ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:7   ペナル茶

 毎日たっぷり出る宿題に、週3回のクィディッチ練習。

 忙しいホグワーツでの生活も2ヶ月目の後半にさしかかり、リョーマはすでに、ここが自分の家であるかのような感覚になっていた。授業の方も、基礎がだいぶわかってきて、面白くなってきていた。

 そんなホグワーツでは、10月下旬になるとハロウィンの準備が始まる。グリフィンドールの談話室にも、菊丸が中身をくり抜き、不二が魔法をかけて大きくしたかぼちゃの提灯がいくつか飾られていた。

「いよいよ今年のクィディッチ・シーズンも間近に迫ってきた。それに備えて、今日は飛行技術を高める練習をする」

 グラウンドでの練習時に手塚がそう言ったのは、ハロウィンが間近に迫った練習日のことだった。

「今年の初戦は、去年最下位だったハッフルパフだ」

「なぁんだ、ハッフルパフかぁ。あそこなら、楽勝だにゃぁ」

 手塚の言葉を途中ですくい上げて菊丸が言う。そんな菊丸に、乾は眉をひそめて忠告した。

「油断は禁物だよ、英二。昨日、ハッフルパフの練習を見てきたけど、去年とは全く別のチームになっていたよ」

「それ、どういうこと?」

「レギュラー7人のうち、4人が入れ替わっていた。去年から残っているのは、シーカーの千石と、ビーターの地味′sだけだ」

「ジミーズ?」

 不二に問われて答えた乾に、リョーマがさらに問い返した。聞きなれない言葉に戸惑った様子を感じ取った乾は、リョーマにもわかるように説明してくれた。いつも手にしているノートを開くと、顔写真入でプロフィールが書き込まれていた。

「ハッフルパフ、通称不動山の4年生ビーター二人組、南健太郎と東方雅美のことだ。彼らは抜群のコンビネーションでチェイサーやシーカーを揺さぶってくる。一見地味な動きなんだけど、グラウンド全体を見渡して的確に隙を突いてくるからね。侮れない」

「ふーん。でも、地味なんすね」

「ああ。だから地味′sと呼ばれている」

 リョーマに顔と名前を覚えこませたところで、乾は杖でノートを軽く叩いた。すると、ページがめくれたわけでもないのに、顔写真とプロフィールが別の人物と入れ替わった。その左側のページに表示された、額の真ん中に大きなほくろがある男を指して、乾が解説した。

「今年、キャプテンに就任したのは、この橘桔平だ。去年転校してきて、チームの再編に手をつけたらしい。ポジションはキーパーだ」

「この隣にいるのって、もしかして、亜久津じゃないか、乾?」

 右側のページに表示された、髪の毛を薄い色に染めて上に突き立てた目つきの悪い男を指差したのは、河村だった。

「ああ。そういえば、タカさんとは幼なじみだったね。この亜久津は問題児だが、その運動能力と飛行技術は高く評価されていた。その亜久津を、橘がチームに引き入れたらしい。それから……」

 もう一度杖でノートを叩き、乾は続けた。

「残りのチェイサーは、この二人。2年の神尾アキラと伊武深司。この二人は、去年から橘が鍛えてきた隠し玉らしい。実際、伊武の方は卒のない動きをするし、神尾のスピードは相当なものだ」

「げ、こいつらもレギュラーだったのかよ」

 ハッフルパフと合同授業を受けることがある桃城は、その二人を見知っているようだった。海堂も見覚えがあるのか、桃城に同意するように乾のノートに視線を向けていた。

「で、そのハッフルパフ戦に向けて、飛行技術をさらに磨こうっていうわけ?」

「そうだ。今日は乾に、特別コースを準備してもらった」

 確認するような口調で不二に問われて、手塚は腕を上げて合図をした。乾は黙って頷いて、杖を振り上げた。

 すると、グラウンドに人がくぐれる大きさをしたゲートが21個、浮き上がった。クィディッチのゴールより高く浮き上がったものもあれば、地面すれすれに浮いているものもある。そしてそのゲートには、一つずつ番号がついていた。それも順序はバラバラで、法則も何も見出すことができないようになっていた。

 ただ無言でそれを見上げるメンバーを一望して、乾が口を開いた。

「もうわかってると思うけど、箒で飛びながら、このゲートを1番から順番に21番まで、くぐりながらグラウンドを回ってもらう。このゲートは高さも、順序もバラバラだ。タイムリミットは、1周につき1分以内。これを30周してもらうから」

「えー!?」

 菊丸や桃城を筆頭に、口々に抗議の声が上がったが、無視された。

「このゲートは、5分ごとに順序が入れ替わるように設定されている。順番を覚えて効率よく回ろうと思っても、無駄だよ」

「それで1周1分? ムチャだよ」

 河村の声も、やはり無視された。

「1周するのに1分を越えた場合は、その場で即リタイヤ。罰として、これを飲んでもらう」

 言いながら、乾はグラスに注がれた、赤色の液体を取り出した。濁った、それでいて毒々しい赤に、メンバーは顔色を変えた。もっとも、不二はただそれを面白そうに眺めていて、手塚は心の動揺が顔に出ることはなかったのだが。

「な、何すか、それ?」

「ペナル茶だ」

「ぺ、ぺなるてぃ?」

 恐る恐る尋ねた桃城に、乾は得意げに答えた。

「赤ピーマンやトマト、にんじん、リンゴ、バナナといった野菜や果物に香辛料と調味料を加えた、特製の野菜汁だ。栄養バランスが整っているから、身体にもいい」

「で、でも、その色……」

「それ、ちゃんと味見してるんすか?」

 大石と海堂の抗議も、やはり黙殺された。

「俺の掛け声で、一斉にスタートしてもらうからね」

 乾は言いながら、箒にまたがって地面を蹴った。そのすぐ後に手塚と不二が続き、不満そうな顔をした菊丸と河村が続いた。

「俺、あんなの絶対飲まないっすよ」

 言いながら、リョーマも続いた。

 全員が飛び上がって揃ったのを見て、乾は笛を口にくわえた。そして甲高く、鋭い音のするそれを吹くや否や、メンバーは一斉にスタートした。

 先頭を切って、弾丸のように桃城が飛び出していった。その後に、菊丸やリョーマが続く。

 広いグラウンドの中に、場所も高さもバラバラに置かれた21のゲート。それを1分以内で全部くぐっていこうと思うと、スピードを保ったままでゲートを探し、飛んでいかなければならない。

 5分おきに位置が変わるゲート。その中を、30周。

 乾と手塚が考え出した飛行練習は、かなりの集中力を駆使しなければクリアできないほど、難易度の高いものだった。

「へっへー、おっ先ぃ〜♪」

 真っ先に1番ゲートをくぐったのは、元シーカーで高スピード飛行が得意な菊丸だった。菊丸は動体視力にも優れていて、飛びながら的確に2番ゲートを捕らえていた。

「なるほど、とりあえず英二の後をついて行って……」

 グラウンド全体を見回しながら、そんな計算をしているのは大石だった。

「ったく、次のゲートどこにあるんだよ?」

「るせぇ。ガタガタ言ってねぇで、黙って飛びやがれ」

「なんだとぉ!?」

 1周1分以内、という時間制限が設けられていながらも、空中で一触即発の口論を始めているのは、桃城と海堂の2年生コンビである。それでもなんとかゲートを探しつつ、競うように飛んでいた。

「ふん、みんな結構余裕だね」

 そんな様子を見ながら、全員が3周目を越えた時、乾がボソッと呟いた。もちろん、必死でグラウンドを回っているメンバーたちには、その声は聞こえていない。乾は傾きかけた太陽に、眼鏡のレンズを反射させてニヤリと微笑した。明らかに、何か企んでいる様子である。が、幸いにもグラウンドを飛んでいるメンバーには、その不吉な微笑は見えなかった。

 乾は杖の先を喉に当てて、低く呟くように唱えた。

「ソノーラス」

 そして、乾の口から発せられた言葉は、グラウンド中に響き渡った。

「言い忘れたけど、ゲートの順番を間違えた場合も、その場で即リタイヤになるから。罰としてペナル茶を飲んでもらうよ」

「ええーーー!?」

 手塚を除くメンバーが、口々に非難の声を乾に浴びせた。が、乾はそれも全く意に介さない様子で続けた。

「それから、ビリの人には……」

 言いながら、乾は真っ赤な液体の入ったジョッキを取り出した。

「これ、ジョッキで飲んでもらうから、そのつもりでね」

「なんだって!?」

「この、鬼コーチ!」

「俺たち殺すつもりっすか、乾先輩!?」

 飛びながら横目でジョッキを確認した河村や菊丸、桃城から次々に抗議の声が上がる中、乾は再び杖の先を喉に当てて、今度は「クワイエタス」と唱えた。

 すると、次に乾が呟いた言葉は、グラウンドに響き渡ることはなかった。

「これくらいのプレッシャーに負けるようじゃ、実戦でも通用しないからね」

 そして乾は、必死の形相でグラウンド周りを始めたメンバーを、余裕の表情で眺めていた。

 5周目を終えた時、予告通りゲートの位置が一斉に変わった。21番ゲートから1番ゲートに戻ろうとしたメンバーたちは、全員慌てて1番ゲートを探して方向転換を強いられた。

「せっかく今までのルートに慣れたと思ったら、変わるんだな」

 改めてこの練習の厳しさに気づかされた大石が、小さく呟いた。

「そだね」

 すぐ側を飛んでいた菊丸が頷いて、大石に続いて行った。

「みんな、必死だね。乾のアレ、結構美味しいのに」

 やはり1番ゲートを探して飛びながら、不二がボソッと洩らしたのを、桃城が聞きつけた。

「美味いって、あの野菜汁のどこが美味いんすか?」

「いいよなぁ、不二。乾の汁、効かないんだもんな」

 そして先程桃城に追いついてきた河村が、羨ましそうに言った。

「効かないって、だったら何でそんな真面目に飛んでるんすか?」

 はなはだ疑問だ、といった表情で尋ねた桃城に、不二は一見天使のような微笑を浮かべて言った。

「僕、あの汁結構好きなんだけど、他人が苦しむのを見るのは、もっと好きなんだ」

 会話が聞こえる程度に離れて飛んでいたリョーマは、その言葉を聞いた瞬間に決意していた。

 ――不二先輩だけは、敵に回さないようにしないとね。

 順調に周回を重ねていると思われた一同だったが、17周目で最初の脱落者が現れた。あまりスピード飛行が得意ではない河村が、ゲートの順番を間違えたのである。

 ビー、ビー、ビー!

 グラウンド中に響く警告音に、河村は青ざめた。そしてゲートからにょきっと腕が現れて、河村のローブの襟首を掴んだかと思うと、腕は箒ごと乾のいる観客席の一つに河村を放り投げてきた。

「ったたたたっ!」

 箒から投げ出され、椅子に尻を打ちつけた河村の前に、乾が逆光を背負って仁王立ちになっていた。その手には、真っ赤な液体の入ったグラス。

「リタイヤだ」

 魔王の声もかくや、と思うほどの低い声音に、背筋に寒気が走るのを感じながら、河村は半ば強制的にグラスを渡された。これも決まりだから、と河村はグラスを一気にあおった。そして……

「ぐわぁぁっ!」

 凄まじい叫び声を上げて、河村は再び大慌てで箒にまたがり、グラウンドから一番近い水飲み場へとすっ飛んで行った。

 残された一同は、河村の叫び声を聞いて決意していた。絶対に、あの汁は飲むまいと。

 だが、無常にも続く19周目に大石が、20周を終えて21周目に入る変わり目で、場所が移動するゲートに対応できなかった菊丸と桃城が揃って脱落した。そして全員、例外なく、汁をあおるや否や、水飲み場へとすっ飛んで行った。

 次々と脱落者が出る中、地味に、だが確実に周回を重ねていた海堂がついに、25周目のゲートチェンジに対応できずに脱落した。そして同時に不二も、21番をくぐった直後に眼前に迫ってきた5番ゲートを避けることができずにリタイヤした。

 グラスをあおった海堂は、やはり叫び声を上げて水飲み場へと飛んで行った。が、天才と謳われる不二だけは例外だった。グラスを一気に飲み干して、それでもいつもの涼しげな微笑を浮かべたまま、というよりむしろ、少し嬉しそうに言ってのけた。

「なんだ、これ美味しいじゃない」

 語尾にハートマークまでついていそうな口ぶりに、水飲み場から戻って、それでも口の中の不味さが消えない桃城と菊丸が、青ざめた顔をさらに青くした。

 そして、手塚とリョーマの二人が残されたのだが……集中力が切れかかってきたリョーマは、28周目でついに、1周1分を越えてしまった。

 21番ゲートによってグラウンドから客席に投げ出されたリョーマは、グラスを手に、逆光を背負って仁王立ちになる乾に恐怖を覚えていた。

「リタイヤだ」

「……――っ!」

 声にならない叫びがせり上がってくる。

「ちゃぁんと飲まなきゃダメだにゃぁ、おチビぃ」

「それ、結構美味しいよ。おススメ」

 げっそりした声音の菊丸とは対照的に、不二の声はどこか嬉しそうだった。

「わ、わかったっす」

 リョーマはしぶしぶ乾からグラスを受け取った。ツーンと鼻を突く、例えようのない強烈な臭いに思わず鼻をつまみ、喉に流し込んだ。

「―――っっっっ………っ!」

 最初に感じたのは、辛さだった。全部飲み干すか否か、という所まで何とか我慢して、リョーマは先人たちに倣って水飲み場へダッシュした。

 結局ペナル茶の刑を免れたのは、最後まで回りきった手塚1人だけだった。

 そしてその後、フォーメーションの最終確認をして、夕食を食べてメンバーは談話室に戻ったのだが……。

「晩メシ食っても、まだ口の中辛いっす」

「ちっくしょぉー! 乾のバカぁ!」

「あんな物、もう飲みたくないよぉ」

「え? でも美味しかったじゃない?」

「どこがっすか!」

「っていうか乾のヤツ、紅茶のブレンドはこんなに上手いのに、なんで野菜汁とか魔法薬作るとあんなに不味くなるんだ?」

「……ふしゅ〜」

 不二を除く6名は、夕食を食べて口直しの紅茶を飲んでもなお、後味の悪さに苦しんだのであった。





というわけで、テニプリ名物にして、青学名物であります“ペナル茶”登場のお話でございました♪
一度ね、やってみたかったんですよぉ、野菜汁ネタ。
そして考えたのが、今回の飛行練習でございました。
あースッキリした(^^)。
そのうち、また青酢も登場させようっと♪

さて、次回はついにクィディッチ公式戦が始まります!
…と言いたい所ですが、その前に大事件が起きている模様。
さむ〜いダジャレを連発させる嘆きのダ●デも初登場!なので、お楽しみに♪





Chapter8へ続く / Chapter 6に戻る / 「ハリポタdeテニプリ」 トップへ戻る


inserted by FC2 system