ほしのきれいなよるだから

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テニプリサイト様からのいただき物

ほしのきれいなよるだから

~From:沖田朝様


 練習が終わった、とある夏の夕暮れ時。
 乾貞治は後輩である越前リョーマの家の縁側で、うちわ片手に涼んでいた。
「…スイマセン、こっちから誘ったのに親父がいないなんて」
 珍しくしゅんとした感じの後輩の姿に、レア現象だと内心嬉しく思いながら乾はクシャリと頭を撫でてやる。
「…スイカ、持ってきたッス」
 子ども扱いされたことが気に入らないのか、越前は一転してぶすりとした調子で持っていたお盆を突き出した。
「ありがとう」
 今年初めてのスイカだな、と素直に喜んだら、越前は「ス…」とか言って顔をうつむけ「麦茶を持ってくる」なんて言って奥へ行ってしまった。
「水分に水分はいらないけどなぁ…」
 拙い後輩の気遣いに、乾はちょっと首を傾げて苦笑した。
 越前は越前だから、こういうことを人にするのは慣れていないのかもしれない。一人っ子だし、大事にされているんだろう。
 文字通り、王子様のように。


 今日の部活がお開きになろうとした頃、越前はちょっと言いにくそうに乾へ切り出した。
「親父がちょっとオレ以外とたまにはテニスしたいって言うんで、センパイどうすっか」
 その提案に、越前の父親のことを知る乾は一も二もなく了承した。
 日本テニス界いや、世界に新風を巻き起こしたプレイヤー・越前南次郎。
 彼のデータを実際相手にして採取できるなんて、夢のようだ。きっと自分だけでなく、他のメンバーのメニューを組むのに役に立つ。
 そう思って乾は越前についてきた。が。
「いない?」
 玄関に入るなり告げられた、乾に従兄弟だと紹介した女性の言葉に、越前が大きな猫のような目を見開いて絶句した。
「ええ…何でも中学時代の古い友人達が久しぶりに集まるって…。午前様になるだろうから、家に鍵をかけて先に寝ててくれって」
 自分好みの落ち着いた様子の年上女性と、珍しくしょぼくれた後輩を交互に観察していた乾に、越前はらしくなく謝った。
「すいませんセンパイ…」
「いや、別にかまわないよ。また機会があったらぜひ誘ってくれ…じゃ」
 送っていくと言う越前の言葉をやんわり断って、乾が越前家を出ようとしたとき、まさに鶴の一声とも言うべき越前の母らしき声が奥から響いた。
「リョーマ?お客さまにお夕飯ご一緒にどうかって聞いて頂戴ー。あの人の分余っちゃったのよー」
「あ、うん!センパイ、つーことなンスけど…」
「今日は遅くなるって言ってあるし、大丈夫だと思うけど」
「じゃあ決まりッスね!」
 こうして乾はその日、越前家のご相伴に上がったのである。


 チリーン。
 夏の風物詩が奏でる中、庭を見ながら縁側で夕涼み。
 まさに絵に描いたような夏の風景だが、マンション暮らしの乾にとっては初めての体験だった。
「センパイ、蚊とかに刺されないッスか?」
 越前は訝しげな顔をして乾に問いかけた。
 夕飯を食した後もう少しと引きとめられて、乾はこの優雅な夏のひと時を味わっていた。越前にとっては始終何かしらノートに書き込む姿が印象強いこの男が、ぼへっとただ時間を過ごしているのが不思議に感じるらしい。
「ああ、ちょっと喰われた」
 そう言って、タライに張った水に浸していた足をちゃぷんと上げた。
 学生服のズボンをめいいっぱい捲ってさらした足は、男のそれとは思えぬほど白く滑らかだ。
 その白く滑らかな足に点々と付けられた虫刺されの跡が艶かしくて、越前は直視できずに顔を赤らめて、目をそらす。
「いやー、日本の夏だなぁ」
 おっさん臭いことを感慨深げに言いながら、乾はちゃぷちゃぷとタライの水で遊んでいる。自分のリアクションに気付いていない乾にほっと胸をなでおろし、越前は持っていた袋を差し出した。
「線香花火?」
「母さんが商店街で貰ったンスよ。夏って言ったらこれっしょ?」
 にやりと子供っぽく笑う越前に、乾も負けじと逆光微笑いで答える。
「こうなったらとことん夏を味わってやるか」
「ッス」
 線香花火に火をつけて、二人は段々暗くなっていく縁側に座って火花をじいっと見つめる。すぐに落ちてしまう火の塊に、越前は小さく舌打ちした。
「最近の線香花火は大量生産モノだからなぁ、落ちるの速いんだよな。…今度手塚の家に言ってみるといい。手塚のおじいさんが手作りの線香花火を夏場は買って揃えているから。アレは長持ちするし、綺麗だぞ」
 越前は息が詰まりそうになった。
 きっとこの人は気付いていないだろう。遠く離れた人の名を口にする時、自分がどんな顔をしているのか、どんな優しい声を出しているのか。
「…部長の家に線香花火しにいったことがあるんすか」
 きっとこの人は知らないだろう。どんなにデータを集めたとしても、自分のことはここまで無頓着なのだから。
「うん。去年ね…不二と一緒に三人で」
 きっとこの人は考えもしないだろう。自分が今、腹を立てていることに。自分といるのに、違う人を一番に想うこの人に。
「せんぱ…」
「手塚が帰ってきたら、線香花火しようなみんなで。全国制覇の打ち上げで…」
 そうして笑った乾の顔は寂しそうで、それはそれは綺麗だった。
「センパイ」
「んー?」
 二本目の線香花火に火をつけながら、越前は乾に問うた。
「センパイの中で、オレと部長、どっちが強いッスか?」
 分厚い不透過眼鏡を通してでも、乾が目を見開いたのが解る。線香花火から視線をそらさずに越前は乾の答えを待った。
「…今はまだ、手塚だよ」
 予想していた通りの答えだけど、越前はやはり落胆した。
 でも。
「オレは、いつか部長を超えるッスよ」
「うん」
 いつも通りにたんたんと、乾は返事をした。越前は毛を逆立てた猫のように乾に声を荒げる。
「オレは、絶対…!!」
「いつかお前は手塚を越える時が来るよ。でもきっと手塚もお前をまた追い抜く。追いつ追われつ、強くなっていけば良い」
 相変わらず心地よい、心に染みてくるような優しい低音で、乾は越前に語りかける。
「俺のテニスの始まりは立海の柳蓮ニだった。データテニスも、テニス自体も蓮ニから教わった。…蓮ニがいなくなったとき、俺は今までの『自分のテニス』を見失った…俺のテニスは、蓮ニと二人で作ったものだったからね……でもやっと気付いたんだ」
 乾は二本目の線香花火に火をつけた。
「俺のテニスはこれからなんだって。…青学入って手塚という壁を見つけて、単純に勝ちたいって思った。そのためにはオレは強くならなくちゃならない。強くなるためには『俺のテニス』を見つけなくちゃならない。…見つけないと、磨くことも出来ないからね…あいつのおかげでオレは、『俺のテニス』を見つけられたんだ。」
 ぱちりと跳ねる火花を見つめながら、乾は微笑んだ。
「お前と一緒だ、越前。お前のテニスは親父さんの受け売り部分が多い。…サムライ南次郎のテニスのデータとお前の初期のデータを合わせてわかったよ。でも手塚に会って、お前は『お前のテニス』を見つけられた、違うか?」
「…っすね。確かに、オレは部長のお陰でなんか掴めました。けど…」
「ケド?」
「オレのテニスを作ったのはオレ自身だし、オレを強くしたのもオレ自身ッス」
 乾の持つ、二本目の線香花火がぽとりと落ちた。すっかり日も落ち、最後の光が鮮やかに西の空を橙色に染め上げる。
 くすりと笑って、乾は水の張ったバケツに燃えカスを放る。越前らしい。
「お前は過信しすぎというか、一人で頑張りすぎ。もうちょっと他人を頼りなさい。」
「隠れてヒトの3倍の2.25倍やってた人に言われたくないッス」
「あはは。ヒトと同じことやってたら強くなれるわけないだろう」
 笑いながらこつんと自分の額を小突く乾の腕を、越前は捕まえる。乾は首をかしげて窺った。
「越前?」
「…今はまだ、アンタの前を歩くのは、あの人かもしれないけど」
「?」
「いつか絶対、オレ以外目に入んないようにしてやる」
 まっすぐ乾の目を見つめて。座っていることでほぼ直線に近いその視線に、乾は思わず目を奪われる。
「充分お前はオレの山ですケド」
「言ったっしょ。オレ以外、目に入んないようにしてやるって」
「ふむ…」
 大胆不敵に微笑む頼もしい後輩の新しいデータを更新しつつ、首をかしげて乾は今の言葉を整理する。
「お前は俺に、お前以外のデータを取るなってことを言いたいのか?」
「データだけじゃないッスよ。それ以外のことも、俺だけのことを考えてりゃいいんスよ。っつーか、そっちがメインなんスけど」
「うーん、俺が倒したいのはお前だけじゃないから、お前のデータだけを更新するのは困るし、大体今の会話でどうしてそうなるのかよく分からん。…不本意ながらデータ不足だな。お前のデータを更新しとかないと…」
 データが絡むとこのヒトは途端に自分の世界にトリップする。
 ぶつぶつ独り言を繰り返す乾の腕を開放し、越前は再び線香花火に火をつける。


 きっとこの人は気付いていないだろう。自分が誰を想っているのかを。
 きっとこの人は知らないだろう。乾貞治という人間が、越前リョーマという人間にとってどれだけ重い存在なのかを。
 きっとこの人は考えもしないだろう。こんなに可愛い人なのだから。


 自分はまだ未熟で、でも、これから強くなればいい。上に行く。そう決めたのだから。
 データ云々いってる割には、まだ自分の心には無自覚で。ならば、気付かぬうちにこの人の心を独占できることも出来るはずだ。
 命短い線香花火をバケツに放り、今は帰らぬ遠くの人に心の中で艶然と微笑む。
 俺にとって、アンタにとって大切なこの人。悪いけど、貰っちゃうよ?


 東京にしては星の多い西の空を見上げながら、越前は頭の回転がやたらに速いこの人を、どう自分の家に泊まってもらおうか画策する。


 線香花火の火花より、星の綺麗な夜だから。
 もう少し、この空をアンタと見ていたいんだ。


FIN                        



「柳×乾祭Return」でも作品を寄せて下さいました、沖田朝様より
暑中見舞いにいただいたリョ乾SSでございます♪

リョーマさんの下心&自分の気持ちに気づいていない乾さんも。
そんな乾さんを掠奪する気満々なリョーマさんもステキなのです(^^)
ふふふ、手塚よ。
乾さんをリョーマさんに持って行かれて、悔しい思いをするがいい(逆光笑い)

なんて、ちょっとイジワルなことも言ってみたりして(笑)

沖田様。
改めまして、ステキなSSをありがとうございました(深礼)

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