ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:26   賢者の石

 乾のデータノートに落書をしたせいで、特製野菜汁の刑を食らった挙句に手塚からグラウンド30周を言い渡された翌日。

 言いつけどおりに30周走り終えたリョーマは、桃城や海堂ら他の共犯者と一緒に談話室にへたり込んでいた。事の発端になった乾はといえば、20周余分に走っているというのにケロッとしている。理由を問えば、疲労回復の野菜汁を飲んだから、ということで逆に汁を飲むように勧められ、リョーマたちは丁重にお断りした。

 リョーマは蛙チョコの包み紙を開けた。

「まーまー、落ち着いたらこれでも食べるにゃ」

 菊丸が面白半分、からかい半分でリョーマにくれたものだった。

 包を開けてみると、有名魔法使いカードが入っていた。ホグワーツに来るようになって初めて目にしたものだが、今までリョーマはあまり興味がなくて、集めているのだという堀尾にあげることにしていた。

「あ、ダンブルドアだ……。ま、いっか。堀尾にあげよう」

 あげたらあげたで、どーせまたやれこのカードは何枚持っているだの、超レアカードだって持っているだの、とうるさいことこの上ないのだが……捨てるよりはいいだろう、とリョーマは思っていた。

 手にしたダンブルドアのカードをぼんやりと眺めた時だった。リョーマは息をのんだ。カードを食い入るように見つめ、思わず声に出して呟いていた。

「これだ……!」

「なんだ? どうしたよ、越前?」

 すぐ隣の肘掛け椅子でへばっていた桃城が、リョーマの呟きを聞きつけて手元を覗き込んできた。

「おっ、これ蛙チョコについてる有名魔法使いカードじゃねぇか。それがどうかしたのか?」

「いや……このニコラス・フラメルっていうの……」

 ある意味、この話は桃城にも関係がある。ハグリッドが飼っているフラッフィーが守っていた隠し扉の廊下には、この桃城も一緒に入り込んでしまったのだ。

 リョーマはカードの説明文を軽く指差した。その説明文とはこうだ。



 ダンブルドア教授は特に、1945年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の12種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名



「で、そのニコラス・フラメルがどうかしたのかよ?」

「前に、俺と桃先輩と大石先輩で、3つの頭を持った巨大な犬がいる廊下に迷い込んだことあったっすよね」

 尋ねてくる桃城に、リョーマは答えた。すると、桃城はさらに畳みかけてきた。

「ああ。で、それが?」

「その犬、ハグリッドが飼ってて、ダンブルドア校長に貸してるらしいんすよ。あの隠し扉の下にあるものを守るために」

「お前、そんな話いつ聞いたんだよ」

 一人だけズルイ、といった表情をする桃城に、リョーマは手短に説明した。

「ハグリッドの所に遊びに行った時に聞いたんっすよ。で、その隠し扉の下にある物は何だって聞いたら、ハグリッドがダンブルドアとニコラス・フラメルの……って口滑らせたんっす」

「なるほどなぁ。で、そのニコラス・フラメルってのは何やったヤツなんだ?」

「……桃先輩も、知らないんすか?」

「わ、悪かったな」

 1年先にホグワーツで勉強しているにもかかわらず、桃城は何も知らないようだった。

「魔法史の授業は、いつも寝てんだよ」

 慌てたように桃城が言い訳をする。確かに、魔法史を教えるビンス先生の授業は退屈極まりない。ホグワーツで魔法を教える先生の中で唯一ゴーストの先生であるビンスは、いつも物憂げに一本調子で講義をするために、いつの間にか眠気に誘われてしまうのだ。

 もちろん、リョーマも人のことは言えないのだが。

「大石先輩、ちょっといいっすか?」

 リョーマや桃城と共に隠し扉の廊下に迷い込んだ仲間の一人、大石を桃城は呼び止めた。

「どうしたんだ、桃?」

「大石先輩、ニコラス・フラメルって心当たりあるっすか?」

「ニコラス・フラメル? ニコラス・フラメル……」

 桃城に尋ねられて、大石は何度かモゴモゴと何度かその名を繰り返した。

「うーん、聞いたことがあるような気がするんだけど、思い出せないな」

「錬金術の研究とか、してるらしいんすけど」

「そうなのか? でも、そういうことなら乾の方が詳しいぞ。あいつ、魔法界の有名人ならたいていの情報は持っているからな」

「……なんか、想像できるっすね」

 リョーマは思わず呟いていた。あの乾のことだ。二重三重に魔法をかけているあのノートに、その手の情報を詰め込んでいるのだろう。

「おーい、乾ぃ」

 そう思っていると、大石は部屋へ戻るのか、手塚と共に階段を上がっていこうとしている乾に早速声をかけていた。

「どうしたんだ、大石?」

「ああ、ちょうどいいよ。手塚も来てくれないか?」

「……ああ」

 大石に呼び止められた乾と手塚は、リョーマの前に置かれたソファに二人並んで座った。それなりに大柄な二人が座っても、十分に余裕があるソファだった。

「さっき、越前と桃城からニコラス・フラメルについて訊かれたんだけど、何か知らないか?」

「俺は記憶に無いが」

「ニコラス・フラメル……。聞いたことがあるな」

 大石の質問に即答した手塚に対し、乾は何やら考えるような仕草をした。

「ニコラス…フラメル……錬金術……」

 乾はそう呟いて、思い出したように両手をポンと合わせた。

「確か、俺が持っている本にその名前が出てきたよ。ちょっと待っててくれ、取ってくる」

 そう言い置くと、乾は階段を駆け上がって行った。それから少しして、巨大な本を持って談話室へと下りてきた。

 リョーマの隣にあるテーブルにそれをドサッと置いて、乾は苦笑しながら言った。

「軽い読書をしようと思って家から持ってきた本なんだけどね」

「「軽い?」」

 乾の言葉に、桃城とリョーマはほぼ同時に口走っていた。

 彼が取り出してきた本は、軽いとはとても言いがたい、彼の眼鏡のレンズのごとく分厚い本だったからだ。

 だが乾はそんなことにはお構いなし、といった様子で勢いよくページをめくり始めた。

「……ああ、これだ」

 乾は目的のページを見つけると、リョーマと桃城にも見えるように本の角度を変えた。

「ニコラス・フラメルは、我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者である」

「賢者の石?」

「何すか、それ?」

「……越前、桃。お前たち、学科の方もちゃんと勉強しておかないと、5年生になってから苦労するぞ」

 思わず聞き返してしまったリョーマと桃城に小言を言って、乾はその記述を読み上げた。



 錬金術とは、『賢者の石』といわれる恐るべき力を持つ伝説の物質を創造することに関わる古代の学問であった。この『賢者の石』は、いかなる金属をも黄金に変える力があり、また飲めば不老不死になる『命の水』の源でもある。
 『賢者の石』については何世紀にも渡って多くの報告がなされてきたが、現存する唯一の石は著名な錬金術師であり、オペラ愛好家であるニコラス・フラメル氏が所有している。フラメル氏は昨年665歳の誕生日を迎え、デボン州でペレメレ夫人(658歳)と静かに暮らしている。




 乾が読み終えるのを聞いて、リョーマは納得していた。

「ってことは…あの犬が守ってるのは、『賢者の石』だ」

「あの犬?」

 リョーマたちがフラッフィーに遭遇したことは、乾や手塚にも報告している。リョーマは自分がハグリッドから聞いたこと、そしてニコラス・フラメルにたどり着くまでの経緯を全て乾と手塚に話していた。

 リョーマの話を全て聞き終えて、乾は少し考えて再び口を開いた。

「……なるほどな。グリンゴッツからハグリッドが取り出し、3頭犬に守られた扉の奥に隠している物の正体か。確かに、ダンブルドア校長とニコラス・フラメルは友人だ。フラメルが、誰かが賢者の石を狙っていると察知して、グリンゴッツからホグワーツに移し、石を守るように依頼することは十分に考えられる」

 今リョーマたちがいるこのホグワーツは、何かを守るには魔法界一安全だ、と。乾もハグリッドがそう言ったのと同じことを言った。

「実際、越前がグリンゴッツを出た後にあそこには強盗が入っている。賢者の石ならば、特別警戒金庫で守るだけの価値があるからな。あれは金を作り出し、不老不死を得ることができる代物だからね」

 リョーマの推測が正しいと結論付けて、乾は本を閉じた。

「じゃぁ、やっぱりあの下にあるのは……」

「ほぼ『賢者の石』だと断定していいだろう」

「ふーん。で、その賢者の石がどうかしたの?」

 乾がそう話し終えた時、リョーマの背後から好奇心に満ちた穏やかな、だが不吉な声が割り込んできた。

「そうそう、にゃーんの話かにゃー」

 その声に、好奇心丸出しの楽しげな声が続く。

「お、おい……不二、英二ぃ……」

 戸惑ったような声でその二人を呼んだのは、河村だった。

「ふしゅー」

 手塚を除く4人が同時に不二と菊丸と河村を振り返った直後、海堂のため息が一瞬の沈黙を切り裂いた。

「あっ、てめぇ、マムシ。お前、人の話盗み聞きしてんじゃねぇぞ」

「なんだと、このサル。お前らが勝手に俺の後ろで話し始めただけじゃねぇか。人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ」

「んだとぉ?」

「やんのか、コラ?」

「桃城、海堂、やめろよ」

 椅子から立ち上がって一触即発状態になる桃城と海堂に、大石が顔色を変えていた。が、大石の声は二人の耳には全く入っていない様子だった。

「桃城、海堂。明日もまたグラウンドを30周したいか?」

 そんな二人を一瞬で収めたのは、手塚の厳しい一言だった。

「「……すみませんっした」」

 桃城と海堂は二人仲良く声を揃えて、手塚に頭を下げて椅子に座り直した。

「それで、何の話してたの? 僕達に内緒なんて、水臭いじゃない」

「そーそー。俺達にも教えるにゃー」

 グリフィンドールの問題児二人組み、不二と菊丸にせがまれて、リョーマと桃城と乾で代わる代わる事情を説明した。

「ふーん、なるほどねぇ」

「俺たちの知らない所でそんな面白いコトしてたなんて、ズルイにゃー」

 納得する不二に対して、菊丸は自分たちが蚊帳の外だったことに不満を漏らす。その二人に、手塚はピシャリと言い放った。

「お前たちに教えると、探しに行くと言って夜中に寮を抜け出すからな。当然の処置だろう」

「あ、ひっどぉーい、手塚ぁっ!」

「そんなに信用ないかな、僕達は?」

「お前達は首を突っ込まなくてもいい問題に首を突っ込んで、悪戯に掻き回す困った癖があるからな」

 手塚の一言で、菊丸と不二は沈黙した。

(さっすが手塚部長)

 ハグリッドでさえ扱いに手こずるこの二人を一瞬にして黙らせることができるのは、ホグワーツ広しといえど手塚だけだろう、とリョーマは思った。

「確かに、手塚の取った処置は正しいかもしれないな」

 手塚の決断に同意したのは、乾だった。

「フラメルとダンブルドア校長は、賢者の石を何者かから守るためにこのホグワーツに移して、隠し扉の下に保管した。問題は、その賢者の石を狙っているのが誰か、ということだ」

「誰って……」

 乾の言葉をおうむ返しにしようとして、大石はそのまま絶句してしまった。

「今年度になってから、ホグワーツでは今までになかったほど、妙な事件が続いている。ハロウィーンの夜にトロールが侵入し、秘密の部屋が開かれ、越前がクィディッチの試合中に箒から振り落とされそうになり、石にされる生徒が出た。かと思えばまた越前が試合中に今度はブラッジャーに追いかけられた。そして年が明けてからも、石にされる犠牲者が出ている」

 乾はいつものノートを開き、9月から今までにホグワーツで起きた事件を並べた。

「これらの全ては、本来ならば起きるはずの無い出来事ばかりだ」

「確かに……言われてみれば、そうだよね」

 河村を始め、その場にいる全員が乾の言葉に頷いた。

「起きるはずの無い事件が起きるとしたら、原因はただ一つだ」

「つまり、誰かが意図的に起こしている、ってこと?」

「そういうことだ」

 乾の言葉を引き取った不二に、乾は深く頷いた。

「まさか、あのセリフって……」

 不意に、リョーマの脳裏に蘇るセリフがあった。

(クィレル、私を敵に回したくなかったら……)

 夜中に寮を抜け出して、閲覧禁止の棚に忍び込んだ後、廊下でリョーマが見たものを思い出していた。

 あの時、偶然逃げ込んだ廊下で、リョーマは脅えたような表情をしたクィレルに詰め寄るスネイプの姿を見た。

(それでは近々、またお話をすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいていただきましょう)

 スネイプがクィレルに言い放ったセリフを、リョーマは完全に思い出していた。そしてもう一つ、引っかかる記憶がある。

 去年のハロウィーンの夜、堀尾を探して偶然トロールと対峙した時。

 桃城と協力してトロールを気絶させた後、マクゴガナル先生と共に駆けつけたスネイプは、確か……。

(足を怪我してたんじゃなかったっけ?)

 思い出せば思い出すほど、考えれば考えるほど、リョーマはスネイプが怪しいと思えてきた。

 それを話すと、乾はまた何か考え込むような仕草をした。

「なるほど、スネイプ先生か……」

「でも、あの人はホグワーツの先生だ。そんなことをするとは思えない」

 半ばムキになったように反論するのは、大石だった。

「大石先輩、あんなヤツのことかばうんすか?」

「仮にも先生に向かってそういう言い方はよせ、桃」

 礼儀正しく律儀なことではグリフィンドール一の大石は、桃城を厳しく諌めた。珍しく声を荒げる大石に、ため息と一緒に吐き出すように口を挟んできたのは乾だった。

「確かにな。グリフィンドールには何やら敵意を持っているようだが、生徒を襲うような真似をするとは、俺も思いたくないよ」

 手塚でさえ2度減点を食らっている魔法薬学で、唯一完璧な成績を収めている乾が言うと、何やら説得力があった。

「だが、ハッフルパフと対戦した初戦で、越前が箒から振り落とされそうになった時、スネイプ先生は何かの呪文を唱えていた」

「何だって!?」

 乾の口から飛び出した事実に、大石と河村が悲痛な声をあげた。

「それ、俺も見てたっすよ。確かにスネイプの野郎、越前を凝視して呪文を唱えてやがったっす」

「そんなバカな……」

「ひっどいにゃー。いくらグリフィンドール嫌いだからって、そんなことするなんて、汚ないぞぉ!」

 その試合、乾の隣で事の成り行きを見守っていた桃城の証言も加わって、大石は絶句して菊丸は大声を上げた。

「敵は内にいる、というわけか」

 眉間の皺がいつもの倍増しになっている手塚が呟いた。

「不確定要素が多すぎるから、断定するわけにはいかないけどね。状況証拠は揃いすぎるほどに揃っているな」

 そう結論付けて、乾はノートを軽く叩いた。

「でも、大丈夫なんすか?」

「何がだ、海堂?」

 それまで黙って話を聞いていた海堂が、ようやく口を開いた。

「もしスネイプが…うちの先生が犯人なんだとしたら、隠し扉を開けて中に入るなんて、簡単なんじゃないっすか?」

「つまり、スネイプ先生が賢者の石を盗みに入る、と言いたいのかい?」

「……っす」

 頷いた海堂に、乾は苦笑した。

「まだスネイプ先生が犯人だと決まったわけじゃない。それに、このホグワーツで保管しているということは、何人もの先生方が侵入者を撃退するために、扉の下に罠を張っているはずだ。そう簡単に破れないようなものを」

 それだけの物を用意できるからこそ、ホグワーツはグリンゴッツより安全なのだ、と乾は続けた。

「とにかく、今の段階でまだ犯人を決め付けるわけにはいかないな。思い込みが先行して、大事なことを見落としてしまう確率が高い」

「なるほどな、乾の言うことも一理ある。とりあえず、賢者の石を探しに行くなどと馬鹿げたことは考えるなよ。特に不二と菊丸、それから越前」

 乾の言葉に納得して、手塚は3人を名指しして釘を刺した。

「えー、何で俺と不二とおチビ限定なワケ、手塚ぁ?」

「お前達は先生にこそ見つかっていないが、夜中に寮を抜け出した前科があるからな。今この場で減点されたくなければ、おとなしく言うとおりにしていろ」

「…………」

 菊丸の反論を押さえつけた手塚の言葉に、リョーマは思わず絶句した。

 リョーマが夜中に寮を抜け出したのは、図書室に忍び込んだあの1回だけだ。透明マントをかぶって、完全に姿を消していたはずなのに、何故手塚にバレているのか、と肝が冷えた。

「賢者の石を理由に夜中寮を抜け出した者には、監督生の権限で一人につき50点減点する。その上で、グラウンド100周だ。覚えておけ」

「50点って……」

 その宣言に、河村が絶句していた。

 50点の減点ということは、つまり学年末に寮杯を獲得できるかどうか、という競争に大きく影響するという意味だ。一度減点されたら、挽回するのはとても難しい。

 手塚の決断に従う、という結論を出して、リョーマ達は半ば強制的に部屋へ戻らされた。





ああ、やっとリョーマたちが賢者の石にたどり着いてくれました(笑)。
そしてやはり、知識や情報源という意味で乾の出番が多くなってしまうんですよねぇ。
いかんいかん(苦笑)。
そろそろ他の面々にも活躍してもらわないといけないなぁ、と思いつつ。

そういえば、ここ最近は話を先に進めるための章ばかり書いていたので、
クィディッチシーンも全然書いてないんですよねぇ。
試合のお話は、試合展開やレギュラーたちの見せ場を考えるのは大変なのですが、
書いているのは非常に楽しいんです。
というわけで、次章はスリザリンのリベンジです!
…と言いつつ、今この後書きを書いている段階で27章は全くの白紙だったりするんですけど(苦笑)。
予定通り来週アップできるか、あるいは1週お休みさせていただくかは…
全てWJ本誌での柳×乾戦の行方にかかっております(苦笑)。
アップできてたら「ああ、書けたのね」と。
もしお休みです〜だったら「なーんだ、萌えてるのか」とお思い下さいませ(苦笑)。





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