Chapter:39 部屋への入り口
リョーマたちが悪魔の罠にかかっていた頃。
秘密の部屋への突入を目指していた手塚たちは、嘆きのダビデが棲家にしている男子トイレに到着していた。
「このトイレ、初めて来たな」
「普段、近寄る生徒はいないからね」
暗いトイレの中をしげしげと見回す不二に、少し脅えたような顔をしている河村が応える。海堂も、心なしか顔色が悪いようだった。
「手塚は? ここに来たことあるの?」
「ない。乾は校則では禁止されている魔法薬を作るために、時々ここを隠れ蓑にしているようだがな」
不二に尋ねられて、手塚は表情を全く変えることなく答えた。
「ははは、乾ならやりかねないね」
「ふしゅー」
不二の乾いた笑い声と、海堂の吐き出す息がトイレに響いた。
「海堂は? やっぱりここに来るのは初めてなのかい?」
「は、初めてっすよ」
楽しそうな声色の不二に対して、海堂はいつもの2倍不機嫌そうな声で答えた。
「海堂…海堂か……。海堂の態度がデカイどぉ………プッ」
4人の会話を聞きつけて、笑えないダジャレと共に出てきたのは、嘆きのダビデと呼ばれる天根ヒカルだった。
「……っ!?」
「へぇ、君が嘆きのダビデ……いや、天根ヒカル君か。……ふふ、噂どおりなんだね」
トイレのドアを抜けてぬぅっと現れたダビデに、河村と海堂が声にならない叫びをあげる。が、不二は興味津々といった様子で、まじまじとダビデを観察し始めた。
「天根ヒカル……久しぶりに呼ばれたな。誰だ、君は?」
「不二周助、グリフィンドールの3年生だよ。こっちは河村隆、そっちにいるのが海堂薫、ここにいる無表情なのが手塚国光」
「不二は不自由だ………プッ」
「ふふ、面白いね、君は」
いつの間にか、不二が進んでダビデと話をしていた。
「今日は君に聞きたいことがあって、ここに来たんだ。教えてくれるかな?」
「何を?」
「君が死んだ時の様子だよ」
ダビデの問いかけに答える不二の口調が変わった。ついでに、閉じていた瞼もカッと見開かれていた。
不二の言葉に、ダビデもたちまち顔つきがかわった。よくぞ聞いてくれた、といった表情だった。
「俺も、あの時は何で自分が死んだのか、わからなかった」
言いながら、ダビデは一番手前の小部屋に入っていった。不二を先頭に、手塚と河村と海堂もそれを追った。
「ここだった。あの日、俺はバネさんからダジャレの事でさんざん怒られて、少し凹んでここに来た。そして、突っ込むこともできないほど、完璧なダジャレでバネさんを笑わせてやろう、と鍵をかけてこの便器に座っていた。そうしたら、誰かが入って来た」
ダビデの話を、手塚たちは黙って聞いていた。
「そいつは、何か変なことを言っていた。理解できない外国語のようだった。ようやく考えついたこのダジャレは完璧だ、と実感した時間に……ん? 実感した時間……プッ」
真面目な口調で語られていた話は、ダジャレによって一時中断された。
「実感した時に、どうしたの?」
「ああ、俺は邪魔をするなと言おうとして、鍵を開けて外へ出た。そして手洗い台にいた男に声をかけようとして、そして――」
ダビデは一度言葉を切って、キッパリと言った。
「死んだ」
「……どうやって死んだんだ?」
「わからないな」
不二に代わって手塚が尋ねると、ダビデは首を傾げた。
「覚えているのは、大きな黄色い目玉が二つ。それを見た瞬間に、身体全体が金縛りにあったみたいで、それからふーっと浮いて……そして戻ってきた」
「戻ってきた?」
「完璧なダジャレでバネさんが笑うまでは、バネさんに取り憑こう、と思っていたからだ。バネさん、俺のダジャレをけなしたこと、後悔してたなぁ」
ダビデは腕を組んで、しみじみと思い出すように語った。
そんなダビデをよそに、手塚は直感していた。
ダビデが見たその目玉こそ、バジリスクの眼だったのだと。
「手洗い台の前で見たんだな?」
「ああ」
ダビデが頷くのを見て、手塚たち4人は急いで手洗い台に近寄った。ただ一人、海堂だけは脅えたように後ろの方に下がっていた。
「普通の手洗い台と変わらないね」
「よく調べてみるんだ。どこか、違っている所があるはずだからな」
手塚と不二、河村の3人は隅々まで調べた。六角形に配置されている6つの手洗い台の全てを、内側、外側、下のパイプの果てまで。
「先輩……ここ、水が出ないっす……」
一人だけ後ろにいたはずの海堂が、手塚に声をかけた。
海堂は蛇口の一つを捻っていた。が、その蛇口からは水が出なかった。
「これは……」
手塚が蛇口をよく見ると、銅製の蛇口の脇のところに、引っかいたような小さなヘビの形が彫ってあった。
「どうやら、ここのようだな」
「そう思っていいみたいだね」
断定した手塚に、不二も頷いた。
「でも、これを開けるにはヘビ語が話せないとダメなんだろう? 俺たちはヘビ語なんて話せないよな? せっかく入り口がわかっても、どうすることもできないんじゃないか?」
疑問を口にしたのは河村だった。
「乾が言うには、海堂なら何とかなる、という話だったが……」
手塚に言われて、不二も河村も思い出していた。
秘密の部屋と賢者の石がある隠し扉。その二つに同時に突入するべくチーム分けをした時に、乾が海堂に話しかけたことを。
(お前は手塚と一緒に秘密の部屋の方へ行ってくれ。多分、お前が必要になるはずだ)
そして続けたのだ。何故必要なのかは、行ってみればわかる、と。
「まさか、海堂が『開け』って言ったら開く、とか。そういうことじゃないよね?」
「さぁな。あいつのことだ、確信があっての発言だろうが」
「試しに『開け』って言ってみる、海堂?」
「バカにしてるんすか、先輩たち」
不二と手塚と河村、3人に口々に言われ、海堂は不機嫌そうに言い返した。
「だいたい、俺はヘビ語なんて話せないっすよ」
「それは俺たちも承知している。それでも、お前なら何とかなるんじゃないのか?」
「とにかく、ここは海堂に任せるしかなさそうだね」
手塚と不二に言われては逆らえない。海堂は観念して、ヘビの彫り物がある蛇口の前に立った。
「入り口が開かなくても、知らないっすからね」
海堂はそう言い置いて、蛇口に顔を近づけた。
「……開け」
蛇口に刻まれたヘビを、獲物を狙うマムシのような眼光で睨みつけながら、海堂は低く呟くように、そう口にした。
「開け……開け!」
何度も何度も言い続けたが、手洗い台の周辺には何の変化も現れなかった。
「開け! 開けってのがわかんねぇのか、オラァ!」
5分近くもの時間、開け、開けといい続けた海堂の我慢も、限界に近づいているようだった。ついに海堂は息を乱して蛇口に向かって怒鳴りつけたが、やはり何も起こらない。
「……ったく、どうなってるんすか、これ?」
「うーん、開かないねぇ」
「だが乾のデータによれば、海堂ならば秘密の部屋への入り口を開けられる確率100%だそうだぞ」
「乾のデータが間違ってる、ってことはないよね……」
「先輩たち、何のん気なこと言ってるんすか……」
好き勝手なことを言う不二や手塚、河村をギラリと睨んで、海堂は再び蛇口に向かう。
「開けって言っても開かねぇ。ったく、どうしろって言うんだよ、あの人は」
海堂は、今ほど乾を恨めしいと思ったことはなかった。
「フシュー」
手洗い台に手をついて、体重をかけながらいつものように息を吐き出した時だった。
「……何だろう、この音?」
「下の方から聞こえてくるようだが……」
手塚たちが立っているトイレの床から、地鳴りのような音が聞こえてきた。
手洗い台に手をついていた海堂も、その周りにいた手塚たちも、一斉に手洗い台から離れた。
その瞬間。
六角形に配置された手洗い台の屋根が、鏡が掛かっている壁から離れて浮き上がった。かと思うと、手洗い台の一つ一つが分解されたように離れて、ズズッと前へ滑り出てきた。
ただ一つ、ヘビの形が彫られた手洗い台を残して。
残り5つの手洗い台が動いた後に、下へとつながる穴が現れた。しかし、その穴は金網でふさがれている。
手洗い台と屋根の動きが止まると、金網が開き、穴に入れるようになった。
「これは……」
「どうやら、ここが秘密の部屋への入り口だったようだな」
「凄いな。本当に海堂が入り口を開けてしまうなんて……」
絶句する不二に、手塚と河村が感心したように口々に言った。
最も驚いたような顔をしているのは、入り口を開けた張本人の海堂だった。
海堂は、何故自分が入り口を開けることができたのか、さっぱりわからない、といった表情をしていた。
「な、なんで……」
「乾がここにいたら、『データはウソをつかない』って言うんだろうね」
「ああ。だから、乾は海堂をこっちへ寄越したんだ」
呆気に取られる海堂をよそに、手塚は続けた。
「乾が言ってた。越前が話した蛇語と、海堂がいつも吐き出している息は、とてもよく似ているのだと」
「ああ、あのフシュー、ってヤツだね」
「そうだ」
確認するような口調の不二に頷いて、手塚は続けた。
「特に、越前に蛇語で『開け』と言った時と海堂の息が、ほぼ一致したそうだ」
「へぇ、乾ってばそんなことまで確認してたのか。さすがだな」
手塚の言葉に、河村が目を細めた。
「あいつの判断は、正しかったということだな」
手塚はそう言うと、手洗い台の間を縫って、ぽっかりと下に向いて開いた穴の縁に立った。
「皆、杖はちゃんと持っているな?」
「うん、大丈夫だよ」
「行くぞ」
4人は頷いて、手塚から順番に穴へと飛び込んでいった。
対立海特別編がようやく終わりまして、久しぶりに本編に戻ってまいりました!
今回からは、手塚班の動向を皆様にお伝え致します。
まずは、秘密の部屋への入り口が開いたわけですが……いかがだったでしょうか?
この章で書きました、秘密の部屋への入り方。
実は、ハリポタdeテニプリを「賢者の石」&「秘密の部屋」のミックス版で書こう!
と決めた時から考えておりました(笑)。
いざ、ヴォルデモートの元へ!
という下りになってから、「ずーっと前から考えていたんです」とのコメントが多くなっているような気がするのですが……。
本当に、ずーっと温めてきたネタを、こうして少しずつではありますが、
皆様にお届けすることができて良かったと思っております。
はぁ、これで少しずつスッキリしてきておりますよ(笑)。
次回も、手塚班の動向を現場から実況中継しようと思っております。
お楽しみに♪
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