ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:44   二つの顔を持つ男

 通路の奥には、階段があった。

 長く下るその階段を、リョーマと桃城はゆっくりと降りていった。

「っ!」

 階段は、突き当たりにある部屋の中まで続いていた。その部屋の真ん中、階段に囲まれたその中央には大きな鏡があった。その前に立っている、一人の男。

 それが視界に入った時、リョーマの額に激痛が走った。

「大丈夫かよ、越前?」

「大丈夫っす。それより、あれって……」

 鏡の前に立っていたのは、スネイプではなかった。

 そこに立っていたのは……。

「クィレル? なんだ、スネイプじゃねぇのかよ」

 頭にターバンを巻いて、いつもおどおどと怯えた様子のクィレルを見て、桃城が拍子抜けしたように呟いた。

「乾先輩も、断定はできないけどスネイプが怪しい、みたいなこと言ってたっすよね」

「あの先輩の読みが外れるなんて、珍しいぜ」

 二人が話すのを聞いて、クィレルは笑いを浮かべた。その顔はいつもと違い、痙攣などしていなかった。その表情はどことなく自信に満ちて、まるで別人のようだった。

「確かに、スネイプはそんなタイプに見える。いったい誰が、ク……クィレルを疑う?」

 クィレルは一瞬声が震えたが、他はいつもの甲高い声ではなく、冷たく鋭い声だった。

「でも、スネイプは越前を殺そうとしたんだぜ」

「違うな。あのクィディッチの試合で越前リョーマを殺そうとしたのは、私だ。スネイプのマントが燃えて、つい目を離してしまったせいで殺し損ねてしまったがね」

「じゃあ、なんであの時、スネイプが越前を見ながら呪文唱えてたんだよ!」

「スネイプは私のかけた呪文を解くための反対呪文を唱えていたんだよ」

 半ばムキになって言い返す桃城に、クィレルは冷たく反論した。

「スネイプが、俺を助けようとしてたって……味方だった、ってワケ?」

「ハロウィーンの時からお前は目障りだった」

「ってことは、なんだよ。もしかしてあのトロールって……」

 呆然としたように呟いたのは、桃城だった。

「そう、私が入れた。スネイプに見破られてしまったがね。あいつだけ地下室へ行かず、3階へ上がった。以来、あいつは私を疑って……見張っていた」

 言いながら、クィレルは鏡へと顔を向けた。

「だが、私は決して独りではない。決して……」

「っ!?」

 クィレルの後姿を見た時、リョーマの額に痛みが走った。古傷が疼いたのだ。

「越前?」

 思わず額を押さえたリョーマに、桃城が心配そうに小声で尋ねてきた。

「大丈夫っす」

「でも、お前さっきから……」

「多分……どっかにいるんじゃないっすか? ヴォルデモート」

 リョーマはそっと部屋の中を見回した。だが、どこを見ても、部屋の中にはリョーマと桃城、クィレルの3人以外には鏡があるだけで、他に誰かがいるような様子はなかった。

(っ――また、傷が……)

「さて、この鏡には何が映る?」

 ズクン、と傷が疼く。部屋の中央では、クィレルが鏡に向かって呟いていた。

「望むものが見える。"賢者の石"を持っている私……だが、石はどこだ?」

 鏡を見ながら、苛立ったように呟く。その時、どこからともなく、低く唸るような声が聞こえた。

その子を使え

 声を聞いて、クィレルは振り返った。そして厳しい表情で叫んだ。

「ここへ来い、越前! 来るんだ!」

「アンタが見てるそれ、みぞの鏡?」

 部屋の中央にある鏡には、見覚えがあった。見る者が望むものを見せ、それに魅入られ囚われてしまう者もいる、と聞いた鏡。リョーマも、危うくその鏡に囚われそうになった。あの後、生徒の手が届かない場所へ移動してもらうよう、手塚がダンブルドア校長に進言したはずなのだが……。

(賢者の石を隠してるこの部屋に置いてたのか、あれ)

 見る者が望むものを見せる鏡ならば。リョーマがあれを見れば、鏡は賢者の石の在り処を映し出すはずだ。リョーマはゆっくりと足を踏み出した。

「越前、ヘマすんなよ」

「わかってるっす、桃先輩」

 からかうような口調の桃城に不敵な微笑を見せて、リョーマはゆっくりと階段を降りて、部屋の中央へと――みぞの鏡の前へと向かった。

 一つ深呼吸をして、リョーマはみぞの鏡を見据えた。

「答えろ。何が見える?」

「まだ何も見えないっすよ」

 焦った様子で訊いてくるクィレルに言い返し、リョーマはなおも鏡を覗きこんだ。

 鏡に映るのは、自分と、その横にいるクィレル。

(俺は賢者の石が欲しい。こいつに渡したくない)

 鏡に映る自分を見て、そう強く思った時だった。鏡の中にいる自分が動いた。

(!?)

 鏡の中のリョーマは、リョーマに向かってニヤリと笑いかけた。そして左手をズボンのポケットに突っ込み、血のように赤い石を取り出した。それをちらつかせるようにリョーマに見せて、不敵な微笑を浮かべて、またその石をポケットに入れた。

 するとその瞬間、リョーマは自分のポケットの中に何か重いものが落ちるのを感じた。そっとポケットに触れると、何か硬いものがそこにあった。

(これが、賢者の石?)

 ポケットを触ると、石がそこにある。

「どうした、言え」

 黙っているリョーマに焦れたのか、クィレルが苛立ったように催促してきた。

 だが、クィレルに正直に話してやる必要はない。リョーマはとっさに嘘をついた。

「校長と握手してる。寮が優勝したみたいだね」

嘘だ!

 リョーマが言うや否や、またあの低く唸るような声が響いた。

「正直に言え。何が見える!」

「今見えてるのは、俺とアンタの顔っす」

「バカにするつもりか、越前!」

「別に、バカにするつもりはないっすよ。俺はただ……」

 激昂するクィレルに、冷静に言い返した時だった。また、あの声が聞こえた。

わしが直に話そう

「そんなお力が?」

それぐらいの力はある

 クィレルは一瞬おどおどした様子を見せたが、すぐに畏まったように頷いた。そしてゆっくりと、頭に巻いているターバンに手をかけた。リョーマの目の前で、クィレルのターバンが外されていく。

(――……っ!)

 再び、リョーマの額に激痛が走った。古傷が熱を持ったように疼いていた。ズクン、ズクンと律動的に疼くそれに思わず手を伸ばした時。

 クィレルは薄紫色のターバンをスルリと頭から外し、スキンヘッドの頭部をさらした。そして鏡に映されたクィレルの後頭部には……。

「な、なんだよ、あれ……」

 声をあげたのはリョーマではなく、少し離れた場所から様子を見守っていた桃城だった。

 鏡に映るクィレルの後頭部に、リョーマはおぞましいものを見た。そこには、人の顔があった。醜く歪み、かろうじて顔と呼べるような、それが。

越前リョーマ。また会ったな

「ヴォルデモート?」

 鏡に映る顔の口が動いて、低く唸るような声が絞り出されて聞こえてきた。

 鏡に映る顔から、クィレルの全身から滲み出ている、禍々しい魔力。

 恐らく笑ったのだろう、さらに歪んだ表情。

 リョーマは直感で判断していた。

よく見るがいい、この姿を。生き延びるためにこうして――人の身体を借りる寄生虫のような姿を。ユニコーンの血で生き永らえても……自分の体は持てぬ

 やはり、生きていたのだ。

 リョーマの母親を殺し、リョーマをも狙って失敗し、退散した後も、なお。

(やっぱり、あれはこいつだったんだ)

 秘密の部屋の情報を探るべく、禁断の森へ入った時に遭遇した、ユニコーンの死骸から血をすする黒い、おぞましい影。あれはヴォルデモートと、そのヴォルデモートが憑依しているクィレルだったのだと、リョーマは納得していた。

体を取り戻す方法は一つ。――それは都合よく、お前のポケットに入っておる

(見抜かれてる!?)

 リョーマはとっさに走り出した。

「越前!」

 走り出したリョーマを、桃城は慌てて追いかけた。が、クィレルが指を鳴らした時。部屋を取り囲む階段の踊り場に火がついて、逃げ道を封じられた。

愚かな真似はよせ。苦しみ悶えて死ぬか――このわしと手を組んで生きるか

 逃げ道を塞いだことで優位に立ったと思っているのか、ヴォルデモートが語りかけてきた。

「イヤだね」

 リョーマが即答すると、ヴォルデモートは嘲笑を浮かべた。

勇敢だな。お前の母親もそうだった。どうだね、リョーマ? 母親に会いたくはないか? わしと組めば、彼女を呼び戻せる。その代わりにある物をよこせ

「ある物って、これのこと?」

 リョーマはポケットの中から賢者の石を取り出して、鏡の前にいるクィレルと鏡に映るヴォルデモートに見せた。

「あいつの言うことに耳を貸すんじゃねぇ、越前! 絶対嘘に決まってる!」

そう、それだよ、リョーマ

 桃城が叫ぶ。

 血のような赤い石を見て、ヴォルデモートは満足げに続けた。

この世には善も悪もない。力を求める強き者と――力を求めぬ弱き者の区別だけだ。わしとお前なら、思うさま偉大なことができよう。石をわしによこせ!

「やだね」

 リョーマは即答した。

何!?

「別に俺、今更母親に会いたいとか思ってないし。ま、あのクソ親父と結婚してたってだけでも、尊敬するけどね」

 ヴォルデモートの誘い文句を聞いても、リョーマは揺るがなかった。

「アンタ、そんなにこの石が欲しいんだ? でも……この石を渡したら、その力を使って俺と桃先輩を殺す気でいる、ってわかってて、はいどうぞ……って渡してやるほど、俺もバカじゃないんだよね」

 リョーマはニヤリと不遜な表情を浮かべて、石をポケットにしまった。

殺せ!

 リョーマの態度に激昂して、ヴォルデモートが命じた。

 グワッとクィレルが浮き上がったかと思うと、彼は真っ直ぐリョーマに向かって飛んできた。

「ジャックナイフ!」

 とっさに桃城が動いて、リョーマとクィレルの間に入って魔法を放った。が、その魔法は簡単に跳ね返されてしまった。

「邪魔だ!」

 間に入ってきた桃城をなぎ払うように、クィレルは手を一閃した。強力な魔力を受けて、桃城は横に吹き飛んで、階段に体を打ちつけた。

「桃先輩!」

「大丈夫、だ……。気をつけろ、越前」

 リョーマの首を捉えようと伸ばしてくるクィレルの手を、リョーマはかわした。クィレルの手をかいくぐって、リョーマは逃げた。

 リョーマを追ったものの空振りに終わったクィレルは、しつこくリョーマを追い回してきた。それほど広くはないその部屋の中を、リョーマは逃げ回った。……とは言っても、周囲を炎に囲まれて、みぞの鏡以外には何もない部屋の中では捕まるのは時間の問題だった。スピードという点でも、走っているリョーマよりも飛んでくるクィレルの方が若干速い。

「無駄だ、越前リョーマ!」

 リョーマはクィレルに行方を遮られてしまった。とっさに方向を変えたが、右腕をクィレルに捕まれてしまった。

「越前! ちくしょう、ジャックナイフ!」

 立ち上がった桃城が、何とかしようと魔法を放つ。だが、それはクィレルと、クィレルに乗り移っているヴォルデモートの前には通用しなかった。

お前の魔法は効かぬ。引っ込んでいろ

「くっ!」

 桃城の方に向けられたクィレルの掌から、どす黒い魔力が放たれる。それは桃城の腹に命中し、桃城は後ろへ吹き飛ばされて階段に背中を強く打ちつけた。

「桃先輩……にゃろう、放せよ」

 不思議と、他の方法は思いつかなかった。

 リョーマは杖を取り出すわけでもなく、呪文を唱えるわけでもなく。自分の右腕を捉えているクィレルの腕を引き離そうと、左手を伸ばしてクィレルの腕を掴んだ。

 その瞬間、信じられないことが起きた。

 リョーマの手が触れた場所からシュウシュウと煙が上がり、クィレルの腕が砂のように崩れたのだ。

「この魔法は!?」

愚か者! 早く石を奪え

 苦痛と戸惑いの声を上げるクィレルの後頭部で、ヴォルデモートが叫んでいた。

(これって……?)

 リョーマは思わず自分の掌を見つめた。

 クィレルの片腕は、肘から下が崩れ落ちたようになくなっている。

 だが、リョーマの目に映る掌は、いつもと何も変わらない。ただの自分の手だった。

(もしかして、こいつって……)

 思った時には、一度後退していたクィレルが目の前に迫っていた。

 考え事をしていた分、リョーマの反応が遅れた。喉に、クィレルの指が食い込んでくる。同時に、額から頭が割れそうなほどの激痛が襲ってくる。ヴォルデモートがすぐ側にいる証だった。

「にゃ、にゃろう……っ!」

 喉を絞められる息苦しさと、古傷の激痛。それらに耐えながら、リョーマは必死で手を伸ばし、クィレルの顔を掴んだ。

「あああァァ!」

 二人分の悲鳴が上がった。

 息苦しさが消えた、と思った時にはクィレルはリョーマから離れていた。リョーマの手が触れた場所からシュウシュウと煙が上がり、醜く歪んだ。

 ズキズキと疼く額の傷を押さえがなら、リョーマはクィレルとの距離を置いた。そしてその次の瞬間……なおもリョーマに追いすがろうと手を伸ばしたクィレルの体は、全身が砂の像のようになって、頭から崩れた。

 後には、クィレルの服と、つい先ほどまでクィレルだったはずの、灰色の砂だけが残された。

「終わ、った……?」

 額の激痛が、少しだけ治まっていた。

 リョーマは左のポケットに入っている賢者の石を取り出した。

 守りきったのだ、という安堵感がリョーマの心を満たしていった。永遠の命をもたらす事ができる、という賢者の石を手に入れて、ヴォルデモートから守りきった。達成感を覚えると同時に、リョーマは思い出していた。自分を守ろうとしてヴォルデモートとクィレルの魔法を受け、倒れている桃城のことを。

「桃先輩」

 階段に仰向けになって倒れている桃城の側に駆け寄り、呼びかける。

 桃城はわずかに目を開いて、リョーマを見た。

「越前……お前、無事だったみてぇだな」

「っす。賢者の石も、守ったっすよ」

「そっか、そいつぁ……」

「!?」

 桃城が言葉を続けようとした時、リョーマの背後で禍々しい気配が立ち上がるのを、リョーマは感じた。

 振り向くと、クィレルの服と残骸が散らばっている床から、白い煙のような物がユラユラと上がっていた。それはすぐに、人の影のような形になって、そして……。

「っ!?」

 それが宙に浮いた、と思った瞬間だった。

 リョーマの体に衝撃が走った。

 それはリョーマの体を貫くように通り抜けて、炎をかいくぐって部屋の入り口にある階段へと飛んでいった。

 闇の中に吸い込まれるように、意識が遠のいた。

「越前!? おい、越前っ!」

 全身の力が抜ける。

 闇に沈んでいく意識の向こうから呼びかけてくる桃城の声が。

 額が疼く痛みが。

 あらゆる感覚が。

 遠のいていった。







というわけで、賢者の石サイドも決着がつきました。
やっとここまでこぎつけたかぁ、と。
軽い達成感と同時に、何だか感慨深い思いがあります。
長きに渡ってお送りしてまいりました、ハリポタdeテニプリ。
いよいよ、次章で最終回です。

21日のコンサートで放心状態になってしまう確率100%ですが、
8月中には完結するつもりをしております。







Chapter 45 に続く / Chapter 43 に戻る / ハリポタdeテニプリ トップに戻る



inserted by FC2 system