ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:33   聖なる呪い

 もう一度森へ下りたい。

 リョーマの願いに応えるべく、不二は再び森へと車を下ろした。

 比較的平坦な場所を選んで車を停めてもらい、リョーマは海堂や乾、ファングと一緒に車を降りた。

 巨大なクモたちからは無事逃げおおせたものの、暗く生い茂った木々が夜の暗闇と共に空を覆い尽くす森の中は、やはり不気味だった。

「不二と英二は何かあった時のために、車で待機していてくれ」

「僕一人でも大丈夫だよ、乾」

「ここは危険な森だ。お前達は、それを誰よりもわかっているはずだろう? 単独行動はできるだけ避けた方がいい」

 一人で残るという不二を、乾は厳しく諭すように続けた。

「特に、ここ数日は不穏な事件が相次いでる。知らせてくれたのは、お前と英二だったよな?」

「それはそうだけど……」

「不穏な事件って、何すか?」

 乾に言われてもなおも渋る不二を見て、リョーマは尋ねていた。

「英二と不二が第一発見者のようだけど。先週あたりから、何者かがこの森に棲んでいるユニコーンを襲っているらしいんだ」

「ユニコーンを?」

 海堂に尋ね返されて、乾は小さく頷いた。

「ああ、目的はわからないけどな。あれは強い魔力を持った生き物だ。それを襲って殺した者がいるようだ」

「それって、つまり……」

「並大抵の力の持ち主ではない、ということだよ。ユニコーンを殺した犯人は」

 リョーマに尋ねられ、乾は眼鏡のブリッジを押し上げながら断言した。

「そんなの、俺たちの手に負えるんすか?」

「負えないかもしれないな。見つけたら、逃げるしかない。くれぐれも、軽はずみな真似をしないようにすることだ」

 乾はそう念を押した。

「この辺りで何かある、ということは……ユニコーンが殺されていることと、何らかの関係があるかもしれないからね。ある程度の危険は覚悟の上で、確かめてみるしかない」

 それが乾の弾き出した結論だった。

「この森に棲むもので、ハグリッドとファングを知らないものはいない。ファングを連れていれば、それなりに安全は確保されてる。それでもなお、俺たちの身に危険が及ぶようなら、赤い光を打ち上げる。そうしたら、車を出して助けに来てくれ」

「わかったよ」

 菊丸と不二が納得したのを見て、乾は歩き出した。リョーマも、海堂やファングと一緒に乾を追いかけた。

 今夜、この森を歩くのは二度目になる。今度は乾がついているということで、少し安心感があった。膨大な情報を持ち、それを瞬時に引き出して活用することのできるこの監督生は、最も頼りになる先輩の一人だからだ。

 乾と海堂の二人が、杖の先に明りを灯す。それを頼りに、足元を照らしながら3人と1匹は歩いた。少し歩くと、落ち葉の上に点々と滴ったシルバーブルーの血痕があった。

「これか……」

 乾はそう小さく呟くと、膝を突いて血痕を確認した。リョーマは乾の横にしゃがみこんで、シルバーブルーの血を指で掬い取った。落ちてからかなり時間が経っているらしく、それは温かみを失っていた。

「へぇ、これがユニコーンの血なんすか?」

「ああ。……と、触るのはいいけど、舐めるなよ。呪われるぞ」

「そうなんすか?」

 どんな臭いがするのかと、血の付いた指を顔に近づけようとしたリョーマは、乾に止められた。思わず顔を見返すと、乾は深刻な表情をしていた。

「ユニコーンの血が、何に使われるか知ってるかい?」

「知らないっす。角とか尾の毛とかを魔法薬の時間に使ったことはあるっすけど」

「蘇生薬だ」

 乾に尋ねられて、答えたのは海堂だった。

「ユニコーンの血は、たとえ死の淵にいる時だろうが、命を長らえさせることができる」

「うん、海堂の言うとおりだよ。でも、それには恐ろしい代償を払わなければならないんだ。ユニコーンは、純粋で無防備な生き物だ。それを、自らの命を救うために殺すんだからね。得られる命は完全なものじゃない。その血が唇に触れた瞬間から、そのものは呪われた命を生きる。つまり、生きながらの死、というわけさ」

 海堂の答えに、乾がさらに説明を付け加えた。リョーマは自分の指に付いた血を、地面の落ち葉に擦り付けて、全て落とした。

「でも、何でそこまでして……? 永遠に呪われるんだったら、死んだ方がマシなんじゃないっすか?」

「普通はそう思うだろうな。でも、今こうしてユニコーンを襲っているヤツは、そうせざるを得ないほどに追い詰められている。そう考えるのが、妥当だろう」

 乾は立ち上がって、血痕をたどって再び歩き出した。曲がりくねった小道には、あちこちにユニコーンの血が落ちていた。

「この辺りは、そこら中が血だらけだ。昨日の夜くらいから、のたうち回ってるのかもしれねぇ」

「ああ。特にこの辺りが酷いな。一度倒れこんで、また起き上がったんだろう」

 樫の巨木の根元に、おびただしい血が飛び散っていた。

 リョーマと乾、海堂とファングはさらに森の奥へ向かった。道らしい道が消え、下草をなぎ倒し、細枝をバキバキと折りながら先へ進まなければならなかった。

(さっきはクモの後を追いかけて、今度は血の跡か。妙な夜だよな)

 そんなことを考えるともなく思いながら、リョーマは乾の後をついていく。リョーマの後ろからは、ファングの荒い鼻息が聞こえ、その後ろでは海堂が杖に明りを灯して背後を警戒していた。

「見ろ……」

 15分も歩いただろうか。樹齢何千年の樫の古木の枝が絡み合う、その向こうに、開けた平地が見えた。乾が足を止めて、呟いた。

 杖の明りにぼんやりと照らされた地面に、純白に光り輝くものがあった。3人と1匹はさらに近づいた。

 額の辺りから、1本の角が生えている。まさにユニコーンだった。

「死んでる……んすか?」

「ああ。そのようだ。かわいそうだがな」

 リョーマはこんなに美しく、こんなに悲しい生き物を見たことがない、と思った。

 その長くしなやかな脚は、倒れたその場でバラリと投げ出され、真珠色に輝くたてがみは暗い落ち葉の上に広がっている。

 リョーマが一歩踏み出したその時、ズルズル滑るような音がした。リョーマの足はその場で凍りついた。

「越前!」

 小さく、鋭く乾がリョーマを呼び止めた。

 暗がりの中から、頭をフードにすっぽり包んだ何かが、まるで獲物をあさる獣のように地面を這ってきた。リョーマも、乾、海堂、ファングも金縛りにあったように立ちすくんだ。マントを着たその影はユニコーンに近づき、かたわらに身をかがめ、傷口からその血を飲み始めた。

「ふ…ふしゅ………!」

「っ!?」

 海堂は吐息を吐き損ね、乾もヒュッと息を呑んだ。ファングはいち早く逃げ出していた。

 フードに包まれた影が頭を上げ、リョーマたちを真正面から見た。ユニコーンの血が、フードに隠れた顔から滴り落ちた。ゾッとする光景だった。

 その影は立ち上がり、リョーマたちに向かってスルスルと近寄ってきた。3人は、恐ろしさのあまり動けなかった。

 その時、今まで感じたことのないほどの激痛が、リョーマの頭を貫いた。額の傷痕が燃えているようだった。目がくらみ、リョーマはヨロヨロと倒れ掛かった。

「越前!?」

 リョーマが倒れたことで我に返った乾がとっさに動いて、リョーマを支えた。

「先輩っ!!」

 同様に海堂が杖の明りを消し、乾をかばうようにしてリョーマと乾の前に立った。

「ステューピファイ!」

 リョーマを支えた状態で、乾も杖に明りを灯す魔法を解除して、別の呪文を唱えた。その杖先から炎のような赤い光がほとばしり、影を直撃した。

「何!?」

 が、乾の魔法は跳ね返され、側にある樫の古木に当たり、太い枝を折った。

 乾が呪文を唱える声に重なって、リョーマは後ろの方から蹄の音を聞いたと思った。足早で駆けてくる。

「レダクト!」

 3人の上に枝が落ちてくる寸前、乾は再び呪文を唱えてそれを粉々に砕いた。パラパラと木屑が降りかかる中、3人の真上を何かがヒラリと飛び越え、影に向かって突進した。

 激痛のあまり、リョーマはついに自分を支える乾の腕にも縋っていられなくなって、膝を付いた。

「ケンタウルス……」

 海堂が呆然と呟いた。激痛に耐えながら顔を上げると、馬とも人間ともつかない何者かがリョーマたちと影との間に立ちはだかり、前足を大きく上げて威嚇していた。それは、腰から上が明るい金髪の人間で、腰から下は淡い金茶色の毛に覆われた馬だった。

 ケンタウルスに威嚇され、影は3人にそれ以上の手出しをできず、消え去った。後には、ユニコーンの死骸とリョーマたち3人、そして一人のケンタウルスが残された。

「ケガはないかい?」

 ケンタウルスはリョーマを引っ張り上げて立たせながら、声をかけた。

「う、うん……どうもっす。あれ、何だったんすか?」

 影が去ったためか、痛みが少し引いていた。リョーマは尋ねてみたが、ケンタウルスは答えない。まるで淡いサファイアのような青い目が、観察するようにリョーマを見つめていた。そして額の傷に、視線がじっと注がれた。

「傷が……」

 乾が呻くように呟く。傷痕は額にきわだって青く刻まれていた。

「君は越前家の子供だね? 早くこの森から出た方がいい。今、森は安全じゃない。……特に、君にはね」

 ケンタウルスは、静かに諭すようにリョーマに告げた。

「アンタ、誰?」

「私の名前はフィレンツェだ。君の事は、ハグリッドからよく聞いているよ、越前リョーマ」

「ハグリッドを知ってんの?」

「ああ。今夜、ぬれぎぬを着せられて連れ去られたことも、僕は知っている。惑星の動きが、そう告げていたからね」

 穏やかな口調で、フィレンツェはそう答えると、リョーマの側にいる乾と海堂を見た。

「君達も、ホグワーツの生徒だね?」

「はい。俺は5年の乾、こちらは2年の海堂です」

「そうか。ならば、彼を連れて一刻も早くこの森を出るんだ」

 フィレンツェは繰り返した。

 その言葉に合わせたように、木立を縫うようにして、後ろから光が差し込んできた。

「いーぬいーっ!! おっチビー! かいどぉーっ!」

 甲高い声で、リョーマたちを呼ぶのは菊丸だった。不二が運転するフォード・アングリアが近づいてきて、リョーマの前で停まった。

「赤い光が見えたから飛んできたんだけど……無事だったみたいだね」

「ああ。フィレンツェが駆けつけてくれたおかげで、何とかな」

 エンジンを止めて、不二と菊丸が中から出てきた。

「ああ、菊丸家の末っ子君と不二君。彼らは君たちの友人だったんだね」

「そうだにゃ。おチビたちを助けてくれて、ありがとうにゃ、フィレンツェ」

 菊丸も不二も、フィレンツェを知っているようだった。

「知り合いなんすか?」

「うん。ここで遊んでる時に偶然知り合ってね」

 リョーマに尋ねられて、不二が微笑を深くして答えた。

「ユニコーンの死体を最初に見つけた時にも、助けてもらったにゃ」

「末っ子君が血を舐めようとしてたからね、僕が止めたんだ」

「なるほど…英二らしい行動だな」

 フィレンツェの言葉に、乾が苦笑した。乾だけでなく、リョーマも海堂も、緊張していた気持ちが緩んだ。

「あ、そういえばファングは? 逃げたみたいだけど」

「来る途中で見つけたから、乗せてきたよ」

「そうか」

 影が去ったのに合わせ、森を覆い尽くしていた闇も和らいだのか、木々の間から月明かりが差してきた。リョーマたちのやりとりを微笑して見守っていたフィレンツェは、空を見上げて何やら考えるような表情を見せた。

 月明かりで銀色の濃淡をつくり出すフィレンツェの髪を、リョーマは後ろから見つめた。

「いつでも罪のない者が真っ先に犠牲になる……。痛ましいことだ」

「フィレンツェ?」

「あなたは、あの影が何者なのか、心当たりがあるんですか?」

 遠い目をするフィレンツェに尋ねたのは、乾だった。

「俊足で魔力も強いユニコーンを殺すなど、並大抵の魔力の持ち主じゃない。そのユニコーンを殺し、生き血をすするという罪を犯すのは、これ以上喪うものは何もない。しかも殺すことで、自分の命の利益になる者だけだ」

 フィレンツェは、乾を振り返った。

「君の言うとおり、あの者は今、生きながらの死の命を手にしている。しかし、他の何かを飲むまでの間だけ生き長らえればよいとしたら――? 完全な力と強さを取り戻してくれる何か――決して死ぬことがなくなる何か――。君は賢い。今この瞬間に、学校に何が隠されているか知っているか?」

「まさか……」

 フィレンツェに問い返されて、乾は絶句した。

「賢者の石……命の水!?」

 けれどそれもほんのわずかのことで、乾はすぐに頭の中からそれを弾き出してきた。フィレンツェは頷いて、静かに続けた。

「力を取り戻すために長い間待っていたのが誰か、思い浮かばないか? 命にしがみついて、チャンスをうかがってきたのは誰か?」

 リョーマは鉄の手で、突然心臓を鷲掴みにされたような気がした。

「にゃーんか、すんごくイヤーな気がするんだけど……」

「ふ…ふしゅー」

「確かに、できることなら認めたくない事実だな、それは」

 菊丸も海堂も乾も、顔色を変えていた。マグル出身の不二でさえ、少し青ざめていた。

「それじゃ……俺が今見たのは……ヴォルデモート?」

「お、おチビっ!?」

 その名を口にした瞬間、菊丸が悲鳴のような声をあげた。

 リョーマは確信していた。額の傷に、あんな激痛が走ったのが何よりの証拠だった。

「幸運を祈るよ、越前リョーマ」

 フィレンツェは腰をかがめて、リョーマと目線を合わせた。

「ケンタウルスでさえも、惑星の読みを間違えたことがある。今回もそうなりますように」

 そう言い残して、フィレンツェは森の奥深くへ緩やかに走り去った。呆然としているリョーマたちを置いて。





「帰ろう。ここにいつまでもいても、仕方ない」

 しばらくの間、呆然と立ち尽くしていたリョーマたちにそう促したのは、乾だった。

「あの人がまだ生きていると、全く予想できなかったことじゃない。信じたくはないけどな」

「そだね。おチビに吹っ飛ばされても、実は生きてるんじゃないかって、父ちゃんたちも皆言ってた」

 乾の言葉に頷いたのは、菊丸だった。

「とりあえず、帰ってから情報をまとめて、作戦を練らないといけないな」

「賢者の石を守る方法と、秘密の部屋の真相を探るための、かい?」

「そうだ。それに、俺たちの帰りがあまり遅いと、大石の胃に穴が開くからな」

「それもそうだにゃ」

 不敵な微笑を浮かべる不二に笑い返して、乾は茶化して言った。

 リョーマたちは再び車に乗り込んで、禁じられた森から出て、真っ暗になったホグワーツ城へ戻った。






長いようで、早いような。
やっと33章まで参りました。
書き始めたときから「これは長丁場になるな」と思っていたのですけれど。
まさか、ここまでになるとは(苦笑)。

前章から続いた、禁じられた森でのお話はこれにて終了です。アデュ。
…と、いかんいかん。
余計な一言を加えてしまいましたね(笑)。
次々と明らかになる新事実、いかがだったでしょう?
実は、筆者も頭の中で整理するのが大変だったりして(苦笑)。

次章では、ついに、アノ人の秘密が明らかになります。
誰のどんな秘密かは、次章のお楽しみということで♪





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