ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:29   50年前のホグワーツ

 光に包まれて日記に投げ込まれた、と思ったリョーマは、次の瞬間、どこかの廊下にいた。

 辺りはもうかなり暗くなっていて、その廊下がどこの廊下かも、リョーマにはすぐに判断できなかった。アーチ状になった廊下の脇には、猪の石像が置かれていた。

(えーっと、確かここって……)

 そこは、大広間の近く。嘆きのダビデがいるトイレにつながる廊下だった。

「ったく、ダビデのヤツ。どこ行きやがったんだ?」

「トイレに行くって言ってたけど」

 廊下の向こう側から、二人の男子生徒が歩いてきた。二人とも、胸にはレイブンクローの紋章がついたローブを着ていた。

「相変わらず下らないダジャレ言いやがって」

「ああ、さっきの"春風は俺の遙か前方にいる"ってヤツ? でも、今までダビデが言ってきたダジャレと比べたら、まだまともな方だとおもうよ、バネちゃん?」

 短く刈り込んだ黒髪の長身の少年と、大きな鼻が特徴的な少年だった。

「そうか? 突っ込み入れようとしたら、"バネさんからさっき殺気が"とか言いやがったんだぜ、アイツ」

「でもでも、ダビデからダジャレ取ったら何が残ると思う、バネちゃん?」

「……何も残らねぇな」

 二人の会話を聞いて、リョーマは乾から聞いた情報を思い出していた。

(確か、嘆きのダビデの第一発見者は同じレイブンクローの寮生で、名前は…黒羽春風と樹希彦って言ってたっけ)

 黒い短髪の、長身の少年が呼び名からして黒羽春風で、もう一方の鼻が大きい方が樹希彦だろう、とリョーマは判断していた。

「でも、あいつのダジャレはヤル気に水を差すと思わねぇか、樹っちゃん?」

「まぁ…ちょっと力抜ける時はあるけどね。ダビデに悪気はないと思うよ?」

「だーから始末に終えねぇんだよ、アイツは」

「そう言いながら、可愛がってるじゃない、ダビデのこと」

 二人は話しながらリョーマの目の前を通り過ぎていった。目の前にいるにもかかわらず、二人はリョーマに気づかない。

「ねぇ、ちょっと」

 リョーマは二人に呼びかけたが、その声も聞こえていないようだった。

(えーっと、これってつまり……)

 この50年前の世界では、リョーマの姿は誰にも見えず、声も聞こえないということらしい。

 さて、これからどうしようかとリョーマが考えた時、黒羽と樹が去っていった方向から何やら叫び声が聞こえてきた。

(トイレ!?)

 リョーマは直感していた。今自分がいるのは、50年前の6月13日。そしてこの二人は、嘆きのダビデこと天根ヒカルが死んでいるのを最初に発見した二人だ。

 リョーマは駆け出していた。

 トイレの前まで来ると、案の定、一人の少年が仰向けになって床に倒れていて、さっきすれ違った黒羽と樹が両側から彼を覗き込んでいた。

「ダビデ!? おい、ダビデ! 返事しろ!?」

「ダビデ? えー? 何で、何でぇ? 何でダビデ息してないのぉ?」

 悲痛な黒羽の叫び声も、抜けたような樹の呼びかけも。虚しく廊下に響いていた。

「二人とも、こんな時間にここで何をしている?」

 不意に、リョーマの後ろから声がかけられた。冷静な声をかけてきた彼は、スリザリンのローブを着ていて、胸には監督生のバッチがをつけていた。

「あんた、スリザリンの……」

「トム・リドルだ。ここで何をしている?」

 彫りの深い、整った顔立ちをした彼は、問い詰めるような口調で繰り返した。

「ダビデが…うちの寮の天根ヒカルが倒れてるんだ! 息してねぇっ!」

「何だって?」

 黒羽の言葉にリドルは顔色を変え、倒れているダビデの側に寄り、口元や首筋に手を当てて様子を見ていた。

「……死んでいる………」

「死んでるって!? 嘘だろ!?」

「だが、呼吸も鼓動も止まっている」

「だって、ダビデさっきまで普通に話してたし、歩いてたし、晩飯だっていつもの倍近く食ってたし、病気だってしてないし……。何で、何でぇ?」

 黒羽は呆然とリドルを見つめ、樹は瞬く間に目から滝のような涙を溢れさせた。

「だが…事実だ」

 リドルの低い声が、冷たい廊下に響いた。

「どうしたのじゃ? 夜遅くに歩き回ってはいかん」

 たっぷりとした長い髭をたくわえた先生が近づいてくる。その容貌には、見覚えがあった。

 リョーマが記憶しているよりずっと若いが、それは……。

「申し訳ありません、ダンブルドア先生」

(やっぱ、ダンブルドア?)

「君達も、ここで何をしている?」

「ダンブルドア先生。ダビデが…ダビデが……」

 尋ねられて、泣きじゃくって言葉が出ない樹に代わり、黒羽が答えた。

「そこに倒れているのは、2年生の天根君か? どうしたのじゃ?」

「死んでいます」

 二人に代わって答えたのは、リドルだった。

「僕が通りかかった時には、倒れている彼にこの二人が必死で呼びかかけていました。その時には、もう恐らく……」

「ふむ………」

 ダンブルドアはダビデの様子を観察し、開かれたままになっていた目をそっと閉じさせた。

「黒羽君と樹君じゃな? ショックじゃとは思うが、今日はもう遅い。医務室へ行ってこれを……」

 言いながら、ダンブルドアは懐から取り出した羊皮紙に、サラサラと何かを書きつけて黒羽に渡した。

「これを見せて、薬をもらって休みなさい。話を聞くのは、明日でよい」

「ダンブルドア先生……」

「後は任せるのじゃ。よいな?」

「………わかりました」

 離れがたい様子を見せる黒羽と樹を、ダンブルドアは体を支えて立ち上がらせた。

 二人が去って行くと、その場にはリドルとダンブルドアの二人が残された。

「先生……こういう事が起きたということは、まさか…あの噂は……」

「残念ながら、噂どおりになるじゃろう」

 ダンブルドアに尋ねかけたリドルは、目の前に倒れているダビデよりも、ダンブルドアの言葉の方により大きなショックを受けた様子だった。

「学校のことも?」

「学校は閉鎖じゃ」

「ですが、学校が閉鎖されたら、僕は、一体どこへ……?」

 リドルは動揺を隠せないようだった。

「その不安は、よくわかるが――ディペット校長がお決めになったことじゃ」

「……先生」

 ダンブルドアの言葉を聞いて、少し考えるような様子を見せたリドルは、立ち上がってダンブルドアを見据えた。

「もし、事件の犯人が捕まったら?」

「……」

 まるで犯人を知っているかのような口ぶりのリドルを、ダンブルドアは探るような目で見つめた。

「――何か、わしに話したいことでも?」

「――……いいえ、何も」

 心の奥底まで見通すような目で見つめてくるダンブルドアに、リドルはそう言い返していた。

 ダンブルドアは何か言いたげな表情をしたが、

「ならよい。お行き」

「はい」

 そう言ってリドルをその場から立ち去らせた。

 ダンブルドアに返事をすると、リドルはトイレを通り過ぎて、廊下を歩きだした。リョーマはその後を追いかけた。

 廊下を一つ、二つと曲がり、階段を上がり。

 リドルは寮へ戻るのではなく、違う道を通っていた。ダビデのトイレからスリザリンへ向かったことのあるリョーマには、それがわかった。

(一体どこへ?)

 寮に戻らずにどこへ行くのか、と思っていると、リドルは蝋燭の明かりもまばらな、暗い廊下の一角にある階段を下りて、人がいないのを確かめながら、柱の陰になっていて遠目からではわからない扉の前に立った。

 懐から杖を出して、周囲に人がいないことをもう一度確かめて、杖を構えたままで慎重に扉を開けた。

「出たいか、ハグリッド?」

(ハグリッド?)

 聞き覚えのある名前に、リョーマは少し驚いた。

 リドルに杖を突きつけられたのは、大きな少年だった。クセの強いモジャモジャの髪は、今も昔も変わらない様子だった。

(ハグリッドって、昔からデカかったんだ……)

 リョーマは呑気にそんなことを思っていたが、向き合うリドルとハグリッドの間には不穏な空気が漂っていた。

「君を突き出す。そいつに殺す気がなかったにせよ……」

「そうじゃねぇんだ!」

 犯人扱いされている様子のハグリッドは、ムキになってリドルに食ってかかる。

「今夜、男子生徒が一人死んだ。彼の親が来る前に、せめて殺したヤツの始末を」

「アラゴグは誰も殺してねぇ!」

「怪物をペットにはできない」

 大声を上げるハグリッドに対して、リドルはあくまでも冷静だった。

(この人、昔っから怪物飼うのが趣味だったってわけ?)

 ハグリッドは今でも、三つの頭を持ったふわふわのフワッフィー、というどう見ても怪物としか思えない巨大な犬を飼っている。それは、ホグワーツの学生だった頃からのクセだったらしい。

「来るな!」

「そこをどけ」

 背後に置かれている木箱をかばうように、その場に立ちはだかるハグリッドにリドルは冷静に告げた。が、一向に動こうとしないハグリッドに対して、リドルはついに実力行使に出た。

「システム・アペーリオ!」

 リドルの杖から、閃光が迸る。光はハグリッドの体からはみ出していた木箱に当たり、箱は大きく揺れてふたが壊れた。開いた木箱の中からは、大きな黒い蜘蛛がガサガサと這い出してきた。箱から這い出した蜘蛛は、床を這って行く。

「アラニア・エグズメイ!」

 リドルの魔法は蜘蛛をかすめることもなく、床に当たった。大きな黒い蜘蛛は、そのまま扉の隙間を通って外へ出て行った。

「アラゴグ!」

「行くな」

 蜘蛛を追いかけようとするハグリッドを、リドルは杖を突きつけて止めた。

「杖は没収。君は退学処分だ」

 リドルに言われて、ハグリッドは力が抜けたようにおとなしくなった。

(退学って……)

 リョーマは思い出す。ホグワーツに入る前、学校からの入学通知を無視し続けた南次郎に業を煮やして、ダンブルドアがハグリッドをリョーマの迎えとして送り込んできた時。手にしていた傘から魔法を出したハグリッドは、リョーマにこっそりと耳打ちしたのだ。

(ダンブルドアには黙っててくれ。魔法は禁止されてとるんだ)

 その言葉の意味を、リョーマはようやく理解したと思った。

「ハグリッド……」

 呟いた瞬間、リョーマは急に背中を何か強い力で引っ張られるような気がした。そして再び光に包まれたと思うと、ドサリとお尻から何かに着地した。

 リョーマは、グリフィンドール談話室の椅子に座っていた。リドルの日記は、開いたままでテーブルの上に乗っていた。





 翌日、リョーマはハグリッドに事の真相を確認しよう、と授業が終わると城の外に出た。禁じられた森の側にあるハグリッドの小屋に向かおうとしていると、リョーマは血相を変えて駆けてきたカチローに呼び止められた。

「リョーマ君! リョーマ君、大変だよ!」

「何? どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃないよ! とにかく、来て!」

 半ばパニック状態になっているカチローに引きずられるように、リョーマは城へ、グリフィンドール塔へと連れ戻された。

「リョ、リョーマ君……」

「お、俺がやったんじゃないからな! 部屋に戻ってきた時は、もうこうなってたんだからな」

 呆然と立ち尽くすカツオと、慌てて言い訳する堀尾をよそに部屋を眺めてみると、一角がぐちゃぐちゃに散らかっていた。

「これって……」

 ちょっとやそっとでは動じない性格をしているリョーマでも、これにはさすがに驚かされた。

 リョーマのトランクの中身がそこら中に散らばっていたのだ。床の上にはマントがずたずたになって広がり、天蓋付きのベッドのカバーは剥ぎ取られ、ベッド脇の小机の引き出しは引っ張り出されて、中身はベッドの上にぶちまけられている。

「ボ、ボクたち、何が何だか……」

 ガクガクと震えているカチローを部屋の外に置いたまま、リョーマはぶちまけられた自分の私物を確認した。

「あーあ、見事にぐちゃぐちゃ」

「リョーマ君…何か、なくなってる物とか、ない?」

「見てみる。これって、誰かが何かを探したみたいな気がするんだけど」

 とりあえず散らばった物を拾い上げて、トランクに投げ入れていく。教科書の最後の一冊を拾い上げた時、リョーマは初めて何がなくなっているのかを知った。

「日記だ……」

「日記? お前、そんなモンつけてたのか?」

「俺のじゃないよ。たまたま拾ったヤツ」

「へ?」

「でも、あんなモノ盗んでどうするつもりなんだろ?」

 リョーマの疑問に答えられる者はいなかった。

「盗難届けを出してみたら?」

「いいよ、別に」

 カツオの勧めも、リョーマは断った。

 盗難届けを出せば、監督生や先生たちに全てを話さなければならなくなる。日記のことも、50年前にハグリッドが退学になったことも。特にハグリッドのことは、今更蒸し返したくはなかった。

「あれは、俺のじゃないから」

 50年前の夜の出来事をリョーマに見せて、リドルの日記は忽然と消えてしまった。






わーい、やっとバネさんと樹っちゃんが出てきた〜♪
ハリポタdeテニプリの構成練ってる時から、もうこの二人を早く出してあげたいんだけど、
なかなかそこまで話が進まない〜っ(泣;;)とジレンマだったのです。
これでやっと、六角も全員出て参りました。
ああ、よかった(^^)。

というわけで、29章は50年前のホグワーツにタイムスリップしました。
バネさんと樹っちゃんが出てくるので、このお話は原作とも映画とも、
かなり違ったお話になっているのですが、いかがだったでしょうか?
まぁ、どちらかといえば映画寄りで、DVD見ながら書いていたんですけど(苦笑)。
本当はバネさん&樹っちゃんとダビデの絡みを書きたかったのですが、ストーリー上どうしても叶いませんでした。

さて、次章もまたまた新事実が浮上するかも?なのです。
お楽しみに。





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