特別番外編:最強王者立海見参!〜試合編 3

 その瞬間、観客たちは息を呑んだ。

 二人のシーカー、リョーマと切原がチェイサーたちの真ん中を割って一直線にダイビングしていた。飛行機からパラシュートなしで飛び降りたような速さだった。

「地面に衝突しちゃう!」

「いや、大丈夫」

 カチローが悲鳴のような声をあげるのとは対照的に、不二が微笑を浮かべたままで呟いた。

 カチローの発言は、半分当たっていた。

 リョーマは最後の1秒でかろうじてグイッと箒を引き上げ、クルクルと螺旋を描きながら飛び去った。ところが切原は、箒を引き上げるタイミングが一瞬遅く、地面に衝突するまではいかなかったが、箒を地面に引きずってしまい、横倒しに地面に投げ出された。立海側の応援席からうめき声が上がった。

「切原!?」

「越前のヤロー、いつの間にあんなフェイント覚えやがったんだ、あーん?」

 幸村が驚きを隠せない様子で切原を呼ぶ。同時に、跡部が感心したような、呆れたような様子で呟いた。

「ウロンスキー・フェイントかぁ。やるねぇ、越後屋君」

「越前だろ。いい加減覚えろよ、千石」

「ああ、そうだったっけ? ゴメン、ゴメン」

 どこか抜けたようなコメントを口にしたのは、千石だった。

「あれって、幸村君の得意技じゃなかったっけ?」

「ああ、シーカーを引っかける、かなり危険な技なんだけどね」

 千石に問われて、幸村は平然とした顔で答えた。

「この技を1年生で使える人間がいるとはね……侮れないな」

 ウロンスキー・フェイントはクィディッチの中でもかなりの危険技として認識されている。スニッチを見つけてもいないのに、あたかもスニッチを見つけたかのように地面にダイブし、相手チームのシーカーをついてこさせて引っ掛けるのだ。運が悪ければ、相手チームのシーカーは地面に激突する、というわけである。

「それに、あの切原に真っ向からケンカを売るなんて。かなり強気だね、あの1年生」

 幸村が視線を移した先では、リョーマが平然とした顔で競技場中を見渡していた。

(海堂先輩はあんなだし。乾先輩はキツそうだし。あの偉そうなキーパーからゴールを奪うのって、結構大変そうだしね。今のうちにスニッチ探して、先に捕まえちゃえば俺たちの勝ちだからね)

 切原が立ち上がって箒にまたがり、再び上空へと戻ってくるまでの時間を利用して、誰にも邪魔されることなくスニッチを探していたのである。

(でも、まさかあんなに上手くいくとは、ね)

 1週間前に乾から借りて……というよりも、正確には半ば無理やり読まされた『クィディッチ今昔』に書かれていたフェイントを、リョーマはぶっつけ本番で試してみた。ここまで上手く、切原が引っかかってくれたことに、誰よりもリョーマが一番驚いていた。

 けれど、肝心のスニッチはどこにも見当たらなかった。

(にゃろう、どこに隠れてるんだよ?)

 心の中で毒づいたリョーマの下で、切原がやっと立ち上がった。切原は箒にまたがり、地面を蹴って空へと戻ってきた。

「なんだ、結構早く戻ってきたじゃん。でも、まだまだだね」

「フフフ……アッハッハ! お前、潰すよ」

 しれーっと言い放ったリョーマに、切原は盛大な笑い声を上げて、改めて挑発した。そして切原は、まるで箒など使っていないかのような見事な飛行術を見せた。無重力で何の支えもなく、空中を飛んでいるようだった。

 ジグザグに飛んだり、輪を描いて飛んだり、わざと観客席から垂らされた幕に突っ込んでいくような動きを見せたり。自由自在で軽々と飛んで、切原はリョーマに揺さぶりをかけてきた。

「へぇ、やるじゃん」

「お前こそ、ここまでやるとは微塵も思ってなかったよ、越前リョーマ」

 褒めているのか挑発しているのか、といったリョーマに、切原も負けじと言い返してくる。

「でも……バイバイ」

 先ほどのお返しだ、とでも言うかのように、切原はグリフィンドールの模様が描かれた幕へと突っ込んでいった。そのままぶつかる、と思った瞬間に、切原は箒を急旋回させて真上へと飛び上がった。

「!?」

 今度は、リョーマが間に合わなかった。かろうじて正面から幕に突っ込むのは避けたものの、幕に体を巻き込まれるように失速し、そのままズルズルと地面へと落ちてしまった。

「ってえー」

 足から地面に落ちたリョーマは、左ひざを擦りむいてしまった。

「立てる、越前君?」

「大丈夫っすよ」

 審判のフーチ先生が様子を見に来て、リョーマに声をかける。リョーマは箒を手に立ち上がって、答えた。

(にゃろう)

 そして、上から見下ろしてくる切原を再び睨みつけた。





 リョーマと切原が火花を散らしている時、ビーターたちの間でも火花が散っていた。

 柳と乾である。

(フォア……ちがう、バックハンド!?)

 ブーメランスネイクを返されて動きが鈍くなった海堂をかばいつつ、的確にブラッジャーを打ち込んでくる柳とジャッカルから味方チェイサーを守る。最初は乾一人でカバーしきれていたのだが、やがて乾は柳にデータの裏をかかれるようになった。

(狙い球がことごとく返される!)

 かろうじて柳の打ち込んだブラッジャーに追いついて、打ち返す。柳は姿勢を低くしてそれを迎え撃った。

「ふんっ!」

 棍棒を一閃して柳がブラッジャーを打ち返してくる。乾は、柳が打ち返してきたブラッジャーの軌道に回りこんだ。そして打ち返そうとしたが、ブラッジャーは乾の棍棒の下をすり抜けていった。

「し、沈んだ……!? 何? 高速スライス……」

「『そんなに低いテイクバックの姿勢でスライスボールが打てるはずは無い』……とでも言いたいのか?」

 柳は余裕の表情で乾を振り返る。そして乾の表情を見て、予想通りと言わんばかりの表情で微笑した。

「どうやら当たりのようだ」

「レッツゴー立海! レッツゴー立海!」

 針の穴に糸を通すような正確さでブラッジャーを打つ乾を、柳が押し始めたことで、ダームストラング側の応援団は再び盛り上がりを見せた。

「流石だな、蓮二……。ならば!」

 乾は攻め方を変えた。角度をつけて、柳を左右に振る作戦に出たのである。

「フォローするぜ、柳!」

「いや、ジャッカル。お前は手を出すな」

「柳?」

「昔のよしみだ。俺が直接仕留める」

「そうかよ。じゃぁ、任せたぜ」

 ジャッカルの援護を断って、柳は自分で打ち返してきた。が、そのコースは乾の読みどおりだった。

「ハズレ」

 そして、柳の逆を突いて打ち返した。……はずだった。

(まさか……追いつくハズは……)

 乾が打ったコースの先には柳がいて、彼が打ったブラッジャーは乾の横を抜けていった。

 柳は悠然と乾を見返して、ずっと閉じていた瞼を開いた。

「フ……『柳蓮二は前後の動きには俊敏でも…左右の動きには若干フォローが遅れるはず』……と言うことか?」

 海堂の分まで動き回り、息を乱す乾とは対照的に、柳は悠々と言い放った。

「これも当たったようだ」

 愕然とする乾をよそに、柳は自分のポジションへ戻っていく。

「達人っ! 達人っ!」

 立海の応援席からは、達人と書いてマスターと読むコールが巻き起こっていた。

「お前のクィディッチは見切った。もう俺には通用せん」

 相手のデータを分析して、予想する乾のプレーは、柳には全く通用しなくなっていた。

「乾君のプレーを観察し、自分のデータを確信してから一気に反撃に出てきたね。さすが柳」

 競技場を見渡して、完全に立海ペースになってきた試合状況を見て、解説席の幸村が満足げに呟いた。

「それだけじゃねぇ。柳のヤローは、乾のデータクィディッチそのものを崩そうとしてやがる」

「データマン対決、ってワケか。なるほどねぇ」

 実況の跡部や解説の千石が思い思いに言い合う中で、乾は再び柳によって動きの逆を突かれていた。

「……別格や、あの男」

 リーグ戦で乾の動きに苦しめられた経験のある忍足が、スリザリンの観客席で呻くように呟いた。

「伊達に3年前から幸村・真田らとナショナルチームに入って、アイルランドをワールドカップ優勝に導いてへん!」

 忍足の側にいる向日や鳳も、ギュッと拳を握って戦況を見守っていた。

「確かにお前は、俺に関する完璧なデータを取ってきたようだ」

 海堂ほどではないが、柳によってさんざん裏をかかれ、自信喪失気味の乾に向かって、柳が残酷とも言える宣告をした。

「がしかし、そのデータが逆にお前を束縛している。お前にデータクィディッチを教えたのは、誰だったかな?」

 がっくりと棍棒を下ろした乾に向かって、柳はさらに続けた。

「名残惜しいが、宴はおしまいだ」

「ふ……ふふふ」

 乾は棍棒を握り直して、笑い出した。

「そうか、お前も本気だったって事だな……教授」

 それは、イギリスのジュニアチームに所属していた頃から、柳がホグワーツを去るまで、二人の間だけで呼び合っていた呼び方だった。

 柳が教授で、乾が博士。

 二人しか知らない呼び名だった。

「俺のデータクィディッチが全て読まれていると言うのなら……俺は……」

 うなだれていた頭を上げて、乾は柳を真正面から見据えた。

「俺はたった今から、データを捨てる!」

 気合一閃で打ち返したブラッジャーだったが、柳は余裕の様子でそれを返してきた。

「自分のプレイスタイルを捨てた者に勝利は無い」

 到底追いつけないと思われたそのブラッジャーを、乾は夢中で追いかけた。

「おおおおおおおおお! があっ!」

 乾は渾身の力を込めて、ブラッジャーを打った。それは、ブラッジャーを打ち返そうとした柳の棍棒を弾き飛ばすほどの威力だった。

 ブラッジャーを打った反動で、乾の眼鏡が少し、下にズレた。ホグワーツにいた誰もが、初めて乾の目を目撃した。分厚くて、不透過なレンズの奥に隠され続けてきた、切れ長で二重の瞳を。

「そして俺は過去を凌駕する!」

 グリフィンドールを応援する、ホグワーツの観客席が一気に盛り上がりを見せた。





「あんな顔してたんすねぇ。乾先輩って」

「そだねー、ビックリ」

「おいおい、そんなこと言ってる場合じゃないぞ。俺たち、押されてるんだから」

「ああ、そうだったにゃ」

 グリフィンドールゴールに攻め込んでいくダームストラングのチェイサーたちを追いかけていた菊丸たちは、一瞬乾の素顔に視線を奪われた。

「プリッ」

 そんな菊丸たちをあざ笑うように、クアッフルを抱えた仁王がすぐ横をすり抜けていく。仁王は、そのままスコア・エリアへと入ろうとしていた。が、手塚が3つのゴールポストの周りを猛スピードで飛び回っているため、仁王はゴールを断念した。横から伸びてくる桃城の腕をすり抜けて、仁王は真上へ飛び上がり、一度スコア・エリアから出て自分の真下に滑り込んできた丸井にパスを送った。

「させないよん!」

 丸井にクアッフルを打たれたら、天才的なボレーでゴールを割られてしまう。菊丸は仁王と丸井の動きを読んで、丸井がクアッフルを打つ前に、箒を回転させて後方へ弾き飛ばした。

「!!」

 しかし次の瞬間、真っ直ぐに射抜くような軌道で、クアッフルが猛スピードで真ん中のゴールを打ち抜いた。

 軌道の近くにいた菊丸も、桃城も、ゴール前の手塚でさえ、そのクアッフルには反応すらできなかった。

「で、出た……」

 呻くように呟いたのは、観客席でそれを見ていた河村だった。

 軌道の始まりの場所には、片手を上げて箒を真っ直ぐゴールに向けている柳生の姿があった。

「これが……」

「乾の言ってた、紳士柳生の一撃必殺――レーザービーム!」

 絶句した菊丸の言葉を引き継ぐ形で、大石が呟いた。

 立海戦を前に、全員にデータを伝授した乾から話には聞いていたものの、実際に目にしたスピードに、菊丸も大石も、桃城も呆然としていた。

「真面目にやりたまえ、仁王君」

 トリッキーな動きで青学のチェイサーをかく乱していた仁王に、柳生は叱りつけるような口調で注意した。

「これにて遊びは終わりです」

 そう断言した柳生は、ゴールを狙う時はもちろんのこと、味方にパスを出す時にも、かなりのスピードでクアッフルを打ち、青学のチェイサーの連携を乱し始めた。

「一方的に押され始めたみてぇだな」

「スピードボールにスピードボールで応戦してるよ……」

「ふふ、意地になったかな?」

 跡部と千石に続いて、幸村が微笑した。

「今や、完全に立海が試合を支配したね」

 競技場の中では、再び柳生がレーザービームでゴールを狙った。が、今度はかろうじて追いついた手塚が、輪の中から弾き出した。

「ほう……私のレーザービームに触れるとは、なかなかやりますね」

 呟く柳生の横では、菊丸と大石が口々に言い合っていた。

「英二、思ってたより遅いよな?」

「うんにゃ。お蔭で、だんだん目が慣れてきたよん」

 それを聞いて、グリフィンドールの観客席では不二が微笑した。

「大石……英二の目をレーザービームのスピードに慣らすために、わざとスピードボールで応戦したね」

「そうみたいだね」

 柳生のレーザービームを返したことで、グリフィンドールは勢いを取り戻した。

 勢いよく、ダームストラングゴールへと迫っていく。そしてついに、真田が守るダームストラングゴールに、クアッフルを投げ入れることに成功した。

「100−10。やっとグリフィンドールが10点返しやがったか」

 矢じりの形にフォーメーションを組み、菊丸を先頭にして桃城と大石が立海サイドへ攻め込んでいく。3人は、立て続けに3つのゴールを奪い、100−30までスコアを詰めた。

「立海を追い詰め始めた。……面白くなってきたね、青学」

 一応、青学サイドの解説として席に座っている千石が、楽しそうに呟いた。

 桃城をフォローに回し、菊丸と大石は絶妙のコンビネーションを見せて、仁王と柳生の動きを完全に読みきって、パス回しを封じていた。

「ウマい、完全に読んでる!」

 グリフィンドールの1年生トリオが叫ぶのを、リョーマとの一騎打ちを一休みしている切原が聞きつけて、不敵に笑った。

「読んでようと捕れない打球があるじゃんよ。ねえ、柳生先輩……」

 切原の言葉にかぶるように、菊丸と大石の間を、真っ直ぐな軌道を描くクアッフルが猛スピードで駆け抜けていった。それは、先ほどまでのスピードよりずっと速かった。

「何で……」

 レーザービームを打った人物を見て、菊丸や大石たちだけでなく、観客席にいる生徒たちも先生も、誰もが自分の目を疑った。

「何で仁王がレーザービームを……?」

 愕然としている青学選手たちをよそに、柳生がボリボリと頭をかきながら仁王に近づいていった。

「やっぱ、本物の『レーザービーム』はケタ違いの威力やの……柳生」

 柳生が仁王を『柳生』と呼んだことで、競技場は騒然となった。

「や、柳生が柳生って!?」

「どういう事だ!?」

「まさか……今までレーザービームを打っていたのは……」

 観客席にいる河村も、呆然と呟いた。

「仁王だった、って事だね」

 不二がカッと目を見開いて競技場を見つめる中で、柳生が眼鏡を取った。

「プリッ」

 眼鏡の下から現れたのは、競技場の詐欺師と呼ばれる仁王、まさにその人だった。







お、終わらねぇ……っ!(泣)

夏休みの間に書き上げようと思っておりましたのに、終わりませんでした(涙)。
くぅぅ、原作のあーんなシーンやこーんなシーンを織り交ぜようと思ったら、ページ数だけが進み……。
やっと、ビックリドッキリ28入れ替わり大作戦までこぎつけることができました。

なんだか、宿題を残したまま新学期を迎える小学生の気分です(苦笑)。
とりあえず、これだけは書き上げようと思っております。
ああ、ハリポタ5巻の日本版が明日発売されるというのに。
読めるのはいつになるやら……(苦笑)。
申し訳ありませんが、もうしばらく、お付き合い下さいませ<m(__)m>。







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