愛犬との過ごし方

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愛犬との過ごし方

~From:玉倉かほ様

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「ん……。」
 ふさふさとした柔らかい感触に、柳は目を覚ました。

 腕の中には、暖かな体温。
 まどろみかけた頭に、その感触と温もりが柳を夢の世界へやんわりと連れ戻す。

 心地良い感覚に、うとうとと目を閉じるとけたたましく携帯の目覚ましが鳴った。
「!!」
 途端、霞んでいた思考がクリアになる。

 思わず飛び起きると、
「ひゃ。」
 間の抜けた声を上げて、腕にいた愛犬――貞治が転がった。
「あ……すまない。」
 慌てて腕を引いて助け起こすが、貞治は起き抜けの衝撃にくるくると目を回している。
 ふらつく貞治を何とか布団の上に座らせて、未だけたたましく鳴り続ける携帯を止めると表示された時刻に青褪めた。

 柄にも無く大慌てで着替えを済ませると、スーツの裾を貞治が申し訳程度にくいくいと引っ張った。
「蓮二、蓮二。」
 心配そうに呼びかけてきた貞治に思わず手を止める。
「……どうした、貞治。」
 上目遣いに見上げてくる仕草に、急いでいることも忘れてしゃがみ込む。
 自分よりも随分小さな貞治に目線を合わせて柳は問いかけた。
「蓮二、今日もお仕事に行っちゃうの……?」
 貞治は不貞腐れた顔で開いたスケジュール帳を指差した。
「…………?」
 それを目で追うと、そこには柳の達筆な文字で書かれた【休暇】の文字。

 普段は多忙で家に帰るのも遅く、貞治を一人残すことの方が多い。
 だから、たまにはゆっくり二人で過ごそうと無理に仕事を片付けて休みをとっていたのだった。

 貞治は口にこそ出さないが、随分この日を楽しみにしていた。
 完全に自分に染み付いた朝の習性に舌打ちする。

(すまないことをしてしまった……。)
 項垂れて貞治を見る。

 貞治は俯いたまま、何も言わない。よく見れば、小刻みに肩を震わせている。
 泣いているのか……?

「すまない、貞治……。」
 へたりと垂れた耳ごと包むように頭を撫でると、くすくすと堪えきれなかった笑い声が洩れた。
「……珍しいね、蓮二。」
 子供のわりには落ち着いた声で貞治が言う。

 怒っている訳でも泣いていた訳でもないことに胸を撫で下ろして、柳はもう一度すまないと謝った。



 この子犬の名前は貞治。
 数ヶ月前に、近所の道端で拾った。

 柳は生まれてこのかた動物など飼おうと思ったことも無かったが、不思議と貞治だけは違った。

 貞治は年の割には頭の回転も速いし、物分りが良い。
 難点と言えば視力が低く、随分と分厚い眼鏡をかけていること。
 光の反射で瞳が見ええなくなる事もしばしばだ。

 しかし、その眼鏡の下の大きな瞳はとても綺麗で。
 仕草や声も、どうにも柳のツボを突いていた。

(というか、貞治の存在自体が愛くるしい……いやいや、そうじゃなくて。)

 柳は頭を振って考えかけた不埒な考えを打ち消した。
 貞治に向き直って、今日は貞治の為に時間を使おうと決めていたのだからと希望を聞いてみる。
 どうせなら、いつも一人きりで淋しがらせていた分、思い切り甘やかしてやるつもりだった。

「今日はどうしたい。貞治の好きな所に連れて行ってやるぞ?」
「ん――……。」
 貞治は真剣に考えていたが、やがて顔を上げると、恥ずかしそうに呟いた。
「……ここでいい。」
「ここ……? この家でいいのか。」
「家が落ち着くんだ、蓮二と俺の匂いがするから。」
「………………。」
 可愛いことを言う貞治に、思わず抱き締めた。
「蓮二、苦しい!」
 抗議しつつも、貞治の尻尾はぶんぶんと機嫌良く左右に振れる。
 それに気付くと、嬉しくなって更に貞治を強く抱き締めた。
「わっ!」
 今度こそ、貞治は本気で抗議した。



「貞治、お前……本気で噛んだだろう。」
 歯形のくっきりついた手で貞治を撫でる。
「蓮二が俺を圧迫死させようとするからだよ。」
 頬を膨らませて主張する。そんな貞治を可愛いと思いつつ、柳はしれっと返した。
「お前が可愛いことを言うから、無意識にしてしまった。」
「……蓮二って、たまに恥ずかしいことを言うよね……。」
 ばっと顔が真っ赤に染まるのを隠すように、文句を言うと、貞治はそっぽを向いた。
「こんなことを言うのは、貞治にだけだ。」
「……どうだか。」
 そう不機嫌そうに言う貞治の尻尾はやはり機嫌良く振られたまま。
 柳は苦笑しながら、撫でる手を止めずに問いかけた。
「……それで、今日は家で何をするんだ?」
 貞治は、嬉々として言った。
「えっと、洗濯物とか、掃除とか、あと、今日は天気がいいから布団も干したいし……。」
「そんなもの、今日でなくてもできるだろう?」
 まるで主婦のような提案に柳は眉間に皺を寄せたが、
「蓮二と一緒が良い。」
  と、目を輝かせる貞治に駄目だとは言えなかった。



 午前中ずっと、もったいないと思いながらも淡々と家事を貞治とこなす。
 家にずっと居るせいか、貞治は器用にこなした。
 仕事にかまけて家事はあまりしていなかったが、家が綺麗だったのは貞治がやっていたのか……。
 もしかしたら、褒めてもらいたかったのかもしれない。
「貞治は、家事が上手いな。」
 そう言って撫でてやると、貞治は赤くなりながらにっこりと笑った。
 小さな身体で一生懸命布団を叩く貞治を見て、たまには家事も悪くないなと柳は思った。



 午後からは部屋の掃除。終わると今度は布団を取り込んだ。
「お日様の匂いがする……。」
 陽に当てられた布団が気持ち良いのか、貞治はその上でころころと転がった。
「こら、干したてが気持ちいいのは分かるが寝る時までとっておけ。」
「あ、うん……。」
 注意すると、残念そうな顔をして離れる。

「……次は、どうする?」
 それが心苦しくて、話題を替えると貞治は暫く考えた後、
「もう大方片付いたし、休憩。」
 そう言って本棚を指差した。
「読書か、悪くないな。」
 適当に貞治が本棚から1冊見繕うのを確認すると、柳はソファに腰を下ろした。
「貞治。」
「何、蓮二?」
「こっちに来い、二人で読もう。」
 膝をぽんぽんと軽く叩くと、少し顔を赤らめて、それでも嬉しそうに貞治は飛び乗った。
 柳の高い身長に比べて、小さな貞治は腕の中にすっぽりと納まる。
 上手く本と柳の間に潜りこんで、二人で本を開いた。
 貞治が物語に集中するうちに、彼方の空はうっすらと赤みが差していた。



 夕日の柔らかな陽射しを浴びながら、ゆったりと読み進める。
 柳は上から見える貞治の僅かな頭の動きに合わせて片手でページをめくる。
 もう一方の手は、無意識に柳に甘えるように動く耳と尻尾を撫でていた。
 見た目よりも柔らかい、ふわふわとした貞治の耳と尻尾の感触を楽しんでいると、ふと貞治の動きが止まった。
 ゆらゆらと機嫌良く揺れていた尻尾はするすると下に垂れて、手から滑り降りる。

「どうした、貞治。」
 ただならない様子に声をかけるが、貞治は微動だにしない。
 柳は貞治の視線を追った。
「……あ……。」
 柳は思わず声を上げる。止まっていたページには、主人公が子犬を捨てに行くシーンが描かれていた。


 帰り道、ふと見つけた捨て犬。
 可哀想に思って家に連れて帰っても、母親に元の場所へ戻すのだと諭されて。

 泣きながら元の場所へ子犬を捨てに行く。
 子犬がどんなに叫んでも、主人公は耳を塞いで走って元来た道を戻るのだ。

 それは、よくある話だったけれど、だからこそ貞治には見せたくないシーンだった。



 伏せられた耳に触れて、柳は貞治を拾った日のことを思い出す。

 その日、柳はいつもと同じように夜遅くに家路に着いていた。
 いつもと違うのは纏わりつく冷気とさらさらとした細かい雪。
 突然の雪に表情には出さずに静かに苛立ちながら、速い足取りで家に向かっていた。

 ふと、その足が止まる。
 視界の端に映ったのは小さな影。
 そこには雪の降りしきる中、子犬が傘も差さずに震えながらとぼとぼと前を歩いていた。

 力なく垂れた耳と尻尾には、細かな雪がうっすらと積もっていて見ているだけでも寒そうだ。
 そして、その小さな背中から伝わるのは尋常ではない空気。
 気が付けば、柳は子犬に声をかけていた。

「……どうした、こんな時間に。」
 はっと子犬が柳を見た。
 瞬間に柳は息を呑む。
 街灯の僅かな明かりの下、見えたのは子犬の大きく見開いた瞳。


 ――透き通るような、だけど……強い瞳。

 瞳には今にも溢れそうな程に涙を溜めて、それでも泣くのを堪えて。


 思わず、柄にも無く心配する声をかける。
「この辺りは治安も良くない、家に帰った方がいいだろう。」
 しかし、子犬はふるふると頭を振った。
「いいんだ……。」
 か細い声で言うその声は震えていた。
「飼い主が心配するだろう?」
 問うと、子犬は苦しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「俺は、いらないって……。」
 大きな瞳から、はじめてぽろりと一滴だけ涙が零れた時には、柳はその小さな手を取っていた。



 あの時の貞治の表情を思い出して、柳は目を伏せた。

「貞治……。」
 そっと貞治の目線を大きな手で塞ぐ。
 貞治にとって、辛かっただろう過去を見せたくは無かった。
「……あっ。」
 突然視界を塞がれた貞治が、小さな声を上げた。
 思わず、塞がれた手に自分の手を重ねる。
 触れ慣れた暖かさに、ほっとして息を吐いた。
「どうしたんだ、蓮二?」
 今度は、貞治が気遣わしげに柳に尋ねる。

 しかし、柳は答えなかった。
「…………?」
 暫く、貞治はそのままにしていたが、柳の様子に答えに思い当たる。
「いいんだ、蓮二。」
 眼を覆っていた蓮二の手をそっとはずすと、貞治は振り返った。

「……だって、あそこに捨てられなかったら蓮二に会えなかったから。」
 優しい笑みを浮かべた貞治に、蓮二は胸が熱くなるのを感じた。
「貞治……。」
柳が手を差し出すと、貞治は小さな手をそれに乗せた。
 お互いに、少しだけ強く握る。
「蓮二。」
 柳の手に頬を当てて、貞治は呟いた。
「あの時、蓮二の手は暖かかったよ……今みたいに。」
「…………貞治。」
 柳が何か言おうとすると、照れ隠しなのか貞治はぱっと本に向き直った。
 先程までと同じように読み進める貞治に、柳も同じようにページをめくる。

 いつしか、柳も活字を追うことに集中していた。



「……ふぅ。」
 読み終わって、静かに本を閉じる。
 いつの間にか夕日は沈み、辺りはうっすらと暗い影が差していた。



 物語の中で、子犬は紆余曲折を経て主人公の家に引き取られることになる。

 だけど子犬を捨てた元の飼い主が現われて。
 この子は渡さないのだと、護るように抱き締める主人公の腕から子犬はするりと抜け出すのだ。

 子犬は一度だけ振り返って、ありがとうとさよならを込めた一声だけを鳴いて。



 感動的ではあったけれど、貞治と自分は、こんな終わりを迎えたくは無いと思った。

 貞治はどう思ったのだろうと、下を向く。
「…………。」
 しかし、貞治の反応は無い。
「……貞治……?」 
 貞治の顔を覗き込むと、
 こてり。
 ……と、貞治の頭が胸にもたれた。

「……すぅ、すぅ。」
 耳をそばだてると、小さく安らかな寝息。
「眠ってしまったのか……。」
 安堵と残念な想いがちらついたが、
「蓮二……。」
 柳の名を呼びながら幸せそうに眠る貞治に、自然と笑みが零れる。


 こんなに暖かな気持ちになれたのはいつ以来だろう。
 そっと、貞治の頭を撫でると、

「……お前が居てくれて良かった。」

 素直に言葉が零れた。
 そんな自分に驚いたが、それも悪くないな、とまた笑った。

「……こんな所で寝たら風邪をひくぞ、貞治。」
 暖かな気持ちのまま、部下が聞いたら卒倒しそうな甘い声で貞治に声をかける。
 優しく揺すると貞治は僅かに目を開けた。
「……ん……。」
 しかし、甘えるように鼻先をこしこしとこすりつけると、またすやすやと寝息をたてはじめた。
「やれやれ……。」
 その様子に一つ溜息をつくと、寝室に向かい、手早く干したての布団をひいた。
 起こさないようにそっと貞治を抱きかかえてそこに運ぶ。
 貞治を寝かすと、いつものように自分も隣に潜り込んだ。

「蓮二……。」
 幸せそうに自分を呼ぶ貞治を優しく抱き寄せる。
 貞治の寝顔を眺めるうちに、柳も夢の中に誘われた。

 こんなに穏やかな休日を過ごすのは久し振りだった。





 この上なく幸せそうに眠る二人の横に投げ出されたスケジュール帳には、来週も休暇の文字。

 その日の予定は既に決まっている。


 一日中、可愛い愛犬と共に過ごすのだと。


 そして、物語のように元の飼い主が現われたところで貞治が自分にしがみついて離れないくらいに、たっぷりと甘やかしてやるのだ。



相互リンクして下さっている茶心眼鏡堂様で1000HITのキリ番を踏んだ記念に、管理人の玉倉かほ様からいただいたCG&SSでございます(^^)
図々しくも「子犬な乾さんにデレデレでメロメロな大人の柳さんの図」が見たいです♪
と申し上げましたところ、このようなステキなCGとSSをいただきまして。
本当に幸せでございます(^^)

健気で愛らしい子犬の貞治クンと、そんな貞治クンに癒されている柳氏。
微笑ましくもラブラブなお二人が、たまらんスマッシュでございます。
願わくば、二人のラブラブな日々がこれからも続きますことを(^^)
…というより、できることなら蓮二さんに代わって貞治クンを愛でたい!というのが本音だったりして(笑)

玉倉かほ様、本当にありがとうございました<m(__)m>

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