ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:37   悪魔の罠

 大広間に続く廊下の前で手塚たちと分かれたリョーマは、桃城や乾、大石と菊丸らと共に4階の廊下を目指した。途中、城内をうろうろしているゴーストにからかわれたが、桃城が機転を利かせて追い払った。

「扉が開いているな……」

 手塚が睨んだとおり、既に中に誰かが入っている様子だった。

「それって、フラッフィーを突破した人がいる、ってことっすか?」

「恐らくな」

 透明マントをかぶったまま中に入ると、壁際に1台のハープが置かれていて、自動的に演奏する魔法がかけられているらしく、静かな音楽が流れていた。

 フラッフィーは音楽を聞かせたら眠る。

 以前、乾の差し金で軽い自白剤を盛られたハグリッドが話したとおり、三頭犬はスヤスヤと眠っていた。

 ブワー、ブワー、と三つの鼻から息が噴き出されるたびに、リョーマたちに向けて強風が吹きつけてきた。

「すごい臭いだにゃー」

「これだけ大きな犬だからな。仕方ないだろう」

 グチをこぼす菊丸を、大石が宥める。

 透明マントを脱いで姿を現しても、フラッフィーは全く気づかずに熟睡していた。

「うわ、コイツ。扉の上に足を乗せてやがるっすよ」

「どけるしかないな」

 桃城と大石がフラッフィーの巨大な頭に近づく。熱くて臭い鼻息がかかった。

「うわっ、勘弁してほしいっすね、これ」

 犬の巨大な足を動かして、扉を開けられるようにする。それでも、ハープから流れてくる音楽の効果なのか、犬は熱くて臭い寝息を立て続けていた。

「じゃ、開けるぞ」

 顕になった扉の引き手に、大石が手をかける。

「ちょっと待ってくれ」

「何だい、乾?」

 そのまま扉を引き上げようとする大石を、乾が止めた。

「俺たちより先にこの廊下に入って、フラッフィーを眠らせてこの扉から中に入った者がいることは、疑いようがない。恐らくその者は、以前はグリッドからフラッフィーの弱点を聞き出したことがあるんだ。それでハープに魔法をかけて音楽を流し、フラッフィーが眠っている間にこの扉から中に入ったんだろう」

 乾は眼鏡の縁を押し上げながら、状況を整理した。

「この先にある『賢者の石』を狙う者が、ハープをそのままにして中に入って行った。何か仕掛けがあると考えていい」

「仕掛け? って、何すか?」

 手を触れることなく、ハープをまじまじと見つめる乾に、リョーマは問いかけた。

「例えば、その引き手を引き上げて、扉を開けた瞬間に音楽が止まり……このフラッフィーが目を覚ます」

 乾がそう告げた瞬間だった。

「考えすぎっすよぉ、乾先輩」

 大石と一緒にフラッフィーの足をどけた桃城が、横から引き手を掴んでぐい、と引き上げた。

「おい、桃!」

「何も見えないっすね。階段も何もないみたいだし」

「落ちるしかないにゃー」

 桃城と菊丸が、開いた扉の中を覗き込む。

「ねぇ、先輩たち」

 扉が開くとほぼ同時に、その空間を満たしていた音が消えたことに、リョーマは気づいていた。乾も、同様に顔色を変えている。

「音楽、止んだっすよ」

 リョーマが呟く声に、グルルという犬のうなり声が重なる。

「マズイ、目を覚ますぞ」

「飛び込め!」

 青ざめる大石に、乾が叫ぶ。同時に、リョーマと乾は扉に向かってダッシュしていた。

 フラッフィーがゆっくりと起き上がる。

 その様子を、5人はこの世の終わりを見るかのような心境で見上げていた。

 そして次の瞬間。

 三つの口が、まるで雷鳴が轟くように吠え立て始めた。

「飛べ!」

 三つの巨大な頭が迫ってくる。ためらう暇もなく、リョーマたちは扉から中に飛び込んだ。

「うわ〜〜〜っ!」

 桃城と菊丸が、思わず叫び声を上げる。

 リョーマたちは何メートルも下に落ちていた。

 そして――

 ドシン、と奇妙な鈍い音をたてて、リョーマは何やら柔らかい物の上に着地した。暗闇の中であたりを手探りで触ってみると、何か植物のような感触だった。

「ふぅぅ、助かったっすよー」

「ホント。こんな柔らかい物、ちゃんと用意しててくれるなんて、気が効くにゃー」

「それは、どうだろうな」

 ホッとした様子を見せる桃城と菊丸に、不吉な声で乾が告げた。

「……来るぞ」

 乾が呟くや否や、植物のツルがヘビのように足首に絡みついてきた。両足に巻きついてきたかと思うと、瞬く間に両手も、体も。長いツルがズルズルと這い上がってきて、締め付けてきた。

「うわっ、何なんすか、これ!?」

「取れない、取れないにゃー!」

「ホント、取れないっすね」

 リョーマは何とかしてツルから逃れようともがいたけれど、どう動いてもツルは次々に絡み付いてきてきた。

「やはりな」

 皆が慌てる中で、一人冷静に呟いたのは乾だった。

「これ、何なんすか、乾先輩!?」

「これは『悪魔の罠』だ。こいつは暗闇と湿気を好み、獲物にツルを巻きつけて絞め殺す。もがけばもがくほど、死が近づいてくるぞ」

「そんな!?」

 泣きそうな声をあげるのは、菊丸だった。

「こいつに巻きつかれたら、慌てず騒がず、おとなしくしているのが一番だ。そうすれば、害はない」

「そんな、ムリっすよー!」

 暗闇の中で突然妙なツルに体を締め上げられて、パニックになった桃城や菊丸には、乾の冷静な忠告は通じなかった。

「いいから、落ち着け! とにかく、動かずにじっとしているんだ」

 全く動じていない様子で、乾が言う。やがて、ズルズルとツルが動き出して何かを吸い込もうとしているのが、リョーマにもわかった。

「乾先輩!?」

 遙か上方の扉から差し込んでくるわずかな光の中で、暗闇に慣れたリョーマは、ようやく周りの様子が見えるようになった。

 肩や首までツルに巻かれている桃城と菊丸の間で、ズルズルとツルの中に吸い込まれるようにして乾が更に下へと落ちて行った。

「乾っ!?」

「先輩!? 先輩っ!?」

 乾がツルに吸い込まれるのを見た桃城と菊丸は、半狂乱になって叫びたてた。

 すると、下から乾の声が聞こえてきた。

「心配ない。言っただろ、おとなしくしてろ、って」

「乾!? 一体どこにいるんだ?」

「動かずにじっとしてれば、わかるよ」

 大石の問いかけに、乾は意味深な答えを返してきた。乾がストレートに答えを教えてくれないのはいつものことだ。それは、何度か勉強を教わったリョーマもわかっていた。

(乾先輩がそんな風に言うってことは……)

 つまり、乾の言うとおりにしておけば、まず間違いはない。

 リョーマのすぐ横にいる大石も、そう判断したらしい。ふぅ、と深呼吸をして動くのをやめた。

 それに合わせるように、リョーマも呼吸を整えて動くのをやめた。すると……。

(あれ?)

 息苦しいほどに体を締めつけていたツルが、少し緩み始めた。

 かと思うと、下へ導くような動きを始めて、リョーマの体はツルの中に沈みこんでいった。

「大石っ!?」

「越前っ!?」

 頭が完全にツルの中に沈みこんだ。と思ったとき、下半身がツルから解放された。そしてそのまま、リョーマは下の床へと落とされた。

「っ!?」

 硬い石の床に、リョーマはつんのめって倒れそうになったのを、かろうじて持ち直した。

「言ったとおりだっただろ?」

「あ……乾!」

「先輩、これ、どういうコトなんすか?」

 どことなく楽しそうな声に振り向くと、乾が余裕の表情で壁に寄りかかっていた。

「悪魔の罠は、飛び込んできた獲物に巻きついて絞め殺す。だけど、動かず騒がず、じっとしている物に対しては働かないんだ」

 乾が指差した上を見上げると、さっきまでリョーマを締めつけていたツルが、うようよと蠢いていた。

「乾っ! 大石ぃ! どこぉ!?」

「いいから落ち着くんだ、英二!」

「苦しっ! 越前、越前っ!?」

「おとなしくしてれば、大丈夫っすよ、桃先輩」

 大石とリョーマがそれぞれ声をかけたが、完全にパニック状態に陥っている桃城と菊丸には通じなかった。

「まったく、仕方ないな」

 そんな様子を見て、乾は一つため息をついて、杖を取り出した。

「ルーモス マキシマ」

 まるでボソッと呟くように乾が呪文を唱える。すると、杖の先から強烈な光が放たれ、ツルめがけて噴射された。光で草がすくみ上がり、桃城と菊丸の体を締めつけていたツルが、みるみるほどけていった。草は身をよじり、へなへなとほぐれ、桃城と菊丸はツルから吐き出されるように、下に落ちてきた。

「って!」

「た、助かったにゃー」

 硬い床の上に尻餅をついて、二人はぜぇぜぇと喘いだ。

 何となく楽しそうに桃城と菊丸を見つめる乾に、リョーマは尋ねていた。

「先輩、今のって……」

「コイツは、太陽の光に弱いんだ」

「それ、もっと早くやって下さいよ」

「それをやってしまったら、『悪魔の罠』への対処法が身につかないだろう?」

 苦情を言ったリョーマに、乾はニヤリと笑い返してきた。

(ほんっと、ヤーな先輩)

 リョーマは心の中で毒づいた。

「大丈夫か、英二、桃?」

「大丈夫にゃー」

「まぁ、俺と英二先輩がおとなしくしてたからっすよね、助かったの」

 大石に尋ねられて、ほっとした声を出す菊丸とは対照的に、桃城が調子のいいことを口にする。

 リョーマは思わず呟いていた。

「それ、乾先輩が薬草学をちゃんと勉強してくれてたおかげなんじゃないっすか?」

「……」

 リョーマに痛いところを突かれて、桃城は絶句した。

「とりあえず、何事もなくて良かったよ。先へ進もう」

「そうだな。俺たちより先に行っている者がいるとわかった以上、あまり遅れを取るわけにはいかない」

 苦笑しながら大石が先を促す。乾もそれに同意した。

「ここにあった『悪魔の罠』は多分、スプラウト先生が考えた罠だ。この先にも、いろいろな先生が考えた罠があるはずだ。油断は禁物だぞ」

「油断せずに行こう、って?」

 乾の言葉を受けて、菊丸が手塚の口調を真似て、おどけたように言う。自然、笑いがこぼれた。

「じゃぁ、行こうか」

 ポッ、と乾が杖の先に明りを灯す。

 それを頼りに、リョーマたちは廊下を先へと進んで行った。





早いもので、ハリポタdeテニプリ連載開始から、そろそろ1年。
37章までやって来ました!
いよいよ、『賢者の石』を守るべく、リョーマたちが数々の罠に挑んでいくお話に突入しました(^^)。
今回は、最初の『悪魔の罠』ということで、薬草学のエキスパート、乾センセイが大活躍でございました♪
これから先、他のキャラたちも大活躍してくれますので、お楽しみに(^^)。

しかし、当初は1年で連載を終わらせる予定だったのですが……(汗;)。





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