ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:43   バジリスクの襲撃

 何かが、石像の口の中で蠢いていた。

 何かが、奥の方からズルズルと這い出してきた。

 不二と河村と海堂が杖を構え、同時に魔法を放とうとした瞬間だった。

 どこからともなく音楽が聞こえてきた。妖しくて、背中がぞくぞくするような、この世のものとも思えない旋律だった。手塚たちは、全身の毛がザワッと逆立ち、心臓が2倍の大きさに膨れ上がったような気がしていた。

 やがてその旋律が高まり、胸の中で肋骨を震わせるように感じた時、すぐそばの柱の頂上から炎が燃え上がった。

「来たか……」

 手塚が小さく呟いた。

 白鳥ほどの大きさの真紅の鳥が、ドーム型の天井にその姿を現した。不思議な旋律を響かせながら、孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、まばゆい金色の爪にボロボロの包みを掴んでいた。

 リドルや不二たちが驚いた表情を見せる中、手塚だけがその訪れをあらかじめ知っていたかのように、眉一つ動かさなかった。

「フォークスか」

 一瞬の後、鳥は手塚の方に真っ直ぐに飛んできた。手塚の足元にボロボロの包みを落とし、鳥はそのまま石像の方へ向かって行った。

「不死鳥か……!」

 リドルが忌々しそうに呻いた。

「不死鳥?」

「ダンブルドアが飼っている不死鳥のフォークスだ。どうやら、俺たちの加勢に来てくれたらしい」

 手塚は表情を変えることなく、フォークスを追って石像の方を見据えていた。不二の問いかけに答える声は、破裂するようなシャーッシャーッ、という大きな音にかき消されそうになっていた。

 それは、巨大な蛇だった。

 テラテラと毒々しい鮮やかな緑色の、樫の木のような胴体をした蛇だった。その巨大な鎌首は酔ったように石像の前で動き回っていた。

 手塚たちは見た。

 フォークスが蛇の鎌首の周りを飛び回り、バジリスクはサーベルのように長く鋭い毒牙で狂ったように何度も空を噛んでいた。バジリスクの鎌首をかわして飛び上がったフォークスが、長い金色の嘴を何かに突き刺した。その途端、どす黒い血が吹き出しボタボタと床に降り注いだ。

 毒蛇の尾がのたうち、あやうく打たれそうになった手塚や不二たちは、壁にはりつくほどに飛びのいた。

 手塚たちが目を閉じる間もなく、蛇が手塚たちの方を向いた。手塚たちは真正面からその顔を見た。大きな黄色い球のような目は、両目とも不死鳥に潰されていた。おびただしい血が床に流れ、バジリスクは苦痛にのたうち回っていた。

「目が潰されても、バジリスクは臭いで獲物を追い詰める」

 盲目になった蛇は混乱してフラフラしていたが、危険であることに変わりなかった。

「バラバラになって逃げるぞ」

 手塚が短く指示を出した。不二と河村と海堂は小さく頷いて、4人はバラバラに駆け出した。

 4つの靴音が部屋の中に響いた。

 バジリスクは戸惑ったように動きを止めたが、すぐに一番近い靴音がする方へと鎌首を向けた。胴体を後ろへ反らし、反動を利用して最も近い所にいた河村を押しつぶそうと、鎌首を投げ出すように振り上げた。

「断ち切る!」

 一気に鎌首を振り下ろそうとしたバジリスクの鼻先で、魔法が弾けた。不二が毒蛇の斜め後ろから放った魔法だった。

 蛇は、魔法が飛んできた方向へと鎌首を向けた。今度は不二の方へ向かっていこうとするのを見て、海堂が魔法を放った。

「やっぱ、俺にはこれしかねぇか」

 杖の先から放たれた魔法は、大きくカーブして柱の間を縫って、バジリスクの左目に命中した。フォークスに抉られて、血が流れ続けている目に更にダメージを受けた蛇は、のたうちながら横倒しになって、石像の前面を満たしていた水を噴水のように跳ね上げた。

「やるね、海堂」

「グレイトォーーーッ!! やるじゃねぇか、マムちゃん! へい、カモーン。今度は俺の魔法を食らわしてやるぜぇ!」

 不二の魔法で一度救われた河村は、テンションが上がったのかバーニング状態になっていた。

 杖を振り回しながら挑発する河村に、体勢を立て直そうとしたバジリスクの尾が大きくひと振りされた。

「おらおら、バーニィィングッ!!!」

 河村は尾のひと振りをかわしながら、大きく叫んで魔法を放った。炎を思わせる閃光が杖の先から迸り、河村の魔法はバジリスクの鼻先を掠めた。

 再び水の中に横倒しになるバジリスクの尾が、不規則にうねって手塚へと向かう。それを、手塚は抜群の反応を見せてかわした。

「逃げ回ってばかりで反撃もできないか。情けない連中だな。いずれバジリスクの餌食にされるぞ!」

 そんな手塚たちの様子を見て、リドルが嘲るように叫んだ。

「彼の言うとおりだ。このままでは決定打に欠ける。どうする、手塚?」

 バジリスクの尾をかわして床に膝を着いた手塚のすぐそばにいた不二が、小声で話しかけてきた。二人から数メートル離れた場所では、海堂の放った魔法がバジリスクの鱗に跳ね返され、壁に激突し、破片を散らしていた。

「俺は、バジリスクを倒す」

「でも、どうやって……?」

「体表は硬い鱗で守られているかもしれない。だが、弱点は必ずある。そこを狙うまでだ」

 手塚は杖を握る左手に力を込めた。そして立ち上がろうとした時、手塚は自分からそれほど離れていない前方に、何か光る物を見つけた。

「何だ、これは?」

「手塚?」

 そこに転がっていたのは、フォークスが落としたボロボロの包み――いや、帽子だった。その帽子には、手塚も不二も見覚えがあった。

「これ、組分け帽子?」

「そのようだな」

「だけどどうして、こんな……」

 帽子の中から、眩い光を放つ銀の柄が出ていた。卵ほどもある大きなルビーが輝いているその鍔のすぐ下に、何かの文字が彫ってあった。

「G・O・D・R・I・C……ゴドリック・グリフィンドール?」

 柄に刻まれた文字を不二が読み上げる。それを聞きながら、手塚は柄を握って帽子から引き出した。それは見事な銀の剣だった。

「これはどうやら、グリフィンドール寮の創始者であるゴドリック・グリフィンドールの物だったようだな」

「グリフィンドールの……」

「この組分け帽子も、もともとはグリフィンドールの物だった、という言い伝えがある。これでバジリスクを倒せ、ということなんだろう」

 手塚は何かを決意したように、杖をしまって剣を持ち、キッとバジリスクを睨んで立ち上がった。

「不二、お前は河村や海堂と連携してバジリスクをあの……」

 そして、言いながら手塚はバジリスクがその口から出てきた石像を指差した。

「石像へと追い込んでくれ」

「君は、どうするつもりだい?」

「石像に登って、この剣でバジリスクを倒す」

 毅然と口にして、手塚は石像に向かって歩き出した。

「……言い出したら聞かないからな、君は」

 有無を言わさない静かな口調と後姿を見送って、不二は軟らかく苦笑した。そして、河村と海堂がいる方へ駆け出した。

「タカさん、海堂!」

 不二の声と足音に、バジリスクが反応した。とぐろをくねらせながら鎌首をもたげ、頭を不二めがけて振り下ろそうとした。

「不二!」

 河村が叫びながら魔法を放つのと、不二がバジリスクの頭をかわすのは、ほぼ同時だった。

「今度はこっちだ! この蛇ヤロウ!」

 海堂の放った魔法が急カーブを描き、バジリスクの頭を別の方向へとそらした。その間に、3人は部屋の一角で合流した。

「手塚は?」

「バジリスクを倒す、って石像に向かって行ったよ」

 河村に尋ねられて、視線だけで不二が差した先では、手塚が剣を手にしたまま、器用に石像をよじ登っていた。

「バジリスクに手塚の存在を気づかれないようにしながら、僕たちはバジリスクをあそこへ追い込むんだ」

「連携プレー、ってことっすか?」

「そう。ホグワーツ最強を誇る僕たちのチームワークを見せるんだ」

「よっしゃー! 任せとけってのモンキーッ!」

 河村の叫び声に、バジリスクが再び反応した。鎌首をもたげて3人へ向かってくるバジリスクのタイミングを見計らって、3人は同時に別々の方向へと駆け出した。河村と海堂は両脇へ、不二はバジリスクの真後ろに回りこむように。

 水を跳ね上げながら走る3つの足音に翻弄されて、バジリスクは立ち往生した。どの方向へ襲い掛かればいいのかわからずに、闇雲に襲い掛かろうとした時。バジリスクの頭とは反対方向にいる河村が魔法を放った。

「バァァーーニィーングッ!」

 それを皮切りに、河村と海堂と不二はバラバラにバジリスクに向かって魔法を放ちだした。あちこちから放たれる魔法に混乱しながらも、バジリスクは石像へと向かって行った。大きく開けた口の上で、手塚が剣を構えて待つそこへ。

「どこを見ている、バジリスク」

 再び鎌首をもたげたバジリスクをすぐ目の前にして、手塚は呼びかけた。声はそれほど大きくなかったが、至近距離でかけられた声はバジリスクに届いていた。

 獲物が目の前にいるとわかったバジリスクは、丸ごと手塚を飲み込むほど大きく口をカッと開いた。ずらりと並んだ、手塚が手にしている剣ほどに長く鋭い牙が、ヌメヌメと毒々しく光っていた。

 それを目にしても、手塚は眉一つ動かさなかった。

(俺は、絶対に負けない)

 バジリスクの攻撃は、狙い違わず、まともに手塚を捉えていた。手塚は両手でしっかりと剣の柄を握り、剣を高々と掲げた。

 ズブリ、と剣の切っ先がバジリスクの口蓋にめり込む。手塚は全体重を剣に乗せ、剣の鍔まで届くほど深く、毒蛇の口蓋に突き刺した。

「っ!」

 生暖かい血が手塚の両腕をどっぷりと濡らした時、左肘のすぐ上に焼け付くような痛みが走った。長い毒牙が1本、手塚の腕に突き刺さって徐々に食い込んでいくところだった。毒牙の破片を手塚の腕に残したまま牙が折れ、バジリスクはドッと横様に床に倒れ、ヒクヒクと痙攣した。

 自然とバジリスクの口蓋から引き抜かれて手塚の左手に握られていた剣が、手の中から滑り落ちた。傷口からズキズキと、灼熱の痛みがゆっくり、確実に広がっていくのを手塚は自覚した。

 じわじわと侵食していく痛みに耐えながら、手塚は石像から降りて、駆け寄ってくる河村と不二、海堂の前へと立った時、手塚はついにその場に崩れ落ちた。

「手塚っ!?」

「部長!」

 崩れ落ちる手塚を河村が抱き止め、すぐ側にある柱に寄りかからせるようにして座らせた。

「これが……」

 手塚の肘に食い込んだバジリスクの牙を、不二が抜き取った。

「無駄だ。バジリスクの牙には猛毒がある。祖父の敵を取る、と言いながらその様とは……所詮その程度か」

 あざ笑うリドルを、不二は開眼して睨みつけた。そんな不二の横を、真紅の影がスッと横切った。そしてその影は、手塚の左肩に止まった。

「フォークス」

 小さく、低く手塚が呟いた。その呼びかけに応えるように、フォークスはその美しい頭を手塚の腕に預けた。毒蛇の牙が貫いた傷に。

「泣いてる……」

 バーニング状態から通常モードに切り替わった河村がポツリと呟いた。真珠のような涙がポロポロと、そのつややかな羽毛を伝って滴り落ちていた。

「鳥に憐れんでもらうとは、手塚家の人間も落ちぶれたものだな。愚かにも闇の帝王に挑戦し、無様に敗北するとは……」

「言いたいことはそれだけかい、トム・リドル」

 リドルの言葉を遮った不二の声が、怒りに震えていた。手にした杖をリドルに向けて睨み据えていた。だが、そんな不二の表情を見ても、リドルは顔に浮かべた嘲笑を消さなかった。

「そう怒るな。お前たちも、すぐにこの者と同じ場所へ送ってやる」

 リドルが挑発する。いつもなら挑発されたらすぐに乗る海堂が、この時だけは冷静だった。

「部長は死なねぇ」

 手塚と、手塚の腕に頭を預けるフォークスをじっと見ていた海堂が、確信したように言った。

「部長は絶対に死なねぇ」

「何をバカなことを。バジリスクの牙には猛毒が……」

 確信を持った海堂の言葉に反論しようとして、リドルはハッと何かに気づいた。

「そうか、不死鳥の涙!」

「やっとわかったのか。不死鳥の涙には癒しの力がある。アンタ、そんなことも忘れてたのか」

 海堂が手塚の腕から視線を外してリドルに向き直った時、手塚の腕に頭を預けていたフォークスが、金色と真紅の輪を描きながら再び飛び上がった。フォークスが飛び去った後の手塚の腕からは、傷口が綺麗に消え去っていた。

「鳥め……」

 リドルの注意が舞い上がったフォークスに向けられた時。手塚が小さく叫んだ。

「不二、日記だ」

 不二の足元には、日記が落ちていた。トム・リドルが、ヴォルデモートが16歳の頃の自分を封印し、復活を図ろうとしたあの日記が。

 呼ばれた不二は、ほんの一瞬日記を見つめた。そして、何も考えず、ためらいもせず、まるで初めからそうするつもりだったかのように、不二は手塚の腕から引き抜いてそのまま手にしていたバジリスクの牙を掴みなおし、膝を衝いて日記帳の真ん中にズブリと突き立てた。

 恐ろしい、耳をつんざくような悲鳴が長々と響いた。日記帳からインクが激流のようにほとばしり、床に衝いた不二の膝を濡らし、床を浸した。リドルは身をよじり、悶え、体から八方へと暗く澱んだ光が放たれ、悲鳴を上げながらのたうち回って……消えた。

 静寂が訪れた。

 バジリスクの猛毒が日記帳の真ん中を貫いて、ジュウジュウと焼け爛れた穴を残していた。

「終わった、のか……?」

 呆然とした河村の呟きが、静けさを破った。

「そのようだな」

 手塚はゆっくりと立ち上がり、焼け爛れた日記の残骸を一瞥し、組分け帽子を拾い、自分が取り落としたグリフィンドールの剣を拾い上げた。

 秘密の部屋の隅の方から、微かな呻き声が聞こえてきた。桜乃が動いていた。

「竜崎さん」

 不二と河村が駆け寄ると、桜乃は身を起こした。

 桜乃はバジリスクの巨大な死骸を見、河村と不二を見て、手塚を見、血に染まった手塚のローブに目をやった。

「あ、私、私――……」

 桜乃は身震いして、大きく息を呑んだ。それからどっと涙が溢れた。

「ごめんなさい、私、私……」

 しゃくりあげる桜乃に、不二が優しく笑いかけた。

「もう大丈夫だよ。全部終わったから。日記も、ほら」

 不二は日記を持ち上げ、毒牙に焼かれた真ん中の穴を桜乃に見せた。

「トム・リドルも消えたよ。バジリスクも、手塚が倒した」

「手塚先輩が……」

 桜乃は何か言おうとして、けれど言葉にならずにただ頭を下げた。

「帰るぞ。長居は無用だ」

「帰るって、泣いてる女の子がいるっていうのに、冷たいなぁ、手塚」

「賢者の石の方へ向かった越前や乾たちの様子も気がかりだからな」

「さっき、バジリスクの毒で死にかけた人間の言うことじゃないよね、それ」

「まぁ、でもいつもの手塚が戻ってきたってことで、いいじゃないか」

 あくまでも譲らない手塚に、不二と河村が苦笑した。

「先輩……」

 ポツリ、と海堂が呼びかけた。

「フォークスが、自分につかまれって言ってるみたいなんすけど」

 低く告げる海堂の前で、フォークスが羽をパタパタいわせていた。ビーズのような目が闇に明るく輝き、長い金色の尾羽を振っている。

「なんか、連れて帰ってくれるみたいっす」

「そういえば、僕たちって……」

「あのトイレの穴から落ちたんだったね」

「なるほど。不死鳥は驚くほどの重い荷物でも運ぶことが出来る。俺たち5人など、物ともしないというわけか」

 手塚は納得したように呟いて、手にしていた剣と組分け帽子をベルトに挟み、フォークスの尾羽を掴んだ。

「皆つかまれ」

「え、でも……大丈夫なの、手塚?」

「大丈夫とは……、ああ」

 不二の問いかけの意味を、手塚はすぐに理解した。

「今は眼鏡をかけているからな。それに、服の上や背中ならば触れられても記憶はほとんど見えない」

「わかったよ」

 不二は頷いて、手塚のローブの背中のところにつかまった。その後ろに桜乃が続き、河村、海堂と手を繋いで続いた。

 皆、全身が異常に軽くなったような気がした。次の瞬間、ヒューッと風を切って、5人は宙に舞い上がっていた。

 秘密の部屋の扉を抜けた後。

 海堂は、シューッと低い音をたてて扉が閉じるのを聞いた。







えーっと、まずはお詫びを申し上げなければなりません。
前の42章から、半年以上もお待たせしてしまいまして、申し訳ございませんでした(土下座)。
この章を書いている途中で筆が止まってしまったのと、身の周りでいろいろなことが重なってしまったのとで、
しばらくお休みさせていただいておりました。
書き始めた当初は、2005年のサイト開設記念日を迎えるまでには終わらせるつもりだったんですけれど……。
人生、なかなか計画通りにはいきませんな。(←自己弁護で申し訳ないです;)

というわけで、この章で「秘密の部屋」はとりあえず解決、ということになりました。
あとは、ヴォルデモートの元に向かったリョーマさん&桃ちゃんの様子でございます。
7月末〜8月頭を目処にアップしたいと思っておりますので、またしばしお待ち下さいませ<m(__)m>。







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