非日常的日常生活の、まったりとしたそこはかとない笑いがなんとも言えない映画。
とでも申しましょうか。
まぁ、場所が刑務所って時点で、すでに非日常的なんですけどね。ただ、淡々と日常を綴った映画なんですが、あちこちに細かい笑いの要素が詰まっていて、笑い上戸にはたまらないという状態でした。それも、「ガハハハハ」と大笑いするのではなく、そこここで「クスッ」と笑う。そんな感じ。
例えば、シーツをピシッと四角に揃えたり、たたんだ寝巻きに折り目をつけたり、部屋から出るのに歩数まで決められていたり、白線の内側では掛け声かけながら足踏みしたり、体操するのに体操の体形に開いたり、トイレをギリギリまで我慢して、切羽詰った状態になりながら刑務官に「お願いしまーす!」と声をかけたり……。
誰もが経験したことのある、又は目にしたことのある光景がスクリーンの中で繰り広げられる。それを見つめる私たちはまさに傍観者なわけで。やってる本人たちは至って真面目で、普通なんですが、側から見てると面白い。なんてことはよくある話なわけで。例えて言うなら、修学旅行に行ってる男子諸君の部屋を覗き見するような気分かな(笑)。
この映画、観た後にどう思ったかで、その人のヤバい度がわかるのだとか。
これを見て、私は「二泊三日刑務所体験ツアーなんてのがあったら、経験してみるのもいいかも」と思ったんですが。これくらいなら、まだ普通の反応で。
「俺、ひと月はいける」とか「自分は独房二ヶ月でもOKかも」とか。だんだんヤバくなるみたいですよ(笑)。しかし、行きたいと思うのは、あくまでもこの映画で描かれた刑務所。やはり、ハナワさんがいて、小指たててる伊笠さんがいて、火花散らしてる田辺さんがいて、でもってティッシュマン高橋がいて、仁義の字を間違えて刺青しちゃった小屋さんがいて…。あのメンバーだからこそ、面白いんだろうなぁ、と思います。
この映画を語るなら、やはり役者の濃度を語っておくべきでしょう。主演の山崎努さん以下、本当に濃ゆいです。でもって、ゲストも濃ゆい。大杉漣さんに、椎名桔平さんに、窪塚洋介君。窪塚君をゲストで、たったワンシーンだけ登場させるというのも、ある意味で豪華かも、と私の友人が話してましたけど、この窪塚君登場というのは、「GO」で共演なさった山崎さん推薦だったのだとか。
大杉漣さんも、「この映画に出るためなら、俺は髪を切る」と監督に仰ったそうですが、実際は切ってこなくて。「俺はこいつにだまされたんだよ」(by.崔監督)坊主頭の中に、一人だけ長髪の男がいたら浮くかな、と思ったら沈んでしまった、と仰ってました(笑)。まぁ、ティッシュマン高橋は、出所間近ということで、長髪でも仕方ないということになったそうです。何故ティッシュマンと呼ばれるかは…ぜひ、ご自分で確認して下さいませ。面白いから(笑)。
そしてその濃ゆい役者たちの中で、淡々と彼らに突っ込みをいれ、また自分の心情を語るハナワこと山崎努さん。あのメンバーの中で一番普通で、特にこれといってクセも取り柄もない。だけど、意外とちゃっかり刑務所生活を楽しんでいたりして。彼の淡々として、それでいてまったりとした語りあってこそ、この刑務所の中なのでしょう。
そしてこの映画、何がすごいって料理がすごいんですよ。お腹すかせた状態で見ると、かなりツライかもしれません。刑務所の料理ってすごい豪華なんだ~、と思うメニューの数々。大晦日にはちゃんと年越しそばが出て、お正月にはおせち料理がでて、春雨スープは「ビューだよね」で、パンの日には「妖精が舞ってる」んです。そして北野映画には“アルフォート”(by.森永製菓)。
映画に登場するこれらの料理、全て映画スタッフが手作りなさったそうです。途中、餡子を食べるシーンがあるんですが、その餡も、スタッフの女性が徹夜で作られたのだとか。監督がその餡を味見なさると、普通に売ってる餡より甘さ控えめになっていたそうで。「これ、どこで買ってきたの?」と聞いたら、「自分で作った」とスタッフの女性。「NGが出たら、役者さんは何度も餡を食べなければいけなくなるので、何度食べても飽きないように甘さを抑えて作った」のだそうです。それを聞いた瞬間、「こいつ、やっぱり映画人だ」と監督は感心した、とお話されてました。
というわけで、そういうスタッフさんの情熱こもった料理の数々も、じっくり堪能していただけると。そして自分で春雨スープを作って、「ビューだよね」と言ってみるだけでも、気分は「刑務所の中」(笑)。実は、この映画を観た翌日の我が家の夕食は春雨スープ。そして「ビューだよね」と呟く私は、ダンナさまから怪訝な目で見られました(笑)。
雑居房で5人が眺めている雑誌のグラビアが浅野忠信だったり、田辺が途中で鑑賞する映画が北野映画だったり(でも、映画より配給されるお菓子&ジュースが大事だったり;)、かなり細かい部分でも笑えます。そして、映画が進むにしたがって、だんだん笑いのリアクションが速くなるという。
崔洋一=セックス&バイオレンス。そんな常識を打ち破る、とても凝ったコメディ映画です。監督は「まったりとした、つまらない映画ですが」と仰ってましたが、笑いのツボにはまった人は、笑わずにはいられない映画だと思います。そして見終えた後に「ビューだね」と呟いたら、あなたはもうこの刑務所の住人です(笑)。