お泊り
~From:蒼紫様
「蓮二、どっちがいい?」
「どっちでもよい。貞治、枕の硬さはどうだ?」
「うん、大丈夫! ねぇ、コレ床の間っていうんでしょ?」
僕、実物初めて見た! キラキラと瞳を輝かせている。一軒家で和風な蓮二の家にマンション住まいの貞治は興味が尽きないらしく、ついさっきまで障子を表裏しげしげと眺めていたかと思えば今度は床の間に興味を移したようだった。
「そんなに珍しいか?」
「………掛け軸、で合ってたっけ?」
小さな口を半開きにして見入っていた貞治は蓮二の問いかけも耳に入っておらず、自分の好奇心と知識欲を満たすのにいっぱいいっぱいだ。
「えいっ」
「うわぁっ」
傍に居るのに心ここにあらずな貞治に焦れた蓮二は、掛け布団を頭から被せるとじたばた暴れる貞治を押さえつける。が、なんとか這い出た貞治にお返しとばかりに枕を顔面に投げつけられた。
暫くきゃあきゃあと騒いでいたのだが、蓮二の母の登場で休戦を余儀なくされ、その監督の下で乱れた布団を直すと漸く並んで布団に納まった。
土曜日の午後のテニススクールの後、貞治はそのまま一緒に蓮二の家に向かった。
丁度土曜日が貞治、日曜日が蓮二の誕生日だったことであっさり実現した誕生日のお泊り。
ダブルスを組むようになってテニス以外のこともよく話すようになった頃、ちょうど誕生日の話になり1日違いであることに驚いて。でも、そのあと。
誕生日でも両親は忙しくて一人で過ごす、とあっけらかんと貞治が話すのを聞いて、蓮二は何故か胸に痛みを覚えた。
だから我侭を承知でプレゼントのリクエストを聞かれた時、友達を泊まりに呼びたい、と伝えた。
最初はそんなことを言い出した蓮二に両親はびっくりしていたようだが、貞治のことを話しているうちに承諾してもらえた。
「わぁ………」
試合前でもしないほど緊張した貞治の少し頬を紅潮させた様子に、蓮二は満足げに笑みを浮かべた。
通された和室には、二人の好物が所狭しと並べられた一枚板の大きなどっしりとしたテーブル。
中央の大きなバースデーケーキには二人の名前入りで。母と姉お手製のそれはたっぷりの白い生クリームに真っ赤な苺が鮮やかだ。
この年齢の子にしては落ち着きすぎだと言われる蓮二に負けず劣らずな貞治が、促されて座ったもののどこかそわそわしている。
どうやら3人以上でテーブルを囲む、ということに戸惑っているらしい。
貞治の両親は忙しく、1人で食事をする方が当たり前になって久しかったようだし、ごく稀に家族全員が揃ったところで3人の核家族。
一方、蓮二の家は祖父母、両親、姉の6人家族。軽く2倍だ。
さらに祖父母は孫の友達を構いたくて仕方ないらしく、やれこれが美味しいだの、遠慮せずもっと食べろだのかわるがわる声を掛ける。
蓮二は自分であれば軽く流すところを慣れない貞治がいちいち返事をするのを少し申し訳なく思った。
しかし食事が進むにつれて緊張も解れた貞治がとても嬉しそうに笑うのを見て、蓮二は暖かい気持ちに満たされた。
初めてのお泊りに興奮していた二人だったがはしゃいだ分、自然と瞼が重くなってくるのは当然で。
でもあっさり寝てしまうには勿体無くて。
「ね、蓮二、起きてる?」
「貞治、もう寝た?」
何度となくお互いに呼びかける。
そんな努力も空しく、会話の間もだんだん開いて言葉もあやふやになりつつあったその時。
居間にある古い柱時計から12回、低い音が響いてきた。
「蓮二、誕生日おめでとぅ…」
言葉尻はほとんど消えかけていたけれど、それは蓮二の耳にしっかりと届いた。
「…ぇ?」
「1番に…蓮二…おめでと、言いたかったんだ…」
誰かに祝ってもらう誕生日がとても嬉しかったから。それをプレゼントしてくれた君に、最初に祝いの言葉を。
「…ありが…と…」
霞がかって朦朧とした意識の中、蓮二はなんとかお礼の言葉を返した。それを最後に部屋には二人の穏やかな寝息だけが響く。
障子越しに柔らかい月の光が差し込む中、幸せそうな蓮二と貞治の寝顔が浮かび上がっていた。
◆乾が幼すぎな気が…カレンダーや年齢は深く考えない方向でお願いします。