イントネーション

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イントネーション(忍足×乾)


「乾? どないしたん?」
 黙りこんでしまった俺に忍足が声をかけてくる。
 耳慣れない、独特のイントネーションで俺を呼んで。
 俺も彼も、それほど口数の多い方じゃない。それでも、一緒にいる時間はとても心地よくて、それなりに頻繁に会って、お互いの家を行き来して、時々は外出して……と、いわゆるデートもする
 今日も、間近に迫ったクリスマスのプレゼントを選ぶために、二人で店に来ている。付き合い始めて最初のクリスマスということもあって、お互いにプレゼントを交換しよう、という話になっていた。
 12月に入ると「今年の冬は温暖だ」と言われつつもそれなりに気温は下がっている。電車に乗り込んだ時には、俺も忍足も、眼鏡が白く曇っていた。
「なぁ、これ気に入らんの? 別のがええか、乾?」
 関西生まれで関西育ち。
 中学から東京暮らし、という彼は口を開くと関西のイントネーションで話す。関西に生まれて育った人は、たとえそこを離れて暮らすことになったとしても、何年たってもイントネーションが直らない。
 なんて話をそういえばどこかで聞いたような気がするけれど。
 忍足も例外ではないらしい。
 「いぬい」と同じトーンで呼ばれるのが普通なのだけれど、彼だけは「いぬい」の「ぬ」が微妙に上がる。
 何度指摘しても、「しゃーないやん? クセなんやから」と言って取り合わない。
 最近では、俺をそんな風に呼ぶのは忍足だけだから。彼だけが特別なのだと思えて、前ほど気にならなくなっていたのだけれど。
 今日は妙にそれが気になった。
「やっぱり、直らないんだな」
「何の話や?」
「そのイントネーション」
「乾……お前、関西弁嫌いなん?」
 やっぱり、俺を呼ぶ時に乾の「ぬ」が少しだけ上がった。 
「俺の関西弁、嫌か?」
「嫌というわけでは……」
「乾が嫌や、って言うなら、直してもええよ、俺は」
 何気なく、といった様子でそんなことを言い出した忍足を、俺は一瞬あっけに取られて凝視してしまった。
「何なら、今日一日。関西弁を封印して話そうか?」
 尋ねてくる言葉から、独特の抑揚が消えていた。
「お前がそうしてほしい、って言うなら、そうするけど。どうする、乾?」
 手塚や不二たちと話す時と同じように、同じトーンで「乾」と呼ばれて、あ……と思った。
 声は忍足なのに、まるで別人に呼ばれたようだった。
「やっぱり、こっちの色より青の方がいいか? お前、いつも青いジャージを着てたからかな。青の方が乾には似合うような気がする」
 努力して話しているのか、それだけのことを言うのにいつもの1.5倍の時間がかかっている。
 無理をして標準語のイントネーションで話そうとしているのが微笑ましくて、俺はつい、少し笑ってしまった。
「乾?」
「もう、いいよ」
 笑い出してしまった俺に呼びかける声が、たちまちいつもの「ぬ」が微妙に上がる呼び方に戻っていた。
 そんな風に呼ばれると、忍足に呼ばれているんだなぁ、と自然に思えた。
「標準語で話されると、かえって忍足らしくなくて違和感がある、というのがよくわかったよ。忍足は関西風のイントネーションも含めて忍足なんだ、ってわかった」
「乾?」
「変なことを言ってしまって、すまない」
「いつもどおりで、ええの?」
「ああ。その方が、忍足に呼ばれてる、と実感できる」
 関西風のイントネーションも忍足のアイデンティティの一つであって、それも含めて俺は彼を好きになっているのだと。違う話し方をされて、ようやく理解できた。
 そう話すと、忍足は滅多に見せない、蕩けそうな微笑を浮かべた。
「お前、やっぱりかわいいわ、乾」
 そう言って忍足は、無防備に体の横に垂らしていた俺の手を取って、指を絡ませてきた。
「今、めっちゃお前のこと抱きしめたいんやけど、これで我慢するわ」
「忍足……」
「好きな人に好きや、って言われて嬉しくない奴はおらんやろ?」
 同意を求められて、俺は返事に窮した。確かに、忍足の言うとおりだ。
「めっちゃお前のこと好きやで、乾」
「……ありがとう」
 ストレートに言われて、さすがに照れてしまった。何となく気恥ずかしくて小声になってしまった俺に、忍足はまた微笑した。
「で、どっちの色がええ?」
「そうだな……」
 忍足が話を元に戻す。俺はプレゼント選びに頭を切り替えた。


(初出:2004.12.5)



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