さしも草

さしも草


 政宗の居室には毎夜、片倉小十郎が訪れることになっている。先代・輝宗の頃から伊達家に仕え、政宗の傅役に抜擢されて以来十年、今では政宗の腹心の部下であり重臣でもある片倉小十郎が。
 畑の見回りを終えて政宗の部屋に招き入れられた小十郎は、決まって政宗の背中に灸を据える。
 それは、小十郎が政宗の傅役になって間もない頃からの日課だ。食が細く、胃腸が弱かった政宗のために何かできることはないか……と思いついたのが、胃腸を丈夫にするために昔から行われてきた灸だった。背中に左右三つずつ、計六つのツボを取って灸を据えていく。
 「胃の六つ灸」と言われるものだ。
 小十郎が据えられない時は、灸が上手い小姓や薬師に任せることもあったのだが。
「お前の灸が一番気持ちいいんだよ」
 という政宗の一言で、結局は小十郎の役目となっているのだ。

 色の白い政宗の背中に灸点を取り、線香に火を点ける。
 毎夜灸を据えているにもかかわらず、政宗の背中は白いままだ。
(二つとない大切な御身に、灸痕を残すわけには参りません)
 そう譲らない小十郎は、もぐさを燃やしきる前に指で消してしまうのだ。
(もぐさってのは、下まで燃やし切らないと効かねぇって聞いたけどな)
(燃やし切らずとも効果はある、と虎哉和尚よりお聞きしたのです。ですから、これでよいのですよ)
 そう言って据えられる灸は、ふんわりと温かくて気持ち良い。
 だから政宗は、小十郎以外の者には自分の身に灸を据えることを許さない。

 その夜も小十郎は、いつものように淡黄色の最上級もぐさの形を整え、米粒大にした物を政宗の背中に乗せて、線香で火を点けた。線香のほのかな香りと、最上級のもぐさが燃える臭い、そしてあまり強くない煙の臭いが政宗の鼻孔をくすぐる。
「かくとだに……」
 ふと、思いついた言葉が口を衝いて出た。
「政宗様?」
「えやはいぶきの さしも草」
「百人一首ですか?」
 上の句を口にした政宗に、小十郎が問いかけてくる。だがその間にも、灸を据える手は止めない。
 灸をツボに乗せる度に。
 線香をもぐさに点す度に。
 燃えていくもぐさの火を途中で止める度に。
 小十郎の手が肌に触れる。
 灸を据えられる以上に、肌に触れる小十郎の手が心地よいのだと、政宗は常々思っていた。
 だから何度かに一度は、小十郎に灸を据えられて、そのまま房事になだれ込む。

 今宵の政宗も、そんな気分だった。

「下の句は、小十郎?」
「さしもしらじな もゆる思ひを、でしょう?」
「That's right!」
 もぐさが燃えるように恋心が燃え上がる胸の内を貴女は知らないでしょう?と。想いを寄せる女性に問いかけるような、艶のある一首だ。
「それでだな、小十ろ……」
「この小十郎の心にも、燃えておりますよ」
「What?」
 続けようとしたところを、小十郎に遮られた。
「貴方様への恋心、でございます」
「おま……っ」
 思わず顔を上げて小十郎を睨みつけようとした所を、鋭い声で制止された。
「動いてはなりません、政宗様! 灸が倒れます」
 二つとない御身に傷がついては…と一通り説教をされて、政宗はうつ伏せになったままでじっとした。
「先ほどの続きですが。この小十郎の心に燃えている恋心は、ただ今据えておりますもぐさとは比べ物にならぬほど、大きなものにございます」
「……Shit!」
 睦言のように言いながら小十郎が最後の灸を据え終えたのを悟って、政宗は顔を上げた。
「何でわかった?」
「何が、でございましょう?」
「俺が言おうとしてたことだ! 先手を取りやがって、このヤロウ」
「伊達に、貴方様の右目と呼ばれてはおりません」
 応えながら、小十郎は片付けに入った。
 線香の火を消して、一部が黒く灰になったもぐさを片付けて、政宗の背中に付けた灸点の墨を丁寧に拭った。
 灸点が消えた後は、もぐさの熱によってほんのりと政宗の白い肌が赤く色づいている。色が白く、灸への反応が早い政宗の肌は、もぐさを半分ほど燃やして消す程度の刺激でも十分な反応を示すのだ。

 白い肌に散る、ほんのりと赤い灸の痕。
 自らがつけた灸痕の一つに、小十郎は口づけた。
「こじゅ、ろ……?」
 情を交わす間柄でありながらも、家臣だからといつも控えめな態度を取る小十郎から、こうして行動を起こすのは珍しい。
 政宗はつい、問いかけていた。
「この背を守るのは、この小十郎の役目。この背に灸を施すのも、この小十郎の役目にございます。それ故に……」
 背中に残るわずかな赤みの全てに、小十郎は口づけた。
「この背に灸痕が残るなど、我慢ならぬのです」
 最後の一つをきつく吸われて、政宗はつい、小さく声を上げた。
「は……っ、だったら――全部お前のkiss markに換えちまえば、何の問題もねぇってことだ。You see?」
「仰せの通りにございます」
「……っ!」
 指で背をなぞられ、唇で肌を吸われる。
 同時に与えられた刺激に、政宗は息を詰める。
「こじゅ…ろぅ……」
 背中に舌を這わせる小十郎を振り返ると、そのままぐい、と少し強引に引き寄せられて唇を吸われた。
 口裂を割って侵入してくる舌に、政宗は翻弄される。
 長くはないが、深い口づけに翻弄されて頭の奥が痺れる。
 体を支えていた腕から力が抜けて突っ伏すと、小十郎が背中に圧し掛かる。
 六の刀を操るために鍛えられたしなやかな筋肉の下でその存在を主張する肩甲骨の縁をなぞるように、小十郎の舌が背を這う。
「……っ、んっ!」
 小十郎が愛撫し続ける背中から、全身へと甘い疼きが広がっていく。
 漏れ出るように吐き出した息が、甘い。

 いつも守られている背が、守っている者の手によって弄られている。

 異様な高揚感が、政宗を襲っていた。
 背を這いまわる舌が、下へと下りていく。
「ん………っ」
 小十郎の舌が核心へ、いつも小十郎の雄を受け入れている場所へと近づいていく予感に政宗は震えた。
「政宗様、腰をお上げください」
 背中側から攻められる。
 いつもとは違う快楽に思考が止まる。
 柔らかく促されるままに、政宗は膝を立てて腰を上げた。
「あっ……ん……っ!」
 双丘の間を這い、後孔へと差しこまれる舌の感触に、声が漏れた。
 政宗と繋がるために、小十郎が固く閉じた蕾を丁寧に開いていく。
 腰を小十郎の眼前に高々と揚げ、恥部を晒す。
 いやらしく扇情的な格好をしているという自覚は、快楽に蕩けている政宗にはない。
 雄々しく気高い竜が自分の前でだけ見せる痴態に、小十郎は優越感と愉悦を覚える。
 小十郎を受け入れる場所が蕩け、一度も触れられていない政宗の陰茎が勃ち上がって露を零すのを見て、小十郎は政宗の双丘から顔を離した。

「政宗様……」
 細い腰を掴み、硬くなった己を埋め込んで体を繋げていく。
「あ……、あっ! ……っ、んっ!」
 幾度となく情交を重ねているとはいえ、重量のある小十郎を受け入れる苦しさには慣れない。
 絶え絶えに声をあげる政宗の背中を宥めるように撫でる。
 根元まで、奥の奥まで小十郎を咥えこんだ政宗が、浅く肩で息をする。
 敷物を強く握りしめる政宗の拳の上からそっと掌を重ね、小十郎は政宗の背中に自分の胸を合わせた。
「政宗様」
 政宗は、小十郎の囁き声に弱い。
 特に、情交の際の色香が増した声に。
「お慕いしております、誰よりも」
 耳元へもう何度目になるのかわからない想いを告げて。
 小十郎は政宗の最奥を穿ち始めた。



 気がつくと、政宗は寝具の上に寝かされていた。
 お灸を施された後に房事になだれ込み、小十郎に後ろから穿たれ、快楽を貪ったことは覚えているのだが。
 いつ寝室へ移動して寝具に寝かされていたのか、全く覚えがなかった。
 もっとも、誰の仕業なのかは考えるまでもなくすぐにわかる。
 息がかかるほど傍にいるこの男以外、ぐったりと弛緩した政宗を移動させて、その腕に抱いたままで眠りにつく者はいない。
(本当に、今日はとんだsurprise続きだぜ)
 小十郎の方から手を出してくるのも珍しいが、家臣としての立場を重んじる小十郎がそのまま床を共にして眠りについていることも珍しい。城にいる時はもちろんのこと、合戦に出ている時でも小十郎が己の寝顔を晒すことなど、そうあることではない。それが政宗には少々気に障っていたのだが……
(こういうのも、悪くねぇな)
 額に落ちている小十郎の前髪をかき上げてやる。
 その時だった。

「ご満足いただけましたかな、政宗様?」
 眠っていたと思っていた小十郎が目を開けて話しかけてきた。
「おまっ……起きてやがったのか」
「ここ最近、俺が先に起きているとわかると不機嫌になられるようでしたので。黙っておりました」
「タヌキ寝入りとは、いい度胸じゃねぇか」
 腹いせに鼻をつまんでやろうとした手を掴まれる。
「気付かれぬようにと必死でございました」
 笑みを含んだ声で言いながら、小十郎は政宗に圧し掛かってきた。
「お許しを、政宗様」
 口では許せと言いつつも、本気で許しを請うているわけではないと、その声音でわかる。
 房事での睦言。
 その一つなのだと政宗もわかっている。
「仕方ねぇ。俺を満足させたら、許してやる」
「仰せのままに」
 小十郎の唇が首筋に下りてくるのを肌で感じながら、政宗は眼を閉じた。



Fin
written:2011.05.14


最近、すっかり月に1作ペースになっていて、いけません(汗)
この話もずいぶん前から書き始めていたのですが…。
5月10日は「こじゅ」の日。
5月16日は「小十郎」の日。
ということで、これは片倉様週間の間に何かアップしなければ!と思いまして、仕上げてみました。

えー、思いっきり仕事絡みです(笑)
これを書き始めた頃、治療している患者さんにこの「胃の六つ灸」をする方が相次いだんですよね。
で、政宗様と言えば、史実では医術にも通じておられた方ですし。もともとお灸は民間療法でもありましたから、片倉さんもお灸くらいはできたんじゃないかな?と。
そう思って、こういう話にしてみました。

決して、患者さんを治療しながらこういう妄想をしているワケではありませんので、念のため。
治療中はちゃんと治療に集中してますよ~(笑)



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