夢のあとに(子柳+子乾)
相手がかろうじて追いついて、ラケットを伸ばしたボールは、ロブになって返ってきた。
「今だ、貞治!」
「うん、……!」
俺は言われるがままにジャンプした。 いつもなら一人で戦っているはずのコートに、俺以外の誰かがいた。
誰だっけ?
同じコートにいるのに、俺はそれが誰なのか、思い出せなかった。
「やったな、貞治!」
俺が打ち返したスマッシュは、相手コートに決まった。
「ゲームセット、ウォン・バイ………!」
俺は一緒に戦っていた彼と、ハイタッチで喜びを分かち合った。
◇◆◇
「今だ、貞治!」
「うん、蓮二!」
相手がかろうじて返してきたロブに飛びついて、打ち落としたスマッシュが相手コートに突き刺さった。
「ゲームセット、ウォン・バイ、柳・乾ペア!」
二人でダブルスを組んで出た5回目の大会で、俺と蓮二が優勝した瞬間だった。
試合が終わってからの握手をすませて、俺は蓮二とハイタッチを交わす。
(あれ? 今の、どこかで……?)
その瞬間、何か奇妙な感覚がよぎった。
「やったな、博士。……博士? どうしたんだ?」
一瞬ボーッとなった俺の様子を、蓮二は見逃さなかった。
「え? あ……ごめん、ちょっとね」
「大丈夫か? 調子は良さそうだったけど……やっぱり疲れたのか?」
「ううん、そうじゃないよ」
「そうか……? さあ、表彰式だ」
「うん」
俺は蓮二と一緒に表彰台の一番高い場所に上がって、雑誌の記者さんに感想を聞かれて何度も話して、二人で優勝カップを持ってる写真もいっぱい撮られた。
「二人とも、笑ってくれるかな?」
記者さんに言われるままに笑いながらも、俺はずっと何か引っかかっていた。
「どうしたんだ、貞治?」
「ちょっと、調べ物」
表彰式が終わって、会場の皆も次々に帰っていく中で、俺はノートとにらめっこしていた。
蓮二が最初に俺に教えてくれた、データノートだ。
ノートの書き方や、データの取り方。
初めの頃は蓮二が教えてくれたとおりに書いていたけど、今は少し俺流になってるそのノートを、俺はめくった。
今までに俺と蓮二が戦ってきた全ての試合のデータを、俺は探した。
「ない……」
でもその中のどこにも、1セットマッチのラストゲーム。
このゲームを取れば、俺達が勝つというその場面で。
相手のサーブを蓮二がスライスで返し、それにやっとのことで追いついた相手がロブを打って、それを俺がスマッシュで決めて、ゲームセット。
そんな流れの試合は、今日の、さっきの決勝戦だけだった。
(じゃぁ、あれは……?)
「どうしたんだ、博士?」
「うん、俺……さっきの試合、前にもやったことあるような気がしたんだ」
俺は蓮二に全部話してみた。
こういう時、蓮二は思いがけない知恵を出してくれることがある。
もしかしたら、何か気がついてくれるかもしれない。
そんな期待をしていたら、俺の話を聞いてちょっと考えた蓮二が、ぽつりと言った。
「デジャヴ、だな……」
「デジャ?」
それは初めて聞く言葉で、俺はそのまま蓮二に聞き返してしまった。
「フランス語だよ。日本語で言えば、既視感、ってことになる」
「何、それ?」
「前にも一度見たことがある、って感じることだよ。貞治はきっと、前にも似たような経験をしたんじゃないかな?」
「でも、俺…ダブルス組んだのって教授が初めてだよ?」
「だったら……」
蓮二がまだ何か言おうとした時、俺は急に思い出した。
確か、あれは……。
「夢だ」
「夢?」
「うん。俺、夢で見たんだよ。まだ教授とダブルス組む前に」
「それって……予知夢ってことか?」
「予知夢……」
俺は蓮二が口にした言葉を、繰り返した。
「一緒にコートに入ってるのが誰かを思い出せなくて、顔がよくわからなかったのは、まだ博士が俺と会ってなかったからだ」
「そうなのかな?」
「だって、知らない人間が夢に出てくるはずないだろ?」
「それはそうだけど……」
蓮二の言ってることがまだよく飲み込めてない俺に、蓮二は笑いかけてきた。
「俺たちは、出会ってダブルスを組む運命だったんだよ、貞治」
そんな風に言われたら、そうかもしれない。
俺は何故か、蓮二の言葉に納得していた。
Fin