桜雅―サクラミヤビ―

桜雅―サクラミヤビ―


 三月半ばを過ぎたころ。
 冬が長い奥州でもようやく雪が溶け、春が訪れていた。
 政宗の居城に植えられている桜も、長い冬を耐え、ようやく射してきた麗らかな陽光を浴びて蕾を膨らませた。そして三日ほど暖かい日が続いたと思うと、その硬い蕾を綻ばせて薄紅の花びらが顔を出した。
 咲き始めたと思ったら瞬く間に満開になった桜を愛でるために、政宗は花見の宴を催した。

「花見パーリィだぜ! お前ぇら、支度しろ!」

 政宗の鶴の一声ならぬ、竜の一声によって宴の支度は整えられ、下々の歩兵に至るまで伊達軍に属する者は皆がその宴に招かれた。
 酒や料理が振る舞われ、思い思いに楽しむのを、政宗は赤い漆塗りの盃を傾けながら眺めていた。
 宴が進むにつれ、服を脱いで踊り出す者が一人、また一人と現れる。
 あっという間に数人が輪になって踊り出すのを、笑いながら眺めているうちに、政宗もまた興に乗ってきた。
「俺も踊るぜ、小十郎」
 立ち上がる政宗を、即座に小十郎が制する。
「お召し物を脱がれるおつもりですか!?」
「バーカ、んなことするかよ。後でお前の説教を食らうのはごめんだからな」
 からかうように答えて、政宗は普段着にしている稽古着の懐から扇子を取り出した。
「笛を吹け、小十郎。持ってんだろ?」
「無論でございます、政宗様」
 こういう場では、必ずと言っていいほど政宗は小十郎に笛を吹かせる。
 それを承知している小十郎は、愛用している篠笛を懐に忍ばせていた。
「Hey,guys!?」
 政宗の声が無礼講となりつつある庭中に響く。
 立ちあがって踊っていた者も、囃したてていた者も、面白がって眺めていた者も。
 皆が一様に静まって、政宗に注目した。
「お前ぇらには楽しませてもらったからな。ひと差し舞ってやるぜ」
 政宗が宣言すると、周囲からは「筆頭!」「Yeah!」「待ってました!」と口々に声が飛んだ。
 スッと政宗が広げた扇子の上に、真っ先に咲いてそよ風に散らされた花びらが乗る。
 それを合図に、小十郎が篠笛を鳴らし始めた。

 そよ風のように穏やかな小十郎の笛。
 風に散らされる花びらのように儚く、静かで美しい政宗の舞。
 荒くれ者が多く、風雅を解する者が少ない伊達軍なのだが、満開の桜の下で紡がれる笛の音と舞の美しさに、皆が魅入られていた。
 先刻までは大騒ぎしていた者たちが、物音一つ立てずに政宗の舞に見入り、小十郎の笛に耳を傾ける。
 六の刀を自在に操って先陣を切る政宗と、その背中を護り従う小十郎。
 奥州の独眼竜と竜の右目。そんな異名を取る二人が見せる、戦場とは全く違う姿だった。

 宴の場となっている庭を吹き抜ける風が強くなった。
 風に揺らされた桜の木々のざわめきにかき消されるように、小十郎の笛の音が止む。
 風に散らされた花吹雪の中、政宗も動きを止める。
 桜吹雪に政宗がさらわれるような錯覚を、その場にいる一同は覚えた。
 そして少しの静寂の後。
 拍手喝さいが庭を満たした。

「見事っす、筆頭!」
「綺麗だったなー、筆頭」
「片倉様の笛も!」
 皆の喝さいを当然のこととして受け止めた政宗は、ニヤリと不敵に笑んで見せた。
 扇子を閉じようとして、の上に降り注いだ花びらを振り落とす。
 政宗が座るためにと用意された緋毛氈の上に、薄紅の花びらがハラリと舞い落ちる。
 日差しに照らされて鮮やかに浮かび上がるその色合いに、政宗は軽く息をのんだ。
(これは……)
 美しい色の対比。
 一瞬心奪われた政宗は、小十郎に呼びかけられて我に返った。
「……政宗様?」
「ん? あ、ああ。どうした?」
「そろそろお開きに致しますか?」
「Ah,そうだな……」
 小十郎に問われて周囲を見回すと、皆一様に満足したような表情をしていた。
「お前ぇら! 存分に楽しんだか!?」
「Yeahーーー!!!」
 政宗に問いかけられて、小十郎を除く全員が拳を突き上げて叫んだ。
「今日のPartyはこれでお開きだ。片付けて持ち場へ戻れ!」
「Yeahーーー!!!」
「続きをやりたいやつは、やること全部済ませてから思い思いにやるんだな。You see!?」
「Yeahーーー!!!」
 政宗の一声で、全員が一斉に自分の身の回りを片付け始めた。
「筆頭、ここは俺らが!」
 盃を戻した盆を持ち上げようとした政宗へ、文七郎が声をかけた。
「片付けは俺らがやりますんで」
「そうか、Thanks」
 政宗の身の回りの世話をする機会も多い文七郎に盆を預け、政宗はその場を立ち去ろうとした。
 そんな政宗の上から、風に煽られた花びらが降ってくる。

(………)

 ふと、緋毛氈の上に散る花びらが、政宗の脳裏に浮かんだ。
(そうだ、これを……)
 ある光景が思い浮かんで、政宗は内心でニヤリと笑った。
「おい、文七」
「はい、筆頭!」
「敷物はそのままでいいぜ。風に飛ばないようにしとけ」
「え? あ、はぁ……」
 命じられた内容が一瞬理解できず、文七郎は戸惑った表情を浮かべた。
「夜までそのままにしておけ。……Ah,そうだな。花びらがよく落ちてくる場所へ、時々移動させろ」
「それで、どうするんすか、筆頭?」
「敷物の上に花びらを集めるんだよ。ただ散らしてゴミにしちまうのは、もったいねぇ」
 風に散らされる花びらが地面に落ち、無残に踏み荒らされるのは惜しい。
 政宗はそう思っていた。
「わかったっす、筆頭。それで……集めた花びらはどうすればいいっすか?」
「夜になったら俺の部屋へ運べ。敷物ごとな」
「じゃぁ、敷物を重ねて置いておいた方がいいっすね。じゃないと、筆頭の部屋が汚れるっすよ」
「ああ、頼んだぜ」
「了解っす」
 気を利かせる文七郎に微笑して、政宗は仕事を片付けるために書斎へと戻って行った。

 花見の宴が開かれた夜、小十郎は政宗の部屋に呼ばれた。
 政は全部片付けたから、文句はないだろう。
 左馬助から受け取った書状と言うにはあまりにも短い言付けには、そう書かれていた。
(筆頭の部屋、何か凄いことになってるらしいっすよ)
 左馬助が去っていく時、小十郎はそう耳打ちされた。
(また何か企んでおられるのか……)
 軽くため息をついて、小十郎はうっすらと明りが漏れている政宗の居室の前に立ち、障子越しに声をかけた。
「政宗様」
「おぅ、入れ」
「はっ、失礼致します」
 政宗の許しを得て障子を開け、政宗の姿を探そうとした小十郎は。
 目に飛び込んできた光景に息をのんだ。
「政宗様……」
 呆然と呼びかけると、政宗は艶然と微笑み返してきた。
「早く閉めろ、風で飛んじまうだろ」
「は、はぁ……」
 咎めるように言われて障子を閉めた小十郎は、改めて室内を見回した。

 畳の上に敷かれた紅い敷物。
 緋毛氈の上にびっしりと散らばる、無数の薄紅の花びら。
 花びらの上には、白い夜着をまとった政宗が横たわっている。

 ため息が出るほどに、美しかった。

「政宗様、これは……?」
「ただ散らしちまうのはもったいねぇ、と思ってな。集めさせた。綺麗だろ?」
「それはもう……」
 眉目秀麗な政宗は、くつろいだ格好をしていても美しい。
 その政宗が、自分の美しさをさらに引き立てる演出をしているのだ。
「桜の精が舞い下りたかと思いましたぞ」
 昼間、宴の時に政宗は小十郎の笛に合わせて舞った。
 笛を吹きながら横目で見た政宗の姿も美しかったのだが。
 今の政宗の姿は、また格別だった。
「お前のために用意したんだぜ、小十郎」
「それは……ありがたき幸せにございます」
 艶やかにというよりは、不敵に微笑する政宗の傍らに跪く。
 小十郎の動きに合わせて、ふわりと花びらが浮く。
 政宗の髪にも、夜着にも、花びらがまとわりついている。
「今しかできねぇからな、こんなこと。たまにゃ、こういう贅沢もいいだろ」
「そうですね」
 薄紅の花びらが、緋毛氈の紅に映える。
 そして政宗の透き通るような白い肌が、薄紅の花びらに映える。

 小十郎のためにと用意された、最高の宴だった。

「桜に彩られた一つ目の竜、ありがたく頂戴致します」
 小十郎は政宗の上にのしかかり、花びらの上に押し倒した。
 わずかに開かれた唇に誘われるままに、己のそれを重ねていく。
 次第に深まっていく口づけ。
 独眼竜と竜の右目。
 睦み合う二人の竜を、薄紅の花びらが包み込んでいった。

Fin
written:2011.04.13


何とか桜が散る前に、アップすることができました~♪
政宗様のエロいブロマイド集…ならぬ、公式イラスト集で桜の下にいる政宗様とか、伊達主従とか見ているとですね。
伊達主従がお花見する姿は麗しくていいよなぁ、と思うわけですよ。
桜は散りゆく姿も美しいですし、地面に散らばる花弁も美しい。

この上に筆頭がいたら!

なぁんて思ってですね。
桜が散ってしまう前に何とか、ということでこういうお話にしてみました★



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