Chapter:31 禁じられた森へ
透明マントに隠れてホグワーツ城を抜け出したリョーマと海堂は、学校の外れ、禁じられた森の側にあるハグリッドの小屋に辿り着いていた。
「ハグリッド、ハグリッド! いる?」
リョーマはマントを着たままで小屋のドアをノックし、ハグリッドを呼んだ。
ハグリッドはすぐにバタンとドアを開けた。真正面にヌッと現れたハグリッドは、真っ直ぐに石弓を突きつけていて、後ろの方ではハグリッドが飼っている犬のファングが咆えたてていた。
「何モンだ!?」
険しい声で問いかけられて、リョーマはようやく気づいた。透明マントを着ているせいで、自分と海堂の姿がハグリッドには見えてない、ということに。
「俺だよ、ハグリッド」
「……っす」
「なんだ、お前さんたちか。こんな所で何しとるんだ?」
透明マントを取り去って姿を見せると、ハグリッドは少し安堵した表情を見せた。
「ま、まぁ入れや」
ハグリッドはリョーマと海堂を、中に招き入れた。
「それ、どうしたの?」
リョーマは中に入りながらハグリッドに尋ねてみた。
「何でもねぇ…何でも……」
ハグリッドはもごもごと言った。
「ただ、もしかすると……うんにゃ……座れや……茶、入れるわい……」
ハグリッドはまるで上の空だった。
やかんから水をこぼして、暖炉の火をあやうく消しそうになったり、どでかい手を神経質に動かした弾みで、ポットを粉々に割ったりしていた。
「大丈夫っすか?」
さすがに心配になったのか、海堂が声をかけた。
「だ、大丈夫だ。気にすんな」
「お茶なら、俺が淹れるっす」
「わ、悪ぃな……」
手つきがかなり怪しいハグリッドに代わって、海堂が巨大サイズのやかんやポット、マグカップを慣れない手つきで扱いながら、3人分のお茶を用意した。
「で、お前さんたちこんな時間に何しに来たんだ?」
「ハグリッドに話があったんっす」
「あ、俺も」
尋ねてくるハグリッドに、海堂がマグカップを勧めながら答える。少し乗り遅れたが、リョーマも海堂に続いた。
「話? 話ってな、何だ?」
「賢者の石のことっす」
「……なんでお前さんが知っとるんだ?」
「!?」
海堂の答えに、ハグリッドだけでなくリョーマも驚いた。ハグリッドに話がある、とは言っていたが。まさかそれを聞くために寮を抜け出そうとしていたとは、リョーマも想像していなかった。
しかし海堂はそんな二人の様子には構わない、といった様子でハグリッドに話した。寮の談話室で、リョーマが乾たちの助けを借りて、立ち入り禁止の廊下にいるフラッフィーが守っている物の正体が、賢者の石であると結論付けたのを全て聞いていたのだ、ということを。
「あんたは知ってるはずだ。このホグワーツで起きてることで、あんたの知らないことはないはずなんだ」
海堂は不機嫌そうな口調はいつものままで、けれどハグリッドをおだてるような言い方をした。
「ダンブルドア校長があんたを信頼してるのも、よくわかってる。でも、賢者の石を守るために助けを借りたのは、あんただけじゃねぇ。違うか?」
「まぁ、な。ダンブルドアは俺からフラッフィーを借りて、何人かの先生が魔法の罠をかけたんじゃ。確か、スプラスト先生……フリットウィック先生……マクゴガナル先生……それから、クィレル先生。ダンブルドア先生もちょこっと細工をしたし……あと、ああ、そうじゃ。スネイプ先生もおった」
「スネイプもいたんすか?」
「ああ」
ハグリッドはいつになく饒舌に、ためらうこともなく海堂に話して聞かせていた。
(この先輩って……いつも無口だけど、結構やるじゃん?)
リョーマは、ただ呑気にそう思っていた。リョーマがハグリッドから聞きたいことは、別のことだ。だが海堂がハグリッドから引き出している情報も、必要なものである、ということに変わりはなかった。
「フラッフィーをおとなしくさせられんのは、あんただけなのか?」
「今のところ、俺とダンブルドア先生しか知らんよ」
「その方法、誰にも教えてないっすよね?」
「ああ……と言いてぇところだが、もしかしたら誰かに話したかもしれん」
「どういうことっすか?」
畳み掛けるように海堂が尋ねると、ハグリッドは話し始めた。
ロンドンのパブで、各地を旅しているのだというマントにフード姿の男と意気投合し、酒を飲みながらハグリッドの仕事について質問され、ホグワーツで森番をしていることや、珍しい動物が好きだということや、いろいろな話をしたことを。
「例えばどんなものを飼ってるんだ、って聞かれたからな。一番珍しいのはフラッフィーだ、って言ってやったんだよ。……なにせ、次々に酒を奢ってくれるんで、あんまり覚えてねぇけどな」
「その人、フラッフィーに興味を持ったんすか?」
「そりゃそうだろ。三頭犬なんて、そんなに何匹もいねぇからな。だから俺は言ってやったんだ。フラッフィーは、なだめ方さえ知ってれば、かわいいもんだってな。ちょいと音楽を聞かせればすぐねんねしちまうって……」
ハグリッドは海堂の誘導尋問に引っかかって口を滑らせた。だが、それに気づく様子も見せなかった。
「そうっすか……どもっす」
海堂は軽く頷いて、何かに耳を傾けるような仕草をして、ハグリッドに礼を言って椅子に背中を預けた。
「で、リョーマ? お前さんの話ってのは、何だ?」
「あの、さ……」
今日のハグリッドは、簡単に口を滑らせる。
海堂と話しているハグリッドは、いつも以上に口が軽かった。リョーマは、単刀直入に尋ねることにした。
「50年前、秘密の部屋を開けたのはハグリッドだったわけ?」
「!?」
ハグリッドが驚いて立ち上がるのと、小屋の戸を叩く大きな音がしたのは、ほぼ同時だった。
リョーマと海堂はとっさに顔を見合わせ、さっと透明マントをかぶって部屋の隅に引っ込んだ。ハグリッドは二人が隠れたことを確認すると、石弓を引っつかんでもう一度ドアを開けた。
「こんばんは、ハグリッド」
ドアの向こうに立っていたのは、ダンブルドアだった。深刻そのもの、といった顔をして小屋に入ってきた。後ろからもう一人、見知らぬ男が入ってきた。
見知らぬ男は、背が低く恰幅のいい体にくしゃくしゃの白髪頭で、気難しそうな顔をしていた。
「コーネリウス・ファッジ……」
その男を見て、海堂が小さく呟いた。
「誰っすか、それ?」
「魔法省大臣だ」
尋ねると、海堂は短く答えた。部屋の状況を見守る海堂の顔も、険しいものになっていた。
ハグリッドは青ざめて、石弓を持った手をだらりと力なく下げた。
「状況はよくない、ハグリッド。すこぶるよくない。もう始末に負えん、本省が何とかしなくてはな」
ファッジはぶっきらぼうに言った。
「俺は、何もしてねぇ」
ハグリッドが、すがるようにダンブルドアを見た。
「ダンブルドア先生様、知ってなさるでしょう。俺は、決して……」
「コーネリウス。これだけは言っておくがの。わしはハグリッドに全幅の信頼を置いておる」
ダンブルドアは眉をひそめてファッジを見た。
「しかし、アルバス。ハグリッドには不利な前科がある。魔法省としても、何かしなければならん」
ファッジは言いにくそうだった。
「コーネリウス、もう一度言おう。ハグリッドを連れて行ったところで、なんの役にも立たんじゃろう」
ダンブルドアのブルーの瞳に、これまでリョーマが見たことがないような激しい炎が燃えている。
「私の身にもなってくれ。何か手を打たねばならんのだ。ハグリッドではないとわかれば、彼はここに戻り、なんの咎めもない。ハグリッドは連行せねば……」
「俺を連行?」
ハグリッドは震えていた。透明マントに隠れているリョーマと海堂も、思わず顔を見合わせていた。
「どこへ?」
「ほんの短い間だけだ」
ファッジはハグリッドと目を合わせずに言った。
「罰ではない、ハグリッド。むしろ念のためだ。他の誰かが捕まれば、君は十分な謝罪の上、釈放される」
「まさか、アズカバンじゃ?」
ハグリッドの声がかすれていた。
ファッジもダンブルドアも、無言だった。そしてそれは、肯定を意味していた。
「アズカバンなんだな……」
ハグリッドは項垂れた。
「時間じゃ、ハグリッド」
ファッジはハグリッドに外へ出るように促した。しかし、ハグリッドは足を踏ん張り、深呼吸すると、言葉を選びながら言った。
「誰か何かを見つけたかったら、クモの跡を追っかけて行けばええ。そうすりゃちゃんと糸口がわかる。俺が言いてぇのは、それだけだ」
ファッジはあっけに取られてハグリッドを見た。
「よし、今行く」
ハグリッドは厚手のオーバーを来た。ファッジに続いて小屋を出る時、戸口でハグリッドはもう一度立ち止まり、大声で言った。
「それから、誰か俺のいねぇ間、ファングに餌をやってくれ」
ハグリッドの大声で、ボアハウンドのファングは寝床のバスケットからクィンクィン鳴いた。
ファッジとハグリッド、二人の後に続いて小屋を出て行こうとしたダンブルドアは、戸口で中を振り返った。そしてリョーマと海堂が隠れている場所へ、視線を投げかけてきた。かと思うと、ウィンクをして、ダンブルドアは小屋を出て行った。
まるで、ハグリッドは大丈夫だ、とでも言うように。
戸がバタンと閉まって、3人が小屋から遠ざかったのを確認して、リョーマは透明マントを脱いだ。
「ダンブルドア校長、俺たちに気づいてたみたいっすね」
「そうみてぇだな」
「もしかして、減点されるんすかね?」
「いや、多分そうじゃねぇだろ。減点するなら、出て行く前に声かけてるはずだ」
「それもそうっすね」
リョーマは透明マントをたたんでテーブルに置き、戸を開けた。小屋の明かりが漏れて、少し明るくなっている地面を、無数のクモが這っているのが見えた。
「何かを見つけたいなら、クモの跡を追っていけ。って言ったっすよね、ハグリッド?」
「あ、ああ……」
頷き返す海堂の声が、心なしか震えているようだった。
「おいで、ファング」
リョーマは何のためらいもなくファングを呼んだ。そして壁にかかっているランプを手に取って、暖炉の火を移した。
「お、おい、越前?」
「行くしかないっしょ。せっかくハグリッドが教えてくれたんすから」
「でもお前、今から行くのか?」
「別の日に出直すの、面倒っすから」
そっけなく答えて、リョーマはファングと一緒に小屋を出た。
「このクモ、森の方へ行ってるぞ。それでも行くのかよ?」
「森って…禁じられた森っすか?」
「そうだ」
外に出てきた海堂が、クモの行き先を眺めてリョーマに尋ねる。クモの集団は、夜の暗さを全て飲み込むかのような、暗黒の森へと吸い込まれていた。
「とりあえず、校長も見逃してくれるんすから、今日のところはいいんじゃないんすか?」
「そういう問題じゃねぇ! この森は……」
「別に、海堂先輩は来なくてもいいっすよ。俺一人で行くっすから。まぁ、ここから寮まで帰ろうと思ったら、先生やゴーストに見つかって減点食らうかもしれないっすけど」
ハグリッドを相手に誘導尋問を仕掛け、見事に情報を引き出したとは思えないほどに、海堂はうろたえていた。わざと突き放すような言い方をして、リョーマはそんな海堂を追い詰めて、逃げ場を塞いだ。
(別に俺一人でもいいけど。先輩がいた方が、何かと便利そうだし)
そんな打算的な考えは、不敵な微笑のポーカーフェイスで表には出なかった。
「仕方ねぇ」
海堂は観念したように、ふしゅーと深くため息をついた。
「俺も行く」
「そうこなくっちゃ」
二人はファングを連れて、森の中へ入っていった。
クモの跡を追いかけて。
ファングは、木の根や落ち葉をクンクン嗅ぎながら、二人の周りを敏捷に走り回ってついてきた。クモの群れがザワザワと小道を移動する足取りを、二人はリョーマが手にしているランプの灯りを頼りに追った。
しばらくの間、リョーマも海堂も無言だった。
小枝の折れる音、木の葉の擦れ合う音の他に何か聞こえないかと、耳をそばだて、二人は黙って歩き続けた。
20分ほど歩いただろうか。やがて、木々が一層深々と茂り、空の星さえ見えなくなり、闇の帳に光を放つのはリョーマのランプだけになった。その時、クモの群れが小道からそれるのが見えた。
「こっち…みたいっすね」
「だな」
リョーマは立ち止まり、クモがどこへ行くのかを見ようとしたが、ランプ灯りの小さな輪の外は一寸先も見えない暗闇だった。
「ルーモス」
海堂が杖を取り出し、呪文を唱えた。すると、海堂の杖の先に小さな灯りが点った。
「海堂先輩……」
「ランプの油が切れたら、終わりだろうが。それに、これがあれば少しは違うだろ」
「そうっすね」
暗闇と静寂の重い空気が圧し掛かる中、リョーマの気持ちがふっと軽くなった。ニヤリと笑って、二人はクモの素早い影を追いかけて、森の茂みの中に入り込んだ。
「ねぇ、海堂先輩?」
「何だ」
クモの群れを確認しながら歩く途中で、リョーマは海堂に尋ねた。
「さっきあの妙なおじさんが言ってた、アズカバンって何すか?」
尋ねられた海堂は、一度軽くリョーマを睨んで、小さくため息をついて答えた。
「魔法使いの牢獄だ」
「牢獄?」
「海のかなたの孤島に立ってるっていう牢獄だ。数週間も入れば、ほとんどの連中は気が狂うっていう場所だ」
「そんな所に、ハグリッドが……」
リョーマは小さく呟いた。
「にゃろう」
リョーマは固く決意していた。
50年前の、秘密の部屋が開かれた事件の真相を探り出して、真犯人を捕まえて。
絶対にハグリッドを助ける、と。
(そのためには、とりあえずクモの跡を追わないと)
リョーマは気を引き締めて、更なる暗がりの中へ足を踏み出した。
先週お休みさせていただきました、ハリポタdeテニプリの31章でございました。
やっと薫ティンを活躍させることができました(感涙)。
次章も、さらに活躍してくれることと思います(^^)。
もう半年くらい前から構想を練っていたアレが書けるのね〜♪
と思うと嬉しいのですが、かなり気合を入れなければなりません。
上手くいけばまた来週。
長くなりそうなら、1週飛んで再来週にお目にかかるかもしれませんが、
ご容赦下さいませ。
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