主よ、人の望みの喜びよ

Happy Box

柳×乾祭Returnにいただいた作品

主よ、人の望みの喜びよ

~From:松本るり様


『逢いに来て、夜に、逢いに来て、蓮二
 あなたは夜の月光…
 あなたが夜の翼に運ばれるお姿は…
 カラスの背に降り積もる雪よりも白く輝く』


 雅治兄さまが色とりどりのドレスを俺の前に並べている…
 薄いピンクの綺麗なドレス…白の美しいドレス…様々なドレスが俺の周りに並べながら兄さまがどれが良いかと訊ねてきた。
「…元気ないな~、どうしたんじゃ?」
「仮面舞踏会…行きたくない…」
「我が侭はいかんぞ……それとも一週間前からお前の部屋を出入りしている『怪人(ファントム)』が気になるんか?」
「!?」
 どうして…!?どうしてあの方の事を兄さまが知っておいでなのですか!?思わず下を向いていた顔を上げて、マジマジと兄の顔を見入った。その行動を確認した雅治兄さまは、嫌らしい笑みを浮かべたまま言葉を掛けた。
「一週間前、この城に入り込んだ賊を自室に招き入れ、あろう事かそのまま毎晩、その怪人がお前の部屋を訪れていると…女王でも母上殿が知ったら、どうなるやろうな~それもあれ、隣国の皇太子じゃろう?」
「黙ってて、兄さま!!何でもするから…!」
「じゃあ、我が侭云わんとこの水色のドレス…来てくれるか?」
「着る…着るから!お願い!!」
「じゃあ、ドアの外で待っとるからな」
 差し出されたドレスを受け取り、兄さまが部屋より退室していった。でもどうして、あの方を部屋に招いた事を兄さまは知っておいでだったのだろう…?


……一週間前、この城の命でもある『石』を狙って賊が侵入した。
「くれぐれも王女様は部屋から出られぬように、お願い致します!!」
「…はい」
「大丈夫ですよ、『賢者の石』は必ず守りますので!!」
「………」
 ドアに施錠し、溜息をつく…どうしてあんな石の為にみんな必死に成るんだ…あんな物があるから争いが起こるのに…
『賢者の石』…その昔、名高い錬金術師が作り出した血の如き紅き石…未だに製造方法は不明だという伝説の石……その為長きに渡り、隣国とあの石を争ってる…
「あんな物無くなってしまえば、争いだって無くなるのに……」
「……同感ですね」
 えっ……ベットに横たわっていた俺に聞き慣れない人の声が聞こえた。優しい声…誰?夜の闇に紛れて口元までは確認できるがそれ以上は部屋の明かりが届かず、確認できない……それに此処は五階の筈…どうやって其処に?
「こんばんわ」
「こんばんわ…あなたが城内に忍び込んだ『賊』、ですか?」
「…名は、そうですね…『怪人(フォントム)』とでも云っておきましょうか?」
 忍び込んだ割に堂々としている。それに賊にしては何だあの格好…黒のタキシードにマント…でも違和感が無く、とても似合っている。
「其処では衛兵達に見つかってしまいます…どうぞ、中へ」
「しかし、女性の部屋にこんな夜中に御邪魔する訳には…」
「なら、私の話し相手に成って戴けますか?」
「…喜んで」
 テラスから現れたのは、凄く優しそうな人…歳は、俺と同じくらいでスラッと高い身長…といっても俺も人のことは言えないのだが…その為幼少の頃より雅治兄さまに何時も引っ付いて遊んで貰っていたので言葉遣いが男訛りになってしまい、母に兄妹揃って叱られた事を覚えている。
「どうぞ」
「ありがとう御座います」
 礼は言うものの入れた紅茶には一切口を付けようとしない。もしかして毒が入っているか用心いるんだろうか…思わず入っていないことを告げようとして、思いとどまった。そして、自分が口を付けたカップを差し出した。
「猫舌ですか?でしたら私のカップと交換しましょう。一口だけ口を付けてますが…よろしいですか?」
「ええ」
 その方は俺が差し出したカップに口を付けた。暫く無言だが、とても心地の良い時間が流れた。 どうしてだろう…? 今までこんな事無かったのに…誰といても退屈で、相手の方がいたたまれ無くなり、自然と席を立って行った。
「あなたも賢者の石を盗みに来られたのですよね?…出来ることならあれを差し上げたいですが…」
「が…なんです?」
「…知らないのです、あの忌々しい石が何処にあるかを…知っていれば持ち出して頂きたいのですが…」
 そんな顔をしないで欲しいと口にされ、優しく頬を撫でられた。気持ちの良い掌、綺麗な指、イヤ、もう少し触れていて…思わず、頬を触れていた手を握ってしまった。
「クスッ…どうしました?」
「いっ、いえ……!?」
 彼のしている指輪が目に入った。『双頭の鷲』の刻印された指輪…このエンブレムは確か隣国の…ではこの方は…
「…気付いてしまわれましたか…そう私は、」
 苦笑いを浮かべながらその方は目元を覆っていた仮面を外してくれた。その顔立ちは間違いなく隣国の皇太子様だ…
「あなたは…隣国の皇太子殿下・蓮二…さま…?」
「やはり名前と顔を知っていましたか…私もあなたを知っていますよ。この国の王女・貞治さまですね」
「はい……では、石を欲しているのも…」
 蓮二さまは俺の言葉に苦笑いを浮かべながら首を軽く横に振り、粉々に砕き、国には無かったことを伝えるつもりだったと…
 あんな物があるから争いが起きる…争いの種が無くなれば、互いに分かり合えるのに…彼は苦虫を噛み潰した表情で、俺に訴えている。真剣な表情…偽りの片鱗すらない…真実の眼差し…この方は…
「私もそう思います…あんな物……」
 でもどうすることも出来ない。それが何処にあるかも分からない、為す術のない自分、無力の自分…悔しい…
「泣かないでください…」
 彼の唇が俺の目元に触れて、涙を取り去ってくれた。唇が離れる時…視線が絡み合い、彼の唇が今度は俺の唇に重なる…
 優しいキス、触れるだけのキス…それだけでもこの方の優しさが伝わってくる…このままもう少し触れ合っていたい…
「…さて、今宵はそろそろお暇を致しましょう」
「もう行ってしまわれるのですか…」
 俺の言葉にマントを羽織った蓮二さまは、振り返り、填めていたあの指輪を俺に指しだしながら、持っていてください……と、そう告げた。
「それと私の事は『蓮二』と呼んで下さい」
「…蓮二…では、私のことも…」
「貞治…ですね、覚えておきます」
「あの…!…又、来て戴けますか…」
「あなたが望むなら…又、明晩に…」
「はい!」
 そのままあの黒いマントを靡かせて、去って行かれた…黒いマントとが月光を浴びて、まるで蓮二さまの翼のように……雪よりも白い羽根を羽ばたかせて飛び去って行かれた。


「お帰りなさませ、お兄さま」
「ああ」
 羽織っていたマントと上着を女中に投げて渡す。『賢者の石』が無かったのことを妹に伝える。其処までして手に入れて何になる…父王の考えるとは分からんな…ただ、あの人が『石』の事を口にする時は物凄い形相になる。
「比呂士。今日は良いのか、あの詐欺師は?」
「知っていたのですか!?あの方のことを…」
 知らないと思ったか…しかし、未だに信じらんな。あの男の妹君が、俺を自室の部屋に匿ってくれた、貞治などと……優しくも自身の意志をしっかりと持ち合わせた方だった。
 父が連れてくる女性は、俺にとってはとても窮屈で邪魔とすら感じてしまう者達ばかりだった。でも貞治は違った……物静かで、それでいて言葉を発していなくても心地良い空間と感覚を俺に与えてくれる存在。
 …今まで居ただろうかあのような女性が…
「父には告げないでおいてやる…だから俺が明晩、私用で出かけることを黙っていてくれ」
「どちらに…?」
「私用だと云っただろう?」
「はい…お兄さまが何だか楽しそうですから、私も聞かないでおきます」
 俺が楽しいそうだと?…そうかも知れないな、そんなことを考えがらそれから毎晩、貞治の元に通ってしまう自分が其処にはいた。
 完全に貞治に心奪われてしまったらしい……でも彼女は敵国の王女、しかし今の俺には彼女の方が完全に比重が重くなっている。それほど惚れ込んでしまったらしい…


 そして遂に昨日、貞治と一夜を共にした。ベットの上で露わになった貞治の雪のように白い肌…紅い唇…長い睫毛…綺麗な脚…全てが俺を虜にした。
 帰る間際、貞治が今宵この城で仮面舞踏会があるから是非、来て欲しいと誘ってくたが、今日は父のお供をしなければならない事を告げると、悲しそうな顔をさせてしまった。悲しませたくなくて、つい口にしてしまった。必死だった、この俺が…
「どれ位に成るかは分からないが、必ず伺うようにしょう。…出来ればそれまで、誰とも踊らずに居てくれないか?」
「本当に来てくれるなら、待っている。窓辺で……」
「壁の華か…それはいけない、必ず来れるようにしょう」
「必ず…。待ってるから…蓮二」
 貞治は初めて逢った晩に俺が渡した指をネックレスのヘッドにして大切に持っていてくれている…その指輪に唇を落とし出会った時のと同じ格好で、貞治に見送られながら明け始めた空に自身の姿を隠し、その場を後にした…
 そんな事を考えていた俺に父王である弦一郎が話しを振ってきた。現在、父は独り身だ…前妻は比呂士を産むと出産のショックと出血で還らぬ人となり現在まで独身貴族を通している。
「蓮二、聞いているのか?」
「…いえ、すいません…最近寝付きが悪いようで頭がボーとしているようです」
「大丈夫か?もう一度告げるので、良く聞いておいてくれ」
 今宵隣国では仮面舞踏会が行われる。それに乗じて、城に侵入し、今度こそ『賢者の石』を奪うとの事だった。
 やれやれ、まだ諦めていなかったのか…それに今回は父王自らが赴くという事で、それに俺と比呂士、そして数名の部下と共に隣国に向かう事が説明された。 隣国に出向くのなら一石二鳥…貞治との約束を反故にしなくて済む……しかし、父王はどうして其処までしてあの忌々しい石が欲しいのだ?
「父上、もし奪う事に成功した暁にはその石をどうするおつもりか?」
 それが一番聞きたかった事だ。石を奪い、それをどう使うか…本当に使う為に奪うのか?どう考えても父の性格上、そう言う類で奪うのではないような気がする…何故かは、分からないが…
「…欲しい物があるのだ…どうしてもこの手で手に入れたい欲しい物が…その為にはあの石が……」
 必要?と云う訳か…しかし、何だ?子の胸騒ぎは、これから何か波乱に満ちた事でも起きなければいいのだが…


 雅治お兄さまにつれられて、大広に足を踏み入れる俺。其処には既に大勢の来賓客が集まっており、ワルツのリズムに合わせて踊っている。
 2人で一度、女王でもある精市に挨拶をする。母さまは現在この国を女手一つで支えている。父が生前の時より女王の身でありながら戦場に赴き、知将としても名を馳せた御方。そんな母も兄さまと俺のを出産してからは、女王として父と共にこの国を繁栄させた。
 そんな矢先、父さまは流行病でこの世を去り、去り際にこの国にある『賢者の石』の存在を聞かされたという…
 それからというもの、母さまは笑う事が少なくなり口にするのは何時も国の為に…まるで何かに取り憑かれているように…
 俺も雅治兄さまも昔の母さま方が好きだよ…?だから、兄さまがそんな母さま為に年に一度、この仮面舞踏会を開かせる。
 この時だけは、母さまも昔のように笑ってくれるから…
「母さん、ハル見てみぃ~かわいいやろ?」
「本当に可愛いな、今年は水色のドレスなんだね。…ハル…こっちに来て良くみせて」
「母さま、変じゃない?」
「うん、凄く似合っているよ。ハル…とっても可愛いね」
 笑ってくれた…それだけで胸がいっぱいに成った。そんな俺達の後ろから聞き慣れない声がした。…声の主を確認する為に振り返ると…闘神…その言葉が当てはまるような人物、思わず母の傍で座り込んでしまった…『怖い』…
「…ハル、大丈夫ですよ……彼は私の古い知人ですから、ハルに危害を加えるような事は絶対にしませんから…雅治、ハルと一緒に踊ってきてはどうだ?」
 その言葉に思わず反論を返しそうになってしまった。だってダンスは蓮二と踊ると…そんな矢先その闘神の後ろにいた人物が俺の前に手を差し出してきた。一瞬、躊躇った俺にその人物は声を掛けてくれた…その声は…
「踊って戴けますか?」
「あっ…(蓮二…来て、来てくれたんだ…)…はい、私で宜しければ喜んで…」
「では、参りましょう」
 兄さまの方に視線をやると、既に何方かと踊っておいでだった…相変わらず、素早いな~兄さまは…


「貞治…何処を見て居るんだ?」
「クスッ…蓮二、焼き餅…なの?」
「そんな事を云う口は塞いでしまうぞ…」
「別に構わないよ?蓮二になら」
 ダンス時の囁きは常識…そんな事を思っていた俺の視線に広間を出ていく母とあの闘神の姿が映った。母さま、どちらへ………
「貞治、あの男が怖いか……?」
「…うん、まるで『闘神』って感じで…一寸怖かったの」
「あれが俺の父親だ」
「えっ!?あの方が、蓮二のお父さま…弦一郎さま…なの」
 黙ったまま頷き、曲が同時にテラスへと蓮二の手を引いてやって来た。広間から死角になる場所で2人で寄り添う…
「蓮二…本当に、蓮二なの…仮面を外して素顔をみせて」
「俺以外に誰だというのだ」
「…蓮二……もう、嫌…離れたくないよ…」
「…貞治、俺もだ…このまま連れ去りたい…」
 そのまま蓮二の唇が俺の唇に触れて…最初は触れるだけのキス…徐々に激しい物に変わる…離れたくなくて自分の舌を彼の物に絡ませてしまう…蓮二が吃驚したのか一瞬目を見開くが、直ぐに自分の物からませてきた。
 …好き…俺はこの人が…このまま時間が止まってしまえばいいのに……
「貞治…」
「…蓮二」
 そんな俺達の雰囲気を壊してしまうような会話が、テラスの下で交わされていた。
 それは何やら親密な顔で会話を交わしている、雅治兄さまともう一人…誰?その人物と話している内容に『賢者の石』の隠し場所が分かったなどと話している。兄さまと何やら凄く良い雰囲気の方。確か先程広間で兄さまとダンスをされていた方だった筈…
「比呂士…」
 えっ!?蓮二、今何て…比呂士って蓮二の妹君の!?どうして兄さまと蓮二の妹君と……面識があったの?
「お前の兄は、半年前からウチの城に忍び込んでは俺の妹と逢い引きをしていたようだ」
「兄さまだけ、狡い…一緒に連れて行ってくれても良いじゃないか!そうすればもっと早く蓮二と逢えたのに!」
「嬉しい事を云ってくれるな」
「俺だって……あっ、しまった…」
 蓮二が呆然といった顔をしながら俺をマジマジと見詰めている。彼程、母さまに直せと云われていたのに…
「お前は、自分を俺というのか……幼少時、隣国の姫はかなりのじゃじゃ馬だと聞いてはいたが…」
「嫌いに…成った?」
「いや、どうして嫌いに成ったりするんだ?お前はお前だ…違うか?」
 その言葉に思わず蓮二に抱きついてしまう俺。そんな俺を抱き留めてくれる蓮二がやっぱり好き…そんな俺達の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。


『ヒロ…もう少しの辛抱じゃ…あの石さえ破壊してしまえば…』
『争いの素が消え去り、揉める原因も無くなる。そうすればずっと貴方の傍に…』
『ああ、うちの城の時計台の最上部にあるらしい…』
『では、それを見つけだし…』
『善は急げ!じゃな。それにあれを破壊すれば、ハルも幸せに成れる…今まで、誰といても退屈していた彼奴がやっと巡り会えた相手じゃけんの~』
『はい、蓮二兄さまも此処一週間、夜になるのが楽しみだったようでしたので…あの2人にも幸せに成って頂かなければ…』


 本当にあるのかあの石が…一週間前、この城に忍び込んだ時には見つけだせなかった物…替わりに掛け替えのない物を見つけてしまったが…
「貞治!」
「時計台は、中庭を横切って林を抜けたところにあるんだ、馬なら兄さま達より先に辿り着く事が出来る」
「貞治…馬に、その格好では」
「俺を誰だと思っているの?横乗りで半日乗る事だって俺には出来るよ」
 流石は、貞治だ。直ぐさま馬舎に向かい、足の速い二頭を選び飛び乗った。
 …凄い、本当に女性なのか!?横乗りであんな早馬を意図も簡単に操っている。普通の男性でもこんな乗り方をして通常の早さをだせるだろうか?感涙にも似た感情を抱いていた俺の前に大きな塔が見えてきた。あれか、時計台と云うのは……
「蓮二、馬場(乗馬の練習するところ)を抜けるよ!そっちを抜けた方が近道なの、付いてきて!」
「ああ」
 楽しい…!何故だろうか…こんな感じを今まで味わった事も無い…ただ凄く楽しい…そんな事を考えている俺に貞治が到着した事を告げてくれた。
「此処の最上階に…あの忌まわしい石があるのだな…行こう、貞治」
「蓮二、貴方となら何処まででも…」
 貞治の手を引き、壁に沿って螺旋を描いている階段を上がっていく…時計の振り子が大きく時を中央で刻み続けている…
「貞治、大丈夫か?」
「平気、この格好が一寸邪魔なだけだから」
 最上階の時計の心臓部とも言える制御室…鍵穴はあるが鍵は掛かっていない…可笑しい…腰の剣を抜き、扉をそっと開けた時に後ろから…忌々しい声が発せられた。
「何だ貴様らは!?何処の何奴だ!!」
「蓮二ー!危ない!!…!?」
 一瞬何が起こったか分からなかった…振り返った時、貞治の身体を貫いている剣と嫌らしい顔で一人仕留めたと口にした男の言葉…
「貞治ー!!!貴様ぁぁぁぁー!!」
「ひぃぃぃぃぃー!」
 俺の前から逃げようとしたその男を捕まえ、首に剣を突き立てた……その男はのたうち回りながら断末魔の様な声を上げて『ミズキ…』と口にした。
 しかし今の俺にはそんな事どうでも良かった…
「貞治!!目を…目を開けてくれ!!」
「…蓮二…城から、ラストダンスの曲が…聞こえる…」
「ああ、貞治…しっかりしてくれ!!」
 そんな俺達の後ろから此処を目指していた比呂士と貞治の兄でもある、雅治が到着した…
「貞治ー!!!どういう事じゃこりぁ!?」
「まさか…この賊に!?しっかりしてください!!目を!目を開けてください!!」
 2人の声に閉じかけていた貞治の目がもう一度開く…口からは血がしたたり落ちており、胸に至っては、止めどなく血が流れでている…
「雅治…兄さま、じゃじゃ馬が…過ぎました…ごめん、なさい…母さまには、黙って、て………ラスト、ダンス…蓮二と、踊りたかった…」
 俺の腕の中で深く目を閉じ、身体から力が抜ける……貞治、頼む目を!目を開けてくれぇぇー!どうしてこんな事に……
 何故だ! 何故お前が…!!強く抱き締めるが、反応のない身体…先程まで…彼程、彼程俺を求めてくれた貞治が……
「何故、何故こんな事に……」
 聞き覚えのある声、貞治の母・精市の声だ…しかし、今の俺にはどうでもいい…全てがどうでも良かった。貞治がいない…
「蓮二…お前……」
 父の声に顔を上げて見据えた。貞治が死んでしまった…あんな石の所為で、あんな石などにどんな価値があるというのだ…あんな石が無ければ貞治は…
「ああああ…貞治、目を…目を開けなさい…彼程、彼程じゃじゃ馬のような行動をしては成らないと…貞治…聞いているのですか!?聞いているのなら目を開けなさい!母の声が聞こえないのですか!?」
 俺の腕の中で眠る貞治を必死に揺すっている女王。その女王に弦一郎が罵倒にも似た言葉を口にした。
「精市!!何故あの時俺の言葉に耳を貸さなかった!?あのな石にどんな価値があるのだ!?あの石がこんな結果を生み出したと云うのにまだ、あれを守り通そうと云うのかお前は!!」
 何を云っても貞治は戻ってこない……もういい、もうどうでもいい…貞治がいない場所になど用はない……俺は貞治の胸に痛々しく突き刺さっている剣を抜き、そのまま……自身の喉をかっ切った。
「貞治…一人にはしないから…直ぐに逝くからな、待っていてくれ……」


「いやぁぁぁ!!!蓮二兄様!!」
 ヒロの声に貞治を抱き締めていた蓮二に目をやり、唖然とした。おのれの喉を切りおった…俺がもう少し早く見つけていればこんな事には…!!!悔やんでも、悔やみきれんが…
「どうしたら良かったんだ、弦一郎…お前にあの石を渡し、破壊してくれる保証が何処にあった!!」
「保証だと!?世迷い言を云うな!!何なら、この手で砕いてやると告げたはずだ…それを…!」
「やめて!!やめて下さい!!!蓮二兄様は貞治さんを本気で愛していたのです!あんな石の所為で!あんな…」
 ヒロ、親同士の言い争いは堂々巡りじゃな…全てを知ってもいいじゃろう…2人がこんなに愛し合っていた事も知らんと一方は石を保守する事を固持し、一方がその固持を砕こうとしている…歩み寄りもありゃせんわい!!
「…母さん、ハル…昨日の夜、この男と一夜を共にしたんじゃ…云ってる意味分かるよな……」
「「!!」」
「人の主張より石がそんなに大事なんか!?あんたら…」
「…ハル、ごめんなさい……不出来な母を許してぇぇ…」
「蓮二……すまんな、……あの輩か、あの子(貞治)の胸を貫いたのは…苦しかっただろう…」
 ヒロの父親は、出入り口付近で息絶えている輩を足で転がし、騒ぎを聞きつけた近衛兵に素性を徹底的に調べ上げるように告げた。
 母は、残った近衛兵に貞治のサイズにあった白のウェデングドレスと蓮二のサイズにあった白のタキシード…そして特注の大きな棺桶を二つ、明日の早朝までに揃えるように告げた。
「…ハル、こんな結果でお前は満足なんか……愛する男を守れて……残されたもんの身ぃに成ってみぃ…胸が引き裂かれそうやど…」


 翌日、お2人の葬儀は盛大に執り行われた。
 愛し合っていたのに引き裂かれる運命…そして、他国の賊より相手を庇い亡くなった貞治さん……そんな貞治さんを守る事が出来ずに自ら命を絶った蓮二兄様……舞踏会に来ていた来賓達は事情を聞き、一人も掛けることなく、葬儀に参列して下さいました…
 雅治様が未だにご自分を責めていらっしゃる…
「どうして……こんな事に……」
 参列した方々からも同じ言葉が聞こえてきた。そんな中、最期に双方の親が2人の前に立ち、言葉を掛けた。
 雅治のお母様が、蓮二兄様の前に…父様が貞治さんの前に…
「…こんな事に成るなど……想像もしていなかった……済まない、謝っても謝りきれるものではないが…」
「蓮二を庇うなど…そこまで愛していたのか……蓮二を……主の御手にて、幸せにな……」
 2人が何かの粉を双方の棺に捲き入れ、棺の蓋が閉じられた時にそれは起こった。
 棺より青白い光が発せられたかと思うと、締めたはずの蓋が吹き飛び、光は収まった。親同士と私と雅治様が恐る恐る棺を覗くと…瞼が静かに開けていく2人の姿…


「…此処は何処だ……俺は自身の首を…傷が…無い…一体…」
「蓮二!!」
「蓮二兄様!!」


「…雅治兄さま…?……母さま…?此処は何処なの…俺、どうしたんだっけ…」
「貞治!!」
「貞治…!」


 2人の葬儀がそのまま挙式へと変更された瞬間だった。
 2人が生き返った事に参列者達は歓声を上げて喜び、挙式に至っては既にお祭り騒ぎとなった。
 後から聞いた話だが、双方の両親が2人の棺に振り入れたあの粉…あれこそが『賢者の石』を砕いて粉にした物だったらしい……そして、貞治さんを殺した『賊』は隣国の一つ・ミズキの手の者と判明し、父様は判明したその日に、彼の王宮にてミズキを捕らえる事に成功した。…正に闘神と呼ばれる相応しいものだったとか…
 その後、私と雅治様も無事に挙式を上げることが出来、それから更に半年後……父である弦一郎と義理の母である精市様も再婚した事を付け加えておきましょう…


FIN


おまけを読む

inserted by FC2 system