまで来た時、俺はそう呟いた。
「え?」
「貞治とお揃いのハッピを着て、初めて二人でお祭に行った」
「うん、そうだね」
「二人で一緒にヨーヨーを釣って、スーパーボールをすくって、一緒にたこ焼きや綿あめを食べて」
「全部お揃いだ」
 街灯の明りに助けられて、貞治がはみ出しそうなほどの笑顔を浮かべるのがわかった。
「初めて流れ星を見た」 
「……うん。今度見た時は、願い事できるといいな」
「だったら、あらかじめ用意しておかないといけないな」
 自分は願い事などしないクセに。
 俺にはそんなことを言ってくる貞治に、俺は少し笑った。
「蓮二は何をお願いするんだい?」
「……貞治には内緒だ」
「えー!? 蓮二のケチ」
「流れ星に願う前に他人に話してしまったら、叶うものも叶わなくなるだろう?」
「それはそうだけど……」
 抗議の声を上げる貞治にそう言い訳したら、貞治は少し拗ねたような顔をした。でも、何とか納得してくれたらしい。
「もしその願い事が叶ったら、教えてくれるかい?」
「ああ。約束する」
「じゃ、指切り」
 差し出される貞治の小指に、俺は自分のそれを絡ませる。
 約束の指切りをしながら、俺は心の中で願った。
 さっき見た、流れ星に。
 ――貞治と、ずっと一緒にいられますように。


Fin


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