ハリー・ポッター
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テニプリ
Chapter:8   ハロウィーン大事件 後編

 桃城や堀尾と並んで寮へ戻ろうと廊下を歩いていた時、リョーマは何かの声を聞いたような気がして立ち止まった。

「何、今の?」

「うん? どーかしたのか、越前?」

 リョーマが立ち止まったのを察して、堀尾が振り返った。

「いや、今何か聞こえたような気がしたんだけど」

「気のせいじゃねぇのか? 別に変な物音とか、しなかったぜ」

「だといいんすけど」

 桃城に言われて、リョーマは頷いた。

「それにしても、酷ぇなぁ、ダビデのヤツ。こんな所まで濡れてんじゃねぇか」

 立ち止まったついでに、桃城は足元を見下ろして呟いた。トイレから溢れ出した水が、大広間へと続く廊下まで濡らしていたのである。

「ダビデって、何すか、桃ちゃん先輩?」

「あ? お前、知らねぇのか? さっき、お前が逃げ込んでたトイレに住んでるゴーストだよ」

「あの寒いダジャレを連発するゴーストのことっすか?」

「そうそう。あそこのトイレ、ダビデのダジャレがあんまり寒くてみんな引いちまうから、普段は誰も寄りつかねぇんだよ」

 歩くたびにピチャピチャと音を立てる廊下を歩きながら、桃城がげんなりした様子で続けた。

「でも、なんでダビデなんすか?」

「あいつの顔、見ただろ? 彫刻みたいな顔してるから、ダビデ」

「ふーん、そうなんすか」

「なんか、生きてた時からそう呼ばれてたんだってよ。なんでゴーストになったのかは、知らねぇけどな。もう何十年も前から、あのトイレに住みついてるって話だ」

「それ、乾先輩から聞いたんすか?」

「まぁな」

 確認するように尋ねられて、桃城はあっさりと首を縦に振った。グリフィンドールで出回る噂話は、そのほとんどの出所が情報通の乾である。

「生きてた時には、あのダジャレに踵落としで突っ込みいれてくれるヤツがいたんだってよ。で、今でもそれをやってほしくて、変なダジャレを考えてるって、乾先輩が言ってたな」

「心残りはいいとして、ゴーストにどうやって踵落とし入れるんすかね?」

「だから、ずっとゴーストやってんじゃねぇの?」

「あ、そっか」

《殺してやる》

 堀尾が納得したところで、リョーマは再び声を聞いた、と思った。腹の底から息だけを吐き出したような、細く、不気味な声を。

「あ、また……」

 だが、桃城と堀尾はそれに気付いた様子もなく、話を続けていた。

 ――これってもしかして、俺にしか聞こえてないってこと?

 空耳かと思ったそれは、すぐ側の壁を這うように移動して、やがて消えていった。

 ――消えた……。何だ、今の?

「あ、あれ、菊丸先輩じゃないっすか?」

 考えようとした思考は、堀尾の声で中断された。堀尾が指差した先を見ると、さっき血相を変えてマクゴガナル先生を呼びに来た菊丸と、大石、不二、海堂、乾、手塚、河村らグリフィンドール生が数人集まっていた。そこには、ダンブルドア校長の姿もあった。

「そういえば、さっき英二先輩が大変だって言ってたな。……見に行こうぜ」

「え、でも、大丈夫っすか?」

「平気だって。どーせ、帰り道なんだからよ」

 止めようとする堀尾にそう言って、桃城は先頭に立って、少し早足になってそこへ向かって行った。堀尾とリョーマも、結局は好奇心に負けて桃城に続いた。

「大石先輩、どうしたんすか?」

 桃城は隅のほうで青くなっている大石に声をかけた。

「ああ、桃。お前たち、無事だったんだな」

「はい。それより、何かあったんすか?」

「まぁな」

 大石は、何も言わずにただ目線だけを壁に向けた。

 その視線を追って、リョーマは壁に目を移した。そこには、赤い色で字が書かれていた。



      
秘密の部屋は開かれた
    継承者の敵よ、気をつけよ




 その赤い文字は、松明に照らされてチラチラと鈍い光を放っていた。そして文字の左側にある松明の下に、何かぶら下がっているのが見えた。それが何なのかわかった瞬間、リョーマは思わず息を呑んだ。

「ミセス・ノリス……」

 ホグワーツの管理人フィルチが飼っている猫、ミセス・ノリスが松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっていた。板のように硬直し、目はカッと見開いたままだった。

「私の猫だ! 私の猫だ! ミセス・ノリス!」

 リョーマがはっきりそれだと認識した時、猫のすぐ傍にいたフィルチが金切り声で叫んだ。すっかり取り乱した様子のフィルチは、自分の周りにいる人間に誰彼構わず掴みかかっていた。

「お前だな! お前が私の猫を殺したんだな!」

「落ち着きなさい、アーガス」

「あの子を殺したのはお前だ! 俺がお前を殺してやる! 俺が……」

「アーガス!」

 ダンブルドアが厳しい声で、フィルチを一喝した。フィルチは驚いたように、ダンブルドアを凝視した。その表情を見て、ダンブルドアは穏やかな顔でフィルチに言い聞かせるように、続けた。

「アーガス、猫は死んではおらんよ」

「死んでない?」

 ダンブルドアの言葉に、フィルチは声を詰まらせた。

「それじゃ、どうしてこんなに……こんなに固まって、冷たくなって……?」

「石になっただけじゃ。ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん」

「あいつに聞いてくれ!」

 フィルチは涙に汚れた顔で、大石の方を見て、指差した。が、ダンブルドアは静かに首を振ってその言葉を否定した。

「大石君は4年生で監督生にもなっている。優秀な生徒だが、生徒にこんなことができるはずがない。最も高度な闇の魔術をもってして初めてできることじゃ」

「じゃあ、一緒にいたあいつがやったんだ! この血文字もあいつの仕業だ!」

「血文字?」

 フィルチが騒ぐのを聞いて、初めてリョーマはその赤い字が血で書かれていることを知った。言われてみれば、その字はペンで書いたにしては太く、インクにしては壁にべったりと張り付いている。

「あいつが壁に文字を書いたんだ!」

 フィルチは、今度は菊丸を指差していた。

「アーガス。この子達ではない。この子達は、単に間が悪くその場に居合わせただけじゃよ」

「だったら、誰が!」

「アーガス。疑わしきは、罰せずじゃ」

 ダンブルドアはきっぱりとそう言った。

「私の猫が石にされたんだ! 刑罰を受けさせなけりゃ収まらん!」

 だがフィルチはなおも、金切り声で叫んだ。そんなフィルチを落ち着かせようとしたのか、ダンブルドアは穏やかに言った。

「アーガス。君の猫は治してあげられますぞ」

 すると、フィルチは息を呑んだような表情をして、ダンブルドアを見た。

「スプラウト先生が、最近マンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」

 そして、ダンブルドアはその場に集まったグリフィンドール生に向き直って、静かに言った。

「君たちも、もう寮へ帰りなさい。寮を抜け出した生徒も、見つかったようじゃしな」

 言いながら、ダンブルドアは堀尾の方を見て、片目を閉じた。




 
 寮に戻ると、他の生徒たちはすでに自室へ引き上げてしまったようだった。

 談話室のテーブルには、寮へ持ち込んだハロウィーンの料理の残骸が散らかっていた。

「まったく、しょーがないなぁ。ちゃんと片付けろって言っておいたのに」

 それを見て、大石が眉をひそめた。杖を取り出して、散らかっている皿を次々にシンクへと飛ばし、手をつけずに置いていたと思われる皿が4つだけ、残された。

「もう遅いからね。カフェインの入っていないお茶にしよう」

 乾が棚から茶葉を出し、刺激の少ないお茶をティーポットに入れて、お茶の準備を始めた。

 あんなものを見てしまっては、すぐには眠れないだろう。それを鎮めるついでに、各々が見た事件の報告を聞く、というのが手塚の案だった。

 まずは、トロールを目撃した桃城、堀尾、リョーマの3人が。次に、姿が見えなくなった3人を探しに出て、血文字を発見した大石、菊丸、海堂、乾の4人が事の次第を話した。

「なるほどな。菊丸が最初に異変に気付いて、それで、乾が俺と河村と不二を呼びに来たというわけか」

「英二は視力いいからな」

「でも、あんなの見たくなかったにゃぁ」

 乾が煎れたお茶を飲み、他の寮生が残しておいてくれた(残しておかないと、後が怖いと思ったのだろう)料理をつまみながら、菊丸が呟いた。

「それにしても、ハロウィーンの夜にトロールが入り込んで、秘密の部屋が開かれる。なんて大事件がほぼ同時に起きるなんて。今年は退屈せずに済みそうだね」

「呑気なこと言ってる場合じゃないだろう、不二」

「だって、面白そうじゃない? これから先、まだ何か起きるかもしれないしね。退屈しなくて済みそうでしょ、タカさん」

 ふかふかの長椅子に河村と共に座り込んでいる不二が、マグカップを傾けながらゆったりと話す。

「不二の発言はともかくとして。スネイプの右足首に傷があったというのは、なんだか怪しいな」

 穏やかな外見とは裏腹に、ぶっそうな言い方をする不二に苦笑して、大石は話を変えた。

「スネイプは、クィレルの報告を受けてからすぐに、他の先生方とは別の方向へ出て行ったようだ」

「見たのかい? 乾」

「ああ」

 頷いて、乾はマグカップに口をつけた。

「他の先生方とは別に、一人だけ大広間前方右側にある扉から外へ飛び出していったようだ。もっとも、どこへ行ったかまではわからないけどね」

「相変わらず、いけすかねぇ野郎だ」

 桃城とはしょっちゅう口げんかをしているが、あまり人のことを悪く言わない海堂も、スネイプのことは快く思っていないらしい。

「乾先輩、一つ聞いていいっすか?」

「なんだい、越前?」

 必要以上に発言することなく、事の成り行きを聞いていたリョーマは、頃合を見て乾に尋ねた。リョーマのすぐ隣、指定席になっている肘掛け椅子に座っている乾は、それほど大声を出さなくても反応してくれた。

「秘密の部屋って、何すか?」

「……」

 リョーマの質問に、談話室は急に静かになった。そして全員の視線が、乾に集中した。

「伝説だよ」

「伝説?」

「だが、伝説というものは、だいたいが事実に基づいているものだ、と俺は思っている」

 おうむ返しにする大石に、乾はマントから黒い革のカバーがかけられたノートを取り出した。羊皮紙を何枚も束ねたそれをパラパラとめくり、乾はゆっくりと語りだした。

「ホグワーツは、今から千年以上も前に、4人の偉大な魔女と魔法使いによって設立された。その偉大な4人の魔女と魔法使いの名前は、今でも寮の名前として残っている。つまり、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン、そして、ゴドリック・グリフィンドール。設立された時代は、まだ魔法が人々に恐れられていて、魔法使いたちは迫害を受けていた。だから、4人はマグルの目から遠く離れたこの土地にホグワーツ城を築き、そこで魔法の力を持つ若者たちを捜し出してはこの城に誘い、教育したんだ」

 それは、ホグワーツ設立の歴史だった。一度でも『ホグワーツの歴史』を読んだことがあれば、最初に書かれていることである。普通に頷く者が多い中で、初めて聞いたという顔をして頷いているのは、リョーマとカツオ、そして桃城と菊丸と不二の5人だった。

「ホグワーツが設立されてからしばらくすると、4人の間に意見の相違が出てきた。魔法の力を持つ者には、出生を問わず誰にでも教育を受けさせるべきだ、と唱える他の3人に対して、スリザリンだけは、ホグワーツには選別された者のみが入学を許されるべきだ、と考えたんだ」

「選別された者って……」

 なんとなく想像はついたが、リョーマは一応合いの手を打った。

「つまり、魔法族の家系だよ。スリザリンは、純粋に魔法族の家系にのみ、教育を授けるべきであり、マグルの親を持つ生徒は学ぶ資格がない。そう考えて、入学させることを嫌ったんだ」

「実際、今でもスリザリンだけは、マグルの家に生まれた生徒はいないんだったな」

 大石が乾の言葉に付け加えた。それを聞いて、不二は細い目をさらに細めて言った。

「だったら、僕や桃は絶対に入れないってことになるね」

 桃城と不二は、マグルの家に生まれた。両親は全く魔法の力を持たなかったが、桃城と不二は生まれながらに魔力が備わっていたのだ。

「スリザリンの意見がそのまま通っていたら、の話だけどな。でも、実際はそうなっていない。意見が対立するようになってから、この問題をめぐってスリザリンとグリフィンドールが激しく言い争って、結果スリザリンが学校を去ったんだ」

 設立当初の人間関係がそのまま反映しているかのように、今でも伝統的に、グリフィンドール寮とスリザリン寮は仲が悪い。どちらも互いに譲らず、折り合いが悪いのだ。

「ま、普通ならここで話は終わるんだけどね。この話には続きがある。スリザリンは、この城を造る時に、他の3人には全く知られていない、隠された部屋を作った、という話があるんだ」

「それが、秘密の部屋?」

 確認するように問いかけたリョーマに、乾は軽く頷いた。そしてため息混じりに続けた。

「伝説によれば、スリザリンは『秘密の部屋』を密封し、この学校に彼の真の継承者が現れる時まで、何人もその部屋を開けることができないようにしたらしい。彼の真の継承者、つまりスリザリンの継承者のみが『秘密の部屋』の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶに相応しくない者を追放する、という」

「相応しくないって、つまり俺や不二先輩みたいな、マグル出身者ってことっすか?」

 桃城が自分を指差しながら、身を乗り出して話に割り込んできた。

「そういうことになるね。もっとも、その部屋がどこにあるのか、大勢の魔法使いや魔女たちがこの学校をくまなく探索したけど、何も出てこなかったって話だからね」

「でも、何も出てこなかったから、そんな部屋は存在しない。とも言い切れないんじゃないかな?」

 話を聞いていた不二が、腕を組んで考えるような仕草をした。それを聞いて、乾は不敵な笑みを口元に浮かべた。

「まぁね。実際今夜、秘密の部屋が開かれた、というメッセージが残されている。ない、とは言い切れないな」

「乾ぃ、部屋の中の恐怖って、いったい何かにゃぁ?」

 菊丸に尋ねられて、乾は別のページをめくった。羊皮紙を数枚めくって、答えた。

「何らかの怪物だ、と言われている。スリザリンの継承者だけが操れるという」

「それって、何すか?」

「さぁな。あるのは、そういうものがあるらしい、という伝説だけで、実際には誰も見たことがないからね。情報が何も残されていない以上、推測することもできないだろう」

「それは、そうだけど……」

「つまんねぇなぁ、つまんねぇよぉ」

 興味津々、といった様子で乾に問いかけた菊丸と桃城は、しょげたように唇を尖らせた。

 その時、談話室の壁にかかっている古時計が真夜中を告げる鐘を鳴らした。時計の文字盤をチラリと見て、それまでずっと黙って事の成り行きを聞いていた手塚が口を開いた。

「すっかり遅くなってしまったな。明日は、クィディッチシーズンの大事な初戦だ。これで解散にしよう」

「そうだね。寝不足で力を出し切れないなんてことになったら、大変だ」

 手塚の意見に、副部長の大石が同意した。

「とりあえず、明日は気持ちを切り替えて試合に臨むことだ」

 手塚が締めくくって、リョーマたちは全員で後片付けをして、部屋へ続く階段を上っていった。

 部屋へ戻ってベッドに潜りこんでも、リョーマには一つ気がかりなことがあった。

 何も聞かれなかったから、何も言わなかったのだが。

 ――俺が聞いたあの声、何だったんだろう?

 気にしながらも、リョーマはすぐに眠りに落ちていった。



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ハロウィーンの大事件、後半をお届けしました。
いかがだったでしょうか?
これで、どの話とどの話がミックスされているのか、おわかりかと(苦笑)。
我ながら、大風呂敷を敷いてしまったなぁ、と思わずにはいられないんですが。
頑張って書き続けようと思います。

さて、次回はいよいよクィディッチシーズン開始です。
初戦の相手はハッフルパフ。
不動峰&山吹の選手たちが登場しますので、お楽しみに(^^)。





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