ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:42   魔法使いの論理

 乾が開けた扉の向こうに何があるのか、リョーマはあまり見たくないような気がしていた。

「ふむ……瓶が7つか」

 が、乾がポツリと呟くのを聞いて、リョーマは初めてまともに部屋の中を見渡した。

 その部屋には怪物がいるわけでもなく、妙な植物がいるわけでもなかった。ただテーブルがあって、その上に形の違う7つの瓶が一列に並んでいた。

「なるほど、スネイプ先生らしいな」

「乾先輩、これ何すかね?」

 一番後ろにいた桃城が扉の敷居をまたいで中に入ってきた瞬間だった。

「!?」

 リョーマたち3人が通ってきたばかりの入り口で、たちまち火が燃え上がった。それはただの火ではなく、紫色をしていた。同時に、前方のドアの入り口にも、黒い炎が上がった。

「これは……閉じ込められたようだな」

 見たままをそのまま呟く、少しとぼけたような乾に、リョーマも桃城も拍子抜けした。

「って、そのまんまじゃないっすか、乾先輩!」

「この状況であわてても仕方ないだろう?」

「って、落ち着きすぎっすよ、乾先輩」

 大きな声を上げる桃城に不思議そうな表情をする乾を見て、リョーマも思わず苦言を呈してしまった。

「これを仕掛けたのはスネイプ先生だ。ならば、必ず部屋の中にヒントが隠されている。……ほら、な」

 言いながらテーブルに近づいた乾は、瓶の横に置かれていた巻紙を取り上げた。

「あの人は、魔法界では珍しい理論派だからな。だいたい、何を考えているかは読める」

 口の端を微笑の形に引き上げながら話す乾を見て、リョーマは思い出していた。この乾が、ホグワーツで唯一スネイプから減点されていない生徒だということを。噂では、時々スネイプの研究を手伝っている、とまで言われていることを。

「で、何が書かれてるんすか、その紙?」

「そう焦るな。読んでやるから」

 急かす桃城をたしなめて、乾は紙に書かれている内容を読み始めた。





   前には危険 後ろは安全

   君が見つけさえすれば 二つが君を救うだろう

   七つのうちの一つだけ 君を前進させるだろう

   二つの瓶はイラクサ酒

   残る三つは殺人者 列にまぎれて隠れてる

   長々居たくないならば どれかを選んでみるがいい

   君が選ぶのに役に立つ 四つのヒントを差し上げよう

   まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても

   毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左

   第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う

   君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない

   第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う

   小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない

   第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても

   左端から二番目と 右の端から二番目の 瓶の中身は同じ味






 最後まで読み切って、乾は軽くため息をついた。

「なるほどな」

「って、わっけわかんないじゃないっすか、これ!? なぁ、越前?」

 納得したように呟く乾に、桃城が喚いた。

「……全然、わかんないっす」

 桃城に同意を求められて、リョーマは軽く頷いた。乾が読み上げた4つのヒントを聞いても、この瓶の中のどれがここを抜けるための薬なのか、さっぱりわからなかった。

「さすがだな、スネイプ先生は」

「はい?」

「これは魔法でも何でもない。ただのパズルのようなものだ。魔法使いには、結構論理の欠片もないような人間が多いんだが……そういう人間は、永久にここで行き止まりだな」

 乾はさりげなく口にしていたが、リョーマも桃城も、乾がいなければここでギブアップしていた、ということを暗に示していた。

「で、わかったんすか?」

「ああ。必要なことは、全部この紙に書いてあるからな」

 乾は紙を手にしたままで、テーブルの前を何度か往復しながら解説してくれた。

「7つの瓶があって、3つは毒薬、2つはお酒、1つは俺たちを安全に黒い炎の中を通してくれて、1つは紫の炎を通り抜けて戻れるようにしてくれる」

 言いながら乾は、空いている方の手で瓶の一つを持ち上げた。

「まず、左端から2番目と、右の端から2番目の瓶。この中身は同じだと書いてあるから、これがイラクサ酒だ」

 乾が持ち上げていたのは、そのイラクサ酒が入っていると思われる瓶だった。

「ヒントによれば、酒の左隣に置かれているのは毒薬だから、酒の右隣にある瓶が正解、というわけだよ」

 そう言って、乾は一番右端にある瓶を取り上げた。

「だが残念ながら、この瓶は先へ進むための薬じゃない。前進するためには、この薬は役に立たないと書かれているからね」

 その瓶を元に戻して、乾は改めて、左から3番目にある一番小さな瓶を手にした。

「小人と巨人は毒薬じゃない。そしてこれはイラクサ酒の右隣にあるから、毒薬じゃない。つまり、飲んでも大丈夫というわけだ。また、右端にあるわけでもないから、この薬が黒い炎を通り抜けて、『賢者の石』の方へ行かせてくれる瓶、というわけだよ」

 低くてあまり抑揚のない声ではあったが、澱みなくそう言い切って、乾は瓶を揺らして見せた。

 リョーマはその小さな瓶を見つめた。

「それ、一人分しかないっすよ」

「ああ。だが、こんなこともあろうかと、魔法薬を作るためのキットを持ってきた」

 リョーマが言うと乾は小瓶をリョーマに手渡し、懐から小さな木箱を取り出した。

「エンゴージオ」

 杖を取り出して呪文を唱えると、その木箱は大きくなって乾の前に現れた。

「この黒い炎は魔法によって作り出されている。触れれば骨まで焼き尽くす、恐ろしい炎だよ」

「そ、そうなんすか?」

「だが、瓶の中に入っている薬は恐らく、体を氷のようにしてどんな炎の中でも通れるようにしてくれるものだ。それと同じものなら、ここで作り出せる。念のためと思って、下準備をしておいたのが正解だったな」

 最後の方は独り言のように呟いて、乾は木箱を開けていくつかの瓶を取り出した。その中から2つ、3つと瓶を選び出し、量を正確に量りながら一つの空き瓶に注いでいった。

「……これでいい。あとは、ここにある火を使って熱しながら溶け合わせるだけだ」

 そう言って、乾は紫の炎に向かった。炎に触れないように気を遣いながら瓶をかざし、魔力を送りながら熱し始めた。

「桃、越前、よく聞いてくれ。この薬は一人分しかない」

「え?」

 聞き返してくる桃城に、乾は続けた。

「つまり、黒い炎を抜けて先に進めるのは、俺たちのうち二人だけということだ」

「そんな……」

「一人は越前だ。もう一人は俺が……と言いたいところだが、そういうわけにはいかないようだ」

 リョーマたちに背中を向けていたために表情まではわからなかったが、声の調子から乾は苦笑しているんだろう、とリョーマは想像した。

「どういうことっすか、乾先輩?」

「この魔法薬は結構高等な薬でね。今の俺では、一度作るとかなりの魔力を消耗するんだ」

「先輩……」

 思わず呼びかけたのは、乾に問いかけた桃城ではなく、リョーマだった。

「賢者の石の所には、ヴォルデモートもいるはずからね。魔力を消耗した人間が行っても、足手まといになるだけだ。だから、桃……この薬は、お前が飲むんだ」

「乾先輩……」

 桃城は半ば呆然と乾を見つめ返した。

「桃、必ず越前を連れて帰ってくるんだぞ」

「は、はい!」

 桃城が力強く返事をした時、乾は炎から離れた。手にしている瓶の中は……ドロドロで、ギトギトしている妙な液体が出来上がっていた。

「い、乾先輩……?」

 瓶を手渡された桃城は、震える声で乾を呼んだ。

「これ、ホントに飲めるんすか?」

「口にできない物は、入っていないぞ。……一応な」

 少しの間を置いて、乾は真顔で答えた。

「それって、俺が持ってるこの瓶にも、同じものが入ってるんすよね……」

 乾が作り出したのは、リョーマが手にしているものと同じ薬だ。飲めば黒い炎を抜けられるとわかっていても、実物を見てしまった今となっては、飲むのがためらわれた。

「しかもこれ、何か生臭いっすよ!?」

「それはそうだろう。炎から生まれるサラマンダーの小腸から取り出した粘液が入っているからな」

「……」

 魔法薬学はホグワーツで右に出るものはいない、と言われるほどに優秀な乾の解説を、聞くべきではなかった。とリョーマも桃城も思っていた。

 そんな二人をよそに、乾は紫の炎の中を通って前の部屋に戻るための薬が入った瓶を手に取った。

「それを飲めば、黒い炎の中も通っていける。……越前」

 乾は薬を飲む前に、リョーマに向き直った。

「ヴォルデモートは……最も強力で、それ故に使用することを禁じられている闇の魔法を、何の躊躇いもなく使う魔法使いだった。それをかけられて生きているのは……越前、お前だけだ」

「そうなんすか?」

「ああ。ユニコーンの血でかろうじて生きながらえている、という今のヴォルデモートにそこまでの力があるかどうかは、俺にもわからない。だが、彼が強大な魔力を持った魔法使いであることに、変わりはない」

 乾は続けた。

「だが越前、お前は一度そのヴォルデモートを打ち破っている。わずか1歳の、何の抵抗もできない赤ん坊だったお前に、ヴォルデモートは返り討ちにされた。お前には、それだけの何かが隠されている」

 乾の言葉は、何かを確信しているようだった。

「そんなもの、俺にあるんすか?」

「ある。それを見つけることができれば、ヴォルデモートを再び打ち破ることもできる」

 乾は最後に、いつもの口癖を加えた。

「お前はすでに、ヴォルデモートを返り討ちにした、というデータを出している。データは嘘をつかないよ」

「……そうだったっすね」

 リョーマは不適な微笑を浮かべて、乾に頷き返した。

「俺は先に戻っている。お茶を用意しておくから、必ず帰って来いよ」

「わかったっす」

「もちろんっすよ」

 闇の帝王と言われていたヴォルデモートから賢者の石を守り、寮に戻る。

 とても困難で、怯んでしまいそうだったが、そんな風に言われると何とかなってしまいそうな気がする、とリョーマは思っていた。

「さあ、その薬を飲んで、行くんだ」

「……っす」

 リョーマはスネイプが作った薬を、桃城はそれを再現した乾の薬を手にして、少しその中身を見つめた。賢者の石が置かれた部屋に一足早く着いているはずのヴォルデモートと対峙するより先に、この薬を飲むことに勇気を振り絞らなければならないようだ、とリョーマは思っていた。

(この薬、本当に大丈夫なわけ?)

 が、迷っている余裕はすでにない。

 リョーマは思い切って、息を止めて、瓶の中身を煽った。

 桃城もリョーマとほぼ同時に、息を止めてきつく目を閉じて、瓶を煽った。

 飲み下した薬は想像を絶する不味さだったが、喉から食道へ落ちて一気に胃へと流れ込んでいった。それを自覚した時、リョーマは自分の体が氷のように冷たくなったように感じていた。

「その薬は持続時間が短い。早く炎を越えていくんだ」

「わかったっす」

「じゃぁ、行ってくるっす」

 リョーマは桃城と共に、黒い炎の中に入った。

 炎が皮膚や服をなめるのがわかったが、それに焼かれることはなかった。

「抜けた……」

 黒い炎を抜けて、リョーマと桃城は一度後ろを振り返った。乾は二人が無事に黒い炎を抜けたのを見て微笑すると、自分も手にしていた瓶の中身を飲んで、紫の炎に向かっていった。

 黒い炎と紫の炎。

 二つの炎に阻まれて、乾の姿が見えなくなる。

 リョーマと桃城は、お互いに顔を見合わせた。

「じゃぁ、行くか」

「そうっすね」

 二人はほぼ同時に、一歩を踏み出した。

 この通路を抜けたら、ヴォルデモートが待っているかもしれない。

 緊張感に包まれながら、リョーマは通路を進んでいった。







えー、今回はまず、皆様にお詫び申し上げなければなりません。
11月23日に更新すると言いつつ、期末テストだの何だのと忙しくしていたために、
アップが遅れまして大変申し訳ございませんでした。
楽しみにして下さっていた方、本当に申し訳ございません。

ハリポタdeテニプリ、賢者の石組も大詰めになって参りました。
今回乾さんが作った魔法薬。
察しのよい方はお気づきかと思いますが、必殺乾汁「イワシ水」をイメージしております(笑)。
そんな乾さんも、ついに戦線離脱。
リョーマさんと桃ちゃんだけになってしまいました。

次回もこの続きを……と言いたいところですが、秘密の部屋の方へ行った手塚たちも気になりますよね?
原作でも、手塚が帰ってきてくれたことですし。
というわけで、次回は秘密の部屋からお届けいたします。







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