Chapter:38 空飛ぶ鍵
仕掛け扉から中に入り、悪魔の罠を突破したリョーマたちは、奥へと続く石の一本道を進んだ。
足音以外に聞こえるのは、壁を伝い落ちる水滴のかすかな音だけだった。通路は緩やかな下り坂だった。
進んでいく先にも、更なる罠が仕掛けられているかもしれない。
リョーマも、同行している乾たち先輩も警戒しているのか、誰も口を聞かなかった。
「何か聞こえにゃい?」
突然沈黙を破ったのは、菊丸だった。
リョーマも耳をすましてみた。前の方から、柔らかく擦れ合う音やチリンチリンという音が聞こえてきた。
「ゴーストっすかねぇ?」
「さぁな。……何か羽根の音のように聞こえるけれど」
桃城に尋ねられて、大石が歩くスピードを緩めた。乾も、眼鏡を押し上げて目を凝らすような仕草をした。
「前の方に何か光が見えるな」
「何か動いてるみたいだにゃー」
菊丸が額に手をかざして、前方に目を凝らす。
リョーマたちは通路の出口に出た。
「っ!?」
目の前に、まばゆく輝く部屋が広がった。
天井が高くアーチ型をしている。宝石のようにキラキラとした無数の小鳥が、部屋いっぱいに飛び回っていた。部屋の向こう側には分厚い木の扉があった。
「うわぁー」
声をあげたのは、菊丸だった。
「あ、おい……こら、英二」
大石が止める間もなく、菊丸は部屋の奥深くに入って行った。
「英二先輩!?」
リョーマも桃城も、小鳥が一斉に菊丸に襲い掛かるのではないか、と思っていた。が、菊丸は何事もなく無傷で部屋の奥にある分厚い扉へと辿り着いた。
「あれー? ここ、鍵がかかってるにゃー」
菊丸は古びた取っ手を引いたが、鍵がかかっていて動かなかった。
「アロホモラ」
リョーマと桃城、菊丸の3人がかりで取っ手を引こうとする後ろから、乾が杖を差し出して低く呪文を唱えた。
が、やはり扉は動かない。
「ダメか。どうやら、あれの中から鍵を探さなければいけないようだな」
杖をしまいながら、乾はリョーマたちを振り返り、部屋の中央を指差した。
乾が指差した先には、一本の箒が宙に浮かんでいた。
桃城に尋ねられて、乾は静かに答えた。
「あれって……この中を飛び回ってる鳥がどうかしたんすか?」
「あれは鳥じゃない。よく見てみろ。あれは全部、鍵だ」
言われて、リョーマたちは部屋を見渡した。よく見てみると、頭上高く舞い上がり、羽音をたてながら飛び回っているのは鳥ではなく、鍵に羽がついた物だった。
「ということは……あの箒を使って、この中から鍵を探して、捕まえなければいけない、ということか」
「そうだな」
乾と大石が口々に言い合う中、菊丸が扉から離れた。
「英二先輩?」
「よーするに、この中から鍵を見つけて捕まえちゃえばいいんだろ? 軽い軽い。元シーカーの菊丸英二様が捕まえてやる!」
「あ、待て……英二!」
「ほえ?」
制止する乾の声も虚しく、菊丸は箒に手をかけた。
その瞬間である。
「うわぁっ! にゃんだ、これぇっ!?」
思い思いに部屋の中を飛びまわっていた無数の鍵が、一ヵ所に集まって、一斉に集団で箒を手にした菊丸に向かって襲い掛かってきたのである。
「……やはりな」
扉にもたれかかってその様子を眺めながら、乾は冷静に呟いた。
「先輩……何をそんなに冷静になってるんすか?」
「この状況で、慌てても仕方ないだろう。判断を誤れば、命取りになる」
リョーマが見上げながら問いかけると、乾は静かに続けた。
「部屋の中を無数の鍵が飛び回っている。その中に、乗って下さいと言わんばかりに箒が浮いている。ここの罠を作っているのは、ホグワーツの先生たちだからな。そう簡単に突破できるような物を用意しているはずがない」
乾の視線の先では、菊丸が襲い掛かる鍵の大群から逃げ回っていた。
「この中から鍵を探すなんて、無理だにゃー!」
「扉の鍵穴にあうような物か……。わかったぞ! 英二、銀製の鍵だ!」
必死で鍵から逃げつつわめく菊丸に、大石が大声で叫んだ。
「大きくて昔風の鍵を探すんだ!」
「わ、わかったにゃ!」
上へ下へ、菊丸は箒を巧みに操作しながら、めまぐるしく部屋の中を逃げ回った。そんな菊丸を、鍵は猛スピードで追いかけてくる。
リョーマたちも、何とかして鍵を見つけようと目を凝らした。
「ねぇ、乾先輩……。あれ……」
虹色の羽の渦の中から、リョーマは一つ、形が微妙に違っている物を見つけた。大きな銀色の鍵で、片方の羽が折れている。まるで、一度捕まって無理やり鍵穴に押し込まれたかのように。
鍵を指差して乾に教えると、乾も深々と頷いた。
「なるほどな、越前の言うとおりだろう。英二に教えてやるといい」
「っすね。菊丸先輩!」
リョーマは声を張り上げた。
「羽が片方折れた、大きい銀色の鍵っすよ!」
「羽が折れてる……? 大きい銀色ぉ!?」
天井近くまで舞い上がった菊丸が急降下をしながら、リョーマの言葉を繰り返した。キョロキョロと見回して、菊丸はついにそれを発見した。
「見つけた! あれだにゃ!」
菊丸は、昨年度のグルフィンドールチームのシーカーだった。だてにシーカーをやっていたわけではない、ということを証明して見せるかのように、見事な箒さばきをやってのけた。
どこまでも追いすがってくる鍵を振り切るようにスピードを上げ、片方の羽が折れた鍵を追い続けた。鍵の集団を左右に振りながら上昇したかと思うと下降し、けれど確実に目当ての鍵へと距離を詰めていく。
(やるじゃん、菊丸先輩)
リョーマは思わず、心の中で口笛を吹いた。
それから1分後。
菊丸は見事に片羽の折れた鍵を掴んだ。
「英二、こっちだ!」
「わかってるにゃ!」
ハラハラと菊丸の様子を見守っていた大石が、たまらずに声をかける。菊丸はなおも追いかけてくる鍵から逃げつつ、扉の方に向かって来た。
「大石っ!」
そして飛びながら鍵を大石に投げて寄越した。
慌てて鍵をキャッチした大石は、落ち着かない様子でガチャガチャと鍵を鍵穴に突っ込んだ。が、取り乱した様子で鍵を差し込んでも、なかなか鍵が開かない。
「落ち着け、大石。英二は大丈夫だ」
「あ、ああ……わかってるよ、乾」
見ていられない、という様子で乾に声をかけられて、大石はやっとのことで鍵を開けた。
「開いた!」
「とりあえず、入るんだ。英二、早くしろ!」
「わかってるよぉ!」
鍵が開いた扉から、リョーマと桃城は奥へと駆け込んだ。大石と乾は、扉を手で押さえたまま、入りに立っていた。
「英二!」
菊丸はなおも鍵の大群に追いかけられながら、箒に乗ったまま扉へと突っ込んできた。箒の先が扉の中に入った瞬間、大石と乾は扉をバタン!と閉めた。
ガガガガガッ!
木の扉に、雷鳴のような音がして鍵が何十本も突き刺さるのが、リョーマにもわかった。
「す、すげぇ……」
「はぁ、助かったにゃー」
菊丸は箒から下りて、床にへたりこんだ。
「怪我はないか、英二?」
座り込んで肩で息をする菊丸に、大石が心配そうに声をかける。菊丸は、力なく微笑んだ。
「羽であちこち擦りむいたけど、大丈夫だにゃ」
「まったく……無事だったからいいものの、少しは警戒しろよ」
息を整えながら答える菊丸に、乾が呆れ顔でため息をついた。
「まぁ、いいじゃないっすか。どっちにしても、あの箒を使わなきゃ鍵も取れないようになってたんすから」
結果オーライと言わんばかりの桃城に、乾はもう一つため息をついた。
「悪魔の罠がスプラウト先生。そして今の空飛ぶ鍵は恐らく、フリットウィック先生の仕掛けた罠だろう。この先も、油断できないぞ」
言いながら、乾は着ているローブの中からチョコレートを取り出した。
「少しは魔力の回復になる。一休みついでに、食べておくといい」
乾は全員にそれをひと欠片ずつ手渡して、自分も口に入れた。
リョーマも、先輩たちに倣って包を広げてチョコレートを口に入れる。口の中に甘い香りと味が溶けて、ふっと嫌な緊張が緩んだ。
「さて、じゃぁ行くか」
リョーマたちは再び石の廊下を歩き出した。
少し歩くと、リョーマたちは次の部屋に出た。最初は真っ暗で何も見えなかったが、一歩中に入ると、突然光が部屋中にあふれ、驚くべき光景が目の前に広がった。
「何すか、これ……?」
思わずといった様子で呟いたのは、桃城だった。
「チェス盤、だな。どう見ても」
リョーマたちの目の前には、大きなチェス盤があった。リョーマたちより遙かに背が高く、黒い石のようなものでできた駒が、いくつも並んでいた。
「こちらが黒い駒で、あちらが白か……」
大石がしげしげと部屋の中を見渡しながら、黒い駒の間を縫って盤の中央へと歩いていく。リョーマたちも、何気なく後に続いて行った。白い駒の後ろに、扉が見えていた。
しかし、白い駒の前まで来た時。
ガシャァッ!
白い駒の先頭にいる歩兵の駒が、一斉に刀を抜いてリョーマたちを威嚇した。
「やっぱりな……」
「大石先輩?」
呟いたのは、大石だった。
「俺たちが黒い駒になってチェスをして、白い駒に勝たなければ、先に進めないようになっているらしい」
「魔法使いのチェスか……」
大石に同意して、乾が頷く。
「チェスということなら、ここは大石の出番だな」
「いつもと勝手が違うけど、何とかなるだろう。ちょっと時間をくれるかい? 作戦を練るよ」
乾から全てを任された大石は、腕組みをして何かを考え始めた。
(手塚部長たち、大丈夫かな……)
その様子を見ながら、リョーマは秘密の部屋への突破を図る手塚たちに思いを馳せた。
というワケで、連載2年目に突入してしまいました、「ハリポタdeテニプリ」。
お察しのとおり、まだまだ話は終わりません(苦笑)。
前回は乾さんが大活躍でしたが、今回は菊丸クンが大活躍でございます♪
ここのシーンは、原作よりも映画の方が迫力あるので、
映画をベースに書かせていただきました。
次回は、「秘密の部屋」組を追いかけてみようと思っております。
果たして、無事に入り口は見つかったのか。
お楽しみに♪
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