ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:35   怪物の正体

 バジリスク。

 それは、世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも最も珍しく、最も破壊的で、別名「毒蛇の王」とも呼ばれている怪物である。

 石になって、今は医務室のベッドに寝ている大和が、その直前に破って握りこんだと思われる本のページを、寮の談話室に持ち帰った乾は読み上げた。

 乾の周りには、クィディッチチームのレギュラーたちが勢揃いして、静かに淡々と語る乾の声を聞いていた。

「バジリスクは鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化し、巨大に成長し、何百年も生き長らえる。毒牙による殺傷とは別に、バジリスクのひとにらみは致命的で、その眼からの光線に捕らわれたものは即死する。クモの宿命の天敵であるため、クモが逃げ出すのはバジリスクが来る前触れである。この毒蛇にとって致命的なのは雄鶏が時をつくる声で、それからは唯一逃げ出す」

 乾が読み終えた後も、メンバーたちはしばらく言葉を失っていた。

 リョーマも、乾が読み上げた説明を聞いて、言葉が出なかった。

 言われてみれば、なるほどと思うことばかりだった。

 バジリスクは蛇の怪物だ。ならば、蛇語を理解できるリョーマだけが、その言葉を聞き取ることができたのも、頷ける。

 そしてその本に記述されているとおり、石にされる生徒が現れる時は、必ずと言っていいほど、クモが列をなして城の外へと逃げて行っていた。

 それだけではない。アラゴグに話を聞いた時、アラゴグは、秘密の部屋の怪物は彼らクモが何よりも恐れる生き物だ、と言っていた。

「……待てよ? バジリスクのひとにらみは致命的なんだろう? どうして皆、石になってるんだ?」

 疑問を投げかけたのは、大石だった。

「これはあくまでも俺の推測だが……石になった生徒は誰も、まともに眼を見たわけじゃなかった。ということなんじゃないか?」

「まともに眼を見たわけじゃない? どういうことなんだ?」

 なおも尋ねられて、乾は黒革の表紙を貼ったノートを取り出して、パラパラとめくった。

「まず、最初に石にされたレイブンクローの野村拓也。彼の側には、真っ黒にすすけた『ほとんど首なしニック』がいた。覚えているか?」

「忘れようったって、忘れられないっすよ」

 大石に代わって答えたのは、桃城だった。最初の犠牲者である野村拓也が石にされたのを発見したのは、今ここに集っている9人全員だ。壮絶な光景は、忘れようとしても忘れられるものではなかった。

「でも、ニックとノムタクさんと、どんな関係があるんすか?」

「多分、野村拓也はニック越しにバジリスクを見たんだ。だから、石にされるだけで済んだ。ニックはもともとゴーストだから、死にようがないだろう?」

「確かに、ゴーストを殺すことは不可能だね」

 乾の推論に、不二が同意した。既に死んでいるゴーストは、バジリスクに睨まれても死ぬはずがない。だからニックは黒くすすけたようになってしまい、ニック越しにバジリスクの眼を見た野村は石になるだけで済んだ。

「じゃぁ、ミセス・ノリスは?」

「ミセス・ノリスが石になって松明の枝につるされた時、廊下が水浸しになっていただろう?」

 確認するように尋ねてくる菊丸に、乾は逆に問い返した。

 その問いかけに、リョーマも他のレギュラーたちも、ハロウィーンの夜に起きたことを思い出していた。

 ハロウィーンの夜、パーティーの最中にクィレル先生がヨレヨレの姿で飛び込んできて、地下室にトロールが出たと言って倒れて。リョーマは桃城と一緒にトロールを気絶させた。あの、嘆きのダビデのトイレで。

 その時に、ダジャレをけなされたダビデはねぐらにしている便器に飛び込んで、トイレや廊下を水浸しにしてしまった。ということは……。

「ミセス・ノリスは水に映ったバジリスクを見た、ってことっすか?」

「そういうことだ。察しがいいな、越前」

 半信半疑ながらも口に出してみると、乾は満足げな微笑を浮かべて頷いた。

「ということは、ハッフルパフの壇太一はカメラのレンズ越しにバジリスクを見た、ってことかい、乾?」

「そうだな。そして、大和部長は……手鏡だ」

 大石がリョーマに続き、乾はさらにノートをめくって大和が襲われた際のデータを引き出した。

「大和部長は、秘密の部屋の怪物がバジリスクだと気づいた。このページを破ったのは、多分それを俺たちに知らせるためだ。同時に、マグル出身の自分が襲われる対象である、ということも十分自覚していた。だから、近くにいた女子から手鏡を借りて、それを見ながら後ろを警戒していたんだろう」

 そして、大和が危惧していたとおり、彼は襲われた。手鏡に映ったバジリスクの眼を見て、石にされた。

「乾の推理で、まず間違いないだろうな」

 乾から破られたページを受け取って目を通し、推理を聞いていた手塚も納得したようだった。

「でも、そのパイプっていうのは何なんだい?」

「バジリスクの移動手段だよ」

「移動手段?」

「正確には、通り道として使用した、というべきだろうね」

 河村に尋ねられて、乾は簡単に答えた。

「換気や排水のために、ホグワーツ中の壁に無数のパイプが張り巡らされているだろう? バジリスクはそこを通って移動していたんだ。だから、神出鬼没であちこちに出現することができた」

 乾が話すとおり、石にされた生徒が発見されたのは、最初にミセス・ノリスが発見された大広間に続く廊下からかなり離れていて、場所もバラバラだった。

 同時にリョーマは納得していた。

 壁の中に張り巡らされたパイプを通って移動していたから、リョーマは壁からズルズルと何かが這うような音を聞き、壁の中から不気味な声が聞こえてくる、と思ったのだと。

「そういうことだったんすね」

「恐らくな」

 乾は頷くと、ノートを閉じて指定席になっている肘掛け椅子の背もたれに体を預け、一つ深いため息をついた。

「石になったミセス・ノリスや大和部長たちを回復させるためのマンドレイクは、来月には完全に成長する。そうすれば、スネイプ先生がすぐに回復薬調合に入るはずだ。大和部長が元に戻ったら、具体的にどういう状況で襲われたのかを詳しく聞いてみる必要があるな」

「その前に、期末試験の勉強も忘れないことだ。落第は許さん」

 秘密の部屋の謎解きに沸きあがりかけたレギュラーたちを、手塚の一言が撃沈させた。

「手塚ぁ、それは言わない約束にゃー」

 期末試験が始まるまで、あと2週間を切っていた。

「この1年で勉強したことを、ちゃんと復習しておくことだな」

 手塚に言われて、リョーマは今までに習ったことを思い出そうとしたが、試験に役立ちそうな知識は何一つ出てこなかった。





 次の日から、リョーマたちは猛勉強を始めた。

 何せ、ホグワーツでこの数ヶ月に習ったことは膨大な量があって、復習するだけでも大変だったのだ。

 期末試験とは別に、OWL試験を受けなければならない手塚と乾をはじめとする5年生たちは、特に目の色を変えていた。

 毎日夜遅くまで、自習室や談話室、図書室での勉強が続いて数日が過ぎ、期末試験までいよいよあと3日となった夜。

 夕食のために大広間に集まった生徒たちに、マンドレイクが収穫できるまでに成長した、と知らされた。

「明日の夜には元に戻せる、ってことか」

「大和部長から詳しい話を聞いて、犯人探しってトコかにゃ?」

「そうだね」

 大石や菊丸、不二たちが口々に話している時、リョーマは控え目で高い声に呼ばれた。

「あ、あの……リョーマ君……」

 ためらうようにリョーマに声をかけてきたのは、竜崎桜乃だった。

「何?」

「あの……あのね、私……リョーマ君に、話したいことがあるの」

「そう。それで、何?」

 桜乃が何を話そうとしているのかを聞き返しても、桜乃は何をどう話していいのか、言葉を探しているようだった。

「あ……私、その……」

 そんな桜乃に、いつも一緒にいる朋香が後ろから声をかけた。

「桜乃ぉー、何してるの? あ、リョーマ様ぁ。桜乃ってばズルーイ、自分だけリョーマ様に勉強教えてもらおうとか、思ってたんでしょう?」

「ち、違うよ、朋ちゃん……」

 一番のリョーマファンを自認する朋香の勢いに押されて、桜乃は苦笑した。

「ねーねー、リョーマ様ぁ。私、変身術でわからないところがあるんだけど、後で教えてもらっていい?」

「別に、いいけど……」

「きゃぁ、ありがとー、リョーマ様ぁっ!」

 そのまま抱きつかんばかりの勢いに押されて、リョーマは少し引き気味になってしまった。

「桜乃、抜け駆けはダメだからね」

「だから、そうじゃないって、朋ちゃん……」

 朋香の勢いに飲まれる形で、結局桜乃が何を言おうとしていたのか、リョーマは聞きそびれてしまった。

 夕食が終わって談話室に戻ったリョーマは、再び朋香に話しかけられた。

「ねー、リョーマ様? 桜乃見なかった?」

「竜崎さん? 見てないよ」

 リョーマの代わりに答えたのは、隣で魔法薬学の復習をしていたカチローだった。

 アンタには聞いてないわよ、と文句を言われながらも、カチローは朋香に尋ねた。

「さっき、大広間から一緒に出たんじゃなかったの?」

「そうなんだけど。トイレに行くって言って、一人で走って行っちゃって……まだ戻ってないみたいなの」

「でも、一人で動き回るのって、禁止されてるんじゃなかった?」

「そうなんだけどね……」

 カツオに言われて、朋香は頷きながらも釈然としない様子だった。

 その時、魔法で拡声されたマクゴガナル先生の声が、グリフィンドールの談話室にも響いてきた。

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まり下さい」

 切迫したような声にただならぬものを感じて、カツオとカチローが顔を見合わせるのをよそに、リョーマは談話室を見回して手塚たちの姿を探した。

 すかさず、乾が杖を取り出していつもの鳥を出すのを見て、リョーマは心の中で少し笑った。乾が様子を探るのならば、何が起きているのか知らせてくれるはずだ。

 視界の隅で、手塚と乾、そして大石と菊丸、不二、河村……クィディッチのメンバーたちが次々に席を立って階段を上がっていくのを見て、リョーマも席を立った。

「リョーマ君?」

「続き、部屋でやるから。先に上がるよ」

 いぶかしげに声をかけてくるカチローにそう言って、リョーマも海堂と桃城の後に続いた。

 リョーマたちは、手塚の部屋に集合していた。

 全員が無言で、乾の報告を待った。乾は手塚の机を借りて、偵察に放った鳥、蓮二君2号が情報を伝えてくるのを、魔力を集中させて待っていた。

「……なるほどな」

 乾が小さく呟くのを聞いて、視線が一斉に乾に集中した。

「何が起きている?」

「生徒が一人、秘密の部屋の怪物に連れ去られたらしい」

「連れ去られた!?」

 手塚の問いかけに淡々と答えた乾に、大石が悲痛な声をあげた。

「詳しく聞かせろ」

「『スリザリンの継承者』がメッセージを書き残したらしい。それも、最初に残された文字のすぐ下に」

「内容はわかるのか?」

「ああ。マクゴガナル先生が、詳しく話してくれたんでね」

 尋問するような口調の手塚に向かって、乾は薄らと笑った。

「継承者が書き残したメッセージは、『彼女の白骨は永遠に、秘密の部屋に横たわるであろう』だそうだ」

「なんてことだ!」

「そんな!」

 同時に声をあげたのは、大石と河村だった。

「誰なんだ? 連れ去られたのは」

「竜崎桜乃」

「竜崎!?」

 乾が答えたのを聞いて、リョーマは思わず小さく声をあげた。

「どうしたんだよ、越前?」

「いや、別に……」

 桃城に尋ねられてリョーマは言葉を濁したが、鋭い不二に掴まってしまった。

「そういえば……彼女、大広間で越前に話しかけていたみたいだけど。何か訊いたのかい?」

 口調は穏やかだが、リョーマは、知っているなら全部話せ、と脅迫されているような気分になった。

「竜崎、俺に話したいことがあるって言ってたんすけど。話す前に小坂田が声かけてきて……」

「きて?」

「結局何も言わなかったっす」

 リョーマから何か聞き出せると期待した桃城は、あからさまにがっかりして見せた。

「なんだよ、それ」

「でも、おかしくないっすか?」

「どうしたんだい、海堂?」

 疑問を浮かべた海堂に、乾が問いかけた。

「竜崎桜乃って、確か純血っすよね」

「ああ。このグリフィンドール寮の入り口を守っている竜崎スミレ、彼女の末裔に当たるからな」

「なのに、何でその竜崎が連れ去られるんすか? 継承者の敵でもないのに」

「確かに……海堂の言うとおりだな」

 海堂の言葉に、乾は眼鏡を押し上げて頷いた。

「何か知っていたんじゃないのか、彼女は?」

「手塚?」

「秘密の部屋に関する何かを、彼女は知っていたんじゃないのか。そのせいで、連れ去られた、とも考えられる」

 他に考えられる理由はない、と手塚は続けた。

「明日……」

 再び鳥に意識を集中させていた乾が、ポツリと呟いた。

「明日、全校生徒を帰宅させるらしい。一人残らず、な」

「見捨てるんすか、竜崎?」

 先生たちが下した決断に、リョーマは納得がいかなかった。

 桜乃のことだけではない。

 ヴォルデモートが、このホグワーツに隠されている賢者の石を狙っているというのに。

 見て見ぬ振りをして、ホグワーツを出て家に帰るのは、納得いかなかった。

「このまま、黙って引き下がるんすか?」

 リョーマは手塚に食ってかかった。

 正面から睨まれた手塚は、静かに決断を下した。

「俺は、引き下がるつもりはない」

 リョーマを見据えてきた手塚の目は、強い意志がみなぎっていた。






隔週掲載になりまして、申し訳ありません。
その上、ギリギリになってのアップ……(苦笑)。
いやいや、やはり実力テスト終わってから書き上げるのは、かなりキツかったです、はい。

というわけで、やっとここまで来ました。
35章ですよぉ。
長かったなぁ(笑)。
でも、まだあともう二頑張りせねばなりません。
次回、リョーマたちがどう動くのか、お楽しみに(^^)。





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