蒼穹の月

聖闘士星矢関連のサイト様からいただいた作品

蒼穹の月

From ノウチカ様


白い月。
あなたは、真昼の月を、見た事があるだろうか。
白く、淡く、幽玄とも思える儚さで、蒼穹に浮かぶ月を。



スターヒル。
聖域でも教皇のみが立ち入る事の許された場所。
星を読み、時を占う神聖なる場。
幾百年も変わらず聳え続ける宇宙にもっとも近い場所

そこに、一人の少年がいた。

真昼の星見
只一人、教皇以外にこの場所にいる事を許された人間、
只一人、この場所に在る事を宿命付けられた存在。

日が落ちて、流れる星を読む教皇の対を成し、昼間の星を読む星見。
そう、眩しい太陽に遮られ、地上からは見えなくとも星々はそこにあり続ける。
白く浮かぶ月と伴に。

「セージ様。お召しに預かり山羊座のエルシド、参上致しました。」
片膝を付き、最敬礼をとったエルシドの相変わらずの堅苦しさに苦笑しつつ、教皇セージは一つ小さく息を吐いて決められた言葉を告げる。
「山羊座エルシド、お主を、もっとも誠実な男と見込んで頼み事があるのだが、引き受けてはくれまいか。」
「は、私に出来る事ならば、全霊をもって。」
「実はこれから私はジャミールに直接出向かなくてはいけない用があるのだが、その間、毎日ある場所へ、届けてもらいたいものがあるのだ。」
「は、」
「では詳しい話は今晩、宵の明星が昇る頃、スターヒルに来てもらいたい。」

スターヒルの断崖絶壁も、ピレネーの剣が峰を修行の場にしていた彼には、さほど困難ではなかった。
しかし、本来ならば、立ち入る事の禁止された場所。幾ばくかの緊張を伴って登ったその頂上に、
直に座り込み星を見上げるセージの膝に凭れ掛かる様にして散らばる長い闇色。
夜の闇よりもなお深く重い絹の束、その下に広がる白いローブ、教皇の正装そのままに、色だけが異なった衣装に包まれた細いシルエット。
「よく来てくれた。今、少し待っていてもらえぬか、しばらくすれば気が付く。」
父親が我が子に寄せる様に、眼を細めて目の前の少年を眺めるセージに訳が分からずに、訪ねる。
「セージ様、お尋ねしてもよろしいですか?」
「うむ、この子か?この子は熾龍といってな、ここに住んでいる。教皇の役目の一つに宿星を占う事があるのは知っているだろう?この子は私の代わりに昼の星を視る役目を負っているのだよ。」
初めて知る存在もとより、ここは人がすめる様な場所ではない。
自分より年下であろうその華奢な肩に似合わぬ過酷な重荷である事は一目瞭然だった。
「なぜ、そのような子供が。」
「はは、子供、と言うか。こやつは星の導きでやって来た。遥か東からたった一人でな、もっともっと、幼い時に。
星を読む、という事はな、全ての人の人生が、目の前で映し出され、消えて行く巨大な劇場の前にいるようなものだ。そして自分は常に傍観者なのだ。
子供、というには、知り過ぎてしまったのだよ。」
「私は、何をすれば?」
「何、という訳ではない、私が留守の間、この子に一日二回、食事を届けてやって欲しい、」
そこで、件の子供が眼を覚ました。

くるりと

世界が反転した。

少年の瞳に空を見た。

「セージ、どうして、彼がここにいるのです?」
エルシドを一瞥した後セージに、向き直ると少年は責めるような口調で訪ねた。
「さて、私の星見にはこれで良いと出ているが?」
「セージ!私は、
「シリュウ、と言ったか、君がどういう立場の者かは判らんが、セージ様を呼び捨てにするのはどうかと思うが。」
エルシドが名前を呼んだ途端にびくりと肩を振るわせて、少年は振り向いた。
話に口を挟むつもりは無かったが、女神が未だ降臨されていない以上、聖域の最も上位に位置する教皇に対し、許される事ではない。
しかし、振り向いたその吸い込まれそうな瞳の彩に、エルシドはやはり、蒼穹を思い描いた。

雲一つない空高く、飛ぶ鳥の夢。
いつか幼い頃憧れた、その空の色を。

「いいのだ、私がそう呼べと言っていたのでな。」
「しかし、周りの者に」
「ここに、周りの者はいないのでな、すまないな。」
自分の失言に、更にはセージに謝らせてしまった事に恐縮する。自分らしくない失態に、情けなくもあり、何故自分がこんな事を言ったのか不思議でもあった。
「いいえ、山羊座(カプリコーン)は正しい。セージ、様、悪いのは私です。」
「ははは、きりがないな。では皆少しずつ悪い事にしよう。それと、熾龍、彼の名はエルシド、という。」
「エルシド、、」
噛み締める様に自分の名前を呟いた少年から、エルシドは眼が離せない。
「では、任せたぞ、私は兄上の所に行ってくる。」



「やれやれ、娘を嫁に出す父親の心境とはこんなものかな、」
ジャミールの奥地にある一族の村で、よく似た兄弟は穏やかに午後の一時を過ごしていた。
「何を言う、自分でつれていったくせに」
「私が動かなくともいずれ出会っていた二人ですよ。それに、そう時間もある訳ではない」
「そうだな、せめて、幸せを祈る、か?」
「ええ、あの子は何も望まなすぎる。それに想いは、強さになる。」
間近に迫る、戦の足音に、怯える事は初めからしていないけれど。
儚く流れる星が決して少なくはない事を、嘆く事も止めた訳ではないから。
せめて、この穏やかな時が、少しでも続く事を、古の戦士は祈る。



教皇が不在の数日間、
エルシドは毎日スターヒルに登った。
食事を運ぶだけで良いと言われていたが、少年の事を少しずつ知る度に、滞在時間は長くなった。
一日、星を見守る熾龍の背を眺めながら僅かに言葉を交わすだけの静かな時間だったが、多くの事を知った。

敵を倒す事だけが、技を磨く事だけが、闘いではないという事。
星を見るだけのちっぽけな体の少年が、その背に負う重圧。
流れ、消えてゆく星を、命を、ただ、見守る事しか許されない苦痛。

「エルシド、星は、流れ、消えるけれど、それは全て、生まれる為にあるのです。
新しい、ひとつ、ひとつ、へと、
だから、嘆く必要は無いと、私は教えられました。」
杖を持ち、凛と立つその姿は、神殿に立つ女神像を彷彿とさせる。
荒い風が髪を嬲り衣の裾を翻す。

その、後ろに立ち、その背を、支えたいと願う。

「今日、黄金聖衣が全て聖域に揃います。」
その意味するところ。

聖戦が、始まる。

「天秤座を童虎が継ぐのか?彼は確か青銅ではなかったか?」
「いいえ、本来彼は生まれもって天秤座の聖衣を纏うべき存在。
今までの龍星座は仮の衣、彼もその違和感に気付いていたでしょう。
龍星座の聖闘士は聖衣を纏う事は無いけれど。
その小宇宙を判らない彼ではない。」
「龍星座の聖闘士?」
「ええ、今、貴方の目の前にいる」
珍しく悪戯っ子の様に微笑んで熾龍はエルシドを振り返った。

遥か昔。天の北極に位置していた龍星座、彼等は代々星見として教皇の補佐にあたり、その聖衣は恒久にも渉る時間大瀧の底に沈んだままその硬度を上げ続けていた。

青銅聖闘士として本来女神の為に闘う筈だった彼は幼い頃に先代の星見に見出され、導かれ、このスターヒルに登った。
それから、只の一度もこの場所を下りた事は無い。
明けの明星から宵の明星まで、
蒼穹を見続けた瞳は、灼熱の太陽に灼かれ、星々以外を映す事も無い。
その碧みがかった翡翠の瞳は深く空を映す泉のようで、長いローブを被っている所為で日に焼けない白い肌と相まって眼球というよりは玻璃を嵌め込んだ人形のようである。
もちろん聖闘士としての修行も受けていない。
本来の龍星座の聖衣の持ち主である彼は、生涯聖衣を纏う事は無い。

「けれど、この眼では足手まといになるだけ
だけど、
貴方を、セージ様が連れて来たとき、私の歯車は廻り出した。
私は私自身の星を占う事はしません。
だからセージ様の星見に何と出たかも知りません。
けれど、貴方にあって、私は変わった。
何かを望む、という事を知ってしまった。

次の、生命。

次の命があるのなら。
星の瞬きさえも、
生まれる為にあるのです。

だから俺は、
あの聖衣を纏って、
ねえ、貴方とともに闘う存在になりたい。」

「それがお前の望みというのなら、俺は欲張り過ぎて地獄へ堕ちるかも知れん。」
見上げる白い頬に右の掌を伸ばす。
「俺は望むだけでは足りん。
誓おう。
この右腕に賭けて。

お前の命、
生まれ変わっても、見つけ出そう。
必ず。
お前の命、待ち詫びよう、祝福しよう、

シリュウ
愛してる。」





「紫龍、愛してる。」
低い声に耳元で囁かれて。
薄く瞼を開けて、生まれた日に一番最初に映すものが、いとおしいものである幸福。
「ありがとう、シュラ、俺もあいしてる。」
「それはこちらの台詞だ。
生まれてくれて、ありがとう。」





蒼穹に映える白い月

だけが変わらずに、

そこにあった。

今も、昔も。




end





2008年9月23日のパラ銀&紫龍受け飲み会+カラオケ大会&お泊り会でお世話になりました、ノウチカ様からいただいたフリー作品です。
山羊龍です。
前世絡みです。
エルシドさんのカッコ良さと、前世紫龍の儚げな美しさに惚れまして、フリー作品であるのをいいことに強奪して参りました(^^)

いいですね~、前世モノ♪
出会ってから心中するまでわずか1時間足らずな山羊龍ですからね、これくらいの因縁があってもいいと思うですよ(^^)
素敵な作品をありがとうございました、ノウチカ様(深礼)


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