倉敷芸文館 開館十周年記念 能狂言

倉敷芸文館 開館十周年記念 能狂言

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(2003年10月5日 倉敷芸文館)
【演目】
●観世流舞囃子 高砂
演者:シテ=片山清司

●大蔵流狂言 千鳥
演者:太郎冠者=茂山逸平  酒屋の主人=茂山宗彦   主人=茂山七五三
物語:お酒の大好きな主人は、以前の払いがたまっているのに今日もツケで酒を買ってくるよう、太郎冠者に命じます。案の定、酒屋に断られた太郎は、あの手この手で酒樽を手に入れようとします、樽を持っていこうとする太郎と、それを阻止しようとする酒屋。スリリングな内容を歌舞性を交えて明るく楽しく描かれた名作です。

●観世流能 藤戸
演者:シテ=観世銕之丞   ワキ=中村彌三郎   アイ=茂山七五三
物語:海をはさんで向かい合う源氏と平家。船を持たない源氏は、平家の武士から「ウマで渡ってこい」と冷やかされる。源氏方はどうすることもできず、にらみあったまま半月近く過ごしたが、ある夜、佐々木盛綱は密かに一人の漁師をおびき出し、様々な贈り物を与えてウマで渡れる浅瀬はないか、とたずねた。漁師は、そこが月のはじめと終わりで浅瀬が変わる複雑な地形であることを教え、馬で渡れる場所まで盛綱を案内する。しかし、秘密が漏れるのを恐れた盛綱は、漁師を刺し殺し海に沈めてしまう。翌朝まんまと平家を倒した盛綱は、高名を馳せ備前の児島(藤戸)を賜ることとなる。
 能「藤戸」は盛綱が意気揚々と領地へ乗り込んで来る所から始まります。領主となった盛綱は、訴え事があれば申し出よと触れを出します。そこへ老女が現れ、罪もないわが子が海に沈められた恨みを訴え、回向するよう盛綱に迫ります。老女はあの時、盛綱が殺した漁師の母親だったのです。前半は、老婆の愁訴と悲しみの型の激しさ。後半は漁師の亡霊が刃で刺し通される情景を再現するすさまじさを描いた劇的な内容と演出です。

 演目が「高砂」と「千鳥」で、狂言が茂山七五三一家ということで、観に行って参りました。
 「高砂」は「たかさごや~」から始まる、お祝いの席で謡われることの多い有名な曲なのですが、実際に見るのはこれが初めてでした。
 上演されたのが、演劇用に作られたホールでよく音が響くということもあって、大鼓の音がカーン!と心地よく響いていました。

 「千鳥」は、主に逸平&宗彦兄弟のやりとりが中心になっている演目でした。何とか金を払わずに酒を持っていこうと、あれこれ画策する太郎冠者と、それを阻止しようとする酒屋の主人とのやりとりがとても面白くて。逸平ちゃん扮する太郎冠者の、企みがバレた時のボケっぷりもかわいらしくて、それを止めるために突っ込む宗っちゃんお突っ込みも絶妙で。笑い声が絶えない演目でした。
 それにしても、逸平ちゃん。この年の6月に難局「釣狐」を披いたことも関係しているのでしょうか。声の通りがとても良くなっていて、演技も上手くなっているなぁ、と思いました。なんとも愛嬌のある容貌といい、仕草といい。絶妙なボケっぷりといい。将来、千作爺ちゃん並、いや越えるほどの役者になってくれたらなぁ、とますます期待が膨らんでしまいました。人間国宝は野村萬斎さんに譲るかもしれませんが、お笑い大王にはなれるかもよ?と思う、今日この頃(^^)。

 「藤戸」は、ホールのある倉敷にちなんだ演目です。お祝い事には向いていないのですが、地元ネタということで、選ばれたようです。倉敷市は藤戸をはじめ、源平合戦の古戦場があちこちにあるのです。…それ絡みの心霊スポットもあるようですけど(苦笑)。この「藤戸」に関しても、実際にその地へ行くと、佐々木盛綱に息子を殺された母親が「佐々木憎けりゃ笹まで憎い」と言って、笹を全て刈ってしまった。という謂われのある、“笹なし山”というのがあります。
 …と、余計な話をしました(^_^;)。この「藤戸」という演目。全体的には、とても静かで。でも激しい曲でした。シテも、前半部分では老女ということもあって、ほとんど動かないのです。ただ面をかけて、じっと正面を見据えているだけ。でも、動かないシテの全身から、息子を殺された恨みを切々と語る老婆の悲しみが伝わってくるのです。そして動かないからこそ、時折顔を覆うような仕草にドキッとさせられる瞬間があって、より悲しみが増すような気がしました。
 七五三さんの解説もかねたアイをはさんで、後半には、老婆を演じたシテが漁師の亡霊となって盛綱の前に現れます。この漁師も、理不尽に殺された恨みを盛綱に訴えるのですが、その動きがこれまた静かであまり動かないのです。けれど、あまり動かないからこそ、最後に彼が再現する殺人の場面がより一層残酷に、そして哀しく心に迫ってくるような気がしました。
 この演目は、本当に“能動的に”観ていないと、眠っていたりぼんやりしているとわからない演目でした。まぁ、私は今回、舞台の真正面に座っていたのでちゃんと起きていたのですけど。それでも、鼓と謡の声があまりに心地よくて、時々目を閉じてました(苦笑)。横の方には、寝息たててる人もいたなぁ(苦笑)。しかし、何が許せないって、途中でケータイの着メロが鳴ったこと! せっかくの、激しい悲しみを描く静寂な世界が、ぶち壊しになるわけですよ。あれってホント、演者に対しても、周りの観客に対しても、失礼極まりないですよね。っていうか、電源切るの忘れるんなら、持ってくるんじゃねぇよ、あ~ん?って感じでしょうか。演目はとても良かったのですけれど、その1点がとても残念でした。

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