ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:27   リベンジ 氷帝!

 それは、スリザリンとの対戦が行われる10日前の練習時のことだった。

「次の試合、俺は出られない」

 手塚が突然そう宣言したのである。

 同じ5年生でチームにいる乾は、ケガで戦列を離れていた河村が復帰すると同時に、またコーチ職に専念している。が、部長とキーパーを兼任している手塚が抜けるという発言は、まさに青天の霹靂といった感があった。

「どういうことっすか?」

「まさか、手塚もどっかケガしちゃったとか……?」

「そうじゃないよ、英二」

 青ざめた様子の菊丸をなだめたのは、練習メニューを知らせるためにグラウンドに出てきた乾だった。

「俺たち5年生は、ふくろう試験を受けないといけないからね。その補習授業があって、練習に出られないんだ」

「ふくろう試験?」

 聞き慣れない言葉だったそれを、リョーマは思わず繰り返していた。すると、乾はふっと微笑して説明してくれた。

「魔法使いが15歳になったら受ける、普通魔法使いレベル試験のことだよ。Ordinary Wizarding Levelsの頭文字を取って、OWLs…つまり、ふくろう試験ってことさ」

「俺とタカさんも、来年受けないといけないんだよな」

「全部で12学科もあるからね。パスするの大変そうなんだよな」

 成績優秀な大石と違って、中の下をさまよっている河村が、考えただけで気が重いといった様子で呟いた。

「でも、部長や乾先輩なら別に補習授業なんて必要ないんじゃないんすか?」

「それが、そうもいかないんだよなぁ」

 問いかけてくる桃城に、乾が苦笑した。

「遅れてる授業もあるからね。ちゃんと勉強してないと」

「もしかして、それってグリフィンドールだけとか?」

「いや、他の寮も同じだよ。だから次の試合、スリザリンも跡部と忍足は欠場が決まっている」

「やったにゃー! あの跡部の変なパフォーマンス、見なくて済むにゃー!」

 不二に応えた乾の言葉に、菊丸が歓喜の声をあげた。

 跡部の変なパフォーマンスとは…彼が試合に出てくる時に見せる、一人だけ遅れて競技場に登場し、名前をコールさせながら競技場をゆっくりと回って最後にはローブを脱ぎ捨てるというものだ。そのためだけに毎回試合開始が10分も遅れるので、悦に入っているのは本人だけで周りには不評なのだ。

「だが、油断はできないぞ。跡部と忍足がいなくても、樺地が守るゴールを割るのは難しいし、ビーターの宍戸と鳳は健在だ。強いことに変わりはない」

 浮かれムードになりかけたのを嗜めたのは、副部長を務める大石だった。

「大石の言うとおりだよ。それに、跡部に代わってシーカーに入る2年の日吉若も要注意だ」

「日吉……あのヤロウか」

 乾の発言に反応したのは、同じ2年生の海堂だった。

「手塚に代わってキーパーは桃に務めてもらう。それに合わせて、フォーメーションも少し変えていくから、練習用にも特別メニューを用意しておいた」

 チームの要である手塚と、練習時には欠かせないマネージャー兼コーチ役の乾が抜けるという事実に、リョーマだけでなく全員が動揺を隠せなかった。

「チームの要である5年生が抜けるという意味では、俺たちもスリザリンも条件は同じだ。その中で、どれだけベストを尽くすかだ」

「そうだね。手塚と乾のためにも、クィディッチ杯は僕たちが守らないと……」

 弱気になるなと告げる手塚に、不二が同意する。

「そうだにゃー。手塚と乾が抜けたから、クィディッチ杯取られたぁ、何てことになったらさ。終わってからグラウンド何十周! とか、野菜汁飲め! とか、言われるかもしれないにゃ」

 軽口を叩く菊丸の言葉に、沈みかけた雰囲気が明るくなった。

「そうっすよね。手塚部長と乾先輩の分まで、俺達が頑張らないと」

「そういうてめぇがヘマすんじゃねぇぞ、桃城」

「あん? 何だと、マムシ!?」

「マムシとは何だ、このサル!」

「おいおい、言ってるそばからケンカするなよ、二人とも」

 いつものように睨み合いを始める桃城と海堂を、苦笑しながら河村が止める。

「俺と乾がいない間、大石、お前には部長代理としてチームをまとめてもらう」

「俺が?」

「やってくれるな」

「……わかったよ、手塚」

 大石は少し考えて、手塚の指名を受けた。

 かくして、グリフィンドールは次の試合を臨時の大石新体制で臨むことになった。


   ◇◆◇          ◇◆◇


「今日は寒いね。みんな、ちゃんと防寒対策して観戦してる?」

 土曜日の11時。

 クィディッチ競技場には、ホグワーツの生徒ほぼ全員が詰めかけていた。

 対戦カードは現在クィディッチ杯を持っているグリフィンドールと、それを奪い取ろうとしているスリザリン。今最も注目されているカードだったのだ。

 観客席も、虫の入る隙間もないほどに埋め尽くされていた。

「今日の実況は俺、レイブンクロー3年の佐伯虎次郎だよ、よろしくね」

 爽やかな容姿が女子生徒に人気のある佐伯の言葉に、観客席から歓声が上がった。

 競技場に詰め掛けている生徒たちは、4分の3がグリフィンドールを応援していた。ここ10年ほどクィディッチ杯を取り続けているスリザリンに、今年こそ一泡吹かせてやろう、とスリザリン生以外の生徒は皆そう思っているのである。

「今日の試合、解説を務めてくれるのは俺たちレイブンクローの頼れる部長、赤澤吉朗だよ。ねぇ、赤澤。今日は青学も氷帝も5年生が出てないけど、どっちに分があると思う?」

「青学はキーパーの手塚、氷帝はチェイサーの忍足とシーカーの跡部がいねぇ。部長がいねぇのは、どっちも変わんねぇけどな。普通に考えたら青学だと思うぜ、今のところはな」

 佐伯に話を振られ、色黒で長髪の赤澤がコメントを口にした。

 小雪が舞う中で、二人ともローブの上からマフラーを巻き、手袋も着用、と防寒対策は万全のようだった。

「今日の最大の敵は、寒さか。途中で吹雪にならなければいいけどな」

「ああ」

 青学ベンチでは、乾と手塚が灰色のどんよりとした厚い雲が覆う空を眺めていた。気温はかなり下がっていて、風も強くなってきている。

 けれどクィディッチの試合は、雪が降ろうが雨が降ろうが、関係なく行われる。そして黄金のスニッチをシーカーが捕まえるまで試合は終わらない。

「越前は、まだ吹雪の中での試合は経験してないからな。そうなる前にケリをつけてくれればいいんだけど」

「あの越前のことだ。そうなったとしても、プレーに問題はないだろう。それは、特訓してやっているお前が一番よくわかっているんじゃないのか、乾?」

「まぁ、そうなんだけどね」

「大丈夫よ、乾先輩! なんたって、リョーマ様なんだから!」

 不安材料を口にする乾に向かってタンカを切ったのは、リョーマ親衛隊を名乗る小坂田朋香だった。さまざまな応援グッズと共に、リョーマを応援するべく万全の態勢を整えている彼女を見て、乾はふっと微笑した。

「なるほどな。確かに、大丈夫そうだ」

「あいつのことだ。吹雪になる前には、決着つけるだろうぜ」

 ポンポンと乾の肩を叩いて、ハグリッドも朋香に同意した。

「さぁ、試合開始だよ」

 審判になっているフーチ先生の合図で、クアッフルが投げ上げられて試合が始まった。

「先手必勝だにゃー」

 と言いながらそのクアッフルをキャチしたのは、グリフィンドールのチェイサー菊丸だ。菊丸はクアッフルを取ると、大石と不二を両側に従えて、一直線にスリザリンゴールに向かった。

「勝負だにゃ、カバっち!」

 言いながら向かっていく先には、巨漢のキーパー樺地が待ち受けている。

 一見ボーッとしているように見える樺地だが、実は俊敏な動きをする、というのは先の対戦でわかっている。そして案の定、氷帝ベンチでは跡部が指をパチン、と鳴らしていた。

「1点も入れさせるな。取れ、樺地」

「はいぃ……」

 樺地は虚ろな目をして、それでもしっかりと返事をしていた。

「へぇ、なかなかやるねー」

 そんな菊丸をマークしようと飛んできたのは、美しく切り揃えられた髪に、蟲惑的な微笑を浮かべた3年生の滝萩之介である。戦線離脱した忍足に代わって、チェイサーに入っている男だった。

「おい、油断すんなよ、滝」

「わかってるよ、向日。それより、また寝てんの、アイツ?」

「ああ? ジローか、いつものことだからな」

 先に対戦した時にも、途中までずっと半分寝ながら試合に出ていた芥川慈郎は、今日の試合でも以前と同じようにいびきをかきながら箒にまたがっていた。

 実質上二人でクアッフルを追いかけなければならない氷帝は、向日と滝のおかっぱ頭二人組によって点を狙うという状況だった。

 一方、跡部に代わってシーカーに抜擢されたのは、2年生の日吉若だった。

「日吉、1年相手だろうと気を抜くなよ」

「当然でしょう」

 短く切り揃えられた髪に、少し目つきの悪い顔をした日吉は、部長代理になっているビーターの宍戸に声をかけられて、ジロリと睨み返しながら答えた。バカにするな、といった生意気な口調だった。

 そんな日吉が、競技場の上の方を飛んでいたかと思うと、奇妙な動きをした。極端に姿勢を低くして奇妙なカーブを描いて飛んだのである。

(フェイント? それとも……?)

 視界の隅で動いた日吉に、リョーマは釣られて動いてしまいそうになった。

 それを見ながら、青学ベンチではハグリッドが乾に尋ねていた。

「なぁ、乾よ」

「何ですか、ハグリッド?」

「あの日吉ってヤツはどうなんだ?」

「氷帝の日吉ですか。跡部が卒業した後、氷帝を率いていくのは間違いなく彼でしょう」

「ほう、お前さんがそれほど高く評価してるとはなぁ」

 ハグリッドに尋ねられて、乾は日吉のデータを瞬時に引き出していた。

「日吉若、2年……。性格は冷静沈着で他人に流されない。少し神経質な面もあるが、常に前向きで虎視眈々とレギュラーを狙っていたようです。誕生日は12月5日。血液型AB型。好きな言葉は『下克上』……」

「ええー!? 何でそんな事ま……」

 周りで聞いていた堀尾やカチロー、カツオたち3人が口にした瞬間。

 青学ベンチのすぐ側まで飛んできていた日吉が、一言ポツリと言った。

「下克上だ!」

「………」

「…その為にはまずこの1年を……」

 乾と手塚を除いて、周りにいたほぼ全員は絶句していた。

「へ、変…お、面白い口グセですね……」

 変だと言いかけて訂正し、力の抜けたような笑い方をしたのは、レイブンクローの葵剣太郎だった。

 そんな風に評されているとは知らない日吉は、混戦状態になっているチェイサーやビーターたちから離れ、スニッチを探しているリョーマの側まで飛んでいった。その飛び方は、やはり姿勢を極端に低くし、海堂が棍棒でブラッジャーを打つ時にできる軌跡によく似たカーブを描いていた。

「チビ助。お前にとっての下克上は、ここにはないんだよ」

「……ねぇ、下克上ってさぁ、下位の者が上位の者の地位や権力をおかす事じゃなかったっけ?」

 挑戦的な日吉に、リョーマはさらに挑発する口調で言い返した。

「アンタ、自分が下だって思ってんだ?」

「何!?」

 リョーマは絶句する日吉をよそに、急降下を始めた。すぐ後から、日吉が追いかけてくる。

(かかったね)

 不敵な微笑を浮かべて、リョーマは地面に激突する寸前で箒の向きを変え、居眠りをしながらフラフラと地面に近い所を飛んでいた慈郎の目の前、わずか数センチの距離を猛スピードで横切った。

「……あん? 今、何か通った………?」

 慈郎は一瞬目を覚ましたが、すぐに舟をこぎ始めた。が、そのすぐ後にリョーマを追いかけてきた日吉が飛んできて、危うくぶつかりそうになった。

「ったく、いつまで寝てるんすか!?」

 日吉はぶつかる寸前で慈郎を避け、クルリと縦に1回転して体勢を崩してしまい、リョーマを追って飛ぶスピードが落ちた。それだけでなく、味方のビーター鳳にもぶつかりそうになり、大きくカーブして観客席の木枠を隠している幕に突っ込んでしまった。

「まだまだだね」

 リョーマは余裕の表情でそれを見送って、再び他の選手たちに邪魔されない場所でのスニッチ探しを始めた。

「……越前のヤツ……」

「余計な挑発をしたようだな」

 そんな様子を見て、乾は呆れたような表情を見せ、手塚はそれでも無表情だった。





 リョーマが日吉を挑発する一方で、グリフィンドールのゴール前では一進一退の攻防が続いていた。

「取れるモンなら、取ってみろ!」

 キーパーとして初試合になる桃城に、菊丸と張り合うほどのアクロバティックな動きを見せる向日と、的確に相手の動きを読んでくる滝が襲いかかっていたのである。

「今のところよく粘ってるけど、時間の問題かな?」

 左右から挟み撃ちにするように、向日と滝はグリフィンドールゴールを狙っていた。

 まだ居眠り状態で頭数に入らない慈郎を除いても、攻撃力が衰えないように、と氷帝サイドは練習を積んでいたのだ。

「英二、向日のマークについてくれ。俺と不二は滝をマークする」

「わかったにゃ」

「了解」

 動きを予測するのが難しい向日に、同じようにアクロバティックな動きをする菊丸がつく。そして滝には主に大石がつき、不二はシュートのこぼれ球をキャッチして相手ゴールに飛んでいくためにフォローに回っていた。

「おらおらー、返すぜバーニンッ!」

「ふしゅー」

 そして宍戸と鳳の息の合ったビーターが打ち込んでくるブラッジャーには、河村と海堂が応戦していた。

「でぇいっ!」

「っと、危ねぇなぁ、危ねぇよー!」

 向日が桃城のほぼ頭上から打ち込んできたシュートを、桃城はかろうじて箒の端に当ててゴールから逸らした。そのこぼれ球を不二がキャッチし、今度は青学の攻めに転じた。

 試合開始から20分。

「90−10でスリザリンがリードか。どう思う、赤澤君?」

「桃城は今までチェイサーで試合に出てたんだろ? 仕方ねぇんじゃねぇのか?」

 佐伯と赤澤が言うとおり、他のメンバーからのフォローがあるとはいえ、やはりキーパー初体験の桃城は何度かゴールを割られてしまっていた。

「結構大変そうっすね、桃先輩」

 上空からそんな攻防を見ていたリョーマは、すいっと桃城の側まで下りて行った。

「呑気なモンだな、お前はよ。まだスニッチ見つかんねぇのか?」

「今探してるトコっすよ」

 寒空の中でも、動き回っていた桃城は汗をかいていた。

「とりあえず、150点差以上つけられる前には見つけるんで、頑張って下さいね、桃先輩」

 クィディッチのルールでは、シーカーがスニッチを捕まえたら試合終了であると同時に、150点が加えられる。それ以前に150点以上の差をつけられていた場合、スニッチを捕まえても敗北ということになってしまうのである。

(キーパー初体験の桃は、格好の餌食にされるからね。大量得点を取られる確率も高い。何としても、150点以上の差がつく前に、スニッチを探して捕まえてくれ。シーカーとしての経験は、日吉よりも越前、お前の方が上だから)

 リョーマの頭の中には、試合前に乾から告げられた言葉があった。

 つまり、裏を返せば150点までなら取られても大丈夫、ということなのである。

「……なるほどな」

 桃城は、リョーマの言葉を的確に受け取っていた。それだけでなく、スリザリンゴールに攻め込んでいる菊丸と不二が連携して、ゴールを守っている樺地を翻弄しているのが遠目に見えた。二人で樺地を掻き回して運動量を増やすことで、自分たちの体を温めると同時に樺地を息切れさせよう、というのである。

 それらも全て、桃城には知らされていなかった乾からの指示だった。

「……ここまでは、計算どおりだな」

 戦況を見守りながら、青学ベンチで乾が小さく呟いていた。

「サンキューな、越前。ちょっと楽になったぜ」

「だからって、油断しちゃダメっすよ」

「わぁってるよ。お前こそ、しっかりスニッチ探せよ」

「当然っす」

 桃城はいつもゴールを狙う時に見せる不敵な微笑を見せた。リョーマも、桃城から離れて改めて競技場全体に目を光らせ、耳を澄ました。スニッチに光が反射する一瞬を見逃さないように。そしてスニッチが立てる小さな羽音を聞き逃さないように、と集中を高めた。

「グリフィンドールのゴール! 90−30!」

 佐伯のコールが競技場に響き、わぁっと歓声が上がったその瞬間だった。

 リョーマはひゅんっ!と風を切るスニッチの羽音を聞いた。それが消えた方向にダッシュした。

 いきなりトップスピードで飛びながら前方に目を凝らしてみると、スニッチが消えたり現れたりしているのが見えた。

(いたっ!)

 飛ぶスピードを上げながら、リョーマはスニッチとの距離を詰めていく。

 今日は箒に魔法をかけられたり、妙な動きをするブラッジャーに追いかけられたり、といった邪魔が入らない。その分、心置きなくスニッチに集中できた。

 リョーマの動きに気づいた日吉が、後から追いかけてきたが、リョーマの眼中にはなかった。箒の性能は同じでも、スピードに乗ったリョーマには追いつけなかったのだ。

 スニッチを見つけたものの、リョーマが手を伸ばせばその指先をかいくぐるようにしてスニッチは逃げてしまう。同時に、横から日吉が体当たりをかけてくる。

「てめぇには渡さねぇ、チビ助」

「そのチビ助っての、やめてくんない? ムカつくんだけど」

 言いながら、リョーマは急に動きを変えた。直線的に飛んでいるスニッチが、急にふっと横に動いたのだ。

 スニッチの動きと逆の方向にリョーマは動き、ついでに日吉に体当たりをかけてコースから外した。そして元の位置に戻ろうとしたスニッチに先回りした。

「……越前がスニッチを追う動きを見せてから、5分か」

「そろそろだな」

 乾が視線を一瞬手元の腕時計に落とすと同時に、手塚が呟いた。

 まさにその瞬間。

 ピーーーーッツ!

「グリフィンドール、ウィンッ!」

 審判をしていたフーチ先生の甲高い笛が、競技場中に響き渡った。

「取ったか」

「だな。さすが越前だ。俺の計算より7分早く試合を終わらせた」

「やったーーーっ! さっすがリョーマさまぁっ!!」

「と、朋ちゃん…興奮しすぎだよぉ……」

 試合終了を冷静に見守る手塚と乾とは対照的に、朋香は喜びを爆発させていた。

「190−120でグリフィンドールの勝利。見事クィディッチ杯を守ったね、青学は」

 実況席にいる佐伯の声もかき消されるほどに、青学を応援していた観客席の4分の3が一斉に歓喜の声を上げた。青学以外の寮生の間からも、青学コールが響いた。

「ちっ、だらしねぇな」

「やっぱ、あいつらだけじゃあかんか」

 そんな様子を恨めしそうに見ながら、氷帝ベンチでは跡部が舌打ちをし、忍足がため息をついていた。

「よくやったー、おチビぃ!」

 一方、グラウンドでは地面に降り立ったリョーマの周りに、他の青学レギュラー達が集まっていた。

「痛いっす」

 誉めながらもリョーマの頭をペチペチ叩く菊丸に、リョーマは憮然と言い返した。

「桃も、よく頑張ったな」

「いやぁ、あれ以上試合時間が長引いたら、ヤバかったっす」

 大石に肩を叩かれて、動き回ったせいで汗だくになっている桃城が苦笑した。

「いい気になってんじゃねぇ、ったくこのタコが。12もゴール取られてんじゃねぇぞ」

 そんな桃城に向かって吐き捨てるように呟いたのは、海堂だ。その一言が頭にきたのか、桃城は海堂のローブに掴みかかった。

「んだと!? もういっぺん言ってろ、マムシ!?」

「キーパー初試合だからって、12もゴール取られんじゃねぇって言ってんだよ」

 桃城に掴みかかられて、海堂も掴み返す。いつもの睨み合いが始まっていた。

「あん? 文句あんなら今度てめぇがキーパーやってみるか?」

「やってやろーじゃねぇか!」

「やめろよ、二人とも。試合に勝ったんだからいいじゃないか」

 間に入って止めるのは、棍棒を不二に預けてバーニング状態から通常モードに戻った河村だった。

「そうそう。海堂もよくフォローしてくれたし、桃だって頑張ってたからね」

 にこやかな表情で不二も二人をなだめようとするが、桃城も海堂も引っ込みがつかなくなっているのか、お互いに離そうとしなかった。

「……二人ともグラウンドで揉め事か?」

 怒気を含んだ声で割り込んだのは、観客席から降りてきた手塚だった。

「負けたらこれを飲んでもらおうと新作を用意していたんだけど……お前たちが飲んでみるか、桃、海堂?」

 さらに寒空の下だというのに、不気味な泡と湯気を立てる澱んだ緑色の液体が入ったジョッキを手に、不自然な逆光を背負った乾が割り込んできて、桃城も海堂も二人仲良く同時に真っ青になった。乾が手にしているのはまぎれもない、飲めば阿鼻叫喚の地獄と化す特製野菜汁だった。

「そ、それだけは勘弁っす! な、仲良くしようぜ、海堂…なっ?」

「ふしゅー」

 二人とも引きつった微笑を浮かべて、ローブを掴んでいた手を離し、肩を組み合った。……もっとも、乾から見えない互いの背中をつねり合う、という小競り合いは続けていたのだが。

「いずれにせよ、これでクィディッチ杯は守った。この調子で、次の試合も油断せずに行こう」

 表情こそ変えていないものの、さすがの手塚もどこか嬉しそうだった。浮かれムードを引き締める言葉も、いつもの厳しい声音ではなく優しいものだった。

「手塚も乾も、次の試合には出られるのかい?」

「いや、来週も俺たち5年生は補習授業が詰まっているからね。練習に出られないから、試合も無理だな」

「そうなのか」

 乾の返事に不安そうな表情を見せる大石に、リョーマの頭を叩いていた菊丸がポン、と肩を叩いて微笑んだ。

「大石は心配性だにゃ。今日の調子でいけば、大丈夫だって」

「そうそう。今度は、桃だって今日ほど点を取られずに済むだろうしね」

 不二も穏やかな微笑を浮かべて大石を励ましながらも、微妙に桃城にプレッシャーをかけた。

「勘弁して下さいよ、不二先輩」

「不二の言うとおりだよ、桃。試合終了があと10分遅かったら、越前がスニッチを取って試合終了に持ち込んでも、負けていた確率73%だったからね」

「つまり、俺達がそのジョッキを飲まなきゃいけなかった確率って事か。……助かったよ、越前」

 ニヤリと笑って分厚いレンズの入った眼鏡を光らせる乾に、河村が胸を撫で下ろしながらリョーマに笑いかけてきた。


   ◇◆◇          ◇◆◇


 リョーマ達は、手塚と乾を欠いたまま、翌週のハッフルパフとの試合にも勝ってクィディッチ杯を守った。

 季節が春へと向かっていくひと時は、事件らしい事件も何もなく。

 リョーマは授業とクィディッチの試合に専念していた。

 それが、嵐の前の静けさだということを、まだ誰も知らなかった。






2週も飛んでしまいまして、申し訳ありませんでした(三つ指ついて土下座)。
柳と乾に萌えてしまったのと、感想や柳×乾SSの執筆に思いのほか時間を取られてしまい、こちらの続きが書けませんでした。
…で、やっと氷帝のリベンジ戦を書くことができたわけですが。

今回は、大活躍の5年生達を引っ込めて、他の面々に活躍してもらいましょう、ということで、あえて5年生ズを外してみました。
いかがだったでしょうか?
といいますか、氷帝の日吉vsリョーマの対決をね、一度書いてみたかったのですよ。
前回のスリザリン戦では、日吉の「ひ」の字も出てこなかったので。
そして、しばらく話を先に進めるような章ばかりだったので、やっぱハリポタdeテニプリなんだから、クィディッチも読みたいよな?
ということで、今回は試合にしてみました。

次回からは、また話が進んで参ります。
ダジャレ大王のアノ人が、ゴーストになった秘密がわかるかも?
というわけで、お楽しみになさって下さいませ。
無事に続きを書くことができましたら、また来週お会いしましょう(^^)。





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