特別番外編:最強王者立海見参!〜ダンスパーティ編
その日の夜、大広間のドアが解放される8時前。
玄関ホールも階段も、生徒でごったがえしていた。
いつもの制服姿ではなく、色とりどりのドレスローブに身を包み、女子生徒はきちんと化粧をしている生徒も多く、髪にも飾りをつけ、華やかな雰囲気だった。
「リョ、リョーマ君……」
ダンスパーティでリョーマとパートナーを組む竜崎桜乃が、淡いピンク色のドレスローブを着て、三つ編みの髪にリボンをつけた姿でリョーマに近づいてきた。どうやら、ごったがえしている生徒たちの中で、リョーマを探していたらしい。
「遅くなってしまって、ごめんなさい」
「桜乃、この私がちゃんとメイクまでしてあげたんだから、ちゃんとリョーマ様のお相手するのよ?」
桜乃から少し遅れて、明るい黄色のドレスローブを着た朋香が現れる。朋香は、どうよ?と言わんばかりの様子で、少し胸を張って、自分がいかに桜乃を可愛らしく見せるために努力したかを、リョーマに話して聞かせた。
「リョーマ様ぁ、桜乃とのダンスが終わったら、私とも踊ってね?」
「別に……いいけど」
「やったぁ! じゃぁ、また後でね、桜乃」
「う、うん……朋ちゃん」
桜乃はぎこちなく手を振って、大広間のドアの方へ向かった。
「越前君! いやぁ、越前君。その銀のドレスローブ、お似合いですよぉ」
調子のいい声で話しかけてきたのは、青いローブを着たレイブンクローの葵剣太郎だった。ダンスの相手が見当たらなかったのか、剣太郎は一人でいるようだった。
「代表選手は最初にダンスを踊るんですよね? 僕、越前君のダンス、楽しみにしていますから。また後で、じっくりお話しましょうね」
「あ、うん……」
剣太郎は、リョーマが口を挟む隙もない勢いで一方的に話し、ドアの方へ向かって行った。
正面玄関の樫の扉が開いた。ダームストラングの生徒が、カルカロフ校長と一緒に入ってくるのを、みんなが振り返って見た。
一行の先頭は水色のローブを着た部長の幸村で、恐らく同じダームストラングにいるのだろう女子生徒を連れていた。
「代表選手はこちらへ!」
マクゴガナル先生の声が響いた。
歩き出したリョーマの腕に、桜乃がしがみつくようにしてついて来た。思い思いに話をしていた人垣が割れて、二人に道を空けた。
マクゴガナル先生は赤いタータンチェックのパーティローブを着て、帽子の縁には、かなり見栄えの悪いアザミの花輪を飾っていた。
「代表選手は、他の生徒たちが全員入場するまで、こちらで待っていなさい」
言われてドアの脇に寄ると、明るいオレンジ色のローブを着た橘杏を連れた桃城がいた。
「越前君」
「どもっす」
杏に声をかけられて、リョーマは軽く会釈をした。桃城は、どこか照れくさそうにして、できるだけ杏と目を合わせないようにしていた。
明日の試合に出る代表選手は、生徒が全員着席してから、列を作って大広間に入場することになっていた。
「ダンスパーティなんて、かったるくてやってらんないっすよねぇ、真田副部長」
「これも決まりだ、やむを得んだろう。2時間ほど、おとなしくしていろ」
「へーい」
名前の通り、赤いパーティローブを着た切原は真田にそう一蹴されても、悪びれた様子を見せなかった。
「それより、ダンスはきちんと練習したんだろうな、赤也」
「バッチリっすよ。柳生先輩が教えてくれたっすからね」
真田に尋ねられて、切原はヘラッと答える。
「時々、右足と左足を間違えているようですけれど」
それを聞いた、モスグリーンの光沢のあるローブを見につけた柳生が、眼鏡をくい、とずり上げながら澄ました様子で指摘した。
「それ言うなら、仁王先輩だってメチャクチャじゃないっすか」
「ぷりっ」
切原に話の矛先を向けられた仁王は、妙な言葉を発した。
「お前たち、静かにしないか」
そのまま言い合いになりそうな切原を、柳が制した。
「いいじゃないっすか、柳先輩。どーせ、今日は無礼講なんでしょ?」
柳に叱られても反省する様子のない切原は、立海の選手たちの輪から離れて、リョーマの前に進み出てきた。蔑むような、鋭い目がリョーマを見下ろしてくる。
「お前、越前リョーマ?」
「そうだけど。何?」
「お前……潰すよ」
「……」
切原は、明らかにリョーマを挑発していた。リョーマは黙って切原を見据えた。
「赤也!」
一触即発、といった雰囲気を壊したのは、真田だった。
「いい加減にしろ、赤也」
切原の肩を引いて止めると、真田は手塚に向き直った。
「うちの部員がすまない」
「いや、別に構わない。それより、そろそろ入場のようだ」
手塚は表情一つ変えずに、ドアの中に視線を送った。
大広間では、みんなが席に落ち着いているようだった。
「よろしいですか? きちんと列になって並び、私の後について来なさい」
リョーマたちは真田を先頭に、パートナーと組みになって並び、マクゴガナル先生について行った。指示したがって大広間に入ると、みんなが拍手で迎えた。
代表選手たちは、大広間の一番奥に置かれた、大きな丸テーブルに向かって歩いた。
大広間の壁はキラキラと銀色に輝く霜で覆われ、星の瞬く黒い天井の下には、何百というヤドリギやツタの花綱が絡んでいた。各寮のテーブルは消えてなくなり、代わりに、ランタンの仄かな明りに照らされた、10人ほどが座れる小さなテーブルが、百余り置かれていた。
食事が終わると、ダンブルドアが立ち上がり、生徒たちにも立ち上がるように促した。そして杖を一振りすると、テーブルはズイーッと壁際に退き、広いスペースができた。
それから、ダンブルドアは右手の壁に沿ってステージを立ち上げた。ドラム一式、ギター数本、リュート、チェロ、パグパイプがそこに設置された。
芸術的に破いたり、引き裂いたりしている黒いローブを着た、妙に毛深い魔女が数人、そのステージに上がるのをリョーマは見た。
彼女たちが姿を見せると、一斉に熱狂的な拍手が起こり、歓声が飛ぶのを見て、リョーマは魔法界でそれなりに人気があるグループなのだ、と納得した。
彼女たちがそれぞれに楽器を取り上げると、突然テーブルのランタンが一斉に消え、他の代表選手たちがパートナーと一緒に立ち上がったのに気づいた。リョーマは、慌てて桜乃と一緒に立ち上がった。
「これって……踊らないとダメなんだよな」
「うん、そうみたい……」
ステージの上から、物悲しいスローな曲が流れてくる。リョーマは横目で、桃城が杏に引きずられるようにぎこちないターンをするのを見て、自分も動き出した。
「って!」
「ご、ごめんなさい、リョーマ君……」
が、最初のステップで、いきなりリョーマは桜乃に足を踏まれてしまった。
グルリとフロアを見渡すと、手塚がその顔に似合わず、6年生の女子生徒をリードしながら、意外にも優雅なターンを繰り返していた。同様に、大石も起用に女子生徒をリードしていた。
レイブンクローの女子をパートナーにしている乾は、流れるようなとまではいかないが、器用に人の間を縫いながらターンを決めていた。海堂は……と見ると、明らかに同学年の女子にリードされながら、こわばった顔でガチガチと動いているようだった。
菊丸は、「こんなスローな曲じゃぁ、踊れないよぉ」と文句を言いながらも、ステップは完璧に音楽に合わせているようだった。
代表選手たちが踊り出すのを見て、他の生徒たちも次々にフロアに出てきた。
スリザリンの女子を連れた跡部が、すれ違いざまに
「俺様のステップに酔いな」
と呟くのを、リョーマは小耳に挟んだような気がした。
「ねぇねぇ、そこの彼女ぉ。僕と踊らなーい?」
パートナーと踊っている最中だろうが構わずに、女子に声をかけまくっているのは、ハッフルパフの千石だった。
バクパイプが最後の音を震わせるのを聞いて、リョーマはほっとした。演奏が終わって、大広間は再び拍手に包まれた。1曲を通して、リョーマは10回以上、桜乃に足を踏まれていた。
「ごめんなさい、リョーマ君。私、その……」
「リョーマ様ぁ、次は私と踊って!」
申し訳なさそうに謝ってくる桜乃の横から、朋香が割り込んできて、強引にリョーマの両手を取った。その横では、神尾が何とかして次は自分と踊ってもらおうと、杏に向かって必死にアピールしているようだった。
「え、ちょっと……!」
断る余裕もなく、曲がずっとテンポの速い、新しい物に変わった。リョーマは朋香に引きずられるようにして、足を動かし始めた。
それからリョーマは3曲も朋香に振り回される羽目になった。
やっと朋香から解放されて、同じく神尾との睨み合いが延々続いていた桃城と一緒に、リョーマは壁際にと避けた。
そして5曲目に差し掛かったとき。大広間の一角が騒がしくなった。
「あれって……乾先輩と、柳さん?」
興が乗ってきたのか、いかにも真面目そうな顔をした柳が、自分より少し身長の高い乾をリードして踊り出したのである。
「へぇ、珍しいな。柳があんな風にふざけるなんて」
穏やかな声が聞こえてきて振り向くと、椅子に幸村が座っていた。
「久しぶりに幼馴染と会って、気が抜けたのかな」
それは独り言のようでもあり、リョーマに話しかけているようでもあった。
「君が越前リョーマ君だね?」
「そうっすけど」
名指して話しかけられて、そっけなく答えると、幸村は気を悪くした様子も見せずに微笑した。
「柳が話していたよ。100年に一度の逸材だって。そして、例のあの人のことだけじゃなくて、元イギリス代表選手、越前南次郎の息子だ、ってね」
「そうっすか」
乾のノートで見た時には穏やかで線の細い印象があったが、実際に話してみると、幸村は何か奥に秘めた強さがある、とリョーマは思った。
「残念ながら明日の試合、僕は出られないけれど。君とはぜひ戦ってみたいな」
「どもっす」
「君が、イギリス代表として国際試合に出てくるのを、楽しみにしているよ」
闘志をむき出しにするわけではないが、幸村は異様な迫力があった。切原のように、あからさまに挑発することがないだけに、余計に不気味だとリョーマは感じていた。
(この人、侮れないかも)
「幸村、体の具合はいいのか?」
そこへ、リョーマなどまるで目に入っていないような様子で、真田が幸村に話しかけてきた。
「ああ。ここはダームストラングより暖かいから、過ごしやすいみたいだよ」
「だが、油断はするなよ。本来なら、ここに来ることすらお前には……」
「真田。越前君の前で、そういう話はやめよう」
穏やかだが、はっきりとした声で、幸村は真田の言葉を遮った。そこで初めて、真田はリョーマがそこにいることに気づいたようだった。
「越前リョーマ……」
「今、越前君と話をしていたんだ」
「そうか、すまなかったな」
微笑しながら言う幸村に、真田は少しバツが悪そうな顔をした。
「ねぇ、真田。一つ頼みがあるんだけど、いいかな?」
「何だ?」
「俺も1曲踊りたいんだけど、相手をしてくれないか?」
「俺が!?」
幸村の言葉に、真田が面食らったような顔をした。
(へぇ、これは……)
面白くなってきたじゃん、とリョーマは傍観者を決め込んだ。
「真田のリードなら、俺に無理をさせることもないだろう? それに柳のおかげで、ふざけて踊り出す連中も出てきたみたいだし」
幸村が指差した先では、調子に乗った菊丸が不二と手を取って踊っていた。また同様に、未だにダンスの相手がいない堀尾と剣太郎も、二人寂しく踊っていた。
「駄目か?」
「……仕方ないな、1曲だけだぞ」
「苦労をかける、真田」
しぶしぶ、といった様子で差し出された真田の手を、幸村はゆっくりと取って立ち上がった。
「越前君」
広間の中央へと歩き出そうとした幸村は、足を止めてリョーマを振り返った。
「明日の試合、うちの部員たちに君がどれだけ食らいついてくるか、楽しみにしているよ」
そう言い残して、幸村は真田と共に踊りの輪に加わっていった。
「こりゃ、明日の試合、油断できねぇなぁ、油断できねぇよぉ」
事の成り行きを傍観していた桃城が、ポツリと呟いた。
「望むところっすよ」
ダンスパーティの演奏が終わったのは、真夜中だった。
みんなが最後に盛大に拍手を送り、玄関ホールへの道を辿り始めた。
ダンスパーティがもっと続けばいいのに、という声があちこちから聞こえたが、リョーマは寮へ戻れるのが嬉しかった。
明日の試合は、いつものクィディッチリーグ戦より少し遅い、午後1時から。
「しっかり休んで、明日の試合に備えろ」
手塚の声に頷いて、リョーマは部屋へ向かう階段を上がった。
というわけで、4万HIT超え特別企画として立ち上がったこの特別編。
いつの間にか、4万5千HITも超えていたということで、お礼に…と思いまして、2作同時アップと致しました♪
(というか、単に私が続けて書いていただけ、という;)
ですが、まだ立海で一言も話していないキャラがおります(苦笑)。
試合になれば、大活躍してくれることでございましょう♪
今回のこの話。
4万HIT超え御礼企画ということで、いつもより萌え要素を少し強くしております。
楽しんでいただけたら、幸いです♪
さて、次回はいよいよ試合です。
原作でも青学vs立海の決着がつき、青学勝利に終わりました!
…が、ワタクシは青学好きであると同時に、立海贔屓でもあります。
果たして、どうなることやら……(逆光笑い)。
試合編、乞うご期待!でございます(^^)。
試合編 1 に続く / 歓迎会編 に戻る / ハリポタdeテニプリ トップに戻る