おめでとうを、もう一度

Happy Box

柳×乾祭Returnにいただいた作品

おめでとうを、もう一度

~From:沖田朝様


「貞治」
 俺は愛おしい幼馴染の名を呼んだ。


「なんだ蓮ニ?」
 呼ばれた当の本人は首を少しかしげて振り返り、俺の名を呼んだ。
「夏の大三角形だ。…もうすぐ七夕だな」
 夜空を見上げながら呟くと、貞治は呆れたように眉を寄せて俺に軽くチョップをかました。
「旧暦かよ。神奈川県在住なら平塚市(神奈川県湘南地区。7月7日前後、毎年七夕祭りが開かれる)の七夕に合わせてやれよ。郷土愛の薄いヤツだな」
「地域振興が目的だけの、安い飾りをぶら下げているだけの祭りだろう?飾り作りは業者任せでビニール製など味気なさ過ぎる。仙台の方が毎年手作りの和紙製で、風流かつ見ごたえもあろう…そうだ、二人で仙台へ行こう。一週間くらい温泉にでもしっぽり浸かるか。」
「今度はJRのキャッチコピーかなんかか?…てか、全国大会丸投げするつもりか?」
 貞治はまた俺にチョップをかました。今度は少々脳天が揺れた。
「貞治、痛い。」
「うるさい」
 …ふむ。
「拗ねるな貞治」
「拗ねてない!」
「誰がお前の"壁〟の役割を他人に譲ると思ったのか?あのS3の試合、フリだったのかは知らんが、お前が絶望に跪いた様はなかなかに壮観だった」
「このサドッ子蓮ニ君め!というか、アレは完全に俺の『ミラクルくるっとあの日の試合完全再現攻撃』の一部だったわけで、お前が悦に浸る理由は一つもないぞー!!」
 貞治は、その白い肌を艶やかに朱色に染めて怒っている。こいつがこの様に歳相応な怒り方をするなどと、誰も知らないだろう、俺以外には…。
 二ヶ月遅れの貞治の誕生日を祝った料亭からの帰り、夜もすっかり更けて人通りも寂しい夜道を俺、柳蓮ニと乾貞治はてくてく俺の家へ歩いていた。
「まあ、今年が無理でも来年がある」
「お前、高校入ったらテニス辞めるのか…?」
 貞治が目の下を少し痙攣させながら聞いてきた。可愛いな…。
「いぢめたくなるからそう可愛い仕草はするな、貞治。取って喰うぞ?」
「お生憎さまー。人間は雑食生物だから臭くて食えた代物じゃないんだよ。というか、いくら達人とか呼ばれてるからって、そう子供が夜泣きするような仙人くさいこと言うなよ」
「……お前は本当に可愛いな。こんな小学生でも解るような口説き文句をさらりとかわすとは、天然とは末恐ろしいものだな」
「?何、遠い目をしてるんだよ。そんな黄昏る前にまず目を開けて、フツーの人間としての第一歩を踏み出せ。というか、話戻すぞ。テニス辞めるなんてバカなこと言うな、冗談でも言うな」
 口をぷうと膨らませて、投げやりにいう貞治の左手をやんわりと捕まえて自分の右手で包み込む。
「辞めるわけなかろう。言っただろう?お前の"壁〟を誰が譲るか、と」
「…俺は、お前に勝ったんだから、今度はお前が俺を追いかける番だろうが」
 貞治はいささか乱暴に俺の手を振り払うようにして逃れ、歩調を速めて俺の前へ歩き出す。
 …追いかけているよ、もう何年も前から。
 身長のわりに細い背中を見つめながら毒づいた。
 貞治は昔からまっすぐ前しか見ない。前へ前へ。恐いくらいに、ひたすらに、突き進んでゆく。決して後ろは振り返らない。だから俺は貞治の前に居続けたかった。貞治の過去になりたくはなかった。
 コイツは決して振り返らないから。いついかなるときも、どんな屈辱にまみれても、いつも高みを求めているから。貞治に見続けてもらえるためには、貞治の心に、意識に、存在するためには、前に居続けるしかなかったのだ。
「気付いたら、達人とか呼ばれるようになっていたがな…」
 全ては今、俺の目の前を歩む男の瞳に映り続けるために…。
 俺も高みを目指した。全てはこの目の前の、愛おしい幼馴染のために。
「なあ蓮ニ」
「ん?」
 貞治は歩みを止めて空を見上げた。俺もつられて空を見た。
 夜空に一際輝く三つの星。
 ぼーっと眺めていたら、俺の右手が心地よい温かさに包まれた。
 いったい何が起こったのか、不甲斐ないが一瞬理解できなかった。そうだ、お前はそうして俺の予想を超えていく。この立海の達人・柳蓮ニの驚愕させることが出来るヤツなど、お前ぐらいなモノだ。
「誕生日、おめでとう」
 最愛の幼馴染から発せられた言葉ではじめて俺は、日付が変わったことを知った。
 8月4日午前零時。
 君から贈られた、その左手のぬくもりと61日遅れのHappy Birthday…
「今度会うときは全国だな」
「…俺は絶対に負けないよ?」
「勝率は互いに50%だろう?ならば今度は俺の番だ」


 抜きつ抜かれつ、そうして歩んで行けば良い。今度は、肩を並べて互いに高めてあって。
 そうすれば互いの背中を見ることも無く、振り返ることも、置き去りにされることに怯える必要もない。
 隣を見れば、いつもお前が居るのだから…。


FIN

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