刑務所の中

刑務所の中

koku04.JPG 2002年公開   93分   原作:花輪和一   監督:崔洋一
<出演>ハナワ:山崎努  伊笠:香川照之  田辺:田口トモロヲ   小屋:松重豊  竹伏:村松利史  ティッシュマン高橋:大杉漣  掃夫友田:伊藤洋三郎  医官:椎名桔平  浜村:窪塚洋介
<物語~「刑務所の中」パンフより>
 エアガン片手にサバイバルゲームに興じる中年男数人。そのうちの1人が、バッグから改造銃を取り出し、水で満たしたペットボトルの中に発砲。「んぁ~幸せ」。しかしゲームは早くも終了。ガンマニア、ハナワカズイチ。鉄砲刀剣類等不法所持、火薬類取締法違反で懲役3年―

 晩秋の日高刑務所。受刑者番号222号。雑居房での生活が始まった。一流ブランド好きのおぼっちゃま受刑者・伊笠。媚を売る受刑者に火花を散らす・田辺、腕に仁義、もとい仁議と刺青してしまった・小屋、シャブに未練たっぷりの冴えない中年男・竹伏、そしてハナワの5匹の受刑者たち。起床6時40分、就寝21時。軍隊以上の規律正しい厳しい生活の中で、食事のこと、掃除で出た陰毛の犯人探し、電機剃刀の電池のもち比べ…毎日毎日飽きもせず繰り返される同じ会話、同じ生活。5人のノートには、出所日までのお手製カレンダーが書かれ、そしてそれを毎日1コマづつ消していく。

 塀の中には、楽しみもある。お正月の豪華なおせち料理、味気ない食事の美味しい食べ方研究、免業日の飲み物・お菓子付き映画鑑賞…。そして平穏な日々にも事件は起こる。クロスワードをして懲罰房にしょっぴかれたり、作業中に落とした消しゴムを拾うのに難儀したり、じゃれあっていたらテレビ視聴禁止になったり。刑務所には不思議な出来事、規則、受刑者が満載だ。

 奇妙な連帯感で結ばれたハナワたち5匹の仲間は、捜検(抜き打ち検査)でボールペンのキャップに隠しておいたお互いの連絡先を記すメモを発見され不正連絡で懲罰房に送られる。黙々と独房で病院の薬袋を作るハナワ。「懲罰房の方が雑居房より生きやすく、毎日が充実して楽しいというのはどういうことだろう。…ここにこれてよかったな。受刑者生活の中で一番の思い出になるような気がする」

 …やがて舎房の外には雪が降りつもり、いつしか桜の花も満開に。今日も刑務所には受刑者たちの行進の足音が響き、普段通りの日常が始まっていく。

 非日常的日常生活の、まったりとしたそこはかとない笑いがなんとも言えない映画。
 とでも申しましょうか。
 まぁ、場所が刑務所って時点で、すでに非日常的なんですけどね。ただ、淡々と日常を綴った映画なんですが、あちこちに細かい笑いの要素が詰まっていて、笑い上戸にはたまらないという状態でした。それも、「ガハハハハ」と大笑いするのではなく、そこここで「クスッ」と笑う。そんな感じ。
 例えば、シーツをピシッと四角に揃えたり、たたんだ寝巻きに折り目をつけたり、部屋から出るのに歩数まで決められていたり、白線の内側では掛け声かけながら足踏みしたり、体操するのに体操の体形に開いたり、トイレをギリギリまで我慢して、切羽詰った状態になりながら刑務官に「お願いしまーす!」と声をかけたり……。
 誰もが経験したことのある、又は目にしたことのある光景がスクリーンの中で繰り広げられる。それを見つめる私たちはまさに傍観者なわけで。やってる本人たちは至って真面目で、普通なんですが、側から見てると面白い。なんてことはよくある話なわけで。例えて言うなら、修学旅行に行ってる男子諸君の部屋を覗き見するような気分かな(笑)。

 この映画、観た後にどう思ったかで、その人のヤバい度がわかるのだとか。
 これを見て、私は「二泊三日刑務所体験ツアーなんてのがあったら、経験してみるのもいいかも」と思ったんですが。これくらいなら、まだ普通の反応で。
 「俺、ひと月はいける」とか「自分は独房二ヶ月でもOKかも」とか。だんだんヤバくなるみたいですよ(笑)。しかし、行きたいと思うのは、あくまでもこの映画で描かれた刑務所。やはり、ハナワさんがいて、小指たててる伊笠さんがいて、火花散らしてる田辺さんがいて、でもってティッシュマン高橋がいて、仁義の字を間違えて刺青しちゃった小屋さんがいて…。あのメンバーだからこそ、面白いんだろうなぁ、と思います。

 この映画を語るなら、やはり役者の濃度を語っておくべきでしょう。主演の山崎努さん以下、本当に濃ゆいです。でもって、ゲストも濃ゆい。大杉漣さんに、椎名桔平さんに、窪塚洋介君。窪塚君をゲストで、たったワンシーンだけ登場させるというのも、ある意味で豪華かも、と私の友人が話してましたけど、この窪塚君登場というのは、「GO」で共演なさった山崎さん推薦だったのだとか。
 大杉漣さんも、「この映画に出るためなら、俺は髪を切る」と監督に仰ったそうですが、実際は切ってこなくて。「俺はこいつにだまされたんだよ」(by.崔監督)坊主頭の中に、一人だけ長髪の男がいたら浮くかな、と思ったら沈んでしまった、と仰ってました(笑)。まぁ、ティッシュマン高橋は、出所間近ということで、長髪でも仕方ないということになったそうです。何故ティッシュマンと呼ばれるかは…ぜひ、ご自分で確認して下さいませ。面白いから(笑)。
 そしてその濃ゆい役者たちの中で、淡々と彼らに突っ込みをいれ、また自分の心情を語るハナワこと山崎努さん。あのメンバーの中で一番普通で、特にこれといってクセも取り柄もない。だけど、意外とちゃっかり刑務所生活を楽しんでいたりして。彼の淡々として、それでいてまったりとした語りあってこそ、この刑務所の中なのでしょう。

 そしてこの映画、何がすごいって料理がすごいんですよ。お腹すかせた状態で見ると、かなりツライかもしれません。刑務所の料理ってすごい豪華なんだ~、と思うメニューの数々。大晦日にはちゃんと年越しそばが出て、お正月にはおせち料理がでて、春雨スープは「ビューだよね」で、パンの日には「妖精が舞ってる」んです。そして北野映画には“アルフォート”(by.森永製菓)。
 映画に登場するこれらの料理、全て映画スタッフが手作りなさったそうです。途中、餡子を食べるシーンがあるんですが、その餡も、スタッフの女性が徹夜で作られたのだとか。監督がその餡を味見なさると、普通に売ってる餡より甘さ控えめになっていたそうで。「これ、どこで買ってきたの?」と聞いたら、「自分で作った」とスタッフの女性。「NGが出たら、役者さんは何度も餡を食べなければいけなくなるので、何度食べても飽きないように甘さを抑えて作った」のだそうです。それを聞いた瞬間、「こいつ、やっぱり映画人だ」と監督は感心した、とお話されてました。
 というわけで、そういうスタッフさんの情熱こもった料理の数々も、じっくり堪能していただけると。そして自分で春雨スープを作って、「ビューだよね」と言ってみるだけでも、気分は「刑務所の中」(笑)。実は、この映画を観た翌日の我が家の夕食は春雨スープ。そして「ビューだよね」と呟く私は、ダンナさまから怪訝な目で見られました(笑)。

 雑居房で5人が眺めている雑誌のグラビアが浅野忠信だったり、田辺が途中で鑑賞する映画が北野映画だったり(でも、映画より配給されるお菓子&ジュースが大事だったり;)、かなり細かい部分でも笑えます。そして、映画が進むにしたがって、だんだん笑いのリアクションが速くなるという。
 崔洋一=セックス&バイオレンス。そんな常識を打ち破る、とても凝ったコメディ映画です。監督は「まったりとした、つまらない映画ですが」と仰ってましたが、笑いのツボにはまった人は、笑わずにはいられない映画だと思います。そして見終えた後に「ビューだね」と呟いたら、あなたはもうこの刑務所の住人です(笑)。

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