ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:40   秘密の部屋

 嘆きのダビデが棲家にしているトイレに出現した穴から飛び降りた手塚たちは、お世辞にも清潔とは言いがたい通路を奥へと進んでいた。

「まさか、こんな所があるなんてね」

「パーセルマウス、つまり蛇語を話すことのできる人間でなければ開かない扉か。……確かに、どれだけ探しても誰も探し当てることができなかったはずだな」

 そこは大きなパイプになっていて、しかもホグワーツの地下牢よりも更に何キロも下にあるのではないか、と思うほどにじめじめとしていて、真っ暗だった。

 手塚が杖の先に点した光を頼りに、4人は奥へと進んでいく。壁に映る4人の影が、おどろおどろしかった。

「わかっていると思うが、何かが動く気配がしたら、すぐに目を閉じろ」

 手塚の言葉に、河村も海堂も、瞼を閉じているように見える不二も頷いた。

 4人は手塚を先頭にして、暗い通路のカーブを曲がった。

「これは……!?」

 突然、手塚が凍りついたように立ち止まって、行く手を見つめた。

 通路をふさぐように、何か大きくて曲線を描いたものがあった。輪郭だけがかろうじて見える。が、そのものはじっと動かない。

「眠っているのかな?」

 手塚のすぐ後ろにいる不二が、息を潜めて呟いた。

「ルーモス」

 不二は自分の杖にも明かりを点し、目を細めたままでその物体に近づいた。

 杖の明かりが照らし出したのは、巨大な蛇の抜け殻だった。毒々しく鮮やかな緑色の皮が、通路の床にとぐろを巻いて横たわっている。脱皮した蛇は、ゆうに6メートルはあると思われた。

「なんてことだ……」

 さすがの手塚も、少し顔色を変えていた。巨大な蛇だと文献で読んではいたものの、実際に目にした抜け殻は、想像以上の大きさだった。

「脱皮した後の皮がこの大きさという事は……」

「今はこれよりもっと大きい、ということだね」

 通路に響く声は、手塚と不二、二人だけのものだった。河村と海堂は、言葉を失っていた。

「だが、行くしかないな」

「そうだね」

 同意を求めるというよりもむしろ、自分に言い聞かせるように呟いて。手塚は再び歩き出した。

 手塚たちは通路を何度も曲がった。

 またもう一つの曲がり角をそっと曲がった瞬間、ついに前方に固い壁が見えた。

「行き止まり?」

「いや、扉だ」

 問いかける不二に、手塚が静かに答えた。

 手塚の言うとおり、それは大きな蛇の彫刻が施された扉だった。蛇の目には輝く大粒のエメラルドが嵌め込まれていて、妙に生き生きとしていた。

「もしかして、ここもさっきみたいに海堂の息で開くのかな?」

「恐らくそうだろう。……海堂」

 手塚に呼ばれて、海堂はしぶしぶ、といった様子で前に進み出た。恐怖のためか、その表情は強張っていたが、仕方ないといった風情で海堂は息を吹き出した。

「フシュー」

 すると、扉の片隅から蛇の彫刻が飛び出してきた。それはニョロニョロとまるで生きているように動き、真ん中の大きな蛇の彫刻の周りをぐるりと1周した。そしてその蛇が元の場所に戻って壁の中に消えて行った時。

 軋んだ音を立てて扉が開いた。

「行くぞ」

 声をかけた手塚に頷き合って、4人は扉を通り抜けた。





 手塚たちは、細長く奥へと伸びる薄明かりの通路の端に立っていた。

 その通路の両脇には、またしても巨大な蛇の彫刻がいくつも並んでいた。蛇の彫刻が置かれたその横には水が湛えられていて、やはり部屋の奥へと続いていた。

 部屋の中はとても静かだった。

 ここが秘密の部屋だということも、怪物バジリスクが潜んでいるとも思えないほどに。

 柱の間からバジリスクが出てくるかもしれない。

 警戒を緩めることなく、全員が杖を構えて、手塚たちは左右一対になった蛇の彫刻の間を前進した。一歩一歩、そっと踏み出す足音が薄暗い壁に反響した。

 彫り物の蛇の目が、自分たちの姿を追っているようだ、と4人皆が思っていた。

 最後の一対の所まで来ると、部屋の天井に届くほど高くそびえる顔だけの石像が、壁いっぱいに彫られているのが見えた。年老いた猿のような顔をしたその石像は、口を大きく開けていて、その口の周りには立派な顎鬚をたくわえていた。流れるような鬚は口の周りを覆い、左右に分かれて水を湛えた床まで続いていた。

 そしてその下に、腰まで届く三つ編みの、黒いローブの小さな姿がうつ伏せに横たわっていた。

「竜崎さん!?」

 小声で叫んだのは、河村だった。手塚たちはその姿のそばに駆け寄った。

「竜崎さん!」

 河村は膝をついて名前を呼び、杖を懐にしまって桜乃の肩をしっかりとつかみ、仰向けにさせた。

 桜乃の顔は大理石のように白く冷たく、目は固く閉じられていたが、石にはされていなかった。

「竜崎さん、目を覚まして……」

 河村は桜乃を揺さぶり、必死で呟いていた。しかし桜乃の頭はだらりと空しく垂れ、グラグラと揺すられるままに動いた。

「その子は目を覚ましはしない」

 突然、彼らの後方から物静かな声がした。

 全員がぎくりとして、声の方を振り返った。

 背の高い、黒髪の少年が立っていて、手塚たちを見ていた。まるで曇りガラスの向こうにいるかのように、輪郭が奇妙にぼやけていた。

「トム・リドル……?」

 呟くように口にしたのは、手塚だった。けれどその声はあまりに小さくて、少年には届いていないようだった。

 不二は手塚の顔色とリドルを見比べて、手塚の呟きを聞かなかった振りをしてリドルに尋ねた。

「目を覚まさない、ってどういうことかな?」

「死んではいないよ。ただかろうじて生きている、といったところだ」

 リドルは不二の問いかけに答えながら、手塚たちの方に歩いてきた。

「これ、は……?」

 海堂が桜乃のすぐ脇に落ちていた、小さな黒い日記帳を見つけた。海堂がそれを拾い上げるのを見て、手塚が短く言った。

「それを貸せ」

「部長?」

「いいから、貸すんだ」

 有無を言わせない口調の手塚に逆らえず、海堂は日記帳を手塚に渡した。

「不二、彼と会話をして時間を稼げ」

 海堂から日記帳を受け取った手塚は、リドルには聞こえないように小声で不二に指示を出した。不二が無言で軽く頷くのを見ると、手塚は日記帳を手にしたままで眼鏡を取った。

 手塚は、その日記帳に見覚えがあった。

 直接見たわけではない。一度、リョーマと階段ですれ違いざまにぶつかった時。断片のようにいくつかの記憶を読み取った中に、この黒い日記帳があった。

(この日記帳の記憶を読むことができれば、秘密の部屋に関連する出来事の真実がわかるはずだ)

 手塚は、そう判断していた。

 眼鏡を取った瞬間から、日記帳に刻まれているさまざまな記憶が手塚の中に流れ込んでくる。それに押し流されないようにと精神を集中させながら、手塚は必要と思われる情報を探り出していった。

「君は誰だい? スリザリンの制服を着ているけれど……ホグワーツでは見たことのない顔だな」

 手塚に指示されたとおり、不二は更に問いかけた。河村は桜乃をそっと床に横たえ、海堂は不機嫌さを隠さない表情をして、二人とも微妙に体の向きを変えた。さりげなく、手塚の姿をリドルから隠した。

 手塚が眼鏡を取った時点で、3人とも、手塚が何をしようとしているのかを理解していた。

「君たちが知らないのも、無理はないな。僕はトム・リドル」

「トム・リドル……?」

 不二は聞いたことがない、といった表情をした。

「トム・リドルって……確か、50年前にホグワーツ特別功労賞をもらった人じゃなかったか? トロフィー部屋で見たことがあるよ」

 不二に調子を合わせたのは、河村だった。

「そうなのかい? その50年前の人が、どうして今、ここにいるんだろうね?」

 何気ない会話をしていると思わせていた不二の穏やかな声が、剣呑な響きを帯びた。細い目が見開かれて、射るようにトム・リドルを見据えていた。

「君たちはグリフィンドールの生徒のようだけれど……越前リョーマは君たちの中にはいないようだね」

 リドルは不二の問いかけには答えなかった。代わりに不二たちを見回して、嘲るような微笑を頬に乗せた。

「グリフィンドールに、越前リョーマ以外にも蛇語を話せる人間がいるとは、思わなかったな」

 毒気を含んだ言葉を投げかけられて、不二も立ち上がって睨み返した。

「蛇語を話せる人間なんて、スリザリンの血を引くものか、あるいはその者から能力を移された者にしか話せないはずだけどね。……スリザリンの末裔がグリフィンドールにいるはずないだろう?」

「だが、蛇語を使わなければ、ここには入ってこられないはずだ。君たちはいったいどうやって入ってきたんだい?」

「蛇語は話せないけれど、それに限りなく近い音を出すことができる人間はいるんでね」

 言いながら、不二はチラリと海堂を見た。

「君の狙いは越前だったのか」

 視線を戻した不二は、再びリドルを睨んだ。

「50年前にホグワーツにいた人間が制服を着てここにいることも、越前のことを知っているのもおかしな話だね。いったい、どんな魔法を使ったのか、聞かせてもらいたいな」

 口調は穏やかだが、明らかに棘を含んだ声で不二はリドルに詰め寄った。その時だった。眼鏡を外して日記帳に触れていた手塚が、再び眼鏡をかけ直して立ち上がった。

「不二、もういい」

「手塚……?」

 手塚は前に進み出て、リドルと向き合った。

「彼女は、越前のことは話しても、俺たちのことまでは話していなかったようだな。越前のこと、今のホグワーツの様子、そして10年前のこと。お前が持っている情報は全て、彼女が日記に書き込んだものだ」

 驚いたように顔色を変えるリドルに、手塚は続けた。

「この日記帳は、ある人物が彼女の持ち物の中に紛れ込ませた物だ。彼女はこの日記帳がどんな代物であるかも知らず、普通に日記を書いた。お前は彼女が書き込んだ内容に答え、次第に彼女とのつながりを深めていき、そして彼女に暗示をかけて自分の思い通りに動かすことに成功した」

 日記を通じて桜乃に暗示をかけたリドルは、まずハロウィンの夜にこの秘密の部屋への扉を開け、部屋に棲んでいるバジリスクを解き放った。そしてミセス・ノリスに傷を負わせ、石にしたうえで壁に血文字のメッセージを残したのだ。

「スリザリンの後継者とはつまり、お前のことだな。その後に起こった石化事件も全て、お前の仕業だ」

 日記帳の力に気づいた桜乃は一度、恐ろしくなって日記帳を捨てた。それを拾ったのが、リョーマだったのだ。

「10年前の出来事を彼女から知らされたお前は、さぞかし越前に会いたかっただろうな。運良く越前と会話ができたお前は、50年前の事件について問いかけてきた越前に、事実を歪めたビジョンを見せた」

 手塚は日記帳から探り出した情報を整理しながら、リドルの前に突きつけていった。

「秘密の部屋を開け、バジリスクを解放し、天根ヒカルを殺したのも、お前だ。だがお前はその全てをハグリッドに擦り付け、自分はホグワーツ特別功労賞を手にして何事もなかったかのように卒業した。そうだな?」

「どうして、それを……?」

 呆然と手塚を見つめてくるリドルの問いかけに、手塚は答えなかった。

「当時ホグワーツにいた教師たちが皆、お前の話を信じた中でたった一人、お前を疑った先生がいた。それが、ダンブルドア校長だ」

 以前からリドルを危険視していたダンブルドアは、ハグリッドがホグワーツに残れるようにとりなした上で、リドルを監視し始めた。

「在学中に再び秘密の部屋を開くのは危険だと思ったお前は、50年前の、16歳の自分の記憶をこの日記帳に封印した。そしてこの日記帳に誰かが書き込むのを待った」

 リドルが日記帳に自分の記憶を封印してから50年が過ぎて、ようやく日記帳を使う者が現れたのだ。

「お前の狙いは、この日記帳を拾って書き込んだ人間の意識を奪い、その人間を思い通りに動かすこと。つまり、自分の足跡を追わせることだ。それだけでなく、あわよくば書き込んだ人間の魂を吸い取り、その命を奪って日記から抜け出し、自由に動き回れるようになることだった。そうだな? トム・リドル……いや」

 ずっと話し続けていた手塚は一度言葉を切った。そして一息ついてリドルを見据え、はっきりとその名を呼んだ。

「ヴォルデモート」

「!?」

 手塚が口にしたその名前を聞いて、不二も河村も海堂も、息を呑んでリドルを見た。

「お前が越前を狙うのも当然だ。偉大な魔法使いだと思っていた自分を滅ぼした人間なのだからな」

 手塚によって全てを暴かれたリドルは、少しの間呆然としていた。しかしやがて彼はその端整な顔を歪めて笑い出した。

「ククク……ハハハ! お前、さっき手塚と呼ばれていたな。言われてみれば、国一に似ている。孫か?」

 嘲るような響きを持った問いかけに、手塚は表情一つ変えずに答えた。

「そうだ」

「聞いたことがあるぞ。あの家は何代かに一人、魔力とは別に、触れた物や人間の記憶を読む能力を持つ者が生まれてくるとな。お前がそうか」

「そうだ。10年前、56歳のお前が殺し損なった手塚国光だ」

 言い放って、手塚は日記帳を桜乃の脇に投げ捨てた。

「まさか、祖父の敵をこういう形でとることになるとはな」

「お前ごときに、この偉大なサラザール・スリザリンの末裔にして最強の魔法使い、ヴォルデモートを倒せると思っているのか?」

「俺は絶対に負けない」

 手塚の体から、黄金のオーラが立ち上った。手塚の魔力が次第に高まっていくのを、不二も河村も海堂も感じていた。そして手塚に呼応するように、いつでも強力な魔法を出せるように、と魔力を高めていった。

 手塚たち4人の様子を見て、リドルは勝ち誇ったように笑った。

「いいだろう。そんなに死にたければ、死なせてやる」

 吐き捨てるようにそう言うと、リドルは口を横に大きく開いた。開いた口からは、シューシューと息が漏れた。それは海堂がいつも吐き出している息によく似ていたが、何を言っているのかは理解できなかった。

 理解はできなかったが、想像することはできた。

「来るぞ。絶対に目を合わせるな」

「うん」

「わかったよ」

「わかったっす」

 巨大な石像の口がゆっくりと開いていくのを見て、手塚たちは小声で確認しあった。

 恐怖が全身を覆いつくしていく中で、手塚たちは石像の口がだんだんと広がっていき、ついに大きな黒い穴になるのを見ていた。







ここまで来るのにかなり長い時間を要したと思うのですけれど。
ハリポタdeテニプリ、ついに40章でございます!
…と申しましても、まだお話は続くのですけれど(汗;)。
果たして、年内に完結することができるのかどうか(眉間にシワ)。

何はともあれ、ついに手塚たちが秘密の部屋に入りました。
そして手塚がトム・リドルと対峙することになりました。
ハリポタdeテニプリのオリジナル設定として加えた、手塚の能力。
実はこの話を書くためのものでございました。
私の頭の中にしまっていたものをまた一つ、皆様にお目にかけることができて嬉しいです♪

さて、とてもいい所で終わっているのですけれど。
次回は再びリョーマさんたちの動向をお伝えします。
大石クンに頑張ってもらわないといけませんので♪
乞う、ご期待!なのでございます(^^)。







Chapter41 に続く / Chapter39 に戻る / ハリポタdeテニプリ トップに戻る



inserted by FC2 system