ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:23   ニコラス・フラメル

 リョーマは自分がパーセルマウスだとわかってから、一人でいる時間が増えた。

 大和の脅しとも取れる緘口令が効いているのか、リョーマがパーセルマウスだという噂がホグワーツ中に轟くことはなかった。けれど表面上普通に接してくれている同級生たちも、醸し出す雰囲気がどこかよそよそしくなっているようで、何となく側にいないほうがいいような気がしていたのだ。

「リョーマ、お前さんこんなところでどうした?」

 クィディッチの練習がない午後、リョーマは何となく城を出て、森の方へと歩いていた。そんなリョーマに声をかけてきたのは、リョーマをこのホグワーツに連れてきたハグリッドだった。

「ハグリッド」

「どうした、元気なさそうだな」

「……わかんの?」

「何となくな」

 バケツを持ったハグリッドが、リョーマの隣に並ぶ。大男のハグリッドが持つと、普通サイズのバケツも小さく見えてしまった。

「それ、何?」

「ああ、これか? 肉食ナメクジを駆除する薬だよ」

「そう」

 答えたハグリッドへの返事も、どこかそっけなかった。そんな様子を見て、ハグリッドは長いあごひげを撫でながら心配そうに言ってきた。

「やっぱり元気がねぇなぁ。何かあったか、リョーマ?」

「……別に、何でもないよ」

 何かあったかと言われれば、ありすぎるほどだったのだが、リョーマは黙っていた。決闘クラブで発覚したリョーマのパーセルマウスのことを話せば、またはグリッドには余計な心配をさせてしまう。

 ホグワーツの中で誰よりも大きいハグリッドは、人を思いやる優しい心も大きいのだ。

「そうか? ……まぁ、何でもねぇって言うんなら無理には聞かねぇけどな」

 口をつぐんでしまったリョーマに、ハグリッドは少し声のトーンを落としてモゴモゴと言った。

「何かあったら、遠慮なく言えよ。……まぁ、グリフィンドールの連中と比べたら、俺なんざ頼りにならんかもしれねぇが」

 自信がなさそうに話すハグリッドに、リョーマは少しだけ笑ってみせた。

 確かに、グリフィンドールの先輩たちは頼りになる。けれど今のリョーマには、こうして親身になって心配してくれるハグリッドの気持ちがありがたかった。

「別に、頼りなくなんかないじゃん、ハグリッドは」

「そ、そうか? まぁ、お前さんがそう言ってくれるのは、嬉しいけどな」

 リョーマはハグリッドと並んで歩きながら、森の方へと進んできていた。すぐ近くには、ハグリッドの小屋がある。

 それに気づいた時、ハグリッドは案の定リョーマに向かってこう言った。

「どうだ、俺の家でお茶でも飲んで行かねぇか?」

 リョーマは素直に頷くことにした。

「うん、もらうよ」

 暖炉に火が入っていて温かいハグリッドの部屋に招き入れられて、リョーマは出された紅茶を飲んだ。

 ハグリッドが煎れたお茶は、少しクセがあるけれど美味しくて、心の中も温まるようだった。

(そういえば、前にもこうやってハグリッドにお茶を煎れてもらったんだっけ)

 ハグリッド仕様になっているため、通常の倍以上の大きさがあるマグカップを手に、リョーマは思い出していた。クリスマス休暇に入る前にも、リョーマはハグリッドの部屋に招かれて、お茶をもらった。

(あの時は、立ち入り禁止の廊下にあった隠し扉の上にいた、大きな犬のことを聞いたんだっけ?)

 動物好きなハグリッドなら知っているかもしれない、と思って何気なく聞いてみたら、ハグリッドは口を滑らせていろいろとリョーマに教えてくれたのだ。

 隠し扉の犬はフラッフィーという名前で、大切なものを守るためにハグリッドがダンブルドア校長に貸していること。

 その大切なものは、ダンブルドア校長とニコラス・フラメルが……。

 そこまで言いかけて、ハグリッドはしまった、と口をつぐんだのだ。

 ハグリッドから聞いて以来、いろいろと事件や出来事が相次いでいて、リョーマは今の今までその名前をすっかり忘れていた。

(ハグリッドに聞いても、教えてくれそうにないしね)

 これ以上は詮索するな、とその時リョーマはハグリッドから釘を刺されていた。だからハグリッドに尋ねたとしても、答えるはずがなかった。

(だったら、自分で調べてみるっていうの、いいかも)

 そう考えると、ちょっと沈んでいた気持ちが浮上した。

「どうした、リョーマ?」

「……べっつに、何でもないよ」

 ハグリッドにはできるだけそっけなく聞こえるように答えて、リョーマは決意していた。

 ニコラス・フラメルがどんな人物なのか、調べてみよう、と。





 ハグリッドの小屋を出たその足で、リョーマは図書館へ向かった。

 図書館で調べ物をするのは、これで二度目になる。最初の時は、秘密の部屋に関することを調べよう、と桃城や菊丸、不二といった先輩たちと一緒だった。

 が、今度はリョーマ一人だ。

 ホグワーツの図書館は、その歴史に比例するように大きい。何万冊もの蔵書、何千もの書棚、何百もの細い通路があるのだ。

(調べるのはいいけど、ニコラス・フラメルって誰だよ?)

 とりあえず、魔法史に登場する人物だろう、とリョーマは見当をつけて『二十世紀の偉大な魔法使い』や『現代の著名な魔法使い』や『近代魔法界の主要な発見』『魔法界における最近の進歩に関する研究』など、を書棚から引っ張り出してパラパラとめくってみたのだが……。

 魔王ヴォルデモートを倒した人物としてリョーマの名前が掲載されているのは見つけたのだが、肝心のニコラス・フラメルに関してはニコラスのニも、フラメルのフも見つけることができなかった。

 4冊の分厚い本を書棚に戻して、リョーマは"閲覧禁止"の書棚に何となく近づいた。

 そこは、先生のサイン入り特別許可がなければ見ることも、入ることもできない書棚が並んでいる一角だ。どんな本が並んでいるかといえば、ホグワーツでは絶対に教えない「強力な闇の魔法」に関する本だ。

 それは上級生が「闇の魔術に対する上級防衛法」を勉強する時にだけ、読むことを許されるものだった。

 書棚に近づいただけで、リョーマは司書のマダム・ピンスが鋭い視線をリョーマに向けていることに気づいた。

(やっぱ、ここの本はダメ、か)

 ひょっとしたら、この閲覧禁止棚の中にニコラス・フラメルの名前があるんじゃないか、と思って近づいてみたのだが。入り込むのは無理なようだった。

「おい、越前。こんな所で何してるんだい?」

 棚から離れようとしていると、通路の奥から乾が出てきた。その後ろには、手塚もいた。

「乾先輩に、部長……」

「ここは閲覧禁止だよ。ほら、マダム・ピンスも睨んでる」

「っすね」

 リョーマは乾に促されるままに、棚から離れた。ふと二人の顔色を窺うと、乾は平然としていたが、手塚は珍しく少し顔色が悪かった。

「部長、どうしたんすか?」

「ああ、今見てきた本、ちょっと残酷な描写とグロテスクな挿絵があってね。手塚はそういうの、苦手なんだ」

「……て、乾先輩は平気なんすか?」

「そういうのを好んで見る趣味はないけど、それくらいで動じてるようじゃ、研究はできないからね。それに、レポートも書けない」

「あ、そうっすか」

 乾らしいといえばらしい言い分に、リョーマは少し力が抜けた。

「それにしても越前がここにいるなんて、珍しいな。何か調べ物かい?」

「……そんなトコっす」

 調べ物が済んで、図書館から出ていく乾と手塚につられて、リョーマはそのまま一緒に図書館を出た。

「ここ最近の出来事から判断するに、パーセルマウスについての調べ物でもしてたのか?」

「まぁ、そんなトコっす」

 そう都合よく誤解してくれる乾に、リョーマはただ頷いた。

 もしかしたら……。

 一つの可能性が、リョーマの脳裏に浮かんだ。

 5年生の中でも1・2を争うほど優秀な手塚と、生き字引のような乾なら知っているかもしれない。ニコラス・フラメルのことを。

 それにどちらも、リョーマが桃城や大石と一緒に、隠し扉のある立ち入り禁止廊下に迷い込んでしまったことも知っている。

 尋ねたら、教えてくれるかもしれない。

(聞いてみようか……?)

 強烈な誘惑が、リョーマの中に渦巻いた。

(……でも、ね)

 今まで、この二人の監督生にはさんざん助けてもらっている。これ以上手を貸してもらうのもどうだろうか。という思いと、借りは作りなくない、という思いがせめぎ合っていた。

(やっぱ、やめよ)

 そう決意した時、乾が思い出したように言い出した。

「パーセルマウス強力な闇の魔法使いが使うことのできる能力の一つだ。なるほど、それで閲覧禁止の棚を見ようとしたのか」

 それは独り言とも、同意を求めているとも取れるような口調だった。乾が考え事をしている時のクセだ。それも、推論を結論に導こうとしている時の。

(そういうことに、しておこうかな)

「まぁ、そんなトコっす」

「なるほどな、やはりそうか。あそこは先生の許可がなければ入れない。妙な呪いのかかった本や、見えるに耐えない記述のある本が少なくないからな」

「だいたい、強力な闇の魔法に関して調べる許可を1年生に出す先生はいない」

「だろうね。夜中にこっそり忍び込む、なんて真似をしない限りは、まず普通じゃ見られないよ。あそこの本は」

 手塚の言葉に同意しながら付け足した乾の言葉を、リョーマは心の中で繰り返した。

(夜中にこっそり忍び込む……?)

 その言葉と、クリスマスの日にリョーマに届いた、差出人不明の包が急に結びついた。その包に入っていたのは乾曰く究極のレアアイテム、透明マントだ。リョーマはそれを、クリスマスの夜、スリザリン寮潜入作戦の時に使用したのだが。

(あれ、使えるかも)

 透明マントと一緒にリョーマに贈られたカードには、"上手に使いなさい"と書いてあった。あれを使えば、この抜け目なくて頼もしい監督生たちを出し抜くことができる。そしてホグワーツ中を自由に歩き回るとができる。たとえ、門限が過ぎた夜中だったとしても。

(やってみるか)

 興奮が湧き上がってくる。

 二人の監督生にできるだけ気づかれないように、リョーマは心の中でほくそ笑んだ。


    ◇◆◇     ◇◆◇


 その夜、リョーマは同室の3人が寝入ったのを確認して、一人闇の中に起き上がった。

 寝る前に枕元に隠しておいた透明マントを引っ張り出して体に巻きつける。足元を見ると、床に映るのは月の光と家具が作り出す影だけで、とても奇妙な感じがした。

 これで、フィルチに気づかれることなく、図書館へ行くことができる。

 リョーマは頭からかぶったマントをピッタリと体に巻きつけて部屋を抜け出し、階段を降り、談話室を横切り、肖像画の裏から廊下へ出た。

「そこに誰かいるのかい?」

 少ししわがれた声で、竜崎スミレが問いかける。リョーマは答えずに、急いで廊下を歩いた。まっすぐ、図書館に向かって。

 真夜中の図書館は真っ暗で、さすがのリョーマも気味が悪いと思った。途中で調達したランプをかざして書棚の間を歩くと、ランプが宙に浮いて移動しているように見えた。自分の手でランプを持っているのはわかっていても、ゾッとするような光景だった。

 乾や手塚が出てきた閲覧禁止の棚は、図書館の奥の方にあった。簡単な観音開きの木戸がついていて、他の棚と仕切られている。リョーマは戸を押して、中に入った。

 夜中に寮から抜け出た生徒を目ざとく見つけるミセス・ノリスはハロウィーンの夜に石にされて、今は医務室のベッドの上だ。だが、ミセス・ノリスはいなくてもフィルチの目を欺くのはそう簡単ではない。

 リョーマはできるだけ慎重に、物音を立てないように気をつけながらランプをかかげて書名を見た。

 が、書名を見てもリョーマにはよくわからなかった。何せ、見たこともないような外国語が書かれていたり、背表紙の金文字がはがれたり色あせたり、書名がなかったり。そんな本が多いのである。

(……あの先輩たち、こんな中からよく本探せたよね)

 軽くそう思いながら、リョーマはふと目についた本を引き出してみた。ランプを床に置いて、黒と銀色の大きなそれを開いた。

「―――っ!?」

 突然血も凍るような鋭い悲鳴が、暗闇に重く圧し掛かる沈黙を切り裂いた。

(この本、叫んだ!?)

 リョーマは本能的にピシャリと本を閉じたが、耳をつんざくような叫びは途切れずに続いた。さすがのリョーマも驚いて後ろによろけ、その拍子にランプをひっくり返してしまい、灯がフッと消えた。

 気は動転していたが、リョーマは廊下をこちらに向かって歩いてくる足音を聞いた。

(ヤバッ!)

 リョーマは叫ぶ本を棚に戻し、その場から逃げた。

 図書館の出口付近でリョーマはフィルチとすれ違った。血走った薄い色の目が、リョーマの体を突き抜けてその先を見ていた。リョーマはフィルチが伸ばした腕の下をすり抜けて、廊下を疾走した。本の悲鳴がまだ耳を離れなかった。

 ふと目の前に背の高い鎧が現れ、リョーマは急停止した。

 逃げるのに必死で、どこをどう走って、どこに逃げるかは考える間もなかった。周りが暗いこともあって、今自分がどこにいるのかさえ、リョーマにはわからなかった。

(確か、キッチンの側に鎧があったような気がするんだけど。でもここって何階だっけ?)

 そう思った時、リョーマは人の話し声を聞いた、と思った。

「……な、なんで……よりによって、こ、こんな場所で……」

 おどおどした声で、ひどくどもった話し方をする。そんな話し方をする人物は、このホグワーツの中でリョーマは一人しか知らない。闇の魔術に対する防衛術を教えている、クィレルだ。

「このことは二人だけの問題にしようと思いましてね」

(え?)

 太い柱に隠れるように、クィレルに詰め寄っているのはスネイプだった。

「クィレル、私を敵に回したくなかったら……」

 いつもねっとりとした、嫌な声をしているスネイプだが、今はそれに拍車がかかって、氷のような冷たさも加わっていた。

「ど、どういうことなのか、私には……」

「私が何を言いたいのか、よくわかっているはずだ」

 スネイプがグイと一歩前に出た。ヒッ、とクィレルが恐怖のあまり息をのんだのが、リョーマにもわかった。

「で、でも、でも私は、な、何も……」

「いいでしょう」

 クィレルが何か言おうとしたのを、スネイプが遮った。

「それでは近々、またお話をすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいていただきましょう」

 スネイプが陰湿な声でクィレルにそう言い放つ言葉に、いったいどこからどうやって来たのか、フィルチの足音が重なった。

(ここから逃げなきゃ)

 リョーマは息を殺して、足音もたてないようにして、スネイプとクィレルからできるだけ離れて通り過ぎようとした。

(っ!?)

 人の気配がしたのに気づいたのか、スネイプが急に振り向いた。リョーマを突き抜けて、後ろの壁を睨みつける。一瞬、リョーマの全身が硬直した。リョーマの姿は、スネイプには見えていない。けれど、このマントは姿を消すことはできても、体そのものを消しているわけではない。

 接触すれば、リョーマがそこにいることがわかってしまうのだ。

 何かを掴もうとスネイプが手を伸ばしてくる。その手が届く前に、リョーマはスネイプの後ろをすり抜けていた。
 
 まさに、間一髪だ。そう思って安心しかかった時、後ろからフィルチがランプを持って現れた。

「先生。生徒の誰かが図書館に、それも閲覧禁止の所にいたようです」

 フィルチはスネイプとクィレルがいるのを見つけて、ねっとりした猫なで声で言った。

「閲覧禁止の棚? それならまだ遠くまで行ってないだろう。捕まえられる」

 それまで不穏な空気を漂わせていたスネイプも、緊急事態とあって顔色を変えた。ついさっきまで睨み合っていたクィレルと顔を見合わせて、フィルチに足早に動き出した。

 リョーマは3人にぶつからないように、できるだけ静かに後ずさりした。壁に背中をピタリとつけて、そのまま左へ移動すると、手のひらにドアが当たった。少し開いている。

 リョーマは息を殺し、ドアを動かさないようにして、隙間からソーッと滑り込んだ。

 壁に寄りかかり、廊下の様子をうかがう。フィルチもクィレルもスネイプも、リョーマには気づかなかったようだ。3人はリョーマが入り込んだドアには目もくれず、前を素通りした。

 足音が遠のいて行くのを聞きながら、リョーマはフーッと深いため息をついた。

(結構ヤバかったかも)

 スリルはあったが、寿命が1週間ほど縮んだ思いがしていた。

(っていうか、ここ、どこ?)

 リョーマはマントを体から外して、自分が入り込んだ部屋を見渡した。






というわけで、23章でございました。
ふぅ、これでやっと、ハリポタdeテニプリ計画の半分くらいが書きあがったことになります。
…まだこれと同じ量を書くのか、と思うと自分でも恐ろしいのですが(苦笑)。
つまり、あと半年はこの連載続きますので、最後までよろしくお願いします<m(__)m>。

さて、次週はついに、アノ話が出ます。
ふふふ、原作を読んでおられる方は「アレね(^^)」ともうおわかりですね(笑)。
いったいリョーマはどんな部屋に紛れ込んでしまったのか、次週をお楽しみに♪





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