Blue sky

Blue sky


 空が蒼い。
 大阪城を目指して付き従ってきた軍勢を率いて小田原へ向かう道中、空を見上げた政宗はそう思った。
 空はこんなに蒼かったか、と。

 昨夜、政宗の右目が戻ってきた。
 九つの頃から傅役として自分に仕え、初陣の時から片時も離れたことのない男が。
 豊臣軍の軍師・竹中半兵衛の策によって捕らわれていた男が。
 豊臣が居城を構える大阪へ向かう道中で合流した四国を統べる西海の鬼、長曾我部元親の力を借りて伊達軍に横槍を入れてきた松永久秀の罠を抜けた、その直後のことだった。

「政宗様っ!!!」

 蒼く細い月が地上を照らす夜、久しぶりにその声を聞いた。
 常に傍にあり、時には口うるさいとすら思っていたのに。引き離されてからはずっと、聞きたくても聞けずにいた声を。
 自分を呼ぶ声を。
 夜明けが近い薄明かりの下で久しぶりに再会した彼は、見た目には大きな傷を負っている様子はなかった。捕らわれていたとはいえ待遇は悪くなかったのだと、政宗は一目で見抜いた。

「小十郎……」

 捕らわれていたはずなのに、何故ここにいるのか?
 問いかける言葉は、出てこなかった。
 驚きの言葉も、出なかった。
 傍にいるべき者がようやく戻ったことに、安堵した。
 小十郎の姿を見て口にできたのは、ただ彼の名前だけだった。

 政宗と行動を共にしているのが長曾我部元親だと判別した小十郎は、大阪城で起きている出来事を彼らに告げた。
 幼い頃から傅役として、剣術指南役として、軍師として。
 政宗に仕え続けてきた彼は、ただ捕らわれていたわけではなかった。大阪城で豊臣軍の総力戦とも言える大がかりな軍略を知り、的確に判断して政宗に情報をもたらした。
 そして夜が明けて、大阪へ向かう長曾我部元親と別れた後。
 再会を喜ぶ間もなく、小十郎は西へと走り去った。

「貴方様の背中、必ずやこの小十郎がお守りする!」

 伊達軍を背後から攻めようとする竹中半兵衛を止めるために。
 捕らわれの身になったが故に、政宗の背中を守り切れなかった自分を責め、今度こそ守り切るために。
 そして恐らくは、政宗の背中に傷を付けた竹中半兵衛を許せないと、自分の手で討つために。
「All right. 預けたぜ、小十郎」
 単騎で、刀も持たずに走り去った小十郎だが、政宗は全く心配していなかった。
 ああなった小十郎は、誰にも止められない。

 自分以外は。

「Coolに行けよ」
 いつもならそう命じる政宗だが、敢えて言わなかった。
 その意味を、小十郎は的確に受け取っている。
 小十郎の真の強さは、何の制約も受けない彼の本性は、誰よりも政宗がよく知っている。
 本性をむき出しにした小十郎には、刀も必要ない。だからこそ、政宗は彼の愛刀を返すことなく、鞘に収めたままで小田原へと向かっている。

 小十郎……

 全力で馬を走らせながら、小十郎の愛刀・黒龍に触れて呼びかける。
 昨日までは早く取り戻したいという焦りと、どんなに呼びかけても会えない苛立ちがあった。
 が、一度落ち合って別れた今は違う。
 誰よりも傍にいて、名前を呼ぶだけで全身に安堵感が広がっていく。

(待ってろよ、豊臣秀吉)

 周辺国に手を延ばして伊達を脅かし、小十郎を政宗から引き離し、ギリギリまで追いつめたその落とし前は、きっちりつけてやる。
 そう決意を新たにして前を見据えた政宗は、ふと気がついた。

 空が、蒼い。
 こんなに蒼かったか……?

 足で巧みに馬を操りながら、政宗は素早く周囲を見回した。
 白い雲と抜けるように蒼い空が、見事な色彩の対比を見せる。
 街道沿いの緑が陽の光を受けて、その深みを増す。
 道端には赤や黄色、橙、紫など、色とりどりの花が咲いている。

 奥州を出て、大阪へ向かってひた走っている時は、全く気付いていなかった。
 それどころか。
 上杉に足止めされて数日に渡って眺め続けた人取り橋の光景も、道中で出会った武田信玄の装いも、どんな色合いだったか全く記憶に残っていなかった。

 思い出すのは、小十郎の陣羽織。
 黄橡の地に下弦の月を描いた背中、そして裏地の浅葱色。
 久しぶりに見た小十郎の姿と共に、彼が身につけている陣羽織の色が、鮮やかに政宗の脳裏に刻まれていた。

「右目が戻った途端に、これかよ」
 小さく呟くと、笑いがこみあげてくる。
 小十郎が傍にいないだけで、自分は世の全てが色褪せて見えていたのだ。
 それが戻って来るや否や、色鮮やかに政宗の目に飛び込んでくる。

 そして同時に気付いた。
 こんなに晴れ晴れとした気持ちで笑うのは、久しぶりだと。
 尾張の山中で長曾我部元親に会って全力で手合わせし、道中を共にしている間にも、それなりに鬱屈した気持ちは少なくなっていた。だが、完全に晴れたとは言えなかった。
 けれど今は、晴れ渡った青空のように、胸中には一片の曇りもない。

(豊臣をぶっ倒して、奥州伊達の天下にする。あの野郎に日の本は渡せねぇ!)

 腹の底から、闘志が湧いてくる。
 一度は叩きのめされたが、今はこの背中を守る存在がいる。
 負ける気はしなかった。
「おい、お前ぇら! 気合い入れてついて来いよ!」
 落ち合った小十郎と確認し合った通り、自分たちは豊臣秀吉より先に小田原へ入らなければならない。
 全軍を率いているが故に、歩兵も含めた大軍で進む豊臣軍よりも、騎馬隊のみに絞って出陣している伊達軍の方が進軍は速い。それでも、不眠不休の全力で走らなければ、追い付くどころか追い越すことなど不可能だ。
 全軍の志気を高めるために、政宗は声を張った。
「Here we go!!!」
 政宗の声に応える家臣たちの声を背に受けて、政宗は青空の下を駆けた。

Fin
written:2010.10.22




この日、面白いテレビ番組がないなぁ、とBS-Hiで大河ドラマ「篤姫」の再放送を見ておりました。
その日に放送された回は、家定様が自分に篤姫を会わせまいとする周囲を騙して、半ば無理やり篤姫の所へ押しかけてくるというお話でした。
で、ようやく篤姫の元を訪れた家定様が仰ったのです。
「そなたがおらぬと、世の中が色あせて見えるのじゃ」
的なことを。。。

聞いた瞬間に、小政だっ!!!
と思いまして(笑)
しかも、アニメ第2期で遠距離恋愛状態だった二人が、ようやく再会できたあの第11話みたいなシチュエーションではないかっ!!!
と。

なんて素敵なネタをいただいたんでしょう♪
ということで、ざざっとこういうモノにしてみました。



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