以棋会友

聖闘士星矢関連のサイト様からいただいた作品

以棋会友~棋ヲ以テ友ニ会ス~

~From:小青様




 一刻ばかり前、勝手知ったる五老峰の庵に、旧くからの友を訪ねたシオンは、滝を望む庭先に出された卓の一角につき、なかば冷めかけた廬山雲霧茶の杯をもてあそびながら、むっつりと黙り込んでいた。
 卓には、シオンのほかに三人の人間が座っているが、時々「ううむ」などという、うなり声らしきものが聞こえる以外は、三人ともこれまた無言であった。
 その三人とは他でもなく、シオンが訪ねてきた相手と、その弟子と、その養い子である。

 シオンは、不機嫌だった。

 同じ沈黙にしろ、シオン以外の三人には、はっきりと連帯感があるのだ。
――卓上に置かれた、四角い遊戯盤をめぐって。
 半時間前、シオンが庵の前に降り立ったときから、親友である童虎の体勢はわずかも変わっていない。シオンを迎えた言葉といったら、
「うむ、シオンか、うむ」
――などという、なんとも上の空で味気ないものだった。
 彼の黒目勝ちの瞳は、じっと、卓上を凝視したままだ。動くのは、木製の丸く平たいものを握った右手のみ。
 シオンが現れたとき、童虎と差し向かっていた弟子の紫龍は、こちらに気づくと慌てて席を立ちかけた。そこへ飛んできたのが、童虎の大喝である。
「これ紫龍!!いちばん肝心な序盤で、早くも気を散らすか!!勝負をなんだとおもっておる!!」
 その叱声に文字通り飛び上がった紫龍は、シオンと童虎を交互に見やり、シオンに恐縮しつつ頭を下げ、椅子に座りなおした。
 その間、童虎は微動だにしない。紫龍も、最初はしきりにシオンを窺っていたが、やがて再びその“勝負”とやらに没頭していった。
 やがて、見かねた養い子の春麗が、童虎秘蔵の高級緑茶を淹れ、一脚の椅子を二人から少し離し、シオンに勧めた。
「あの二人は、いったい何をやっているのだ」
「あれは、“象棋”ですよ!」
 春麗は続けて、象棋についての簡単な説明を加えた。中国に古くからある盤上遊戯で、今はスポーツとされていること。日本の将棋や西洋のチェスとは異なり、盤上に引かれた線の上を駒が移動していくこと。相手の“九宮(陣地)”に自分の駒を攻め込ませ、“将”または“帥”という大将の駒を詰めれば勝ちだということ。それぞれの駒にきまった動きがあり、相手の駒を取っていくにも細かいルールがあること・・・・・・

 シオンは、さっぱり理解できなかった。

「すみません、老師は象棋をはじめるといつもああで・・・精神戦、というか、修行の一環でもあるみたいですから」
 顔を顰めていたシオンだが、春麗の、心底困った、という声に、つい
「かまわぬ、見ているうちになんとなくわかるだろう」
 ――と、言ってしまった。「おもしろそうでもある」とも。



 それから、かれこれ三十分。
 春麗はシオンの「かまわぬ」という言葉にほっとしたように笑うと、観戦に熱を入れてしまい、シオンは一人取り残されたかたちである。
 シオンは、まじまじと童虎の顔をみつめた。
 若返った彼の活気にみちた目は、相手を策にはめてやろうと手薬煉引いている老練な将軍のようにも、今にも武器を手に騎馬で敵陣に突っ込もうとする若い猛将のようにもみえる、好戦的な光を宿していた。それでいて、その表情には、何かに夢中になっている子供のように無邪気な笑みが時々浮かぶ。
 紫龍が、鋭い一手をさす。すると、童虎はそれに一々感心してやる。その時の顔は、まるきり、強くなった息子をほめつつ、こいつはうかうかしちゃおれん、と兜の緒を締めなおす父親のようだった。紫龍からも、実戦に臨むような真剣さとともに、楽しくて堪らないという感情が見て取れる。
 春麗もまた、はらはらどきどき、といった様子で、勝負の行方を見守っている。幼馴染が師と互角に戦っているのが、嬉しくてたまらないらしい。
(ここでは、私がいないときは、こんな顔をして日々を過ごしているのか)
 シオンと童虎は、互いを特別な存在として、思い合う仲だ。世間で言うところの、恋人に近い。
 しかし、いま目の前にいる童虎は、シオンのまったく知らない面を見せていた。
 それも当然である。ここを訪ねて、このような扱いを受けたのは、はじめてなのだ。
 シオンは、ふつふつとわきあがるものを鎮めるように、ふう、とため息をつき、茶杯を卓上に置いた。



「長くなりそうだな・・・またくる」
「ふむ?そうかの?」
 大長考状態の童虎は、気のない返事を一言返しただけだった。
 シオンは、ふい、と立ち上がったが、すぐにその場からテレポートせず、呼び止められる間を与えるために、ぷらぷらと滝に張り出した岩のほうへ歩いていった。
 すると、童虎ではなく、春麗が、ぱたぱたと、シオンを追いかけてきた。
「あの、わざわざいらしたのに、本当にすみません・・・」
 シオンは、申し訳なさそうにあやまるその様子にも、家族の失態を詫びるような自然さがあるのを感じた。

 シオンは、ふいに淋しくなった。

 童虎は、またとない親友であり、愛する者であるはずだ。だが童虎は、どこかこの五老峰の大自然のようにつかみどころがない。
 いうなれば、童虎は水だ。普段はおだやかに聖闘士たちを潤し、戦いでは激流となり敵を砕く。するするととどまることなく流れ、万物と調和しつつめぐりゆく。
 昔、ともに前聖戦を戦ったころは、激しやすく、頑固で仁義に厚い、もっと単純なところもある少年だった。
 再び生を得て、再会したとき、まるで新たに出会いなおしたようだった。
 小宇宙のみで会話をかわしていた二百余年と、冥界と地上に別れた十三年は、長い歳月だったのだ、と、最近頓に感じるようになったところだったのだが――今日はその上。
(弟子と、養女に、嫉妬するとは)
 ほのぼのとした穏やかな空気に、どろどろとした蟠りは、あまりにそぐわないし、そんなものを抱く意味もないように思われる。
 だからシオンは、残った淋しさに、ふっと小さい自嘲の笑みを浮かべ、
「かまわぬ。取り込み中でないときにでも、また来よう」
 と、早々に聖域に引き上げていった。



 その晩、教皇宮に出向いたムウは、シオンが何かをぶつぶつ唱えながら、机の上の何かを一生懸命動かしているのをみた。
 邪魔をしないほうがよい、と感じたムウは、書類に決裁をもらうのを諦め、扉にクリスタルウォールを張った上で、「立ち入り禁止」の張り紙をはった。



 数日後。
「童虎!!勝負せよ!!」
 意気揚々と五老峰に乗り込んだシオンは、象棋の駒を握り締めて童虎に宣戦布告した。
 童虎は目を丸くして、しばらくぽかんと口をあけていたが、やがて大きく破顔して、「よいとも!」と勝負を買ってでた。



 それから、小一時間。
 質素な庵の庭先は、大変な騒ぎだった。
「こりゃ、シオン!!“馬の脚を縛って”はいかん!そこに他の駒があるじゃろうが!」
「・・・むぅ」
「シオン!!“象”は“河界”を渡ることはできぬぞ!」
「・・・・・・くっ」
「“王不見王”じゃ!!“将”と“帥”は直接対決できぬのじゃよ!!」
「・・・・・・・・・・・・ええい、覚えきれぬわ!!手加減せんか!!!!」
 童虎は、実に楽しそうにはしゃぎ、シオンをからかった。
 やがて、紫龍と春麗はそれぞれの修行と畑仕事にもどり、終盤は、シオンと童虎二人きりで、向かい合った。
 杯はすっかり冷めたが、興奮は冷めるどころか、大詰めに向かってますます盛り上がってきたようだった。



 遊戯盤とにらめっこをしていたシオンが、ふと顔をあげると、にこにこ、と、にやにや、の中間の笑みを浮かべて、盤上ではなくシオンの顔を見ていた童虎と目が合った。
「何を笑っているのだ」
「ん?・・・いや、何やら嬉しいからの。きまりがむちゃくちゃでも、おぬしと、こうやって象棋をしとるのがな」
 童虎の言葉に込められたあたたかな響きが心をくすぐり、思わずシオンは、拗ねたようにそっぽを向いた。
「・・・むちゃくちゃで悪かったな」
 そんなシオンの様子に声をあげて笑った童虎は、くるくるとよく動く瞳を一層輝かせた。
「そう怒るでない。・・・おぬしは、昔からどこか超然とした雰囲気をもっておったからの。何かにムキになったおぬしを、初めて見た。それが、何やら嬉しいのじゃ」

「“以棋会友”、じゃな。おぬしに、もっと近づけたような気がするのう」

――そう続けると、童虎は、ふんわりと微笑んだ。

「・・・・・・童虎」
「なんじゃ?・・・う、わ」
 シオンは、駒がずれて勝負がわからなくなった棋盤を「ああっ」と目で追う童虎を、力いっぱい抱きしめた。
 やがて、シオンの手から、“将”の駒がぽろり、と落ち、童虎の“帥”の駒にぶつかって王手をかけた。



 その日の勝負の続きは・・・・・・どうやら、褥へと持ち込まれたようだ。



〈終わり〉





相互リンクしていただいている小青様のサイトで1800番の切り番をニアミスしまして。
「ニアミスだったんです~(>_<。)」とお話したら、ありがたくも「リクエストして下さい」と言っていただけまして。ありがたく、ワガママを申し上げて書いていただきました(←コラッ;)
シオ童です♪

小青様が書かれる五老峰ファミリーの3人の、ほのぼのした雰囲気が大好きでして♪ そこにシオンが入って、仲良しさんな3人に嫉妬しちゃったらどうなるんだろう?と思ったのですが……もう、これ以上ないほどの萌え萌えな作品をいただけて、幸せいっぱいでございました♪

いいですよねぇ、お互いに通じ合っていると言いますか、気を許しているからこそできる放置プレイ(笑)
そりゃ、シオン様拗ねますよ、嫉妬しちゃいますよ。でもって対抗意識バリバリに燃やしてムキになっちゃいますよ(微笑)みたいな♪

改めまして、素晴らしい作品を書いていただきまして、ありがとうございました(深礼)



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