ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:25   データノート

 対ハッフルパフ戦に見事勝利し、寮対抗杯をスリザリンから取り戻した翌日。

 グリフィンドールの談話室には1年生と2年生しかいなかった。3年生以上の上級生たちは、そのほとんどがホグワーツ城の近くにある、イギリス国内で唯一マグルのいない村、ホグズミードへ出かけるという、ホグズミード休日だったのだ。

「ハニーデュークスでお土産買ってきてやるから、おとなしくしていろよ」

 グリフィンドールの母、大石が羨ましがる後輩たちにそう言い置いて、悪戯好きな菊丸は

「ゾンコのいたずら専門店でたーっぷり仕入れてくるから、楽しみにしてるにゃ」

 と恐ろしい予告をして出かけていた。

 かくして、残された1・2年生は仲良くお留守番、というわけである。かといって、せっかくの週末。山ほど出ている宿題はとりあえず棚上げして、大半は談話室でくつろいでいた。

「いいなぁ、先輩たち。今頃バタービールとか、飲んでんだろーなぁ」

「確か、3年生になって、許可証を出せば行けるんですよね」

「そうそう。ま、俺たちは来年になったら行けるんだけどよ。お前らは、あと2年待ちだな」

「たかが1年の差でしょ。そんな偉そうに言わなくても」

 得意げに言う桃城に、越前がムッとしたように言い返す。

 各々の手には、乾スペシャルブレンドティーが入ったマグカップが握られ、テーブルには河村がキッチンを借りて作ったマフィンやクッキーが置かれていた。好奇心旺盛で、ついでに食欲も旺盛で、元気も有り余っている後輩たちをおとなしくさせよう、という手塚の配慮によるものだった。

「しっかしなぁ、せっかくの休みだってのによ。クィディッチの練習もないってのは、つまんねぇなぁ。つまんねぇよぉ」

「しょーがないですよ、桃先輩。部長も副部長も、乾先輩もいないんですから」

 肘掛け椅子に座って、足をバタバタさせる桃城をたしなめるように、カツオが言う。

「あれ? このノートって、誰のだ?」

 ふいに、堀尾がマフィンを盛った皿の横に置かれた1冊のノートに目を留めた。

 それは羊皮紙を束ね、厚紙と革でカバーをつけたノートだった。よほど使い込んでいるらしく、黒い革は微妙な光沢を出していた。

「あ、それ……いつも乾先輩が持ち歩いてるノートじゃねぇか」

「あの先輩、そのノートに魔法かけてるって噂だからな。気をつけろよ」

 ノートを手に取ろうとした堀尾を見て、荒井と林が口々に忠告する。そして池田もそれに続いた。

「菊丸先輩がそれに落書しようとして、酷い目に遭ったって聞いたぜ」

 いつも分厚いレンズに阻まれて、ほとんど表情がわからない乾は、それだけで不気味な存在だ。

 加えて、グリフィンドールの天敵であるスネイプが担当する魔法薬学と、扱いが難しい薬草学では満点以外取ったことがない。という噂や、調合する物ならお茶から薬まで何でも作ってしまうという日頃の趣味。それが昂じて作られるようになった、栄養バランスは抜群、でも味は最悪という特製野菜汁。また知らない物はないのではないか、と思うほどのずば抜けた情報収集能力と、瞬時にデータを計算し分析する頭脳。

 手塚とは別の意味で、乾の名はホグワーツ中に轟いていた。

 その乾が、いつも手にしているノート。開けば瞬時に必要なデータや情報が取り出せる、という便利なシロモノであり、いつも乾が何か書き付けているにもかかわらず、一向にページ数が増えることがない、という不思議なシロモノでもある。

「魔法かけてても、全然不思議じゃないっすよね、乾先輩」

「っていうか、絶対かけてるよ、あの人」

「かなりヤバそうだね、これ」

「でもよぉ、これを見るのって、今を逃したら絶対無理だよな」

「やめとけよ、堀尾」

 桃城に止められるより早く、堀尾はそのノートに手を伸ばし、表紙に触れた。すると……

《このノートを開いたら、災いが降りかかるよ。それでも開けてみるかい? By.乾》

 とあたかも羽ペンがサラサラとその場で書き付けたかのように、金色の文字が浮かんできた。

「……これ、やっぱり魔法かかってるんじゃない?」

 それを見たカチローが青くなって呟いた。同様に、堀尾やカツオも表紙に浮かぶ字を凝視した。

「災いって、どんな災いだ?」

「さあ? 開いてみれば、わかるんじゃない?」

 独り言のように呟く桃城を、リョーマがけしかけた。いつの間にか、机の周辺にはリョーマ、堀尾、カツオ、カチロー、桃城、林、池田、荒井の8人が円を描くように集まっていた。ただ一人だけ、海堂が我関せずといった様子を装いつつ、興味津々に彼らの反応をキャッチすべくアンテナを張っていた。

「開けますよ」

 恐る恐るノートに手をかけ、堀尾が表紙をめくった。ついでに、綴じられた羊皮紙も何枚か一緒にめくる。すると……

「あれ?」

「なんだ、白紙じゃねぇか」

「つまんねぇなぁ、つまんねぇよぉ」

 一同は口々に、白紙の羊皮紙を見つめてつまらないと言い合った。が、その中で唯一何かカラクリがあるのではないか、と気づいたのはリョーマだった。

「これ、魔法かかってるんでしょ? だったら、ページにも魔法かかってるんじゃないっすか? 例えば、書いた文字が透明になるような魔法とか」

 リョーマの言葉を聞いて、思い出したように口を開いたのは池田だった。

「そういやぁ、透明インクで字を書いたら、魔法か特製の消しゴムを使わねぇと、字が読めないんだったよな」

「それなら、俺"現れゴム"持ってるぜ」

 宿題をするつもりで、彼らは一応学用品を持って談話室に下りていた。そして林はペンケースから一見消しゴムと何ら変わらない代物を取り出した。

「それ、普通の消しゴムじゃないんすか?」

「これはな、"現れゴム"ってヤツなんだよ。透明インクで書かれた文字をこれで擦ると、字が現れてくるんだぜ」

 林はそう言いながら、ノートに"現れゴム"を押しつけて、擦り始めた。すると……

「いてっ、いててっ!」

 ノートの端がにゅっと伸びて、それが手の形になったかと思うと、消しゴムを羊皮紙に押しつける林の手を殴り始めたのである。それも、拳でガンガンと、かなり激しく殴りつけていた。

 たまらなくなった林がノートから手を離すと、手の形になっていたノートの端が元に戻っていた。林が痛い思いをしながら"現れゴム"を擦った場所には、何の変化も見られなかった。

「"現れゴム"じゃだめか」

「だったら、呪文かけてみるか?」

「呪文って、ああ、あれか」

 1年分多く学んでいる2年生たちは、何やら呪文を思い出したらしい。桃城がニヤリとしながら、杖を取り出した。

「堀尾。そのノート、広げたままで俺の方に向けてくれ」

「は、はい」

 桃城に指示された通り、堀尾は乾のノートを広げて桃城の前にかざした。

「いくぜ。アパレシウム(現れよ)!」

 桃城が呪文を唱えると、杖先から明るい水色の閃光が走った。それはまっすぐにノートに向かい、吸い込まれたかと思うと……

『予想通り』

「うわぁっ!」

 ノートから乾の声が聞こえるや否や、深い緑色の閃光が桃城へと跳ね返ってきて、その勢いで桃城は後ろへ吹っ飛ばされた。

「桃!?」

「桃ちゃん先輩!?」

「大丈夫っすか、桃先輩?」

 吹き飛ばされた桃城は、後ろの壁に背中を打ちつけて、苦悶の表情を浮かべた。

「ってぇ〜。乾先輩、呪い逸らしの呪文か何か、かけてやがる」

「みてぇだな。ったく、あの人らしいぜ」

「乾先輩の性格からして、それくらい当然だろ。予想しとけ、このボケが」

 ふしゅ〜、と独特のため息をついて、海堂は呆れたように呟いた。それを聞きつけた桃城が、食ってかかった。

「なんだと、マムシ? もう一度言ってみやがれ」

「人の物にうかつに手ぇ出してんじゃねぇ、このサル」

「うるせぇぞ、マムシ。てめぇだってどーなってんのか興味津々だったんだろーが!?」

「んだと?」

 背中の痛みはどこへやら。桃城は海堂に詰め寄って、談話室はまさに一触即発といった雰囲気に包まれた。それをカチローとカツオと堀尾の3人でなんとか宥め、事なきを得た。

「菊丸先輩が酷い目に合ったって、このことだったんすかね?」

「いや、菊丸先輩は吹っ飛ばされたとは言ってなかったぜ」

「じゃぁ、どんな目に合ったんでしょう?」

 口々に言い合う中、最初にノートに触れた堀尾が羽ペンを取り出した。

「ほ、堀尾君、それって……」

 それを見たカツオが恐る恐る確認する。

「まさか、落書するつもりじゃ……」

「だってよ、せっかくのノートだぜ? 何も書いてないなんておかしいし、乾先輩がどうやってこのノートに書かれた文字読んでるか、気になるだろ?」

「それはそうだけど……」

 言葉に詰まるカツオに向かって、お前も書け、と言わんばかりに堀尾が羽ペンを差し出した。

「何が起きるかわかんねぇからな。乾先輩の悪口は、書かねぇ方がいいと思うぜ」

「そうっすね」

「悪口って、野菜汁マズすぎ、とかそういうことかよ?」

「そうそう」

「とりあえず、誰か一人が犠牲にならねぇように、せーのでいくぜ」

「ああ」

 ノートの周辺に集まった8人は、全員が羽ペンを手にし、先にインクを含ませた。

「おい、マムシ。てめぇだけ傍観してるつもりかよ?」

 いざ書こう、という段階になって、桃城が自分たちに背を向けて傍観者を決め込んでいる海堂に声をかけた。

「そうだぜ、海堂。お前、いっつも乾先輩に特別メニュー作ってもらって、世話になってんだからよ。これにお礼でも書いとけ」

「一人だけ傍観者なんて、汚ぇぞ」

「あ、もしかして海堂。お前、乾先輩がノートにかけた魔法が怖いんじゃねぇだろうな?」

 同学年で同室の全員から攻められて、海堂はしぶしぶといった様子で椅子を立った。そして、8人の輪の中に加わった。

「……ったく、書きゃぁいいんだろ、書きゃぁ」

「そうそう」

「はい、海堂先輩」

 堀尾から羽ペンを渡されて、落書き隊は9人に増えた。四方八方ならぬ、九方からノートを囲み、桃城の掛け声で一斉にノートに羽ペンを当てた。

「乾先輩、今度魔法薬学でいい点取れるように、勉強教えて下さい」

「ついでに、薬草学も」

「あ、でも特製野菜汁はほどほどにして下さい」

「いつも特訓メニュー組んでくれて、ありがとうございます」

 九方から、好き勝手なメッセージが羊皮紙に書き込まれていく。すると……

『羽ペンのインクを確認。アクシオ(出てこい)』

 テンションの低い呪文が聞こえたかと思うと、男子寮へつながる階段から、不吉な緑色の液体が入ったジョッキが飛んできた。それも、一つではなく、きっちり9人分。書き込まれた筆跡の数だけ、ジョッキが用意されていた。それは、校庭の芝生のような、大地の臭いをもっと強烈にしたような異臭を放っていた。

「こ、これは……」

 それが何か、判らない者はこのグリフィンドール寮にはいない。特に、クィディッチチームに所属する面々は、嫌というほどその恐怖を味わっている。

 一斉に顔から血の気が引いていく。が、逃げ出そうにも、その場に足を縫いとめられてしまったかのように、彼らは動くことができなかった。

「ちっくしょ、乾先輩!」

「こんな魔法かけてやがったのか」

 次第に泣きそうな声になっていく中、再びノートから低く静かな声が聞こえてきた。

『警告を破った人には、罰ゲームを用意してある。名づけて、マジカル・スペシャル・ハイパワー・リミックス乾汁。試してごらん』

 あらかじめノートに記憶されていたと思われるメッセージが終わると、ノートは自分で開いたページをパタンと閉じた。そして、9人それぞれの頭上にピタリと止まったジョッキが、一気に逆さまになった。

「ぐえぇぇ〜、マズ〜!」

「ふしゅぅぅぅぅ〜〜」

 談話室には、乾汁の強烈な臭いが充満し、9人の悲鳴が響き渡った。





「桃ぉ〜、おっチビぃ〜、お土産買ってきてやったぞぉ〜! ……て、あれ?」

 数時間後、ホグズミードから上級生一同が戻ってきた。

 合言葉を言って談話室に入ってきた彼らが見たものは、憔悴しきった様子の9人だった。

「にゃ〜にがあったのかにゃぁ?」

「よほど真面目に宿題してたんだね、皆。こんなに疲れきってるなんて」

「なんだ、せっかく蛙チョコとか、いろいろ買ってきたのに」

 菊丸と不二と河村が、両手一杯に抱えた土産物をテーブルに積み上げる。

「ん?」

 バタービールの瓶が入った袋をテーブルに置こうとしていた乾が、何かに気づいたように声を漏らした。

「どうしたんだい、乾?」

「何か忘れて行ったと思ったら、こんな所に置きっぱなしにしていたのか」

 少し間の抜けたような声で呟いて、乾は黒い皮のカバーがかかったノートを取り上げた。

「い、ぬい……せんぱ………」

 それを聞いて、息も絶え絶えに乾を呼んだのは、桃城だった。

「んな、危険なモン……忘れて、行くんじゃねぇ……」

 フシュー、と苦しそうに息を吐き出しながら、海堂が続いた。律儀な海堂が、珍しく敬語を忘れていた。

「あんなの、二度とごめんっす」

 リョーマもソファの肘掛に突っ伏したまま、思わずボソッと呟いてしまった。

「も、もしかして……おチビたちってば……」

「うん、乾のノートに落書したみたいだね。その様子だと」

 青ざめた様子の菊丸に、平然とした不二が続いた。

「だぁから言ったんだにゃ。乾のノートに落書して酷い目に遭った、って」

「僕は平気だったけどね。あの時の野菜汁、結構美味しかったし」

 経験者である菊丸は、ご愁傷様といった表情で椅子にへばりついている1・2年生を見回した。そして唯一乾特製野菜汁を平然と飲み干すことのできる不二は、穏やかな微笑をたたえていた。

「……なるほどな。さっきから妙な臭いがすると思っていたんだが……」

 そんな事の顛末を見ていた手塚が、腕組みをして怒りの色を浮かべていた。

「乾、お前が原因か」

「……そこでどうして俺のせいになるわけ?」

 手塚の怒りの矛先が自分に向いたことに、乾が疑問符をたくさん浮かべた顔で聞き返した。

「元はといえば、お前がそのノートに妙な魔法をかけ、ここに放置していたのが原因だろう」

「でも、ちゃんと警告したのにそれを破って落書したのは、桃たちだよ?」

「だがそのノートはお前のものだ」

「それは、そうだけど……」

 手塚に正面から睨みつけられて、乾が怯む。

「責任を取って談話室の臭いを何とかしろ。それから」

 手塚は一度言葉を切って、改めて乾を見据えて、きっぱりと言い放った。

「明日の練習前、グラウンド50周だ」

「だから、何で俺だけ?」

「ほう、口答えするか。……ならば、70周……」

「ああ、わかったよ。50周走りますって」

 乾と手塚のやり取りを聞いて、リョーマたち1・2年生は心の中で拍手した。が、それも一瞬のことですぐに突き落とされた。

「桃城、荒井。お前たち1・2年生男子全員も、グラウンド30周だ」

「………」

 容赦ない手塚の一言に、リョーマをはじめとする1・2年生全員が心の中で叫んだ。

 今日は、とんでもない厄日だと。






というわけで、25章は特別番外編をお届けしました(^^)。
実はこのお話、上級生たちが戻ってくるまでの下りは11章「笑わない男」のすぐ後に書いておりまして。
つまり「ハリポタdeテニプリ」の世界観を掴み、
また「乾は絶対“誰にも見せないデータ帳”には強力な魔法をかけているはず。それも、すぐに見破れるものではなく、かなり強固に(笑)」と思って設定作りも兼ねまして、2番目に書いたお話でございました。
書いている当人は非常に楽しかったのですが、いかがだったでしょうか?(笑)

次章では、またお話の核心に一歩近づきます。
あっちの話をここまで、こっちの話をここから…という作業はなかなか大変ですが、
やっている当人は楽しんでいるようですので、まぁいいんじゃないかなぁ、と(苦笑)。
アレの正体が明らかになりますので、次章もお楽しみに(^^)。





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