菊の露

菊の露


 三絃を奏でながら唄う主の声に、小十郎は聴き入っていた。
 感情の高ぶりに合わせて、時折三絃の音が大きくなり、音が詰まってくる。
 けれども低く艶のある主の声は、その音に負けることはない。
 三絃を奏でる手も、唄う声も、見事だった。

 中秋も過ぎて秋が深まってくると、奥州には早くも冬の足音が聞こえてくる。
 田では稲を刈り、朝晩が冷え込むようになり、山からは雪の便りが届き始める。
 侍たちは雪に進軍を阻まれることを見越して兵を引き、奥州にはしばし休戦の時期が訪れる。
 人々の行き来が途切れる前に……と、米沢城には別の城下へと移っていく能楽師が訪ねて来ていた。

 城に挨拶に来る能楽師や連歌師、茶人はただの芸能関係者ではない。
 諸国を渡り歩き、諸将の橋渡しをする彼らは、貴重な情報源でもある。
 彼らと交流を持ち、歌や茶道、芸能の教えを請うことは、その情報を得るという意味も併せ持っている。
 そして同時に、彼らは主の評判を他国へ伝えて宣伝してくれる役目も担っている。
 己の主がいかに素晴らしい人物であるか、訪れる土地で彼らが話すことで、主の評価が高まるのだ。

 小十郎の主、伊達家の十七代当主・政宗はそれをよく知っている。そして彼らを利用する術も心得ている。
 挨拶をしたい、と能楽師の書状を読むや否や、すぐに城に呼び寄せて教えを請うた。
 そしてその時に習ったのが……今小十郎に聴かせている曲だ。

菊の露

 秋の風物によせて、音沙汰のない男をうらみ、かえらぬ恋を嘆く、切なくやるせない気持ちが表わされている。
 調子の狂いやすい三絃の音を整えながら、主は唄う。
 もう返らない恋を嘆いて。

 と言っても、主にそういう相手がいたことはない。
 彼が九歳の頃から、恋も知らない頃から側に仕えていた小十郎は、それをよく知っている。
 主が恋をした相手は、身も心も許した相手は、小十郎が知る限り一人しかいない。

 他ならぬ、自分だ。

 道ならぬ恋だとはわかっているが、お互いに相手を求める気持ちは抑えられなかった。
 主から求められ、己の好きなようにしろと、請い願われて。
 一生打ち明けることなく、墓の中まで持って行こうと思っていた想いは成就した。
 そして今に至る。

 連歌、茶道、能楽。
 剣術や武術だけでなく、芸事も器用にこなす主は、習いたてのこの曲を早くも自分のものにしている。
 少しでも早く曲を覚えるには、反復するに限る。そして確かな耳を持っている者に聞いてもらい、修正してもらうのが近道だと、政宗はわかっている。
 故に、小十郎が政宗の居室へ呼ばれた。
 彼に仕える前から篠笛を嗜んでいた小十郎は、主の腕前が玄人の域に達していることに気づいていた。

 幼い頃に病で右目を失くし隻眼となった主が、残った左目を伏せるようにして曲を奏でていく。
 戦場に立てば六の刀を振るい、まさに龍の化身として鬼神のごとき強さを見せる主が、今は穏やかで静かな美しさを見せる。
 六本の刀を自在に操るほどの力を持つ手が、今は淀みなく弦を押さえ、手にした撥で弦を打つ。
 南蛮語を操って家臣たちに檄を飛ばす声も、今は穏やかにひそやかに、けれどしっかりとした強さを持って戻らぬ恋を唄う。

 聴き入ると同時に、魅入られていた。

「……習いたてでちょっと怪しいけどな、どうだったよ、小十郎?」
 しみじみと最後の音を唄い終えて、政宗はいつもの不敵な微笑を乗せて顔を上げた。覇気のある強い左目が、小十郎を射抜く。隻眼となった彼の左目には、両目で睨まれる以上の威力がある。

 嘘偽りはいらない。
 お世辞も言うな。

 口には出さないが、主の眼がそう訴えてくる。
「所々怪しい所がありましたが、返らぬ恋を嘆く切ない気持ちは、切々と伝わって参りました。いつもながら見事なお手を、誰よりも早く聞ける光栄に預かり、喜びもひとしおです」
「Ha! 世辞はそれくらいにしておくんだな」
「貴方様を相手に世辞など、通じないでしょう?」
 撥を置いて三絃を傍らに追いやるのに紛れて、政宗は顔を背けた。それが主の照れ隠しであることを小十郎は見抜いており、当の政宗も見抜かれていることは承知している。
 十年以上側にいて、戦場でも常にその背を守り、閨を共にする仲であればこそ、隠そうとしても全て相手に伝わってしまう。特に政宗の方が小十郎よりも十歳年下であるが故に、小十郎には筒抜けだった。
「でもまぁ、お前に褒められるのは悪い気はしねぇな」
 奏でていた三絃を丁寧に包み、撥をしまう。戦場では敵兵を容赦なく切り刻む政宗だが、楽器や茶器の扱いは、刀の手入れと同様に丁寧だ。
「もっとも。俺は音沙汰のない相手を恨んで、ただ待ち続けるなんざ、性に合わねぇけどな」
 片づけながらぽつりと政宗が口にした言葉に、小十郎は納得して苦笑した。
「とっとと忘れて次の相手を見つけるか、こっちから会いに行ってケリをつけるか。……どっちにしても、揺れる天秤を眺めるのは好きじゃねぇ」
 曲がったことが好きではない上に、何事もきっちり筋を通そうとする。そして若さ故の気の短さが、政宗にはある。
「政宗様はそれでよろしいでしょう。貴方様はどこへでも駆けて行ける。ですが、唄に出てくる女子はそうもいきますまい。会いに行きたくとも、行けぬ身なのでございましょう」
「泣き寝入りするしかねぇ、ってことか」
「そういうことですね」
 楽器を片付けて小十郎に向き直った政宗が、拗ねたような表情になる。小十郎とのやり取りで、何か思う所があったのだろう。何事か考えている時の顔だ、と小十郎は推測していた。
「ですが……」
 そのまま黙り込んでしまった政宗の思考を邪魔しないようにと見計らって、小十郎は続けた。
「先ほどの政宗様の唄には、そのもどかしくも切ない気持がよく表現されていたと俺は思いますよ」
「……」
 小十郎の率直な感想を聞いて、政宗は弾かれたように顔を上げた。
 まじまじと見つめ返してきたと思うと、政宗はニヤリと口角を上げた。
「そりゃ、そうだろ」
 何か良からぬことを企んでいる顔だ、と心の中で警戒を強める小十郎をよそに、政宗は続けた。
「一つ屋根の下に住んでるってのに、俺をほったらかしにするつれないヤツがいるんだからな」
「……」
 意味ありげな流し目と共に投げつけられた言葉に、今度は小十郎が沈黙する。
「音沙汰のねぇ男を恨んで、嘆く気持ちは俺にもわかるぜ」
 言いながら、政宗は小十郎との距離を詰めてきた。
 艶やかな微笑を浮かべ、隻眼をギラリと光らせる。
「誰かさんがちっとも寝所に来てくれねぇから、寂しい一人寝を強いられてるんでな」
 政宗の手が、小十郎の膝の上に乗る。
 恨めしそうにそう告げる薄い唇が、眼前に迫る。
「なぁ、小十郎?」
 低くひそめて掠れた声が呼びかけると同時に、吐息がかかる。
「……政宗さ……っ」
 たまらずに呼びかけた声は、途中で途切れた。
 最後の一文字は、政宗の口内に消えた。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 先刻まで政宗の居室を満たしていた三絃と唄の響きは、艶やかなものへと置き換わっていた。
 初めは政宗から口づけ、小十郎の口腔を、舌を存分に味わって、襟元から手を滑り込ませて肌の感触を楽しんでいたのだが。
 いつしか小十郎が主導権を奪い、口づけで主を翻弄し、畳の上に押し倒して、着物を乱していた。
「……っ、小十郎っ!」
 ぷくりと立ち上がる胸の突起を、唇と歯と舌で愛でると、政宗は切羽詰まったような声で小十郎を呼んだ。
 何度抱き合っても、主を組み敷く背徳感は消えない。
 まだ年若く、房事に慣れない主を思いやって、いやそれ以上に、自分が主に溺れて周りが見えなくなるのを恐れて、小十郎は政宗にできる限り触れないようにしてきた。政宗が小十郎を求めているとわかっていて、応えずにいた。

 だが、ひと度触れてしまえば。
 背徳感も罪悪感も泡と消えて、逆にこの珠玉の身体に触れずに平気でいられたことが信じられないと、小十郎は思う。
 政宗に求められるままに与え、自らが望むままに政宗を求める。
 政宗の中心にある熱が熱さを増し、着物を押し上げているのに気づいた小十郎は、着物の裾を割って、下帯の奥へと手を滑り込ませた。

「あっ、――んぅ……っ!」
 陰茎に直接触れられて、露をこぼし始めている先端を指で刺激されて、政宗の体が跳ねた。
 思わず上げてしまった声を何とか押しとどめようとして、叶わずに声が漏れる。
「声を……お聞かせ下さい、政宗様」
 三絃を奏でながら朗々と、しかし切なげに唄っていた声とは違う、艶を帯びて快楽に上ずった政宗の声をもっと……と小十郎は切望した。
 下帯を解いて、政宗の秘部を露わにする。

「ん……や、ぁ……」
 小十郎の視線に全身をさらされて、政宗がわずかに身をよじる。
 陰茎を包み込んだ掌を上下させて擦り、鎖骨に口づけると、政宗は小十郎にされるがままに声を上げた。
「あ……っ、あ……――っ、こじゅ、ろ……っ!」
 愛撫を続けると、先端からしきりに露が溢れて小十郎の手を濡らしていった。
 更に愛撫の手を進めると、政宗の吐息が、唇から漏れる声が、せわしないものになっていく。
「はぁっ、ぁ――っ、んっ、んぁっ!!」
「政宗様……」
「んぅ……っ、あっ、あぁっ!!」
 耳元で呼びかけながら先端を抉ると、政宗はひときわ高い声を上げて、小十郎の手の中で果てた。
「たくさん、出ましたね、政宗様……」
 放出の余韻に浸って脱力する政宗に、小十郎は囁きかけた。
 政宗が放った精液に濡れた手を後孔へ滑らせると、そこは既に政宗の陰茎から伝い落ちた粘液と精液で濡れそぼっていた。

「おや……こちらの菊も露に濡れておりますよ」
「ば、か……っ! 言うなっ!」
 薄々感じてはいるものの、認識したくないことを言葉にして囁いてやると、政宗は羞恥で頬を紅く染める。
 戦場や政務の場では考えられない表情を見ることが許されているのは、小十郎だけだ。その優越感に浸ると共に、この気高い主は小十郎の嗜虐心をこれでもか、と煽ってくる。
 恥じらって小さく暴れる主を口づけで縫い止めて、濡れた指を後孔へ潜り込ませる。
 中を探って感じる場所を刺激すると、政宗の表情は再び快楽に蕩ける。
「あ………っ、こじゅ、ろっ」
 喘ぎながら呼びかけてくる政宗に応えて触れるだけの口づけをして、小十郎は問いかけた。
「それほどまでに、この小十郎をご所望でしたか?」
「だったら……、どうなんだよ」
 勝気な左目が睨み上げてくる。
「さっさと、寄こせっ!」
 そして襟元は乱れているものの、まだ着物を着こんだままの小十郎の襟を掴んでガバッを開いて胸を肌蹴させながら、政宗は噛みつくように口づけてきた。
「お望み通りに……と申し上げたいところですが」
 小十郎を接吻から解放して、縋り付くように首に腕を巻き付けてくる政宗を抱き返しながら、けれどもう片方の手では政宗の後孔をまさぐりながら、小十郎は続けた。
「こちらがまだ硬く蕾を閉ざしております。このままでは御身を傷つけてしまいます故、今しばらくご辛抱を」
「んな、こと……っ。焦らすなよっ」
「御身が傷ついてしまえば、困るのは政宗様の方にございます。それに、俺としてもしばらくお預けを食らう羽目になるのはごめんです。しっかりと解しておかねば……」
 くちゅりと濡れた音を立てながら突き入れる指を増やす。
「あ……っ! そこ、やぁっ!」
「いい、の間違いでございましょう? 貴方様の感じる場所に小十郎の指が当たっているのが、おわかりですか?」
 耳元で喘ぐ政宗の耳たぶに、小十郎は音を立てて軽く口付けた。
 政宗の体が快楽に震え、小十郎のわき腹の辺りに再び勃ち上がって熱を帯びる政宗の性器が当たる。
「小十郎っ! こ、じゅ……ろぉっ!」
 切れ切れに呼びながら、政宗が下帯を押し上げて主を蹂躙したいと主張する小十郎の凶器に触れてきた。
「ま……政宗様っ!」
 甘く痺れるような、けれど強烈な刺激に、思わず呼びかける小十郎の声が震える。
 哀願するような隻眼がみつめてきたと思うと、政宗がそっと口づけてくる。

お前が欲しい。

 触れた唇から、突き入れた指に絡みつく肉壁から、下帯の下へと潜り込んでくる手から。
 政宗が訴えかけてくる。
 小十郎としても、これほどまでに求められ、政宗の痴態を見せられて、これ以上己の欲を留めておくことはできない。
「貴方様のお望みのままに、政宗様」
 承諾の証を、政宗の唇に刻む。
「存分に味わって下さいませ」
 下帯を取り去って、肩に引っかかっていた着物も脱ぎ去り、小十郎は政宗の膝を抱え上げた。
 紅く熟れたように色づく菊花の中心へと切っ先をあてがい、ゆっくりと政宗の中へ侵入した。

 くちゅり。
 濡れた音を立てて、政宗が小十郎の陰茎を食んでいく。
「こじゅ……ろ――はや、く……」
 せがんでくる政宗に応えるように、先端を埋め込んだところで小十郎は政宗の腰をぐいと引き寄せ、腿の上に引き上げた。絡みついてくる政宗の肉を掻き分けるように、己の凶器を埋め込んでいく。
「んっ………く、うぅ……ん」
「苦しくありませんか、政宗様?」
「平気、だ……っ、あっ!」
 政宗を気遣いながらも、奥深くまで繋がっていく。
 根元まで埋め込むと、ちょうど政宗の感じる場所に当たって、政宗の体が跳ねる。
「く……政宗、様……っ」
 きつく締めあげられて、脊髄を駆け上がった痛みにも似た快楽に、小十郎は思わず呻いた。

 浅く、せわしないお互いの息が交錯する。
 キリキリと小十郎の陰茎を締めつけていた政宗の肉が小十郎の形に合わせて緩む。
 こうして抱き合うのは十日ぶり。
 けれど幾度となく交わってきた体は、すぐに馴染んで快楽を追い始める。
「あっ……あぁ、んぁ……っ!」
 誰よりも愛しい主に快楽を与えながら、自らも快楽を貪る。
「こ、じゅろ……ぉっ!」
 呼びかけてくる政宗の声が高く上ずる。
 小十郎の肩に縋る手に、力がこもる。六の刀を操る力で縋られて、疼くような痛みが走る。
 同時に小十郎を受け入れた肉ひだがひく、と収縮する。

 どれほど感じているかなど、訊かずともわかる。

「政宗様……」
 二度目の放出が近いことを悟って、小十郎は一度動きを止めた。
「ん……は、ぁ……」
 大きく息を継いで、政宗が小十郎を見上げてきた。
 小十郎が政宗の顔にかかる髪をかき上げてやると、政宗は小十郎の頬の傷跡に触れてきた。
「すげ、ぇ……気持ちいい……」
「俺も…気持ちいいですよ、政宗様」
 傷跡に触れてくる政宗の手をそっと外して、指先に口づける。
「No,小十郎。Kissならこっちにしろよ」
 そんな小十郎の仕草に拗ねたような表情をして、政宗は小十郎を引き寄せて深く口づけてきた。
「こんなもんじゃ足りねぇ。お前だって、そうだろ?」
 小十郎の口腔を味わって解放すると、政宗は戦場で見せるような、挑発的で蟲惑的な微笑を浮かべる。
 自ら腰を揺らし、小十郎を誘ってくる。

 どこでこんな手管を覚えてくるのやら。

 小十郎は心の中で苦笑した。
「もちろんです」
 一度浅く引き抜きかけた陰茎をぐい、と根元まで一気に突き入れると、政宗の顔から余裕が消えた。
「ああっ!」
「一人寝を強いてしまいました咎は、これでお許しを」
 言うや否や、小十郎は激しく動き始めた。
「あ……っ、あ、あぁ……ん、ぁ――っ!」
 肉がぶつかる音、粘液絡まる音。
 艶を帯びてひときわ高くなる政宗の声が、それらをかき消していく。
「あぁっ、あ……っ!」
 ひくひくと政宗が小十郎を締め付けてくる。
 小十郎の腹に当たる政宗の中心も硬くそそり立って、先端からしきりに露をこぼして二人がつながっている場所を濡らす。
 全身を駆け巡る快楽が、一層速度を増す。
「あ……ああっ、こじゅぅ、ろぉ……――っ!」
「政宗、さま……っ!」

 政宗が小十郎の腹に。
 小十郎が政宗の中に。
 己の欲望を解き放ったのは、ほぼ同時だった。

Fin
written:2011.11.14



どうも私は、伊達主従に楽器を持たせるのが好きらしいです(笑)
この「菊の露」という曲。たまたま聴きに行った筝曲リサイタルで演奏されて聞いた、三絃と尺八の曲です。
それを聴いていて、妄想しちゃったんですよねぇ。
三絃を爪弾きながら唄う政宗さまと、尺八ならぬ篠笛な小十郎を(苦笑)

それが、何故こんなエロい話に?

と自分でも思うんですが。
ふと思い至ってしまったのですよ。

そういえば、アソコのことを「菊座」っていうよね。

と(爆)
そしてBASARA分室初の三つ星エロなお話になりました。
エロに入った途端、筆が止まって難航しちゃったんですが(汗;)
悦んでいただけましたら、幸いです。



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